Fate/ Thunderbird   作:ジンネマン

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チクチク・回転悲劇

 

「僕と手を組まないか」

 

 舞台役者のように半身て右手を胸に添え、左手を俺に差し出した慎二。その表情は結果のわかりきっているギャンブルをやる人間のような顔、絶対の自信と確信。

 目には見えるはずもない慎二の自尊心が滲み出ている見えてきそうなほどの余裕。

 そんな慎二に対して俺は、慎重に口を開く。

 

「――慎二、いくつか聞きたいことがるが、いいか?」

 

「!」

 

 慎二は鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな晒し、一瞬憤怒の表情を除かせるも、直ぐに先程と同じ顔に戻った。

 

「……いいよ衛宮。そうだな、その判断は正しいよ。お前はいい子ちゃんだからね。他人の話をすぐ信用するし、仮に敵の偽情報で騙されて僕に噛みつくようじゃ話しにならないからね。

 うん。だからいいよ衛宮。及第点だし、僕は寛大で、寛容で、優しいからなんでも聞いてくれ。僕は誠心誠意答えるから」

 

 今度は俺と正面から向き合い、両手を広げすべてを受け入れると明示する。

 そんな慎二に違和感を覚えつつも、話を進める。

 

「ありがとう慎二。じゃあいくつか聞くが、この聖杯戦争に桜は関わっているのか?」

 

「……ふーん。ほんと衛宮は桜の事ばかり気にかけるんだな。

 まあいいや、桜は聖杯戦争とは関係ないよ。衛宮は魔術師のことあんまり知らないようだから教えてあげるけど、魔術師の家系は基本的に嫡子がその家の魔術を継承するんだよ。中にはあえて競わせたり、政治目的に育てたり、下のヤツの方が優秀だからって乗り換えたりと、家によって色々あるけど、間桐の家は僕が継いだから桜はお払い箱さ」

 

「――そうか。よかった」

 

 なるほど。つまり桜はこの血生臭く、魔術師の狂気に満ちた聖杯戦争に関係してい。そうとわかると安堵の息が零れる。

 あの優しく、()だまりのような桜が巻き込まれていないのに安心したし、これ以降も巻き込まないように細心の注意をはらわなければならないと自覚する。

 ――それにしても、いま慎二の口角がひくついたように見えたが、気のせいか? いや、いまはそれよりも聞かなければならないことがある。

 (かぶり)を振り、思考を調える。ここからは慎二自身に問わなければこと。だから慎重に言葉を選ばなければならない。

 

 慎二の返答如何(いかん)によっては最悪ここで戦闘になることもあり得る。何より慎二はサーヴァントがここにはいない(・・・・・・・)としか言っていない。つまりここ以外にいる可能性がある。

 自然荒くなる息を調えるために、一度深く呼吸して再度思考を綺麗にする。

 

「……なら慎二は自分の意思で聖杯戦争に参加したのか?」

 

 

 俺が確かめたったこと、それは間桐慎二が聖杯戦争にどう関わっているか、そこに慎二の意志が介在しているかどうか。

 仮に慎二が自分から参加したのなら、そこにどんな理由があるか慎二に問い質し、諦めもらうように説得する。それで駄目だったのなら実力行使するしかない。慎二のサーヴァントがいるかもしれないこの場で、セイバー(マスター)無しで戦闘となる。

 

「はん。馬鹿だな衛宮は。僕がそんな野蛮な儀式に好き好んで参加するわけないじゃないか。

 いいかい衛宮。衛宮は魔術師のことだけでなく聖杯戦争の知識に疎いみたいだから特別に教えてあげるけど、この聖杯戦争を始めた《御三家》。《アインツベルン》《遠坂》《マキリ》のことをさすんだけど、聖杯はこの三つの家に優先的に礼呪を配布するんだ。

 ここまで言えばわかるよな衛宮?」

 

「その《マキリ》って言うのが間桐のことで、その嫡子たる慎二に礼呪か宿った……」

 

「その通りだよ衛宮。つまり僕は聖杯戦争に巻き込まれた被害者なんだよ。

 だから、僕と手を組んでこの聖杯戦争を生き残ろうじゃないか」

 

 再度手を差し出す慎二。言葉には出てない言葉が聞こえる。

 

もう十分だろ?

 再度自信に満ちた笑顔を浮かべる慎二。彼が初めて俺に手を差し出した。

 

なにも不満は無いだろ?

