二月四日、衛宮邸居間午後八時現在、この家の平日にして少し遅めの夕食。
正面にはいつもにも増してガツガツというよりは、やけ食いをしている藤ねえこと藤村大河、その隣には今時の日本人もビックリな程綺麗な礼儀作法で食べるものの、食べる量は藤ねえと大差ないニコラ・テスラ。
少し暗い顔をしながら食べる桜。努めて平静を装う俺。
それだけならば『たまにはこんな日もある』ですまされるのだが、今日は少々、いや、大分違う。
「うん。やっぱりこの炊き込みご飯美味しい。衛宮君おかわり頂戴」
学園のアイドル遠坂凛が憚ること無くおかわりを要求していた。
先人にして曰く、『居候は三杯目を控えめに出す』という。因みに四杯目だ。昼間の戦闘と言う名のいじめで相当疲れたのか、よく食べる。
たしかに遠坂は居候ではないが、それでもこの空気のなか、よく平気で食べられるものだと感心する。
遠坂の差し出した茶碗にご飯をよそい。食事の時間は続く。
――なんでこうなった…………
それは、今から二時間前に遡る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家の門の前に、大きな旅行用トランクと共に赤い悪魔《遠坂凛》が笑顔でいた。
なんとなく、そこはかとなく、嫌な予感しかしないが、今一番聞きたいことを遠坂に聞いてみる。
「……遠坂、いったい
「え? もう忘れたの? 私たち同盟を組むのよ。だから、今日からあなたの家に住むの。ああ、もちろん聖杯戦争の間だけだからね」
「いやいやいやいや、そうじゃなくって、なんで同盟=家に住むことになるの!?」
そうだ、たしかに俺と遠坂は同盟を結んだ。だが、それは停戦協定だったはず、だから同じ家に住む必要性なんかない筈なのに。
「うーん。どうやら衛宮君は少し勘違いしているみたいね。説明してもいいけど、ここじゃ寒いから中でしましょ」
遠坂は勝手知ったるなんとやらで、家に入ろうとする。途中玄関の鍵を開けるよう声を掛けられるまで、俺は固まっていたというのに。
鍵を開けて居間でお茶をして一服。をさせられて、一息ついたのを見計らって本題に入った。
「……で、なんで、遠坂は家に来ることになったんだ?」
「ん? ああ、同盟の話ね。たぶん衛宮君は同盟の中身を『停戦』か『不可侵』と思ったんでしょうね。
でもね衛宮君。夕方の森で私とアーチャーの話をよ~く思い出してみて、私は『手を組む』以外にも『共闘』って言ったはずよ?」
言われて思い返してみる。思い返してみてると、その通りであった。何よりも遠坂が立ち去ったあと、マスターが『契約内容の確認』についても言われた。つまり、マスターはこの状況を想定していたことになる。
そんなマスターを恨めしそうに睨むも、マスターは我関せずでお茶と茶菓子の煎餅を「ライスクッカーは良いものだ」っと堪能していた。
「とにかく、もう準備してきたし、へっぽことは言え魔術師なんだから一度契約したんだからそう簡単に反故にはしないわよね衛宮君?」
そう。魔術師において契約と非常に重い意味があり、反故にした場合はそれ相応の対価が支払わる。それは御伽噺一つを見ても明らかなことで、もちろん一般論としても契約を一方的に反故することはあり得ない。
無論口約束だから知らぬ存ぜぬで通す人も世の中にはいるが、俺はそんなことはしない。それに、仮に俺がそんなことをしても遠坂を口で負かすことは出来ないだろう。
その事をわかっている遠坂は笑顔だ。笑顔でこちらを追い込んでくる遠坂に、何処かに自分の味方はいないか探す。が、そんな都合よくはいかず、時計を見て救援を待つしかない。そう思った矢先、玄関から福音が聞こえた。
「たっだいまーシロー。今日の夕御飯なにかな? お姉ちゃん気になって、おなかと背中がくっつくぞ!」
シャドーボクシングをしながら、今時の小学生もしないようなことを言って、居間に入ってきたのは藤ねえだ。教師であり、俺の保護者(名目上)が帰って来た。今この場において、救世主なり得る存在。これで事態は好転を迎えるはず。
……はず。
「こんはんは藤村先生、お邪魔してます」
「あ、遠坂さんこんばんは。なにもない家ですが、おか…………」
満挨拶をする遠坂に藤ねえはホームルームで見せる教師(?)の調子で返事をしようとして、満面の笑みの遠坂と対照的に対照的に、藤ねえの顔はどんどん固まっていく。
そして、
「なんで遠坂さんがここにいるの!?」
その発言で、俺の希望は儚いものだと悟った……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後の展開は、推して知るべし。知ってください。わからない? ……なら、概要を少し、掻い摘んで言うと、藤ねえが正論(少し、いやだいぶ感情論を込みで)遠坂を説得しようとしたものの、遠坂が論破して最後に『衛宮君はそんなに信用できないんですか?』で、『そんなことないよ! 士郎はいつ他所に出しても恥ずかしくない、いい子です!』で終わった。その少し後に帰ってきた桜にも似た強引な正論に押されて、遠坂が衛宮家に滞在するのを了解した。
俺の傷などに関しては、その場の雰囲気もあってか、それほど苦労もなく済んだのがせめてもの救いだろう。
二人の説得(?)が終わり、離れの空き部屋に遠坂の荷物を運び、『後は自分でやるから、ありがとね衛宮君』で追い出され。桜と一緒に猛る虎を鎮めるために少々豪華な夕食を作って今に至る。
――しかしなんで『何処に出しても恥ずかしくない』だ。それじゃ――まるで……お、おお嫁に……行くみたいじゃないか……別に、誰のとは、言ってないけどさ――。いや、そもそも、出す=お嫁 は偏見だよな、お婿さんの可能性もあるし……いやいや、今のところ俺は何処にも行くつもりは無い。てか、どっちも変わらない!
