木製の屋根に覆われた、公園の休憩スペース。木製の机と長いすが置かれた場所に、二人は腰を落ち着ける。
だが落ち着いたのは体ばかりだ。二人の間にはいいようのない空気が流れており、お互い何も喋ることができなかった。
コウキは見るからに落ち込んでいるシグナムを見ると、眉をひそめた。
(何だ。俺か、俺が悪いのか。そんなに俺は変なこと言ったか。……ただシグナムが一緒にいてくれたほうが、安心できるって言っただけだぞ)
実際それは本心だ。本心であるが、それ以上の意味も持っていた。
どうしてこう、気持ちが空回りしてしまうのだろうか。ただ自分は、シグナムに近くにいてほしいだけなのに。
「――――――あっ」
自然と心の声があがると、隣にいる彼女を見る。
そこにはいつの間にか、隣にいることが当たり前になっていた女性がいた。何か、何かが小骨のように喉に引っかかったような気がする。
だけどその言葉が喉の奥から出てこない。自分は、自分は。
――――ピロン! ピロン!
手繰り寄せた答えをつかもうとした瞬間、メールの着信音が静寂に響く。
だがそれはおかしかった。このパソコンはネット接続をしていないはずだ。
――――ピロン! ピロン!
しかもその着信音は止まることなく。コウキはシグナムを横目に、パソコンを開いた。
「添付メール? 中身は動画か」
一応ウイルスチェックをしておくが、このメール自体に悪意はないようだ。あるとすれば、これを送れる状況にした人物であろう。
このまま無視し続ければ、きっとこのメールは止めどなく送られてくるだろう。コウキは動画ファイルをダブルクリックすると、フル画面でそれが表示された。
そして、その姿に二人は目を見開いた。
『やっと開いてくれたね。お久しぶりです。こういった形で話すのは二度目ですね』
白いドクロの仮面をかぶった人物が、画面いっぱいに表示される。だがその声はあの時とは違い、どこか若々しいものだった。
「お前、サイか! あの時管理局のサーバーをめちゃくちゃにしようとしたやつだな!!」
コウキがそう声をあげるが、画面越しのサイは何も答えない。動画ファイルだ。それは当たり前であった。
『いやー、この前は随分こっぴどくやってくれましたね。せっかくの商品紹介だったのに、オーディエンスはカンカンでしたよ。あっ、ちなみに今日の観客は貴方たちだけなので、砕けた喋りですみませんね』
すみませんといいながらも、その声に謝っている様子は見られない。動画はさらに流れ続けた。
『さて、よくよく調べてみましたら、私の邪魔をしてくれたのは、主に貴方たち二人のようですね。コウキさんが私のプログラムを妨害して、シグナムさん物理的に破壊した。その連携もさることながら、どうやら二人は最近仲がよろしいようで』
「ど、どうしてそんなことを知ってるんだ」
『なんて、思ってるでしょうね。ですが、私は管理局の中枢部まで潜り込めたんですよ。一管理局員の情報など造作もなく手に入ります。で、ここ最近シグナムさんのことを調べていたらおもしろいことがわかりましてね』
その言葉にシグナムの体がビクリと動く。
まさかシグナムに限って、汚職や裏金などの問題に関わっているとは考えられない。
だがそれでもここまで深刻な表情をする思いあたりがあるのだろう。その顔色は先ほどよりも青かった。
きっとその反応もサイのねらい通りなのだろう。サイは仮面のままであるが、その奥の顔は笑みを浮かべているように見えた。
『さて、そういうことで優位は圧倒的にこちらにあります。そしてここからが本題です』
サイはまるでピアノを弾くように、キーボードをタッチする。そして画面には見覚えのあるマス目が表示された。
「これは。……地雷ゲームか?」
『コウキさんはこれが得意なんですよね。私はこんなゲームがあること自体知りませんでした。で、このまま負けっぱなしはしゃくなので、これで私と勝負してください。そしてこの勝負で勝っても負けても貴方にはシグナムさんの情報を送ろうと思います』
「…………どういうことだ」
『私が負ければその情報はどうぞ、すぐにでも消去してください。ですが、私が勝ったそのときは。――――その情報を開いてもらいます。貴方と彼女、二人で一緒にね』
「――――そ、それは駄目だ! 駄目だ、駄目だ!!」
シグナムはドンっと机に拳を叩きつける。だがその悲痛な思いが動画に影響を起こすわけもなく。
それすらもわかっていて、動画にしたのだろう。サイは旅行の思い出でも語るように、楽しい声色で言い放った。
『ちなみに勝負を断ったら、その時点で管理局中にその情報を流させてもらいます。そこのところはお忘れなく』
「……お前は、何がしたいんだ」
『絶対に逃げないでくださいよ。私は貴方たちを跪かせたいんじゃない。いち、プログラマーとして戦って実力で屈服させたいだけなので。さて、詳しいことはメモ帳のリードミーを読んでくださいね。それでは十分後にまた』
動画が途切れると、ファイルごとなくなっていく。試しにゴミ箱を開いてみるが、どうやら完全に消去されたようだ。
「……くそ、やっかいな奴に目を付けられたな」
コウキはメモ帳を開くと、内容を確認する。そうしながらも、シグナムに声をかけた。
「だ、だけどよ。別にシグナムは何も悪いことしてないんだろ。だったら、ファイルが送られてこようがこなかろうが。シグナム? ……お、おい、シグナム!?」
コウキが声をかけるが、彼女は返事を返さない。だがまるで、それに答えるかのように体を震わせていた。
まるで極寒の地に置き去りにされたかのように。そしてデパートで迷子になった子供のように、その顔には不安がにじみ出ていた。
「ま、まさか、何かやっかいごとに足を突っ込んでるのか?」
「違う。そうではない! このことは私の古くからの友には周知の事実だ!!」
「そ、そうか。それじゃ最悪、負けて俺が知ってもそんなに問題はないんだよ……な……?」
「………………」
シグナムは力なく首を振る。
その否定はその時のことを思い、自分は悪くないと否定しているのか。それとも仕方がなかったと悔い改めているのか。どちらにもとれてしまった。
だがそんなことはどうでもいい。何よりコウキの心に引っかかったことは、『周知の事実』を自分には話してもらえことにあった。
「なあ、何があったんだよ。……他のやつに言えても、それは俺には言えないことなのか」
「………………そうだ」
弱々しいながらも、きっぱりと肯定される。コウキはそんな彼女の反応に、頭が真っ白になるのを感じた。
この数週間。期間こそ短かったかもしれない。
だがその間に何度も喋り、ゲームをして、ご飯を食べて。一つの事件を乗り越えて、一緒に出かけて。
その感情をどう表現していいかはわからない。だがそうだとしても、確かなものが二人の間には存在していると思っていた。
だからこそ話してほしかった。周りの仲間や友が知っていることなら、自分だって共有する資格があると思っていた。
だからこそ思い知らされた。それは単なる自分の思い上がりだったということを。
「…………そうか。やっぱりそんなもんだったんだな俺は」
「ち、違うコウキ!」
「何が違うんだよ! だったらちゃんと理由を話してくれよ!!」
「それは。……それは」
「――――ああっ、くそっ!!」
こんなことが言いたかったわけではない。だが感情は止まることなく表にでてしまった。
もうどっちでも構わない。いや、どっちだろうと、自分が勝ちさえすればそれで全て済むのだ。
だがきっとそこで二人の関係は終わりだろう。だったら、せめて後腐れのないように決着をつけよう。
コウキは改めてメモ帳に目を向ける。そんな彼に対し、シグナムはただ押し黙っていることしかできなかった。