「さあ僕の手を取りなよ衛宮」衛宮士郎に確かな、俺にはわからない感情で手を伸ばしてくれている。

 

なにも悩む必要はないだろ?

 

 ――確かに生き残るためならここで慎二と手を組むのも選択肢の一つだ。

 ――でも、

 

「まだだ慎二。あと二つ聞きたいことがある」

 

「ッチ。なんだよ衛宮、もういい加減にして欲しいんだけど。

 そんなに難しく考えることはないんだよ衛宮。ただ僕と手を組んでこの聖杯戦争を生き残ろうじゃないか?」

 

「校舎に張られている結界は慎二のサーヴァントの仕業か?」

 

「は」

 

 慎二は俺を小馬鹿にするように嗤う。

 

「おいおい衛宮。お前は僕をなんだと思っているんだ?

 これでも僕はこの学舎(まなびや)に愛着は持っているし、大切な友人や妹もいるんだ。そんな僕があんな趣味の悪い結界なんて張るわけないじゃないか。

 むしろ僕もあの結界はほとほと手を焼いていてね。僕のサーヴァントでも解除は難しいくらいだ。そんなんだからおちおち勉強すら出来ない有り様だよ。全く本当に迷惑だよねこの結界。これをサーヴァント張らせた奴は陰気で人付き合いの出来ない社会不適合者に違いないね。

 あ~あー憐れで仕方ないね。そう思わないか衛宮?」

 

「さあな。魔術師って言うのは一般常識の埒外いるやつのことを言うんだろ。なら俺にわかるはずもない」

 

「こらこら衛宮。その言い方だと僕までその埒外の連中みたいじゃないか? 僕ほど穏和で平和主義な魔術師は異端なんだぜ。まあ、そんな僕も聖杯戦争には多少の不安があるから親友である衛宮にこの提案をしているんだ。

 さあ、返事を聞かせてくれよ衛宮」

 

「まだだ。あと一つ。これが本命だ」

 

「ッチ! ならさっさと言えよ」

 

 露骨な舌打ち。明らかにじれ始めいるが最後のこれだけは聞かなければならない。

 

「――これで最後だ慎二。なんで教会に行かないんだ?」

 

「ほあ? なんで僕が教会に行かなきゃいけないんだ。馬鹿じゃないか衛宮」

 

「慎二は聖杯戦争に巻き込まれたんだろ? ならなんですぐに教会に駆けこまなかったんだ?」

 

 慎二が急に黙り、目を少し泳がせる。

 

「な、なんでって、そりゃあ聖堂教会なんか信用できないからだよ。魔術師なら常識だろ? 聖堂教会と魔術協会は水と油だ。あいつらほど信用できない輩はない。だろ衛宮?」

 

「あの神父は礼呪を破棄することもできると言っていた。礼呪さえ破棄すればアーチャー以外は単独行動スキルを持っていないから直ぐに消えるはずだ。

 間桐も《始まりの御三家》って言うくらいだから聖杯聖杯の資料が豊富にあるはずだ。そこからなら探れば他にも手はあるかもしれないだろ。

 

 ……なによりも慎二、俺はこの聖杯戦争を終わらせるために戦っているんだ。生き残るためじゃない。十年前の悲劇を繰り返さないために戦っているんだ。戦うって決めたんだ。戦い抜くって誓ったんだ。

 それに、俺はもう遠坂と同盟関係を結んでいる。今慎二と手を組むって言うのは明らかな遠坂への裏切りだ。それは出来ない。

 ただ慎二が戦う気がないって言うならこの事は遠坂に黙っておく、俺も慎二がこのまま静観してくれるならこの事はや」

 

ふざけんなよ衛宮!

 

 突然の怒声。それまで友好的(彼にしては)だった慎二が近くの木に拳を打ち付け憤怒の形相で声を荒げる。周囲に誰も居なかったからよかったものの、誰かがいれば駆けつけて来てもおかしくない声量だ。

 ――たぶん慎二が昨日の遠坂みたいに前もって張っておいた人払いの結界のおかげなんだろうけど、それにしてもなんで慎二はここまで怒っているんだ?

