日程:2014年8月31日(日)11:00~16:00
場所:有明・東京ビッグサイト東5・6ホール
学生時代カイズが医者を目指していたことはヴィータも知っている。そしてその夢を曲げて、局員になった理由もだ。
だがカイズの実家のことを知ったのは、つい最近のことであった。まさかカイズがミッドでも五本指に入る大病院の息子だとは今まで知りもしなかったのだ。
エレベーターでの移動中、ヴィータは内心冷や汗まみれだった。
いろいろな思いや葛藤があったが、カイズが教導官になったことは間違っていないと思う。きっかけは自分に命を助けられたこと。
だがきっかけはあくまできっかけ。本人が本気でその夢を目指しているのなら、それが正しいのだとはやてにも教えられた。
そして自分はそんな彼の背中を押すためにデバイスを制作し、そして今や彼は教導官の資格を手に入れたのだ。
だがそのことを病院の院長であるカイズの父親はどう思うだろうか。自分の息子は学生時代まで自分と同じ道を目指してくれた。
だが言ってしまえば女にうつつを抜かし、その夢を変えてしまったのだ。
カイズが言うには「別に反対も賛成もされませんでしたよ」とのことだ。
だがそれはあくまで息子に対してのものだろう。
ことの張本人を目の前にして、カイズの父親がなんというか。少なくとも歓迎はしてくれないだろうとヴィータは思っていた。
やがて指定の階にエレベーターが止まる。ヴィータはゴクリと唾を飲むと、重い足を一歩一歩進めていった。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですって。ほら、早く行きましょうヴィータさん」
「お、おお……」
カイズの様子は相変わらず不安の色が見えない。ヴィータはその表情に少し安堵する。そして木製の重厚な扉の前に立った。
「親父、来たぞー」
心の準備ができていないなか、カイズはノックをすることなく扉を開ける。ヴィータはそのすぐ後に続くと、思い切り頭を下げた。
「は、初めまして。大変挨拶が遅れました。や、八神ヴィータと言います」
深々と下げていた頭を上げると、まず部屋を見渡した。
中央にガラスのテーブルがあり、その両脇には黒いソファーが置かれている。
奥には木製の高級感あふれる机があり、その後ろに目的の人物は立っていた。
「……ああ、二人ともご苦労だったな」
筋肉質な体に、オールバックの黒髪。そんな彼に不釣り合いなほど釣り合っている白衣姿。カイズの父親、ジュウゾウは、まるで部下に言葉をかけるとこちらに向かってくる。
瞬間、ジュウゾウと目が合った気がする。彼は睨みつけるようにヴィータを見るが、もともとそういう顔なのだろう。それを隠すことなく、その表情のままカイズの前に立った。
「それではカイズ、早速だがこの表を持って一階まで戻れ」
「…………………はぁ? って、これ人間ドックの紙だよな??」
クリアファイルに挟まれてそれを見る。それは健康診断などの時に渡されるそれそのものだった。
五つの項目が終わった後には、脳の検査の予定もあるようだ。カイズはそれを見ると、困ったように頭を掻く。
「すまん。親父の言葉が足らないのはいつものことだけど、これじゃあ本当に何がなんだかわからない」
「見ての通りだ。うちで診断を受けていけ」
「どうして?」
「……数日前まで、大怪我を負って記憶まで失っていたのだろう。うちでも検査をしていけと言っているんだ」
「いや、怪我は治ったし脳も異常はないって」
「それでも受けていけ。……お前には子供を心配する親の気持ちがわからないのか」
「……………えっ?」
ジュウゾウの言葉を聞くと、カイズはあっけにとられたような顔をする。だが次の瞬間、信じられないものを見るように驚きを見せた。
「し、心配してるのか。親父が、俺を?」
「何かおかしいか」
「いや、おかしくなんてないけど。……でも珍しいな、親父が直接言葉にして伝えるなんて」
「今までとは事態が違いすぎる。お前が診察を受けている間に、そこのご婦人とも今後についていろいろ話しておく。……行ってこい」
