ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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二人の二ヶ月と二人のお誘い

「状況など関係ないか。……やはりそういうものなのだな」

 

 食事を終えヴィータと別れると、シグナムは何気なしに夜の公園を歩いていた。

 

 もとよりはやてには遅くなると伝えてはあるので、連絡の心配はいらない。ただ夜風に吹かれ、少し考えたかったのだ。

 

「そういう空気になったらか。……だがそういう空気とはどういうものなのだろうな」

 

 コウキと一緒にいたときのことを思い出す。だいたいの昼休みは可能な限り彼と取るようにしている。

 

 ここ最近、整備室では好奇眼差しが強く、中庭や食堂をよく利用しているがその時はどうであろうか。

 

「いや、さすがに一般大衆の前ではないな。そう思わないのか、そう思わないようにしているのかはわからないが」

 

 なら自分が意識するようになったのはいつからであろうか。シグナムは顎に手を添えると、その時のことを思い描く。

 

「あれは確か三回目のデートの時だな。特に出かける予定もなくて、二人でベンチに座ってゲームをしていたときだ」

 

 シグナムは公園のベンチに座る。そしているはずのない、彼の姿を見た。

 

「普段のお昼休みのときのようにコウキが隣にいて。子供みたいに無邪気にゲームをするその姿を見てたら、急に私の顔が熱くなって。それで、それで…………」

 

 気がついたらずっと彼の唇を眺めていた。果たして彼は自分の視線に気づいていただろか。もし気づいているとしたら、どういう気持ちでいたのだろうか。

 

「…………コウキ」

 

「おっ、何だ気づいてたのか。やっぱり前線の人間は勘の良さが違うんだな」

 

「――――コ、コウキッ!?」

 

 彼の声が聞こえると、勢いよく起立してしまう。コウキは「お、おお」と答えると困ったように頬を掻いた。

 

「あれ、気づいて俺のこと呼んだんじゃないのか」

 

「そ、それよりもいつからそこにいたんだ!」

 

「いつからって、ほんと今だよ。何か知ってる後ろ姿が公園の中に入っていくなーって思って」

 

「そ、そうか…………」

 

 平然と答える姿は、それが真実だと示していた。今の言葉を聞いて、彼が平静を装えるとは思っていなかったからだ。

 

 シグナムはホッとしたような、少し残念なような気持ちになると慌てていた気持ちを落ち着けた。

 

「そ、それで何か私に用なのか」

 

「用ってほどのことはないんだけどよ。ただまあ夜の公園だから、ちょっとなって思って」

 

「ん、公園が夜だとなにかあるのか?」

 

「いや、まあ気にする必要もなかったのかなって思ったけど。その何となくな」

 

 コウキは「うーん」と再び頬を掻く。そんな彼の行動にシグナムは疑問符を浮かべた。

 

「どうしたんだコウキ?」

 

「えっとな。夜の公園って変質者がでたりとか、酔っぱらいがいたりするだろ。だからシグナムが絡まれたりしたら嫌な思いするかなって。――――ははっ、いやそんな心配しなくてもシグナムにかかればちょちょいのちょいだよな。余計なお世話だったよな」

 

 コウキはそういうと、恥ずかしそうに頭を掻く。

 

 実際にコウキとシグナムの実力には天と地ほど差が存在するだろう。それに武器を持った変質者が現れたとしても、並大抵ならシグナムの拳一つで片が付くはずだ。

 

 それはシグナムにもよくわかっていた。それだけの修練を積み、それだけの戦いを経験しているのだ。

 

 だが、だとしても。

 

「――――――――!」

 

 シグナムは頬が緩むのを感じると、バッと顔を逸らしてしまう。そして口元を押さえると、言葉が出せずにいた。

 

 何だ、どうしたんだ私は。――――どうしてこんなにコウキの言葉が嬉しいんだ。

 

 思えば自分はいつも誰かを守る側だった。腕っ節が強く、皆に信頼と信用をされていた。

 

 身の安全を心配されたことなど、それこそロストロギアクラスの大事件ぐらいだろう。それくらい彼女には絶対の安心感が存在してた。

 

 だからこんなふうに守られる対象として見られたことはなかった。だからこそ、彼の素直な気持ちがシグナムには嬉しかったのだ。

 

「そんな口元抑えて笑うことないだろう。わ、悪かったな。生意気言って」

 

「そ、そうではないんだ。そうではなくてだな」

 

