病院の二階。ヴィータはソファーに座ると、ガラス越しに一階のロビーを見渡す。
そして肩を落とすと、大きなため息を漏らした。
「ハアァァァァー。……ある程度の予想はしてた。してたんだけどなー」
まさかあそこまで拒絶反応を見せられるとは思っていなかった。だが言っていることが、あまりにも一般論であるが故に、ヴィータは今後の対応に悩んでいた。
結論から言えば、正直今更だった。
もしジュウゾウとの出会いがもう少し早かったら、ヴィータは心の底から落ち込んでいたかもしれない。
それこそカイズのことを思って、身を引いていた未来も考えられた。
だが言葉通り今更なのだ。今更自分が人間でないこと、容姿のこと、ロストロギアから生み出されたということ。
それらを突かれたところで、カイズと別れる気は一切ない。
それはきっと彼も同じのはずだ。だからこそ、すでに別れるという選択肢はヴィータのなかには存在していなかった。
だがそうなると、今後カイズの父親とは一生険悪な仲になることは目に見えている。
それはヴィータにとっても、カイズにとっても。そして形式上親戚になるはやてたちにとっても、あまり居心地のいいものではないだろう。
きっと周りのみんなは、自分たちの味方をしてくれる。それがわかっているからこそ、ジュウゾウにはしっかりと祝福される形で結婚をしたかったのだ。
「うあぁぁ~、どうすればいいんだ。やっぱりカイズの検査が終わるまで、待つしかないのか~」
二人がかりでジュウゾウが認めるまで想いをぶつけ続ける。もしかしたら、それでジュウゾウは認めてくれるかもしれない。だがそれは諦めでという意味でだ。
この問題にカイズの手を借りてはいけない気がした。あくまでこれはヴィータとジュウゾウの問題なのだから。
「って言っても、ジュウゾウさんは診察中でどこにいるかもわからないし、どうしたら。…………ん、何かあったのか?」
俯いていたヴィータは、一階のロビーの喧騒が強くなるのを聞くと下に目を向ける。
先ほどまでロビーには、多くの人がごった返していた。だがその一点を避けるように、男の周りから人が離れていたのだ。
「だしやがれ! あのくそ医者をこの場に呼んでこい!!」
三十代前後の男は、そうがなり立てるとオブジェクトの木を倒す。その音に近くにいた老人はおびえ、女性達は逃げるようにその場から離れる。
しかし男はそんな周りの様子は一切気にしていないようだ。赤く充血した目を見開くと、まるで仇を捜すようにあたりを睨みつける。
「どうして見捨てた! 俺のお袋が一番重傷だったのに、なのにどうして見捨てたんだよ!!」
そうわめき散らすと、再び男は鑑賞用の木に手をかける。その瞬間、ヴィータはハッと身を乗り出す。
(まずい、あのままじゃベンチに座ってるばあちゃんに当たるぞ!)
車いすが近くにある老婆はきっと足を悪くしているのだろう。暴れ回る男におびえながらも、その場から逃げ出せずにいた。
「――――間に合うか!」
ヴィータはデバイスを手に取ると、乗り越え防止ようのガラスの乗り越えようとする。
だが男の行動は、それより遙かに早かった。
怒りのままに手を振ると、鑑賞用の木が左側に倒れる。
――――ドッ!