「え、ええっと」
カイズはそう言われると、困ったようにヴィータを見る。だがその顔はどこか緩んで見えた。
きっと先ほどの言葉通り、声に出して心配してもらったことが初めてだったのだろう。
だったら彼女の答えは決まっていた。
「行ってこいよ。せっかくお父さんが心配してくれてるんだしよ」
「――――はっ、はい! それじゃあちょっと行っていきますね」
カイズはギュッと診断書を握りしめると、鼻歌交じりに院長室からでていく。
バタンと扉が閉められると、ゆっくりとヴィータの表情が笑顔のまま固まっていく。
(…………ど、どうしよう)
流れのままに見送ってしまったが、ようするにこれから3時間近くカイズの父親と二人きりということだ。
果たしてそんなに間が持つのだろうか。ヴィータは油の切れたブリキのように、ギチギチと向き直る。
ジュウゾウはそんな彼女を見ると、中央の黒のソファーに腰を下ろした。
「…………ようやくこれで話ができるな。さっ、座ってくれ。ああ、いま飲み物を用意させよう。好みはあるか」
「で、ではコーヒーで」
ヴィータはそう告げると、その数秒後すぐに飲み物を持ったナースが部屋に入ってくる。
机にそれらが置かれると、ヴィータはジュウゾウの対面のソファーに座る。
そして再び扉が閉められると、静寂が部屋を覆った。
ヴィータはとにかく居心地の悪さを顔に出さないように、ビシリと構えていた。
(大丈夫だ。もう怖いことなんて何もない。……たとえ何を言われたとしても)
見た目のことで散々悩み倒した。
教導官を目指す彼の背中を押してあげると決めた。
過去に犯した罪も認め立ち向かうこともできた。
人間でないことで、カイズに迷惑をかけるかもしれない。それでも二人で同じ時間を歩んでいこうと決めた。
そして二人の愛は疑いのないものだと、すでに何度も理解している。
どんな罵声も困難も覚悟している。だからこそ、今日はここにきたのだ。
来るならこい。ヴィータは気持ちを切り替えると、真っ直ぐにジュウゾウと向かい合う。
彼はそんなヴィータを見ても顔色一つ変えることなく。ポケットから黒色のカードを取り出すと、それを机の上に置いた。
「このカードはなんですか?」
「それは使用限度額のないクレジットカードだ。そこには君たち公務員が定年まで働いてようやく手にする金額が入っている。……受け取ってほしい」
「ど、どうしてですか」
ヴィータがそういうと、ジュウゾウは初めから言葉を用意していたのだろう。彼はためることなく、それを言い放った。
「これを手切れ金として、息子と別れてほしい」
「――――えっ」
「君には。……いや、君という存在に息子を任すわけにはいかない」
その表情、声色は変わることなく。
だからこそそれが冗談ではない。本気の言葉だとヴィータは理解することができた。
カイズの態度を見て、少し安心していたところはあったかもしれない。カイズの父親ならきっと悪い人ではない。自分のこともわかってくれるはずだと。
そしてある程度の反対は初めから覚悟をしていた。していたが、これは反対ではなく拒絶だ。
ヴィータは右手を握り込むと、毅然とした態度を崩すことなく対応した。
「このカードは受け取れません」
「どうしてだ」
「私は。……あたしはカイズと別れる気がないからです」
「どうしてだ」
「ど、どうしてって。ならジュウゾウさんはどうしてあたしとカイズの結婚を反対するんですか」
理由ならいくらでも考えられる。だがまずその答えを聞かないことには、先には進めない。
ジュウゾウは顔色一つ変えずに、さも当たり前のように口を開く。
「人間である息子が、人間でない魔力の固まりと結婚をする。これを反対しない親はいないと思うがな」
「――――ッ」
人間ではない。その言葉は、容赦なくヴィータの心に傷を付ける。しかしそれだけだ。人間でないこと。そして昔に大罪起こしたこと。これらのことは、シスンの時に二人で乗り越えてきたことだ。
感情的になってはいけない。ヴィータは小さく深呼吸をする。