「だけど心配だったんだよ。お前は可愛いし、美人だし、そんな奴らに絡まれるのだけでも嫌だなって思って」

 

「~~~~~~!?」

 

 シグナムはもう駄目だと、その場でしゃがみ込んでしまう。普段はあまり言葉にすることはないが、偶に不意打ちのように自分のことを誉めてくることがある。

 

 そういう空気があれば構えることもできるが、こうもいきなりでは表情筋をこわばらせることもできない。

 

「だ、だから笑うなって言っただろう」

 

「だからそうではないと言ってるだろう。……そのだな。私はコウキにそう言ってもらえて素直に」

 

 嬉しかった。そう言葉にしようとした瞬間、突然彼は空を見上げた。

 

 コウキの視線に誘われて、シグナムも空を見上げる。すると、それを合図にしたように、ポツリポツリと雨が降り始めてきた。

 

「うお、やばいなこりゃ」

 

「どこかで雨宿りをするか?」

 

「いや、この感じだと当分止みそうにないぞ。と言っても、明日も仕事だし。……あー、えっと、シグナム」

 

 コウキの言葉にシグナムは首を傾げる。そんな無垢な彼女を見ると、彼は少し申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

「俺の家って、こっから近いんだけど。……もしよかったら来るか」

 

 それは思いがけない誘いだった。

 

 だがそれと同時に、自宅への初めての招待であった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

「おっ、雨か。ギリギリセーフだったな。これもヴィータさんが世界で一番可愛いおかげだな」

 

 カイズは雨が降り始めるギリギリのところで、マンションに足を踏み入れる。今日はヴィータが早帰りだったので、どこかで夕飯を食べる予定だった(自分の中で)。

 

 しかしヴィータがシグナムの相談に乗るということで、仕方なく一人食事を終え帰宅をしたところだ。

 

「積もる話もあるだろうし、さすがにまだ。あれ、玄関が光ってるな。……確かにあのうどん屋は少し混んでたけど、そこまで時間かかったっけな?」

 

 ドアを開け、玄関を確認する。すると、やはりヴィータの靴がそこにはあり、それは彼女の帰宅を示していた。

 

「ヴィータさん、もう帰って来てたんですね! それだったら、何か買ってきて家で夕飯でも。って、ヴィータさんどうして部屋の隅でうずくまってるんですか!!」

 

 カイズが部屋に入ると、まず見えたのはヴィータの後ろ姿だ。どんよりとした空気が流れる中、彼女は部屋の壁に向かって体育座りをしていた。

 

 カイズはヴィータに駆け寄ると、すぐその肩を掴み揺らした。

 

「ど、どど、どどどしたんですかヴィータさん! 何があったんですか」

 

「………………カイズゥ~~」

 

 ヴィータは半分涙目になりながら、カイズの胸に顔を埋める。

 

(こんな弱々しいヴィータさんは、あのとき以来だぞ!)

 

 あの時というのは、シスンの事件があった後のこと。はやてに事情を話し、こっぴどく怒られたあとの時と今の彼女はよく似ていた。

 

 こういうときは、心に何か大きなダメージを負ったときと相場は決まっている。カイズは状況を把握すると、優しく言葉を選択した。

 

「ヴィータさん、何か疲れてるみたいですけど、シグナムさんと何かあったんですか?」

 

 落ち込んでいると直接聞くべきでないだろう。カイズがそう言うと、胸の中のヴィータは「ううぅー」と声を漏らした。

 

「別にシグナムと何かあったんじゃねえんだよ。ただ、ちょっと相談を受けて。それで自信がなくなったって言うか。恥ずかしくなったっていうか……」

 

「えっ、そんなすごい話しになったんですか」

 

 あのシグナムから赤裸々にとんでもない爆弾を投げつけられたんだろうか。カイズは少し信じられないものを見るような顔をすると、ヴィータはぱくぱくと言葉を放つ。

 

「…………な、なぁカイズ。やっぱりあたしって、えっと。……エッチだったのかな」

 

「いや、確かにヴィータさんは世界で一番魅力的な女性です。ですが、そんなことはないと思いますよ。というか、このやり取りってもう三度目くらいですよね」

 

「あたしだってそれはわかってるんだけどよ。だけど今日シグナムの話を聞いたら、その……自信がなくなって」

 

「いったい何を話したんですか?」

 

 カイズがそう訪ねると、胸に埋めていた顔を少し上げる。ヴィータは上目遣いになると、言葉を続けた。

 

