日程:2014年8月31日(日)11:00~16:00
場所:有明・東京ビッグサイト東5・6ホール
大変だったこと、辛かったこと、そして……
お昼も過ぎた3時過ぎ。今日一番の大仕事を終えたヴィータは、喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいた。
今日は大事な家族のために一日歩き回っていたからか、随分と喉が乾いていたと今更になって気づいた。
それは目の前のコバルトブルーの髪色の女性も同じようだ。注文したアイスコーヒーを、一気に半分ほど飲むと、落ち着いたように一息ついた。
「助かったよ、サクヤさん。正直、あたし一人じゃ自信がなくて」
「いえいえ、私でお役に立てたなら光栄です。……それにしてもシグナムさん、初々しかったですね。服一つであんなに顔を赤くしちゃって」
その時のシグナムはよく覚えている。無難な服を選ぼうとしているシグナムを制止し、二人で女性らしい服を全力で選ばせた。
あの武士や騎士をそのまま形にしたシグナムが、顔を赤らめ「可愛いと言ってくれるだろうか」と。まさかそんな姿を拝める日が来るとは思いもしなかった。
シグナムは明日の準備のために、すでに帰宅している。なので、この場にはヴィータとサクヤしかいなかった。
ヴィータはストローに口を付けると、いつの間にか中身が空なことに気づく。サクヤもそれは同じようで、二人して苦い顔をして見せた。
「ケーキセットでも頼みましょうか、ヴィータさん」
「そうするかー。今日はあたしに奢らせてくれよ。随分と歩かせちまったし」
「それではお言葉に甘えますね。……でも、これからじゃ結構時間がかかりそうですね」
サクヤのその言葉に店内を見渡す。さすがの休日だからか、お昼の時間を外しても店内には多くの客がいた。
二人はケーキセットを注文すると、何となく手持ちぶさたになる。それではと思うと、サクヤは口を開いた。
「私たちもあんな時代があったんですね。といいましても、まだまだ新婚ホヤホヤですけどね」
「まあお互いにそうだよな。……でも結婚したおかげで、イチャイチャするのにはだいぶ慣れてきたけどな」
「それは同感ですね。まあ私の場合は、羞恥心よりも自分に惚れさせたいって思いが大きかったですけど」
「そうなのか?」
「そうなんですよ。私って見ての通り結構プライドが高い方で。絶対に自分のほうが惚れてるだなんて、相手に思わせたくないんですよね。まあ、旦那と出会ったときはベロンベロンに酔ってましたし、愚痴や不満も何度となく聞いてもらってましたから。……正直こっちが一方的に好きになってましたから、初めから勝ち目なんてなかったんですけどね」
サクヤはどこか悔しそうに、それでいて楽しそうに口にする。
「だけどそれでもいろいろしたんですよ。何度もお店に足を運んだり、偶然を装って帰りが一緒になるように待ち伏せしたり。……酔った振りして、色仕掛けなんかもしたりしましたね」
「そ、それは結構頑張ったんだな」
「でも全部空振りだったんですよ。まあ色仕掛けなんかはあと一歩って感じだったんですけど、その時の状況が悪かったと言いますか」
「状況が悪かったって、サクヤさんのか?」
「いいえ、旦那のほうですね。その時旦那は貸し店舗でなく、自分のお店を持とうかって考えている時だったんですよ。自分の店を持つことになったら、もちろん生活も苦しくなる。そんななか、色恋沙汰を考えてる余裕なんてなかったんですよ」
「それでサクヤさんはどうやって結婚まで持ち込んだんだ?」
ヴィータがそう聞くと、サクヤは少し居心地の悪い顔をする。だが話を振ったのは、サクヤのほうだ。彼女は大きなため息とともに、続きを話す。
「旦那がその話をしたのは、私がお酒を勧めて少し酔ってたときなんです。普段は店員と客という立場もありましたけど、愚痴なんてほとんど吐かない人で。で、店の話になったときに私が酔った勢いで言っちゃったんですよ。……店だったら私が出資してあげる。だから貴方は私のものになりなさいって」
その時のことを思い出しているのだろう。サクヤは頭を抱えると、そのまま机に額を当てる。
その口上もさることながら、前の話と統合すると、その後旦那を押し倒したということになる。
もし自分にそんな勢いがあれば、カイズとの結婚ももっと早かったのだろう。
ヴィータは苦笑いを浮かべる。だがそんなヴィータを見て、サクヤは恨めしそうに声を上げた。
「……ヴィータさんは何かなかったんですか。いえ、いろいろあったのは知ってますけど、これじゃあ不公平ですよ」
「うーん。そう言われてもなー」
カイズと結婚するまでは、まさに嵐の中の大航海だった。
一番大変だったのは、シスンとの出来事だろう。あの時は自分の罪と罰を改めて思い知らされ、それに呼応するように闇の書に復讐をするシスンが現れた。
一番辛かったのは、カイズの記憶がなくなったときだ。自分のことを覚えていなく、悪意のない言葉に随分と傷ついた記憶がある。
