穂群原学園2年A組教室
突然だが、私、遠坂凛は今非常に後悔している。クラス中、いや、学年中が騒がしい。煩わしく思うが仕方ないだろう。何せその話題の中心は、
「なーなー遠坂! 知ってる知ってる!」
私の机に両の手を叩きつけてきたのは蒔寺楓、陸上部のランナーで、一応は私の友人ということになっている。
たしかに彼女とは休日骨董巡りやたまに買い食い等してはいるが友人というよりは悪友が適切だ。
「ええ薪寺さん、あなたが言いたいのは噂の転校生のことですよね」
「えーーなんで知っての遠坂。せっかく驚かそうかと思ったのに」
楓が不満に漏らす。それは盛大に漏らす。いや、これは漏らすというより放つと言った方が正確だ。
「噂というより騒動になっていますからね」
「ふーん。つまんないの。なーなーカネ、ゆきっち、知ってるーー」
彼女は私が噂を知ってるとわかると同じ陸上部の
彼女たちが、いや、学年中、もしかしたら学園中の噂になっているだろう転校生が私を悩ませているのだから。
――まあ、自分で蒔いた種なんだけどさ。
話は二月三日、イリヤスフィールとバーサーカーの襲撃のあと衛宮邸でのことである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二月三日。あと一時間もすれば夜明けだ。
あのイリヤスフィールの襲撃の後、気絶をした衛宮士郎を衛宮邸に運んで一通りの治療を終えた時のことだ。
「リン、少々話がある。この部屋ではなんだから居間でしよう」
セイバー、士郎のいうところのニコラ・テスラ、だがその卓越した戦闘技術と装備は私の知るニコラ・テスラとはあまりにかけ離れている。
私はセイバーに案内されるまま居間に着く。お茶が用意されていたので飲んで落ち着くとする。
「…………」
「…………」
「っで、話って何?」
私はなんの捻りもなく問いただす。
「そう警戒するな、子供相手に少々あれだが所謂交渉だ。もっと言い換えれば取引だ」
「――取引?」
私は考察する。今、この男と取引するようなものがあるだろうか。今思いつくのはランサーについてだが、それについてはただの情報共有くらいしか出来ない筈だから交渉と言うには値しない。では、いったい何だろう。
「そういうことなら私も同席させてもらおう」
私の背後にアーチャーが実体化する。
「アーチャー、あなたは上で見張りを頼んだはずだけど」
「しかし凛、この取引次第では今後どうなるかわからん。それに凛は忘れがちになっているかもしれないがマスターとサーヴァントは一蓮托生。そう勝手に話を進められてはたまらん。
それに交渉ともなると多角的な視点は必要だろう」
突然現れたらアーチャーの意見に私は吟味する。
――たしかにマスターとサーヴァントは一蓮托生、私が下手に不利な条件を飲んでしまったら後々の戦況に響く。
「まずは私の要求だが――一時的な戸籍の手配と開業に関する諸々の手続き、そして士郎が通う学園に入学だ。リンはこの冬木市一帯の魔術師を支配する
「な――!?」
私は声をあげてしまった。こういう交渉の場において感情を
あのアーチャーでさえ声までは出さなかったものの、目を見開き驚いている。
それにこの男はなぜ、
「ねえ、セイバーなんで私がこの冬木の管理人だと思うの?」
まずはここからだ。私自身が何処かで吐露した覚えがないのにこの男はまるで確定したかのように言ってきたのだ。
それに、これはセイバーの知性と弁舌がどの程度かを図る物差しになる。
「ふむ。まず正当な魔術師らしさと公平性を尊ぶ精神、これで在野の荒くれ者ではないことがわかる。えてしてそういう輩は公平性など微塵も気にしない。
次に教会の神父と知己であることだ。聖職者は基本的に魔術などの神の教えに背くものと敵対関係にあるのにも関わらずリンは当然の如く教会に出入りした。つまり、ある程度の懇意もしくは協力関係にある。そういった関係を結べそうなのは土地の管理人において他ならないだろう」
――あれだけの短い時間にそれだけのことを思案していたの!?
