ピンク色のポニーテールが左右に揺れる。
そんな彼女の後ろ姿が視界から消えると、コウキは「はあぁ」と脱力した。
「やっぱりいきなり家庭に踏み込もうなんて、常識はずれだったかな。でもカートリッジシステムは俺だけじゃどうにもならないし。それにしても…………はぁ」
コウキは熱くなった頬に手で風を送る。気候は快適であったが、この火照った顔の熱は当分とれそうになかった。
「シグナムのやつ。ここ最近ああやって、急に可愛い顔するんだよな。もしかして…………い、いやいや。それはさすがに自意識過剰すぎるだろう。それにあいつは管理局の高嶺の花なわけだし」
ここ最近、お昼を一緒に食べたり、たまに外に出かけたりすることもある。だがそれはあくまで『借りを返す』ためだ。
「まあことあるごとに、借りを返す、借りを返すって言ってるもんな。ほんと、いや、そうなん。……だよな」
実際にほぼ毎日言われ続けている言葉だ。しかも借りを返したと思ったら、自分の腹部や頬を殴るなどしてどんどん借りは増えるばかり。もうどの程度返したかさえわからなくなっているだろう。
だが借りとは別に、二人の距離が段々と近くなっているのは果たして錯覚なのだろうか。
「……いや、少なくともパソコンの部品を見に行ったときは違ったよな」
気合い入れてきた自分が馬鹿みたいでよ。
それは考えをまとめることなく、自然と口からでてしまった言葉だ。今だってどうしてあんな子供じみたことを言ってしまったのかわからない。
その後、シグナムに腕を抱きしめられ、恥ずかしさのあまり約束の時間までは互いに俯いたままであった。
「ああっ、くそ。全然まとまらねえ。……こんな事今まで一度だってなかったのに」
だがそれもそのはずだ。自分は人とのしがらみから離れ、ただパソコンに逃げてきたのだから。
「弱くても、強くなれ。その言葉があったから、俺はここまでやってこれた。その思いに恥じることはないけど、人付き合いにはそりゃ適してないよな」
じいちゃん。こういう時はどうしたらいいんだろうか。
青空をぼおっと眺める。だがそんなところに答えが転がっているわけもなく。コウキはパソコンを膝に置くと、すぐに起動した。
「はあぁぁぁ、こうやって逃げちゃうから駄目なんだよな。でもまあ、今は落ち着いておきたいしな」
小型のマウスを接続すると、ショートカットのアイコンをクリックする。こういった短い時間には、やはり地雷ゲームが一番だ。
コウキは一般の中級をクリックすると、画面にのめり込む。
「うーん、あんまり開きがよくないな。というか、ランダムとはいえ、今回複雑すぎないか?」
おかしい。いつもならもっとサクサク進むはずなのに、今日に限って進みが遅すぎる。
それは単純に配置が難しかったからか。
…………それとも。
「うわっ! おじさんしっぶいパソコン使ってるね。ってか、実体のある液晶モニターって、それデバイスでいいじゃん!!」
「はっ?」
突然あがる若い張りのある声に、思わず呆気にとられてしまう。いったいいつのまに隣に座っていたのだろうか。
高等学校の制服を着た十五、六の少女。髪は肩にかかるほどの長さで、綺麗な銀髪をしていた。彼女は興味が引かれるまま、短いスカートをベンチで引きずりながらこちらに近づく。
「な、何なんだよお前は」
「うわっ、うわわ。何この外装、ってか昔のパソコンってこんなでかかったの。これじゃあノートとして外に持ち運ぶ意味ないじゃん」
「…………いいだろ別に」
もっとほかに言いようがあったかもしれない。だが人付き合いが悪く口べたな自分には、それ以上気の利いた台詞が浮かばなかった。
少女は膝に置いたノートパソコンを自分の方に向ける。そしてマウスを奪うと、カチカチと操作をし始める。
「おい、あんまり乱暴に扱うなよ!」
「大丈夫だって。これおじさんにとって、すっごく大切なものなんでしょう」
「ど、どうしてわかるんだ」
「そんなのこれだけ大切に使われてれば、遠くからみただけでわかるって」
「そ、そうか」
やはり分かる人には分かるのだろうか。少女は勢いこそあるが、丁寧にマウスを動かす。
だがなぜか自分の太ももをパットにしており、動く度にむずがゆいのは耐えることにした。
「…………私さ。最近たーいせつに作り上げた機械が壊されちゃったんだ。全く酷いよね。私がどれだけの時間を込めてあれを作り上げたか。そこんとこ理解できたら、絶対に壊したりなんてできないのに」
「それは。……ご愁傷様だな」
「ほんと、そうですよ。あー、もう思い出しただけでも腹が立つ」
少女はうがあああっと髪をかき乱す。コウキはそんな少女に対してどうしていいか内心慌ててしまう。
だがその動きがピタっと止まると、少女は二ヤッと口元緩めた。
「だから仕返ししようと思うんです。もう相手が立ち直れないくらい完膚なきまでに」
「完膚なきまでにって、お前は何を――――」
「さーって、それじゃあそろそろ私は行きますね。どうやら実力は私の方が上みたいですし、なかなかいいパソコン使ってるみたいですけど、それくらいのスペックなら私の敵じゃないので。はいっ、クリア」
少女が最後にクリックする。画面を覗くと地雷ゲームが完璧にクリアーされていた。それを見ると少女は満足そうにベンチから立ち上がった。
「あれから、ちょっと地雷ゲームをかじったんですよね。でもやってみたら案外単純でした。――――それではまた近いうちに~」
少女は手をひらひらと振ると、ベンチから立ち上がる。
「えっ、お、おい」
何か言葉をかけようとしたが、何を言っていいのか浮かばなかった。伸ばした手は何もつかむ意志を持たず。ただ宙を舞うだけだった。
「いったいなんだったんだ」
「――――それは私が聞きたいのだがな」
「ヒイッ!?」
逆方向から聞こえる声に、思わず飛び上がってしまう。
コウキはギチギチとゆっくり後ろを振り返ると、そこには笑顔のシグナムがいた。
どうやら気を使ってくれたようで、両手には紙コップが握られている。
「シ、シグナム。いつからそこに?」
「ちょうどコウキが高等部らしき女子と楽しく語らっているあたりからだな」
「そ、そうか」
笑顔のシグナムと対面しながら、コウキはどうして彼女が烈火の将と呼ばれているか初めて分かった気がした。
こ、怖い。笑顔の後ろに見える灼熱の炎がものすごく怖い。
これはもう人付き合いが苦手とかそういう問題ではない。
コウキは頭をフル回転させると、早口に言い訳を始めるのだった。