「そのことについては、もうカイズとも話し合っています。カイズは人間でない自分を受けれてくれると言ってくれました」
「それは君のことを好いている息子なら当たり前のことだろう。だが君に対して、何の感情も持たない私は違う。人間と魔力の固まりが結婚したことでろくなことにはならない。……難しいことは言ってない。あくまで一般論だと私は思うのだが?」
「そ、それは……」
「これから先の未来。人間として息子はゆっくりと老いていくだろう。だが君はどうだ。そんな幼い容姿のまま、ずっと息子の側にいて。そんな君を見て、息子は本当に今の気持ちを持ち続けていられると思うか?」
「でもカイズだったらきっと」
「子供も作れない魔力の固まりが、あいつに何を残してやれる。何も残らない。最後には間違っていたと気づくだけだ」
「ち、違う。それは、それは。……違うと思います」
カイズと自分の乗り越えてきたことは。互いを愛し合う気持ちはそんなものではない。
だがジュウゾウの言う言葉も確かなのだ。カイズとヴィータはお互い苦難を越え、それでも一緒にいると心に決めた。だからこそ、そうではないジュウゾウにその気持ちを理解してもらうことは不可能に近かった。
ジュウゾウはコーヒーを一度口に運ぶと、ずっと顔色を変えることなく。さらなる現実を叩きつけた。
「……それに君は古代ベルカ時代のロストロギアから生み出されたらしいな」
「――――た、確かにあたしは昔に大罪を犯しました。だけど、その罪は二人で乗り越えると決めました。その件についてジュウゾウさんに迷惑をかけることは絶対に」
「大罪? 別にそんなことは気にも止めていない」
「えっ!?」
「私が危惧しているのはただ一つだ。――――古代ベルカのロストロギアから生み出された君が、残される悲しみを想像できるか」
「残される、悲しみ……?」
「君という存在は常に不安定な場所にいるということだ。君を生み出したロストロギアの本体はもうこの世界に存在しない。そんななか、もし君の体が崩壊したらどうする? 人間の体なら長年に渡って培ってきた知識と技術で救うこともできるかもしれない。だが君という存在は。さらにロストロギアに関わっている君がどうにかなったとき。それを救うことができるのか?」
「救うこと。それは……」
――――ドクンッ!
心臓が強く高鳴ると、あの時の彼女の顔が蘇る。
家族を救うため、雪のあの日自分たちの目の前から消えていったもう一人の大切な家族の姿を。
どうにもできなかった。どうすることもできなかった。悲しみはあった。無力感に心だって蝕まれた。
だけど、だとしても、結果として自分たちはアインスを助けることができなかったのだ。
明らかに変わるヴィータの顔色を見て、ジュウゾウもまた眉をひそめた。
「ここは病院だ。手を尽くして、それでも救えない命は多く存在する。だが手を尽くすことと、何も出来ずに見ているだけは違う。無力と絶望とは君の思っている以上に、大きな溝が存在するということだ。……そろそろ検診の時間だ。すぐに答えを出せとは言わない。だが息子のことを思うなら、よく考えて答えを出してくれ」
ジュウゾウはクレジットカードを机の上に置いたまま、ソファーから立ち上がる。
ヴィータは俯いたまま何も言えずにいた。
パタン。怒りの色も、悲しみの色も見えない。ただ当たり前というように、部屋のドアが閉められる。
自分が消えてしまうということ。それを考えなかったわけではない。そうであっても、二人なら乗り越えていけると信じていた。
いや、きっとカイズなら自分と同じことを言ってくれるはずだ。だがその想いを父親とは言え、赤の他人に理解しろと言う方がやはり無理な話なのだ。
「―――――ぐっ、くそっ」
ヴィータは奥歯を強く噛みしめると、出されたコーヒーを煽るように飲む。
そしてその場から立ち上がると、院長室からでていくのだった。
※COMITIA109 に出店予定!! サークル名は『イノセントウイングス』です。
日程:2014年8月31日(日)11:00~16:00
場所:有明・東京ビッグサイト東5・6ホール