何気なしに、それとなくマスターに視線が向く。
「どうした士郎。先程から箸が進んでいないようだが、調子が悪いようなら私が部屋まで送るが」
「なに士郎、調子悪いの? あんまりひどいようならお姉ちゃん言うのよ」
「――なんでもありません。ないです。ない。二人ともよく食べるな~っと思っただけです」
二人にそっぽ向いて言う。俺の視線に気づいたマスターが見当違いなことを言うものだから、ちょっとツンケンした物言いなってしまった。それでマスターが気分を害していないか気になって、そっと、見てみる。
見てみて、黙々と食べ続けるマスター。俺は、唖然としつつも出来るだけ平静を装い食事の時間を終えた。
片付けを終え、今日は疲れたから一番風呂をもらうことした。体を洗い、湯に浸かり一息つく。湯が傷の節々に沁みるものの、それを差し引いてもこの安堵感は抗えがたい。
「ふう」
思わず出る安堵の息。ここ最近色々なことが立て続けに起きてから心の休まる暇が少なかった。
聖杯戦争、魔術師たちが自分の望みを叶えるために争う儀式、十年前の災禍の再来。しかし、マスターが来てくれた。何の心配もない。マスターは言ってた。すべてを護る。だから、俺はそんなマスターの足手まといにならないように頑張らないと。
ただ、マスターはともかく他のサーヴァントが暴れた場合の被害を考えると慎重にならなければならない。夕方のサーヴァントのこともある、この家にだってランサーが襲来したことがある。
――そう言えばなんで遠坂は桜を家に帰さなかったんだろう。なにか事情があるのかな? あとで聞いてみよう。そうだ今はこのひと時を謳歌しよう。
浴槽に体重を預けて、お湯の心地よい暖かさに身心ともにリラックスして、このまま寝てしまってもいいかも、そう思わせるほどの幸福。
だが、そんな一時の安らぎも、あと一分と持たなかった。
脱衣室に誰が入ってきたのだ。
多分藤ねえ辺りが心配になって覗きに来たんだろ。
「藤ねえ、俺は大丈夫だから居間でゆっくりしていてくれ」
だがそれでも物音は静まらない。俺は少し焦り、言葉を吐く。
「藤ねえ! 本当に大丈夫だから」
脱衣室の扉が開かれた。
開かれた先にいたのは。
「士朗、大河ではない。私だ。
入るぞ」
「!!!!!」
俺のサーヴァント。セイバーのグラスに顕現した。世界の敵を号する俺のマスター。ニコラ・テスラが浴室に入ってきた。
一糸まとわぬ姿のマスターが、堂堂と浴室に入りシャワーを浴び始めた。
「ま、マスター……なんで、入ってきたの?」
「ん? 効率の問題だ」
「……効率?」
「そうだ。今日はいつもよりも遅めの夕食で、尚且つ凛が滞在することになったのだから風呂の回転を早めなければならない。子供は早く寝るものだからな。
それに、子供とは言え女性の湯編みは基本的に長いからな」
説明をし終えたマスターは無言でシャワーを浴び続ける。
シャワーの水滴がマスターに当たり弾ける――
――――マスターの肢体に目を奪われる。
弾かれた水滴と熱気が浴室に溶ける――
――――その背中の大きさに憧憬のようなものを感じ。
マスターの僅かな吐息と俺の呼吸が交わる――
――――胸の鼓動が早まる。
滴る音と揺れる音が静かに響く――
――――その静かな時間に風景が揺れる。
そんな時間がどれだけ過ぎただろうか、一分と経っていないかもしれない。十分以上経っているかもしない。
その
遂に、意識が、黒に染まった。
真っ暗な黒いなか、遠くからマスターの声が聞こえるが、その声に手を伸ばしても届かず、
――ほんと、俺、マスターの前でばかりこんな……
そして、俺は沈んだ。
はい。と、言うわけで(どうわけで?)連載再開しました。
今回は短めですが、このあとがきの下におまけがあるので許して。
ちなみに、このおまけは改訂版最強のサーヴァントを読んでいない人に、改訂によって何が変わったか、具体的にはアインツベルンの設定を大きく変えたことお知らせするためのお話です。
では、そんなわけで、親愛なるハーメルン読者の皆様方。良き青空を。
二月三日早朝のアインツベルン城。
「はぁ。疲れた――でも、お兄ちゃんと遊べて楽しかった」
自室のベットに飛び込み笑顔ではしゃぐイリヤスフィール。
「今回は殺し合いだけだったけど、こんど他の遊びもしたいな~でもあんまりはしゃぎすぎるとセラがうるさいからこっそり行こう」