だが記憶喪失のことをサクヤは知っている。そしてシスンのことは、仕事の立場上口外することはできない。
(サクヤさんはなかなか好意に気づいてもらえなくて。それで随分しんどい思いをしたんだよな)
「…………あっ」
「何ですか、何ですか。何か思いつきましたよね今っ!」
「いや、これは。でもいいのかな、話しても」
確かにこれは管理局で秘匿にはなっていないし、カイズと付き合ったことのあるサクヤになら話してもいいことかもしれない。
ヴィータはしばし頭を悩ませる。だがまだケーキセットが届く気配がないとわかると、探るように口にした。
「えっとな。一番しんどかったっていうのが、カイズのお父さんについてのことなんだ」
「えっ、そんなに大変だったんですか。でもカイズ君のお父さんって、寡黙すぎるぐらい寡黙で。といいますか、息子の恋人になんていいも悪いも興味を持たない人に見えましたけど」
「……まあサクヤさんがカイズと付き合って、もしそのまま結婚してたら、そうだったかもしれねえな。だけどまあ、あたしだったかこそいろいろと話がこじれちまってよ」
ヴィータがそう前置きをすると、サクヤは興味津々に身を乗り出す。
どちらにしても、まだまだ時間はかかりそうだ。
ヴィータは少し過去を思い出すと、あの時のことを語り始めるのだった。
◆◇◆◇
「…………(ゴクッ)緊張してきた」
黒のスーツとタイトスカートに身を包んだヴィータは、緊張のあまり足取りが遅くなる。そんな彼女を励ますように、カイズは明るい声をあげた。
「大丈夫ですってヴィータさん。うちの親父はどがつくほど放任主義ですし、きっとろくな会話をする前に頷いてくれますって」
「そ、そうは言っても緊張するものはするんだよ」
ヴィータは一度足を止めると、大きく深呼吸をする。そして自らを奮い立たせるように、両頬を叩いた。
カイズのプロポーズがあり、ノーナンバーズ事件が終わりしばらく経った頃だ。
仲間内ですでに結婚式の段取りは始まっており、カイズの体も完治したそのころ。ヴィータは最大のイベントを終えていないことに気づいたのだ。
それがカイズの父親に挨拶をしにいくことだ。
そうなのだ。プロポーズをされ、結婚式の予定まで決まっているのにヴィータはまだ一度もカイズの父親に挨拶をしに行っていないのだ。
これはさすがに失礼を通り越して、怒られるのではないのだろうか。その思いが、ヴィータの足かせになっていたのだ。
「仕方ないですってヴィータさん。俺だってようやく怪我が治ったわけですし、そんな暇ありませんでしたから」
「まあそれはそうなんだけどよ。……それにしても、カイズの父親って一度も見舞いにこなかったよな」
「だから放任主義なんですって。一応問い合わせにはきたみたいですけど、俺の命に別状がないって知ったら『それではよろしくお願いします』ってそれだけで通話切ったみたいですし」
「…………もしかして、仲わりいのか?」
「仲が悪い云々の前の話ですね。でも俺は親父のこと嫌いじゃないですよ。頑固者ですけど、俺と違って芯は通ってますし、正義感も強いし。でもまあ口数が少ないので、勘違いされることだけは多いんですけどね」
そう言葉にするカイズに嘘偽りは見られない。きっと言葉通り、カイズは父親を尊敬しているのだろう。
だがそこまで話すと、ヴィータはあることに気づいた。
「えっと、カイズのお母さんって」
「ああ、母親はいませんね。といいますか、顔や名前すら知らないと言ったほうが正しいかもしれません」
「どういうことだ?」
「いやー、俺にもよくわからないんですよ。でも母親のことに関しては、親父は絶対に話してくれないんですよね。まあ俺も記憶の欠片もない母親のことはあまり気になりませんでしたし、別段どうでもいいかなと思ってます」
「……知りたいとか、会いたいとかって思わないのか」
「うーん。まあそんなには。親父にはずっと『最悪の妻』だったと言われてましたし、それ以上のことは何も教えてくれなかったので」
「そ、そうか…………」
「そんなに落ち込まないでくださいよヴィータさん。俺は気にしてないんですよ、本当に。ほら、そろそろ着きますよ」
カイズは手を引かれると、少し駆け足で目的地に向かう。そしてその時が迫っていることに、ヴィータは息をのんだ。
カイズはいろいろと励ましてくれたが、ヴィータはどんな罵声を浴びせられようが、それを受け止める覚悟をしていた。
だって、それは。
「…………ここか。やっぱり大きいな」
ヴィータの目の前には、ミッドでも上位に入る巨大な建物だ。
目の前の総合病院。
ここは、カイズの父親が経営する知る人ぞ知る大病院なのだから。
※COMITIA109 に出店予定!! サークル名は『イノセントウイングス』です。
日程:2014年8月31日(日)11:00~16:00
場所:有明・東京ビッグサイト東5・6ホール