 いつもの慎二なら先程のように感情がある程度上がると一度冷静になろうとする。慎二は良くも悪くも感情の起伏が激しく、熱しやすく冷めやすい気性なのだが今回は下がる気配がなく際限なくボルテージが上がっている。

 

「どうしたんだ慎二、そんなにお」

 

「うるさいって言ってんだよ衛宮! お前いつから僕に誘いを断れるほど偉くなったんだ! ちょっと強そうなサーヴァント手に入れていい気になりやがって! なめてんじゃないよ!」

 

「だから慎二、俺は」

 

「うるさいって言ってるんだよ! お前もか、お前も僕を見下すのか。アイツと同じように僕を憐れむのか衛宮!」

 

 あまりにヒステリックなことを言い出す慎二に俺はどうしたらいいかわからず狼狽えしまう。がその狼狽えでさえ慎二にはどう映ったのか更に強く睨んでくる。歯軋りの音がここまで聞こえてくるほど、それこそ周りすべてを憎んでいるような目で睨んでくる。

 

「あひはははは。ああ、ああああ。そうかそうか。衛宮もそうなんだな。ああ、いいよ。いいよいいよ。衛宮がそうならこっちにも考えがある。いいか、衛宮。いまさら謝っても遅いんだかなら。そうさ、僕からの友情を無下にしたんだ。どうなったって文句はないよな?

 はははは、じゃあね衛宮。あとで後悔しても知らないからな」

 

「慎二!」

 

「近づくんじゃない!」

 

 伸ばした手をはね除けられた。俺に向けられる瞳は憎悪で赤く染まっていた。今までも慎二を起こらせたことはあるが、ここまで憎しみのこもったのを見たのは初めてだ。

 そんな慎二を見て呆気にとられる俺を置いて、慎二は校舎の方へと歩いていく。

 ――ダメだ。慎二をこのまま行かせては……

 

 再度、右手を伸ばす。

 掴むため、いま慎二を一人にしては行けないとおもったから。

 一歩。二歩。近付き手の届く範囲まで、あと少し。

 

 しかし、俺の手は届かなかった。

 

 ――!

 瞬間。体の一切が動かなくなった。まるで全身が石にでもなったかのように重く、固く、硬い。息をするのだって(まま)ならない。

 全身に力を込めてもびくともしない。ついには全身に魔力を全力で流しても効果がない。そこに来て始めてこれは魔術による拘束とわかった。

 

 ――まさか慎二がこれほどまでの使い手だったなんて!

 歯痒く思う。ついさっきまで気性は激しいもののごく普通一般人で、中学時代からの親友が魔術師だったのもそうだが、そんな親友と自分の実力差にただただ暗然としてしまう。

 その後少ししてから魔術による拘束は解け、授業中にも関わらず校舎に消えた慎二を探している途中藤ねえに見つかり物理的に拘束され、無為に時間が過ぎていくのを受け入れるしかなかった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その後、昼の時間になると俺は一人三段重ねのお弁当とと共に屋上にいた。理由は今朝がたマスターにお昼は屋上にいるように言われたからだ。

 ――たしかに聖杯戦争に関する話を教室でするわけにはいかないからな。

 

 遠坂ともここで合流予定だったのだが、未だに来ないのは優等生故の人付き合いや女の子の事情でもあろうと適当なことを思いつつ、風のあまり来ない場所に陣をとり暫しの休憩。

 本当なら今にでも慎二を探しに行きたいが、遠坂は携帯電話は持っておらずマスターも同様で、いまこのまま自分勝手に学園を離れるわけにはいかず、一旦二人と合流して自分がが魔術師であることは言わずにうまく事情説明してから離れるつもりだ。もちろんその時に慎二の正体については話すつもりはない。

 この事は友人である俺の責任、慎二の妹である桜に悲しい思いをさせないために、やらなければならない。

 

 ――それにしても静かだ。

 とても昨日学生一人が昏倒、俺と遠坂との戦闘(という名の虐め兼鬼ごっこ)があったとは思えない平穏ぶりだ。クラスの雑談で聞こえたがなんでも近隣の不良による悪戯という事になっているらしい。つまり、程度の大小どうであれ情報の隠蔽は完璧。これで聖杯戦争のマスター(魔術師)とサーヴァントが如何に暴れても問題が無いという証明ともとれて、不安が溢れる。

 もしも、十年前の悲劇が繰り返されても教会が真実を塗り替える。

 

 ――ダメだ。そんなことになら無いために、させないために、俺はマスターと一緒に戦うんだ。

 ――あの日、あの月の夜に切継と約束したんだ。いや、誓ったんだ。

 ――正義の味方になるって。

 