次に城の外に出た時のことを計画していると、ベットに煤のようなモノが落ちているのに気づく。
ベットから離れ、自分のコートや髪を触ってみると、ざらっとした。砂や煤、埃などついていているだけではなく汗もかいていることにも気づいた。そうなると気持ち悪くなってきた。
そして、コートを脱ごうとした時、ある異変が起こっていた。
「うーーん。うーーーーん!」
いくら力を入れてもボタン一つとれない。捲り上げてとろうとしても持ち上がらない。
「
「ここに、イリヤ」
扉を開けて入ってきた執事。白い執事服と白い髪が、黒人のそれとは違った黒色の肌を際立たせ、その無機質な赫い瞳は機械を思わせる冷たさを放っている。
「A。この服脱げないんだけど、そう言えばあなた外へ出る時になにか魔術をかけていたわね。何をしたの?」
「ああ。そのコート、というよりは衣服全体に対魔術、対物理、《対脱衣》の術をかけた」
「《対脱衣》?」
強めの視線と語気を、そよ吹く風の如く平然と受け流し答えたA。
しかし、《対脱衣》という奇怪なワードに怪訝な顔をイリヤスフィールはする。それと同時に嫌な予感もした。
「……念の為に聞くけど、《対脱衣》って、どんな代物?」
「簡単だよイリヤ、文字通りあらゆる攻撃を受けても脱げず破れず、破れたとしても恥部などは絶対隠す画期的な術だ」
いやな予感は当たった。いま聞き捨てならない単語があったからだ。
「……ねぇA。それは、つまり、私も今は脱げないということかしら?
というか、そもそもなんでそんな術をかけたの!?」
イリヤスフィールはAに問う。それも当たり前のことだ、世に数多魔術はあれど、《対脱衣》魔術など聞いたことがない。それこそ魔法使いとよばれる者たちでさえ考えもしない代物だろう。
そして、Aは答える。至極真面目に、さも当然に、全くの自然体で。
「イリヤスフィール。僕はこの国に来るにあたり戦闘というモノを学習した。
結果わかったのは、戦闘すると服が脱げる。
七つの聖遺物を集めて願いを叶える物語然り、胸に北斗七星を刻むことにより死の概念を拳に込めた物語然り、世界の果てにある島にある真理を目指す物語然り、みな戦闘をすると服が破れ、裸になる。
イリヤは女性だから、無闇に肌を晒してはいけない。故の《対脱衣》術式だ」
その内容に、イリヤスフィールはめまいを起こし、取り敢えずこの従者を叱責するのは後にして、湯浴みをすることを優先することにした。
「わかったわA。ええ、話は後にするとして取り敢えず部屋から出て行って。
セラ、リズ」
手を叩き、名を呼ぶと部屋に二人のメイドが入ってきた。
「二人とも服を脱がせて」
そう言って二人に脱がせよとした。が、
「く! なんてでたらめな術式! なんで対魔術、対物理、の術式よりも強固にできてるんですか!?」
「ふーーん!」
セラは必死に術を解体しようと、リーゼリットは力任せにボタンを引っ張る。二人は悪戦苦闘しているなか、部屋にAが入ってきた。
「二人とも、やめておいた方が良い。それは特に強固組んだから、セラでも半日は掛かるほど」
「っちょっと! それじゃあどうするんですか!?」
「簡単なことだよ。その術は僕には反応しない。つまり、僕が脱がせばいい」
「は!?」「へ?」「?」
「待ちなさいA! あなたはお嬢様を脱がせるつもりですか!」
Aの答えに、不服をあらわにして迫るセラ。しかし、そんなセラの剣幕もAは全く気に止めず話を再開する。
「その通りだセラ」
「『その通りだ』じゃあありません! いいですか、あなたもホムンクルスとは言え男性、そんなあなたがお嬢様の肌を見ていいものではありません! そんなこともわからないんですか!」
「問題ない。僕にイリヤの肌を見て欲情する機能はない」
「そういう問題ではなく――」
「大丈夫だ。問題ない。」
「だから――」
「わかった。セラの心配理由が」
「――やっとわかってくれましたか」
「たとえイリヤを襲っても妊娠の心配はない」
「そうではなくって!!!!!!!!!!!!」
その言い争いが終わったのは、それから二時間も後だった。
今日もアインツベルンは賑やかです。因みに、その後もAは頑なに術式をとかないものだから結局三人で脱がし、A は浴室のそとで待機という形に収まった。