その傍らには1人の青年悪魔が居た。
彼らは小さい頃からの『トモダチ』で、『契約者』だった。
子供たちの『契約-やくそく-』は、『互いに裏切らない』こと。
しかし、彼にはラハールに秘密にしていることがあった。
※ディスガイア無印の第5話「エトナの秘密」直後の話です。
自サイト閉鎖に伴い、こちらにて掲載。
「――アンタに最ッ高の恐怖を、刻み込んでア・ゲ・ル!!」
そう言ってエトナは幼い顔に妖艶な笑みを浮かべ、槍を振り上げた。
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かくして暗黒饅頭を盗み食いして追放されたマヌケ、もといマデラスは、
ラハール一行の手によって心に永遠に消えない傷を刻まれた。
その後マデラスは、恐怖心からラハールたちに忠誠を誓うが、そんな事はさて置き、
一応裏切った形になるエトナに対し、ラハールが髪を逆立てて怒鳴り散らしていた。
「全く、この俺様を謀るとはトンでもない奴だ!
まあ悪魔としては見事な所行だが、やはり俺様を裏切ったのは許せん!!」
そう言って、ラハールは吊り上った紅い瞳でギロリとエトナを睨む。
睨まれたエトナはといえば、全く怯えた素振りも見せず、むしろ楽しそうに、
「きゃー!殿下ったら怖ーいv」と笑いながら、一人の青年の背中へと隠れる。
当然の流れとして、ラハールのキツイ眼差しはその青年へと向けられる。
ずっと曇り空のままの魔界では見る事の無い、青空のごとく蒼い髪、
滴る鮮血のような紅い瞳をした彼は、端正な顔に胡散臭い穏やかな表情を貼り付けたまま、
ラハールを宥めにかかる。
「まあまあ、ラハール。
エトナも反省しているかもしれないし、許してあげたら?」
「ふん。悪魔が反省などするか!
そんな事よりも、ルシル!……お前は、裏切るなよ。」
髪を逆立てて怒鳴った後、ラハールがジロリとルシルを睨み付ける。
射殺すような視線を受けているにも拘らず、やはりルシルは胡散臭い笑みのまま応える。
「僕は君を裏切らない。
『君が僕を裏切らない限り、僕は君の傍に居る』
そういう“契約”だったろ?」
「ふん。」
ルシルの応えに満足したのかしていないのか、それともどうでも良かったのか。
ラハールはプイと顔を背けると、振り返る事無くずかずかと歩き始める。
その小さな後姿を、楽しそうに眺めているルシルに、今まで後ろに隠れていたエトナが、
ひょっこりと顔を出して尋ねる。
「いいんですか、『陛下』?
殿下に自分が兄君だって知らせなくて。」
エトナはそう口にした途端、凄まじい寒気に襲われて「ひっ」と小さな悲鳴を漏らす。
寒気の原因は、目の前に居るルシル。
被っていた胡散臭い笑みの仮面は外れ、酷薄な光を宿した紅い瞳がエトナを見据える。
そして、不快気な声が告げる。
「エトナ。僕を『陛下』と呼ぶんじゃない。」
「は、はい!……申し訳ありません。」
圧倒的な畏怖が、自然とエトナに膝を付かせ、臣下の礼を取らせる。
もしルシルの怒りを買えば、エトナなど指一本で殺されてしまう。
いや、指一本ですら動かす必要もないかもしれない。
その事実に、絶望的なまでの力の差にエトナが震えていると、
突然圧し掛かっていたプレッシャーが消え失せる。
恐々とエトナが顔を上げると、ルシルは再び笑顔の仮面を浮かべていて、
にこにこと楽しそうに告げた。
「……良いんだよ。あの子に知らせる必要はない。」
「ど、どうしてですか?
兄君が居るって判ったら、殿下も喜ぶんじゃないんですか?」
表面上、穏やかに戻ったルシルに安心したのか、エトナはそろそろと立ち上がり、尋ねかける。
その問いかけに、ルシルは笑顔はそのままに、
視線には「そんな事も解らないのか」と嘲りを込めて、エトナを見下ろす。
そして、つまらなそうに答えた。
「そうかもしれないね。
でも、そうなると、どうしたって魔王位の継承争いになる。
そんなのは面倒だし、だいたい僕はね、魔王になんて興味ないんだよ。」
「は?で・でも、だって魔王ですよ!?魔王!!
