ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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間違えた道の先に

 ピタリと足音が止まる。正確な位置はわからないが、ほぼ間違いなくベンチの後方にいるはずだ。

 

 今度は何を言われるのだろうか。もしまた同じことを言われたら、どうすればいいのか。答えはまだ決まっていなかった。

 

 ドクン、ドクン。

 

 鼓動が早くなるのがわかる。しかも今はこんな格好だ。どんな罵倒をされても、言い訳ができなかった。

 

 だがジュウゾウから放たれたのは、ヴィータの思いも寄らない言葉だった。

 

「……悪かったと思っている」

 

(――――えっ!?)

 

「息子の選んだ女性だ。きっと間違いはないと、それはわかっているんだ。だが、しかし、君と重ねてしまっているんだろうな。…………ユウヒ」

 

 その名前が放たれ、先ほどの言葉がヴィータにかけられたものではないと理解できた。

 

 距離として、花壇とベンチは3メートルほど離れてる。確かに自分に声をかけるにしては、少し距離がおかしかった。

 

(いや、そうじゃねえ。ジュウゾウさんはいま確かに『ユウヒ』って名前を口にした。誰にも見えなかった墓の主の名前を口にしたんだ)

 

 だが院長であるジュウゾウなら十分に考えられる話だ。ほかの人間には見えず、自分にだけ可視できるようにお墓を作ることは可能であろう。

 

 しかしそんな手の込んだことをした理由はわからなかった。

 

(いや、わからないわけじゃない。もしあの記憶が本当にあったものだとしたら。……あの記憶の男の人が、もし、もしも)

 

 確信はある。それならば、どうしてジュウゾウが自分を認めたくないのかも、当たりがつくからだ。

 

(でも、だとしたらあたしは…………)

 

 もしそうだとしたら、答えは見つかった。ヴィータはギュッと手を握り込むと、ベンチから起きあがろうとする。

 

 だがそれよりも早く。

 

「――――ここにいやがったか、この人殺しがっ!!」

 

 ヴィータとジュウゾウの視線が同時に同じ方向に向く。

 

 そこにいたのは、先ほどロビーで暴れていた男だ。

 

 男は充血した目を見開くと、ジュウゾウを睨みつける。そしてその手に持っているナイフを目の前にチラツかせていった。

 

「…………君か」

 

「どうしてお袋を助けなかった! どうして見捨てたんだよ!!」

 

「……………」

 

 もういつ飛びかかってきてもおかしくはない。男はナイフを構えると、ジュウゾウを睨みつける。

 

 だがそんな状態になっても、彼が慌てる様子は見られない。今まで見せていたような無表情で、ただじっと男を見つめていた。

 

 しかしそれもそうなのかもしれないと、ヴィータは思っていた。もしユウヒの記憶の中の人間がジュウゾウなら、彼は戦闘を関与していないながらも、ずっと前線で戦ってきた局員ということになる。

 

 そんな彼が生身のナイフ一つに怯える理由などなかった。

 

 ジュウゾウの無言の圧力に、ナイフを持つ男の手が震える。だが男はそれをもう片方の手で押さえ込むと、無理矢理震えを押さえた。

 

「何か言えよ! 何か言い訳してみろよ! どうしてお袋を助けてくれなかった。どうして、どうしてだよ!!」

 

「全ては私の力不足だ。……悪いのは全て私だ」

 

「――――ぐっ、があああぁぁぁぁっ!!」

 

 男はナイフを構えると、そのまま走り出す。だがナイフの持ち方も、走り方も素人そのもののそれは、避けるのはたやすいだろう。それはヴィータの目から見ても明らかだった。だから、だからこそ。

 

 ドッ! 人と人とが力強く衝突する鈍い音が耳に届く。次に聞こえたのは、地面に落ちる金属音だ。

 

 その銀色の刃は赤く塗れていた。だがその赤色は、ジュウゾウのわき腹から止めどなく広がっていった。

 

「――――ジュウゾウさんっ!?」

 

 ヴィータはその姿を見ると、隠れていたベンチから飛び出していく。そして自分の見通しの甘さに、唇を噛みしめた。

 

 だが見通しが甘かったのは、ヴィータではない。それは刺した本人が一番痛感していた。

 

「あ、あああ、あああぁぁぁぁぁああっ!」

 

 男は頭をかきむしるように抱えると、声をあげ背を向ける。

 

「逃がすかよっ!!」

 

 これは立派な現行犯。犯罪だ。ヴィータは地面を蹴ると、その場から駆け出そうとする。だがその動きは、何かに押さえつけられ止められてしまう。

 

「――――なっ、誰が!?」

 

 足がいっさい動かない。どうしてだと足下を見るが何も変化は見られなかった。

 