先ほどとは違い、人間にぶつかる鈍い音が小さいながらロビーに響きわたる。
誰しもが間に合わない。そう思った瞬間だ。
白衣を着たガタいのいい男は、その木を軽々と左手で受け止めて見せた。
黒髪のオールバックの男性。ジュウゾウはその木を、誰もいない場所に投げ捨てると、男の前に立った。男は、その瞬間ジュウゾウを睨みつけていった。
「お前、お前だ! どうしてあの時、お袋を見捨てやがったんだ!! どうしてお袋を見捨てて、あの成金ババアから助けたんだよ!」
「………………」
「うちに金がないからか? あいつが金持ちだったからか? こんな大病院様じゃ、俺みたいな貧乏人は世話しないっていうのかよ!!」
「……違う」
「違うならどうしてお袋を見捨てたんだよ! 言い訳があるなら、今ここで言ってみろよ!!」
男の言葉を聞くと、ロビーに再び喧騒があがる。だがそれは先ほどの男に対する恐れによるものではない。
周りの人間は、ジュウゾウに白い目を向けていたのだ。
だがジュウゾウに堪えた様子は一切見られない。そして無表情のままゆっくりと片手をあげた。
「警備員なにをしてる。さっさとこの男をつまみ出せ」
『――――はっ、はい!!』
周りと一緒に呆気にとられていた制服姿の男達は、その場から走り出すと男を押さえつける。
男は必死になってそれを振り払おうとするが、やがて三人、四人と数が増えるともう抵抗すら空しく見えた。
「ぐっ、くそ、ふざけんなよ! この金の亡者が、冷徹やろうが!! 大切な人を失う気持ちがわからなくて、医者なんてやってるんじゃねえよ!!」
「警備員、早くつまみ出せ」
「ぐぞ、ちくしょが!!」
罵声をはけたのもここまでだ。男は完全に押さえ込まれると、そのままズルズルと外につまみ出されていく。
男の姿が消えると、先ほどの喧騒が容赦なくジュウゾウに向けられた。
(これじゃあ悪者がどっちかわからないじゃねえか)
不安と不信を向けられるが、ジュウゾウは何も言い訳はしなかった。その代わりにベンチに座っている老婆に手を伸ばすと、低い声でこういった。
「お騒がせしてすみませんタバタさん。病室に戻りましょうか」
老婆は少し驚いた顔をするが、その手を拒むことはなく。ゆっくりと車いすに導かれると、ジュウゾウはその後ろにつく。
そして二人は喧騒を引き裂くように、真っ直ぐエレベーターに向かっていくのだった。
◆◇◆◇
先ほどの騒ぎの後、どうにもロビー付近には居づらくヴィータは病院の中庭に移動していた。
大病院の名前に違わぬ広大な庭は、病人のリハビリや心のケアに役立てているのだろう。色とりどりの花は、下手な行楽施設より色鮮やかだった。
「ジュウゾウさん。……いったいどういう人間なんだろうな」
ここにきてヴィータはジュウゾウのことが余計にわからなくなっていた。
魔力の固まりである自分の存在を頭ごなしに否定している。
だが息子のことを考えてのことだ。
誰もが言葉を失ったなか、男に立ち向かい結果として老婆を助けた。
しかしあの男が叫んでいたことが、嘘だとは思えない。
ここまでの大病院だ。何とかして評判を落としたいという人間はいるかもしれないが、これではあまりにも直接的すぎる。
だとしたら、ジュウゾウは彼の母親を見捨てたということになってしまう。
出会ってまだ一時間ほどしか立っていない。それで一人の人間の全てがわかるとは思っていない。
だがここまで様々な面を見せられては、考えをまとめることすらできなかった。
「うああぁぁ、わからねえ、全然わからねえよ。……って、あれ、どこだここ?」
ずっと考えごとをしていたからだろう。ヴィータは気がつくと、庭の随分と奥の方に進んできてしまったようだ。
「はぁー、でもまあ悩んでばっかりいても仕方ねえよなー。でもジュウゾウさんはどうしたら納得してくれるんだろうな」
くあぁーっと体を伸ばす。とにかく気分を変えようと思い起こした行動だが、その瞬間強烈な立ちくらみを覚える。
「なっ、お、おっと」
ヴィータは頭を押さえると、おぼつかない足のまま数歩先へ進む。
「うわ、やばいな。どうしたんだろう……」
脳が揺らされるような。そんな目の回る感覚に襲われると、ヴィータはその場に膝を突く。
だがそれも一瞬のことだ。まるで憑き物が落ちたかのように、気持ち悪さはすぐに消えていった。
「いったいなんなんだ。体調って言うよりも、何かに頭の中を無理矢理揺らされたような。…………あれ? こんなのあったっけ??」
膝を突いたヴィータの目の前には、ヴィータの半分ほどの大きさながらも、しっかりとした作りのお墓が立っていた。
どうしてこんなものが、花壇のど真ん中に。しかも病院などに立っているのだろうか。
ヴィータはそこに掘られた名前を見ると、そっとそれを読み上げた。
「…………最愛の妻、ユウヒ。ここに眠る」
ヴィータは導かれるように、そのお墓に手を伸ばす。
そして文字盤に指が触れた瞬間だ。
「ぐっ、っ、また」
脳を揺らぐ感覚に、再び襲われていくのだった。