「――――くっ」
クリックをした瞬間、思わず声が漏れてしまう。
コウキは爆弾で埋め尽くされた画面を見ると、リセットボタンを押す。
(開始から7分。…………追いつけるか?)
画面の端には、サイの開けたマス目の数が表示されている。その数はコウキが爆弾を踏まなくとも、1・3倍ほど差が付いた。彼はそれを見ると、強く下唇を噛んだ。
早い。つい数週間前まで、地雷ゲームの存在を知らなかったとは思えないほどのスピードだ。
このゲームは推測も大事だが、もちろん運も必要である。だが結局のところ、それを為すのは決断力だ。
サイは自分の決断に余念がなく、その速度がそのまま差にでたのだろう。
「……いや、それだけじゃないよな」
操作側の差もあるが、実際にパソコンの性能も大きいのは事実だ。きっとこの勝負のために最新のものを組んだのだろう。
同じローカルネットワークを使いながらも、あちらのほうがラグが少ない。
対してこちらは、わざわざ古いジャンク品のかき集めだ。もちろん市販のものには負けないスペックがあるが、相手が勝負のために組んだものなら、話は変わってくる。
(……だけど。何なんだ。俺って。……こんなに頭が回らなかったか)
先ほどの爆弾はいわば凡ミスの一種に等しい。一か八かの決断ではないそれで、自分は地雷を踏んでしまったのだ。
先ほど、ベンチでやったときも違和感があった。だが今のそれは先ほどの比ではない。目の前の画面越しに勝負をしているはずなのに、どうしてもそちらに集中できなかった。
(どうしてだよ。今までこんなことなんて一度もなかった。他のゲームならともかく、地雷ゲームだぞこれは)
このゲームとの出会いは本当にたまたまだ。
じいちゃんにもらった古いノートパソコンに初めから入っていたいくつかのゲーム。
そのなかで、たまたまこのゲームを始めにやっただけのこと。
だが出会いは偶然でも、このゲームとの付き合いは長い。小等部の頃、クラスに馴染めなかった自分は、このゲームばかりやっていた
中等部になると、部活でパソコンをいじるようになった。だけど部の課題をこなしては、暇な時間はこのゲームに費やしていた。
高等部も大学部も、ずっとずっと、自分は一人でこのゲームと。
「――――――あっ」
過去を思い出し、昔の自分と対面して。そして自分はようやく気づいた。
いつも自分はこのパソコンと共にいた。だけどいつも一人だった。
誰かと寄り添うわけでなく。誰と笑いあうわけでなく。誰かと渡り合うわけでなく。
ただ目の前のプログラムと戦い続けていたのだ。
だが今はどうだ。自分の相手はプログラムではない。サイと呼ばれた凄腕のプログラマーだ。
そして自分は何の為に戦っている?
これは暇つぶしでも、自分の限界を見極めるために戦っているわけでもない。
ずっと画面に向かい合っておらず。
そうであっても自分は隣の彼女と向かい合ってすらいなかった。
隣にいる彼女は、ただ力なく俯いている。何をそんなに怯えているのか。いつも彼女は凛としていた。そんな彼女がどうしてこんな顔をしなければいけないのか。
(…………違う。全部俺だ。俺がシグナムにこんな顔をさせてるんだ)
シグナムは自分には絶対に言えない秘密があるようだ。それを教えてもらえないから、だから自分はあんな態度をとってしまった。
まるっきり子供の発想だ。ずっと人と関わってこなかったツケがここで一気に返ってきた気がした。
誰にだって人に言えないことの一つや二つはある。それに自分は男だ。男に話せないデリケートな話だって、きっとあるはずなのに。
(それなのに。俺は。…………俺は)
コウキはマウスから手を離すと、一度目を閉じる。そして大きく深呼吸をした。そんな彼を見て、シグナムは小さく彼を呼ぶ。
「…………コウキ」
その声は戸惑いか。それとも彼の行動に対しての失意の声か。だがコウキの行動はそのどちらでもない。
彼は両手を口に添えると、ぶつぶつと声を上げる。
「まずは追いつく。でも現実的には不可能だ。足りない。時間が。いや。それよりも。――――だけど相手には数だけが見える。なら。いや、少し間に合わない。勢いが欲しい。もう少し、あと少し性能が―――――――!!」
コウキはカッと目を見開くと、シグナムのほうに振り返る。彼はシグナムの手を両手でギュッと握る。そんな行動にビクリと彼女は体を震わせた。
「ど、どうしたんだコウキ」
「……今更許してくれなんて言わない。俺はシグナムを傷つけた。それに変わりない。だけど、それでも今は俺を信じて欲しい」
「信じる? 何を……?」
こうしている間にも時間は進んでいく。だがそれでもこの言葉を片手間でしてはいけない。それがわかるからこそ、コウキは彼女から目を離さなかった。
この言葉を言ったら彼女を怒らすかもしれない。自分が逆の立場だったら、あまりいい顔をしないかもしれない。
それでも勝つためには。そのためには――――!!