 知らず、拳に力が入る。ニコラ・テスラを正義の味方と映す、彼と共に歩くとしながらも彼のようになりたいとは思わない。昨日ニコラ・テスラとアーチャーの会話が脳裏を過ぎる。

 

 

 

『言っまるで《正義の味方》のようなことを言っていたな」

 

『《正義の味方》なモノか、私は《世界の敵》だ』

 

『――セイバー、それは、どういう意味だ……』

 

『言葉通りの意味だ。たとえ世界が人々を害することを選択したのなら、私は、それと戦う』

 

『言っている意味が分かっているのか? それは《抑止力》と、《秩序》と対立することを意味しているのだぞ。

 そして、その結末は人類の破滅だ。お前はそれを許容するというのか』

 

『許容するわけなかろう。

 私は、その脅威からも、

 人々を救う――』

 

『戯言を言うのもほどほどにしろセイバー、そのようなことが出来るはずないだろう。ああ、出来るわけがない!! 許されるはずがない!! そのようなことは神しか、いや、神でさえできん!!』

 

 

 

 マスターの言葉。

 アーチャーの言葉。

 二人の相違。

 

 ――マスターとアーチャー。全く違う二人なのに、どこか重なるモノがある二人。その差異がわからず、それの意味するところ、二人の立つ地平が見えない。似ても似つかない二人の在り方に重なるモノは見えない。

 ――けれども、俺はマスターよりもアーチャーの方がなんとなくわかる気がする。マスター自身が浮世離れしているのは別に、なにをアーチャーから感じる。そのなにかは掴めない。

 

 自分の右手を開いては閉じ、開いては閉じと、繰り返す。対極の二人に思考を没頭する。

 そしてそのまま幾分か過ぎた時、屋上の扉が開いた。

 

「待たせたな士郎」

 

「待ってたよマスター」

 

 待ち人の一人が来たのとほぼ同時に、マスターの後ろから誰かが駆け上がってくる音が聞こえてきて、マスターが半歩横に移動して扉を開けておくと奥から見覚えのあるシルエットがいた。

 

「お待たせ衛宮君。ありがとうテスラ君」

 

「英国紳士だからな。私は」

 

 思考に蓋をする。もうお昼休みの残りも短く、手早く食べて二人に事情を説明してから慎二を探しに行こう。

 そう思い、お弁当を広げて三人で食べ始める。因みに今日は三段すべてサンドイッチ弁当だ。もちろんあっさりした前菜風サンドイッチからデザートサンドイッチまで完備している。

 初めはマスターも遠坂も黙々と食べていたのだか。

 

「あ~あ。こんなに美味しいのもっとゆっくり食べたかったな」

 

 話を切り出したのは遠坂だった。

 因みにマスターは食事につく前に学校に来なかった理由と来てからのあらましを教えてくれた。

 

「そう言うならもっと早く来ればよかったじゃないか。別に全部無理だけど少しくらいなら早めに食べてもよかったのに」

 

「全部って、衛宮君は私をどう思ってるのかしら?」

 

 優しく綺麗な笑顔をする遠坂。見ていて惚れ惚れするくらいいい笑顔なのに、その笑顔を見た刹那、全身に寒気が走った。二日前の朝、俺を看病してくれたあとの遠坂と重なった。

 ――いかん。この後の選択肢を間違えてはあの時の二の舞だ。

 

「ぷ」

 

 遠坂から視線を外すことなく身構えようとする前に、その遠坂が小さな笑いを漏らした。

 

「ごめんごめん。いや衛宮君があんまり面白い反応するからついね。

 まあ、普段は衛宮君が作るような料理口にしないから食べ過ぎちゃった私にも一旦はあるし、お昼休みも短いから今日は見逃してあげる」

 

 指一本。顔の前で人差し指を立てて『貸し一つね』っと口外に言っているのを理解する。不条理な暴力を回避できたのは幸いだが、その結果が不合理な貸し借りを作ることになろうとは思わなかった。まさに悪魔の所業。

 だか、理不尽なことに微笑む遠坂は不意なこともあって、一瞬だか、心拍数が少しだけ上昇したが、それを認めるのは癪だから強引に話題を逸らす。あわよくば貸し借りのことも忘れてくれと切に願い。

 

「そう言えばなんで遅れたんだ遠坂? もしかして三枝さんの誘い断るのに時間がかかったのか?」

 

「ああ。衛宮君もその事知ってるってことは割りと有名なのね」

 