 だが足がまるで地面に縫いつけられたように動かなかった。そこまできて、これが相当高度なロックバインドだと気づかされた。

 

「あの男が。――――いや、これは」

 

 ヴィータは信じられないと膝を突いているジュウゾウを見る。彼はヴィータの視線に気づくと、立てていた左人差し指をゆっくりと曲げる。

 

 その瞬間、足が解放される。ヴィータは行くタイミングを失った力で、そのまま前のめりに転んでいくのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 言葉はなかったが、きっと追うなということなのだろう。ヴィータとジュウゾウはすぐ近くのベンチに肩を並べて座る。

 

 ヴィータは彼の白衣を見ると、おずおずと声を上げた。

 

「えっと、傷はいいんですか」

 

「ああ、もう治療魔術で止血もすませてある」

 

「……どうしてあの男に刺されたんですか。ジュウゾウさんなら、どうとでもできましたよね」

 

「……それが彼にとって一番だと思ったからだ」

 

「彼にとって一番って、あの男は実際にジュウゾウさんを刺したんですよ。これは立派な犯罪です!」

 

「私は被害届けを出すつもりはない。それに明日にでも、彼の家に顔を出すつもりだ」

 

「顔を出すつもりって、何なんですか。どうしてジュウゾウさんは彼に刺されようと思ったんですか。それはあの男が言ってたことが、その、関係してるんですか」

 

 ロビーと中庭で彼が叫んでいたこと。どうして母親を見殺しにしたのか。その真意がわからないことには、話の進めようがなかった。

 

 ジュウゾウは無表情のままヴィータを見る。だがヴィータは視線を逸らすことはなかった。じっと互いの視線がぶつかりあうと、ジュウゾウは少しだけ肩を落とした。

 

「……三日前だ。この近くで火災が起きた。その時だ。私は運ばれてきた彼の母親を見捨てて、ほかの患者を優先した」

 

「どうしてですか」

 

「すでに彼の母親は手の施しようがなかったからだ。だから私は懇願する彼を突き飛ばし、ほかの患者を治療した」

 

「――――えっ?」

 

 その話が本当だとすれば、ジュウゾウには何一つ過失はないはずだ。向けられた罵声は正しいものではなかった。

 

「だ、だったら何でそれを言わないんですか! きっと真実を話したらあの男だってわかってくれるはずです」

 

「……本当は彼自身わかっているさ。だが事実を認めたくないんだ。だから誰かのせいにすることで、心の均衡を保とうとしている」

 

「心の均衡を?」

 

「火災があったとき、同時に天井も崩れ落ちた。そのとき、とっさに彼の母親は彼を庇ってしまったんだ。そして彼の命は助かり、母親は亡きものになってしまった」

 

「だ、だとしてもそれをジュウゾウさんが背負う必要なんてないじゃないですか。どうしてそこまで彼に肩入れをするんですか……」

 

 ヴィータがそういうと、ジュウゾウはベンチの後ろに視線を向ける。だがすぐに前に向き直ると話を続けた。

 

「彼は母子家庭でな。それに結婚もしていなく、もう誰も周りに人がいないんだ。……もし一人でも大切な人がいるなら、バカなマネは起こさないかもしれない。だが今の彼はあまりにも不安定だ。――――彼にはああ言われたが、私も大切な人間を失う気持ちはわかっているつもりだ。だから彼の力になりたいと思った」

 

 ジュウゾウの気持ちは分かる。だがその想いはあまりにも、あまりにも不器用すぎるものだった。

 

 誰にいい顔をするわけでなく。

 

 誰に言い訳するわけでもなく。

 

 身を削り、誰かのために力になる。

 

 確かに彼はカイズの父親だ。だが口べたで無表情なだけで、ここまで印象が違うものかとヴィータは驚いていた。

 

 いや、だけどその想いはもしかしたら。

 

 多分、いや間違いなくとヴィータの考えがまとまった。

 

「……ジュウゾウさんがそこまでするのは。……ユウヒさんのことがあったからですか?」

 

「…………調べたのか。なら話は早い。私がどうして君と息子との結婚を反対するか理由はわかるはずだ」

 

「……それでもあたしはカイズと別れる気はありません」

 

「その先にどうしようもない悲しみが待ち受けてるかもしれないのにか?」

 

「それでもです」

 

「……そうか。それならそれでも構わない。だがそうだとしても、一つだけ約束してほしい。それが息子との結婚の条件だ」

 

 きっとジュウゾウは初めから結婚を許すつもりがあったのだろう。だからこそ、これから話す条件を飲ませるために初めはヴィータを拒絶したのだ。

 

 ジュウゾウは額にシワを寄せると、今までで一番感情を露わにして続けた。

 