私は少なからず後悔する。このセイバー相手に今、交渉の場にあることは不利だと。もしも交渉するなら事前に用意をするべき相手だった。
「なるほどね。たしかに私はこの冬木の管理人だけどあなたに便宜を図るいわれはないわ。
戸籍に関しても特に必要とも思えないし、なによりあなたを学校に転校させるメリットが私にはないもの」
「そうだな。たしかにリンにはメリットはない。しかし、私には必要だ。理由はある。
知っての通り私は霊体化できない、だからこの家にいると士郎と懇意にしている人たちと接触もするだろう、その時彼らに身分を問われたりされると困る。それに炊事洗濯などを任せているのにその対価を一銭も出さぬというのは大人としてどうしたものか。
故に戸籍だ。戸籍さえあれば事務所を開くことができるし金銭を得ることもできる。
次に学園の転校につてだが、これは士郎とリンが通っている学校そのものに脅威が潜んでいるからだ」
「なるほど、戸籍についてはわかったわ。たしかに自分よりも年下の子供の脛をかじって生活っていうの大人として恰好がつかない。なるほど、あなたが大人として常識人だというのはわかった。条件次第によっては戸籍を用意するのも吝かではないわ。
でも、転校については却下よ。わざわざ自分の領域に敵を招き入れるほど私は呆けていない。
それに、なんで学園に脅威が潜んでいると思うの?」
――そう、戸籍を与えるくらいなら問題なさそう、だから精々有益な情報と高値をふっかけて美味しいところをいただくとしますか。
私は表情を平静に保ち、腹ではセイバーをどう料理しようか考えていた。だから学園についても聞いている。無駄だとわかっているのに。
「そのことについては君自身が一番分かっているだろうリン」
「――――――」
――気づかれた! なんで!
「まぁ時間があれば聞かせてもいいが、いかん時間が惜しい、私が持っている手札を見せるとしよう」
私は出来るだけ、いや、必死に平静を保つ、これ以上醜態をさらさないために。
「へぇ。何をみせてくれるのかしらね」
そして、あくまで、自分の方が格上で、優位に立っているこちらだと余裕を見せつける。
余裕をもって優雅たれ。遠坂の家訓を意識しながら。
「私が持っている手札は二枚。一つ目はランサーの宝具の詳細」
「――ランサーの宝具の詳細……ねぇセイバー、私たちはランサーとの交戦しているからそのカードは有効足りえるのかしら?」
――この男はランサーの宝具を受けて生きていた? なら上手く情報だけ引き出して、
私は思考を巡らす、ここまで来たらなりふり構っていられない、だから損失を少なくするために最善を尽くすしかない。
「凛、やめておいた方が良い。この男にブラフは無意味だ。業腹ながら奴の方が一枚上手だ。
ここは奴の要求を前向きに検討しつつ、この話を早く終わらせよう」
アーチャーは暗に、もはや此方の敗北は決定している。だからこの話を早く終わらせることが一番損失が少ない。と言っている。
「…………わかったわよ。戸籍については約束しましょう。ただ、事務局の開業とかはランサーの宝具の話の内容による。
転校に関しても話を聞いてからね。因みに何の事務局を開くつもり? ものによっては戸籍の話も無かったことにするからね」
「探偵事務所だ」
「……………………ねぇセイバー、あなた自分をニコラ・テスラって言っていたけど、あなたの本当はシャーロック・ホームズじゃない? 推理力はもとよりバリツも使っていたし」
彼は静かに首を振る。その瞳にはある種の同輩を思い出す仕草にも見えた。
「たしかに、私は彼と同じ武を修めているが、私はシャーロック・ホームズではない。
なぜなら私は彼のように幻想を否定するものではなく、幻想そのものなのだから」
――ホームズってそんなことしていたっけ?
私はアーチャーに視線で問いかけるが、アーチャーも知らないのか首を振る。
「いいわ、じゃあランサーの宝具について話してもらいましょうか」
そのあと私とアーチャーはセイバーからランサーの宝具の詳細を聞く。
「――不味いわね。相当な英雄だとは思ったけど、まさかアルスターの光の御子クーフー・リンだったなんて……しかも宝具が《因果律の逆転》とか反則もいいとこじゃない!」
私は頭を抱える。《因果律の逆転》つまり、それは、回避不可能を意味している。あのまま無策に戦っていた場合を想像すると笑えない。しかし、ここでセイバーは更なる情報を出す。
「リン、苦悩しているところに追い打ちを掛けるようだが、奴の槍は投擲用の物であった。これの意味するところはわかるな」
それを聞いたは私は更に頭が痛くなる。そう、ゲイボルグの逸話の中には『投げると30本の鏃となって相手に降り注ぎ、突くと相手の体内で30本の刺となって炸裂する』というものがある。つまり、これの意味することは。
「対人宝具にも、対軍宝具にもなる……ありがとう色々参考になったわ。事務所の件は了解したから二、三日中には大丈夫よ」
「何を言っているリン、二、三日では遅い。明日中だ」
「………………………は?」
――なに言っているんだこの男は…………
「無論、ただとは言わない。これから話す内容はそうする価値がある」
セイバーが勿体ぶる言い方をする。これは最大限警戒をしていた方が良い。
「まず、念のために聞いておくが、リンは宝石翁の孫弟子にあたるな?」
「ええ、たしかにそうだけど――」
――なんなのそんなこと聞いてきて。
「私の持つ、もう一つのカード、それは宝石翁の魔術についてだ」
「はん」
私は鼻で笑ってしまう。だって、いつ、どこに、どの世界に現れるかわからない神出鬼没が服をきたような御仁の、しかもその彼の使う魔術についてなどと笑わずにいられようか。
「セイバー、あなた、なかなかおもしろいこと言えるのね。うんうん。ユーモアがあってよろいし」
「宝石剣ゼルレッチ」
バン!