 遠坂は困ったような顔をする。その表情は寂しいように、申し訳なさそうに、少し嬉しそうなものだ。

 

「三枝さんのことは嫌いじゃないの。むしろ好きな部類よ楓よりはずっとね。でもあんまり親しくし過ぎると何かあったら困るじゃない職業柄。

 だからあの子の誘いは断ることにしているの。でも今日遅れたのは別の人のせい。三枝さんは遠回し断るとあっさり引いてくれるけどそいつは遠回しに言っても聞かなかったから時間を食ったのよ。その点で言うと三枝さんは察しがよすぎる分私の良心がガリガリ削れるんだけど…………」

 

 先程とは違い本当に申し訳なさそうな顔をしながら心臓辺りを押さえいるその姿は本当に良心が痛んでいる証であり、遠坂が切継が教えてくれた魔術師然とした魔術師でないことに安堵を覚えた。普段の悪魔然とした性格は置いといて、仮にこの姿を一成が見たらなんと言うだろうか…………『鬼の撹乱』かな?

 

「ねえ衛宮君。あなた私に失礼なこと考えてない?」

 

「! いや、そんな事少しも考えてない! それより遠坂を呼び止めたのは誰なんだ!?

 ねえマスターも気にならない?」

 

「さてな。私はこの学舎に来て日が浅い。凛も器量はいいから同年代の思春期の青少年たちに声をかけられたところで不思議はあるまい。

 ふむ。この《カツサンド》はなかなかイケる。やはりこの国のランチボックスに対する情熱は素晴らしい。だが士郎、英国紳士としてもう少しいい紅茶ならなおよかったのだが」

 

 マスターのいつもの小言を流しつつも話題を向け危なげ無く話題を逸らし(っと思いたい)、遠坂はマスターの訳のわからない言葉に惑わされることなく、モゴモゴっと租借をしてから再度口を開いた。

 

「慎二よ慎二。間桐慎二。彼がやたらしつこく誘ってくるものだから(・・・・・・・・・・・・・・)時間とられたの」

 

 嫌な胸騒ぎがした。額や背中から冷や汗が出てくる。

 

「……遠坂。慎二は遠坂を何に誘ったんだ?」

 

「何って、聖杯戦争よ。アイツと『僕と遠坂が手を組めばこの聖杯戦争生き残ることができる』とか、言っていたんだけど、まず『勝ち残る』って言わない時点で論外で落第。だから遠回しもう他に同盟相手がいるから他を探してって言ったんだけどそれでも食い下がるからね。つい『衛宮君っていう心強いパートナーがいるからあなたはいらない』って言ったらなんか喚きながら走っていたわよ」

 

「……因みに遠坂。お前のことだから他にも色々言ったんじゃないか?」

 

「あたり。よくわかったわね衛宮君。

 あと言ったことは『背中どころか身も心も預けられる』とか『彼以上に頼りになるパートナーはいない』とか言ったわよ」

 

 まったく鬱陶しいたらなかったわ。なんて言う遠坂、自信満々で誘ったであろう慎二に同情の念がこみ上げる。

 ――憐れだ慎二…………いや待て、自尊心が高い慎二がなんの用意もなしに俺や遠坂に同盟を持ちかけるか? 慎二なら何かしらの報復の手段も同時に用意しているはずだ。それも速効性のあるものを。

 ――今、この場で速効性のあるものを……まさか!

 

「遠坂! 慎二がどこに行ったかわかるか!?」

 

「な、なによ急に」

 

「いいから! 時間が惜しいんだ!」

 

 心が焦る。もしも自分の予想が正しかったのならその結末は、

 

「たしか一階の科学実験室の方に向かった気がするけど」

 

「なら急いで向かおう! 手遅れになるま――」

 

 

 

 

「「「!!!!」」」

 

 

 

 突如。全身を虚脱感が襲うのと同時に学園内の空気と空が変異する。

 一息するだけで麻痺しそうな、気持ち悪いほどぬるく、粘りつくように重く。

 なによりも周囲一帯が紅く染まり、空には大きな目玉のようなものが顕在していた。

 

「結界――――」

 

 それはこの学園に仕掛けられ、準備されていた魔法陣を起点にした結界。遠坂やマスターでは解除不可能と判断された神代の御業。それからは迅速だった。すぐさま屋上を降りて近くの廊下を見る。