「付き合って二ヶ月になるんだけど、どのタイミングでキスしたらいいかって」

 

「えっ? 別に期間は関係ないと言いますか、その場の空気みたいなもんじゃないですかね」

 

「それはあたしもわかってるんだ。わかってるんだけど」

 

「あー、えっと、確かに俺達は付き合い初めてすぐにしちゃいましたけど、その場の勢いとかってありますし。それに俺のほうからしたわけですし」

 

 だからヴィータ自身は何も悩む必要はない。カイズはそのつもりで口にしたが、彼女の言葉には続きがあった。

 

「……だけどシグナムはもう四度もデートに行ってるんだぞ。それなのにキスもまだって。…………いや、キスがどうのこうのって話じゃなくて、その、あたしの行動が相当異常だったんだなって。それを今日実感しちまってよ」

 

「相当異常って。…………あっ。あー、」

 

 ヴィータの言葉でカイズもその時のことを思い出したのだろう。少し考えるように、言葉を濁した。

 

「や、やっぱりおかしかったんだよな。その、一回目のデートで、しかも外で、その、な……舐めるのって」

 

 いやおかしくないわけがないのだ。ヴィータは自身の行動を恥じるように、再び身を縮こませてしまう。

 

 カイズはそんな彼女を後ろから包み込むと、彼女の耳元に口を近づけた。

 

「まあ確かに一回目のデートでって考えると、あまり例をみないかもしれませんね」

 

「じゃ、じゃあやっぱりあたしって、その」

 

「でも俺は嬉しかったですよ。あの頃は告白したてで、ヴィータさんとつき合えたのだって、本当は夢じゃないかって何度も思ってました。……だけど、そのヴィータさんが俺のことを思ってくれて、俺のためにしてくれたことですから。…………そうでなくても、俺は一回目のデートがそれでよかったと思ってます」

 

「……気持ちよかったからか?」

 

 ヴィータは「むぅ~」と少し不服そうにカイズを見る。鼻と鼻がくっつきそうな距離で顔を合わせると、カイズは小さく首を振った。

 

「それはもちろんそうですけど、そうじゃなくてですね。もし俺とヴィータさんが付き合って、二ヶ月経ってもキスすらしてなかったらって考えると、少しぞっとするんですよ」

 

「……どうしてだ?」

 

 その理由がヴィータにはわからなかった。カイズもヴィータもお互い一緒にいられるだけで幸せだった。だからこそ、そこに性的行動が関与しているとは思いたくはなかったのだ。

 

 ヴィータが何を思っているのか、カイズもわかったのだろう。彼は満面の笑みを見せると、その疑問に答えた。

 

「だってそんなにゆっくりした交際だったら、まだ俺とヴィータさんが結婚してなかったかもしれませんからね。単純計算で、二ヶ月は遅れた可能性があるわけで。――――俺、今がすごい幸せなんで、その幸せが二ヶ月先延ばしにされたかと思うと、正直ぞっとしますね」

 

「……カ、カイズ」

 

「ヴィータさんはどうですか。俺と結婚するの、二ヶ月先延ばしでもよかったですか」

 

 カイズは柔らかい声で、そう訪ねるとヴィータの頬に軽くキスをする。そんな彼に応えるように、ヴィータも彼の頬にキスをした。

 

 きっと恥ずかしがり屋の自分では、結婚でもしなければここまで触れあうことはできなかっただろう。

 

 カイズに抱きしめられ、カイズに触れて。今が幸せだからこそ、その幸せが遠退くことをヴィータもまた考えたくはなかった。

 

「……ううん。二ヶ月先延ばしなんて絶対に嫌だ。あたしも早くカイズとこうなりたかったから」

 

「じゃあそれでよかったんですよ。人は人、俺たちは俺たち。恋愛の形なんて人それぞれなんですから」

 

「ん、そうだよな」

 

 ヴィータがくっと唇を突き出すと、カイズは自身の唇を重ねる。どうやらヴィータの気分も戻ったようだと、彼はほっと息をついた。

 

(結局エッチなってことはうやむやになったけど。……まあいいよな。ヴィータさんも納得してくれたし)

 

 唇を離すと、トロンとした眼差しのヴィータと視線が合う。カイズは彼女の体を離すと、にっこりと笑みを浮かべた。

 

「ヴィータさん。今日は久しぶりに一緒にお風呂入りましょうか」

 

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