瞬間、私は無意識に机を両手で叩いていた。強く打ち付けた掌にあるであろう痛み感じない。お茶が零れているがそんなのは気にならない。熱いお茶が掌にあたる気付かない。それほどまでに彼の口から出てきた単語が異常なのだ。
「――なんで、あなたが、その名前を知っているの?」
「なんでとは、見たことと、聞いたこと、余波ではあるが受けたことがあるからだ。ほかにも色々あるがどうする。このまま私の話に耳を傾けるかリン? もっともこれでは判断材料が少ないだろうから一つ話すとしよう」
彼の話した『宝石による近接格闘』の話は、以前大師父の
そして、私は今、重要な岐路に立っている。ここでセイバーの話を聞くと、彼の要求をすべて受け入れたことになる。それぼどまでの価値のある話だろう。しかし、それは学園にセイバーを入れることに他ならず、自分の活動範囲が大きく制限されてしまう。それはよくない。
だから、アーチャーが私の肩に手を置いて語りかけてくる。
「凛」
肩に走る痛みを感じる。それほどまでに強くアーチャーが肩を握っていたのだ。私はゆっくりとアーチャーの顔を見る。その顔は真剣そのもので、普段の不敵なものではなかった。
「この話は聞くべきではない。ここはもう帰るべきだ」
アーチャーの言いたいことはわかる。宝石翁の魔術となれば、どのようなものであれ全ての魔術師が喉から手が出るほど欲しいものだ。かくゆう私も欲しい、しかし、それは、この聖杯戦争においては悪手だ。だが、私はこの聖杯戦争のあとのことも視野に入れなければならない。
だから、
「その話、受け入れるわ」
「凛!」
アーチャーが怒鳴る。当たり前だ。このようなことをして、今の自分たちにメリットは一つもない。でも、
「いいの。アーチャー。たしかにこの案件は受け入れるべきではない。
でもね、アーチャーは言ったわよね。『必ず勝利する』って、なら問題ないでしょ」
「凛。いくら勝つからと言って、自ら自殺願望するような輩を助けるほど私は甘くない」
「でもねアーチャー、私には必要なの。もしも、今後私たちないし、誰かにセイバーが倒された場合はこの話を聞くことが出来ない。なら、聞いておきたいの。
お願い、アーチャー」
アーチャーは胸の前で腕を組む、そのまま五分ほどして、答えが決まったのかため息を吐いた。
「――いいだろう。たしかに、君には今後があるだろうし、セイバーの話にあった『宝石による近接格闘』の有用性に気付けたのは収穫だ。それに君を『勝たせる』と言ってしまったからな」
「アーチャー――」
「話はまとまったようだな」
セイバーは律儀に待っていた。アーチャーが考えている間に何らかの行動はとれたはずなのにだ。彼は初めからこの交渉は勝てると確信していたのかもしれない。それはそれで少々腹に据えるがここは置いておこう。
私はセイバーの話を聞く間、アーチャーには家に行ってもらい必要な書類を取ってくるように頼んだ。書類を作成している最中、セイバーの白詰襟の服がどうも気になるから着替えをお願いした。そしたら着物を纏った彼はやけにどうに入っていて感心したのは内緒だ。
ともかく最低限の書類作成を済ます頃にはセイバーの話は終わった。内容的に大師父の戦い方や使う魔術、魔法陣など多くの収穫があり、満足いく内容だった。ただ、彼の要求内容が月曜までに済ませるというものなので今日は徹夜で作業することになる。
その後、そろそろ起きるであろう士郎を見るために席を外し、士郎を殴ったあと衛宮邸を後にして一日フルに使ってセイバーの要求に応えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、今に至る。
ただ、もしも、この状況で士郎がセイバーから離れて行動していた場合、せっかくセイバーがここまでお膳立てしていて、それを無駄にするような行動を士郎がしていた場合、私は容赦なく彼を殺すだろう。
と言うわけで二か月ぶりの更新! なんとか一月中に間に合った。フラグブレイカー!(錯乱中)
それでですね。この話、いつもは使わない部分の脳を使っているため色々齟齬があるかもしれません。ですからあったら教えてください。
あと、士郎のことが書けなかったのがちょっと寂しいと思う今日この頃な筆者でした。
では親愛なるハーメルン読者の皆様方良き青空を。