「今のままじゃあいつには届かない。だからシグナムの力を貸して欲しい」
「私の力……?」
「頼む。お前のレヴァンティンを――――俺に貸してくれ!!」
◇◆◇◆
コウキ達二人がいる休憩スペースから、少し離れたところ。同じ木造作りの休憩スペースで、銀髪の少女は鼻歌交じりにマウスを動かしていた。
「あれ、急に動かなくなっちゃった。……でもまあそれも仕方ないか。もうここからの巻き返しなんてできないもんね」
銀髪の少女はマウスから手を離すと、残念そうに肩を落とした。
「回線条件も同じ、立地も同じ。パソコンの性能は、まあ私の方がいいみたいだね。まっ、あんな旧式使ってる人に負ける気なんてしないけどねー」
わざわざ招待状を動画で送った理由はこれだ。彼女はプログラマーとして、正々堂々同じ条件でコウキに勝ちたかった。だからこそ、仮面の姿の動画を送り、この場に残ったのだ。
彼女は「うーん」と背筋を伸ばすと、リラックスモードに入る。
「このゲームって、下手に頑張りすぎて地雷踏んだら意味なくなるし。ここらへんかな。…………でも、何だかあっけなかったな」
あちらの番面はこちらからは見えない。だがその数を見るに、今の自分の画面のように緻密にときっちり開けられていないはずだ。
「もしかして違う人だったのかな? あー、でもそういえば管理室にユウキって人もいたような。どっちも名前が似てるし、音も似てるからなー。もしかしたら間違ったのかもしれない」
もしコウキが自分を追いつめた人間なら、こんな不甲斐ない戦いはしないはずだ。
名前や性別、年齢ではない。この地雷ゲームの戦い方に、少女は彼を感じなかったのだ。
「でも私のマシーンを壊したのはシグナムさんなわけだし。それだけは間違いな、なぁっ!?」
言葉の途中、少女は驚愕の声をあげる。いったい自分はどれだけの時間画面から目を離していたのだろうか。いや、ほんの数十秒。あるかないかのはずだ。
「えっ、う、嘘。何でどうしてこんな急に巻き返してるの!?」
画面の端にに表示されているマスの開封数が見る見るうちに増えていく。おかしい、何かがおかしい。こんなスピードでマス目が開くはずがない。
もし何かの理由があり、彼が本調子に戻ったとしよう。だとしても、このローカル回線において彼のマシーンでは。
「そういえば、あの側面の正体不明のコネクタ。――――ブーストかっ!!」
何を使ってブーストしているかはわからない。だがそれならこの速度にも納得がいく。
「この開き速度、単純計算で。……まずい、追いつかれる!」
あの時、中級で手こずっていた人間の速度ではない。少女はマウスを握り直すと、画面に目を向ける。
「でも大丈夫。まだ私が優位なことには変わりない。ここから時間いっぱいまで開け続ければ」
そう言って彼女は番面を見る。それは先ほど彼女が途中棄権を決めた、究極の二択だ。
この数週間。このゲームをやってきてわかったことが一つある。それは計算だけでは全てのコマを開けられないことだ。
「だけど先に進まなくちゃ追いつかれる。…………二つに一つか」
ちらりと画面の端を見ると、先ほどと同じ勢いでマス目が開けられているのがわかる。
わかるからこそ、少女は覚悟を決めた。
「―――――ここだっ!」
どちらにしても二つに一つ。なら覚悟は早くつけておくことに越したことはない。
だが強き決断が必ずしも幸を運ぶわけではないのだ。
「…………あっちゃー」
画面中が爆弾だらけになるのを見ると、少女はため息混じりに空に目を向けるのだった。