 その光景は、食虫植物の中身と同じだと直感に思った。廊下も教室も紅く滲み染まり。男女も学生も教師も区別なく痙攣して倒れて泡を吹いて白目を剥いている。

 たぶん。この結界は以前マスターが言った通りのモノだった。結界内にいるかたちあるものを文字通り”溶解”させてすべてを吸い尽くすモノだ。

 

 そう。この結界は人を殺すものだ。規模や凶暴性は差があれど十年前のあの光景を幻視させる代物だ。

 ――こうなるのを防ぎたかったのに、防ぐことが出来ていたかも知れないのに。

 

「マスター!」

 

「わかっている。いま雷電感知で――――見つけた。校舎一階の実験室に人間一人とサーヴァント…………これは、いや、今はこの結界を止めることが先決だ。士郎、リン最短距離で行くぞ」

 

「え? 最短距離って」

 

「まってその前にアーチ」

 

 なぜか、最短距離と言う不穏な単語を聞いて、先程までとは別の嫌な汗が背中を流れる。遠坂も同様の物を感じたのかその背中に冷や汗が流れているのがなんとなくわかった。数秒後にその予感が正しかったのが証明された。

 突然の雷鳴とガラスの破砕音。直後の浮遊感、そして何かに引っ張られるように、視界を後ろと上に置いて行く。一秒か、二秒か。そんなわずかの時間に四階にいたはずの俺たちはいつの間にか運動場の地面を視界に収めており、また視界を置換しそうなほどの加速。ついには目的地である化学実験室にたどり着いた。

 

「衛宮。遠坂!」

 

 そこには慎二と先日を俺を襲った謎のサーヴァントと――

 

「やはりお前だったか宗一郎。いや、聖杯戦争のマスター葛木 宗一郎(・・ ・・・)

 

「テスラか」

 

「なんで……」

 

 そこにいたのは穂群原学園の教師で、社会科と倫理の担当で2年A組担任で、生徒会の顧問も勤めていて、あの一成が慕うほどの人間が聖杯戦争のマスター。にわかには信じられない、だが事実として魔力の通っていない人間では昏倒してしまう環境において平然としている姿はその身に魔術を修めている確固たる証拠に他らない。

 それと同時に学園に潜むマスター(魔術師)が間桐慎二一人だと断定していた自分の浅慮さを呪いたくなる。

 騙し騙されるのが戦争。油断と慢心が死を招くのが戦争。こと個人という最少単位で最大限の破壊が横行するのが聖杯戦争だとあの夜に体感したというのに。

 

「間桐だけでも驚いたが、衛宮と遠坂もこの場にいるとうことは全員が聖杯戦争のマスターないし、関係者だということで相違ないな」

 

 この場においても平静さを失わない葛木に俺は問いかけをしようとして、

 

「待て士郎」

 

「マスター!」

 

 マスターに止められた。普段は泰然自若を体現しているマスター。そのマスターが目を細めて慎二のサーヴァントを睨んでいる。それは明らかな怒りの感情。

 マスターがこれほどまでの感情を露にするのは初めてで、その影響か周囲に雷電が迸っている。

 

「士郎。お前の疑問ももっともだが、今はこの結界を解くのが先決だ。だから宗一郎。そのまま動いてくれるな、動くようなら私も相応の対処をせねばならない。慎二も決して動くな。

 士郎は下がっていなさい。リンも令呪でアーチャーを、この場において最悪二騎同時に相手する可能性も、いや、それ以上のこともあり得る」

 

 マスターが一歩踏みだず。

 

「征くぞサーヴァント。覚悟は、いいな」

 

 葛木は動かず、慎二は僅かに悲鳴を上げて、サーヴァントがあの鎖突きの武器を握り臨戦態勢を取った。

 一触即発。マスターか、慎二か、慎二のサーヴァントか、葛木か、もしくは俺か遠坂があと少しでも動けばそれが開戦の狼煙となっただろう。

 だが、その瞬間は永遠に訪れなかった。

 

 突如として鳴る甲高いまでの不快音。

 悲鳴が学園全体に響き渡る。

 絶命の声が空間を侵食する。

 

 

 

 その時。紅く染まっていた空間が砕けた。

 その時。空に顕在していた瞳が砕けた。

 その時。学園を覆いていた結界が砕けた。

 

 

 

 

結界を構成するすべてが、砕け散った。




と言うわけで、話がようやく動いてきました。うん。
ここからかなり話がごちゃごちゃしてきますが頑張りたいと思います。

では本日は短めに、親愛なる皆様方良き青空を。

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