「もしこれから先、様々な偶然や必然があったとしても身の丈に合わない幸せに手を伸ばさないでほしい」

 

「ユウヒさんが、ロストロギアに願ったようにですか」

 

「ああ、そうだ。今ある幸せがいかにかけがえのないものか。それを忘れないでいてくれれば、私は二人を祝福しよう」

 

 もうそれ以上伝えることはない。ジュウゾウはベンチから立ち上がると、ヴィータに背を向ける。

 

 だがヴィータは違った。たとえそれで自分たち二人が認められようとも、ジュウゾウとユウヒのために頷けるわけがないのだ。

 

 ヴィータもまたベンチから立ち上がると、その背中に声をかけた。

 

「それは、約束できません。あたしは今より大きな幸せに出会ってしまったら。きっと手を伸ばしてしまうと思います」

 

「……君は、私の話を聞いていたのか。もし私の条件が飲めないのなら、私は二人を祝福するつもりはないぞ」

 

「それでも構いません。だってジュウゾウさんだって、そうだったじゃないですか。誰から祝福されることなく、それでも幸せだって信じられたからユウヒさんと結婚をしたんですよね」

 

「……こんな短時間で、よくそこまで調べあげられたな」

 

 嫌悪感のこもった言葉をぶつけられると、ヴィータは首を横に振る。そしてベンチから見える、ユウヒのお墓に目を向けた。

 

「本当を言うとジュウゾウさんの過去を調べたりなんてしてないんです。……だけどユウヒさんが伝えてくれたんです」

 

「ユウヒが伝えた? ――――見えるのか、あれが!」

 

「初めは全然見えませんでした。今だってちょっと気を抜いたら見えなくなるくらいです。……あたしが人間じゃないから、その想いが伝わったのかはわかりません。だけどユウヒさんが語りかけてくれたときは、ハッキリとこの目に見えました。……そして、二人の間に何があったかもあたしに教えてくれました」

 

「だとしたらどうして私の要望を受け入れられない。彼女の悲しみをわかっているなら。私たちの間違った結末を知っているというのなら。……幸せなど望んでいいはずがないんだ」

 

「それは違います。確かにジュウゾウさんとユウヒさんの道は間違っていたかもしれません。だけど、間違った道だとしても。…………ジュウゾウさんは後悔しましたか」

 

「後悔、だと……」

 

「ユウヒさんが人間になったこと。一緒に暮らしたこと。互いの肌に触れあえたこと。周りの反対を押し切って結婚したこと。そして二人の子供を授かったこと。それは後悔するべきことでしたか」

 

「後悔、私、いや、だが……」

 

「思い出してください。ユウヒさんはカイズを産んだときに、どんな顔をしてましたか。どんな言葉を残しましたか。それでもジュウゾウさんは二人の生活を後悔しますか」

 

「私、私は………」

 

 ジュウゾウは狼狽したように辺りを見渡す。だがユウヒの墓を見た瞬間、思い出したように口にした。

 

 その顔に、先ほどの怒りや嫌悪感はみられない。ただ、何かを悟ったように言葉を紡いだ。

 

「後悔した。…………などと言えるはずもないな。たとえ短い時間であっても、周りに祝福されなかろうとも。私たちは確かに幸せだった。だがユウヒは」

 

「ユウヒさんも幸せだったと思いますよ。少なくとも、思い出のなかの彼女はいつも幸せに満ちてました」

 

「そうか。……そうだったな」

 

 そう言うと、ジュウゾウはゆっくりとユウヒの墓に近づいていく。そしてあの日の彼女に触れるように、優しく、優しく石を撫でていくのだった。

 

 きっとジュウゾウもあの男と同じだったのだろう。

 

 どうにもできなかった。どうしようもなかった。だけど自分で自分を許すことができず、そしてジュウゾウの場合許す人間が現れることもなく。ずっと一人で悩み続けていたのだろう。

 

 ジュウゾウと接点を持つ人間でない存在。本当に僅かで微かな想いを受け止めることができた。この巡り合わせに立ち会えたことにヴィータは心の底から感謝した。

 

 ジュウゾウは墓から離れると、ゆっくりとその頭を下げていく。

 

「……数々の無礼すまなかった。だが君のおかげでずっと忘れていたことを思い出させてもらった」

 

「い、いえ、あたしのほうこそ差し出がまし――」

 

「息子のこと、よろしく頼む」

 

「――――は、はい。こ、こちらこそよろしくお願いします!!」

 

 ヴィータもまた頭を下げると、二人の顔が同時に表を向く。そして二人は、初めて笑みを向けあっていった。

 

 






※今日中に続きをあげる予定です。
 しばらくお待ちください。
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