魔界で一番偉いんですよ!!?」
驚きの余り、わたわたと手を振り回しながらエトナが詰め寄る。
しかしルシルは、どうでも良さそうに軽く肩をすくめて言い捨てる。
「どうだっていいよ。手下がぞろぞろ居たって鬱陶しいだけだし。」
「じゃ、じゃあ、ルシル様はどうして殿下と行動してるんですか?」
ルシルの答えに更に困惑したエトナが、頭上に?マークを飛ばしながら再び問いかければ、
嘘の笑顔ではなく、本当に楽しそうな笑顔を浮かべてルシルは答えた。
「……僕はね、欲しいモノがあるんだ。」
その美しい笑顔に、エトナは魅了される。
まるで天使の様に清らかで、見る者全てを虜にする悪魔の美。
頭ではそれが危険極まりないモノだと解っているのに、心が言う事を聞かない。
すっかり見惚れて、エトナは熱に浮かされた様に喋り続ける。
「欲しいモノ、ですか?」
「ああ、たった一つだけね。」
「それって何か、聞いてもいいですか?」
「……『アイ』だよ。」
静寂。
今、ルシルが何と言ったのか理解できず、エトナはパチパチと目を瞬かせる。
そして、きっかり3秒沈黙した後、やっとの事でルシルの言葉を復唱した。
「……『愛』?」
そんなエトナの様子など気にも留めずに、ルシルは時折稲光の走る空を見上げ、
まるで見果てぬ夢を見る様に、陶然と語る。
「そう。僕はたった一つの無償の『アイ』が欲しい。
かつてラハールがあの女から与えれたのと同じ、真実の『アイ』が。」
これは本気だ、とエトナは理解する。
そして考えてしまう。
チャンスだ、と。
だから、行動に移してしまった。
ルシルが『何』であるのかも忘れてしまって。
手を頬に当て、科を作りながら、エトナは恥ずかしげに言葉を綴る。
「それでしたらぁ、私がいくらでも「ウソだ。」……ぐっ!?」
唐突に遮られる言葉。
そして、エトナの疑問の声が発せられるよりも早く、その口からは苦悶の声が漏れる。
爛々と輝く紅い瞳でエトナを見据えながら、
ルシルはエトナの細首を掴み上げた手に力を込めていく。
「お前が僕をアイしている?
ウソだ!」
哂いながらルシルは、その手に力を込める。
「お前が僕の為に自分の命を差し出す?
ウソだ!!」
次第に大きくなる声と共に、更に手に力が込められる。
「お前に他人に与えられるアイがある?
ウソだ!!!」
エトナが意識を失う寸前、このままへし折るのではないかと思われていたルシルの手が、
掴み上げた時と同じく唐突に開かれる。
「カハッ!!……ゴ・ゴホッゴホッ!
……ハッ、はあはあ、はあ……。」
地に伏して、涙ぐみながら咳き込むエトナを冷ややかに見ながら、ルシルは淡々と吐き捨てる。
「お前は悪魔だ。
きっと最後には自分の利を守ろうとする。
だから僕は信じない。」
その傲慢さに、その冷酷さに、その余りにも悪魔らしい考えに、エトナは自分の愚かさを悟った。
「ああ……この方は『悪魔』だった」と。
その時、遠くから大分苛立った声が二人に投げかけられる。
「おい!!何をトロトロしておるのだ、貴様ら!!!
さっさと来ないと置いて行くぞ!!」
「ああ!今行くよ、ラハール!」
ラハールの声に、常の胡散臭い笑みを浮かべると、ルシルは何事も無かったように歩き出す。
その後ろを、首を擦りながらエトナが慌てて追いかける。
「待って下さいよ~!殿下、ルシル様~~!!」
エトナは恐怖に竦む足を叱咤しながら、必死に走った。
抗い難い恐怖から逃れる為に。
走るその先には、いつもの日常がある筈だから。
「おい、ルシル!いつも言っているであろうが!!
俺様の事はラハール様と呼べ!!!」
「はいはい。」