彼女の傍らには1人の少年が居た。
彼はただの人間で、何の力も持っていなかった。
ヒロがまだ君主ではなかった頃、召喚の不備により少年は彼女の前に突然現れた。
名前しか思い出せない少年は、ヒロの従者として暮らすことになる。
当時、魔族と人間のハーフであったヒロは魔族から蔑まれ、
異形の左手の所為で人間からは恐れられていた。
そんな中で父や姉と同じように接してくれる少年に、ヒロは次第に心を開く。
やがて人間の勇者に父を殺され、ヒロは人間に復讐を誓うが、
それでも変わらず側には彼が居た。
※自サイト閉鎖に伴いこちらに掲載。
一年のほとんどを厚い雲に覆われ雷が轟く、
黒々とした深い森と峻厳な山々に囲まれたネウガード。
ネバーランドに戦争を引き起こしたこの国は、
その魔族の力と君主の強大な力で次々と周辺の国を支配していた。
今日もネウガード国、君主であるヒロは国を一つ落とし、ネウガード城へと凱旋した。
連戦連勝に沸く国民とは裏腹に、常に前線に立って戦っているヒロはその顔に疲労を滲ませ、
軍議もそこそこに自室へと向かっていた。
ヒロの部屋は城の上部に位置し、流石に君主の物だけあって広々としている。
更にそのテラスには、まるで庭のように木や草が覆い茂っていて、
そこに机と椅子二脚が置かれている。
ヒロが部屋へと入って来た時、そのテラスの椅子から一人の少年が立ち上がり、
笑顔でヒロに駆け寄って来た。
少年は人間なのか、その耳は丸く、体のどこにも魔族である事を示す物は無い。
年の頃は16だろうか、身長は160cmと少し、明るい茶髪と濃い茶色の瞳をしている。
服装も兵士や武将の物ではなく、スニーカーとジーパン、
無地の黒いTシャツの上に白いシャツを着ている。
彼はヒロの側まで来ると、その疲れた顔を見て浮かべていた笑顔を心配そうな表情に変えた。
「大丈夫、ヒロ?疲れた顔をしてるよ?」
「大丈夫だ。少し休めば治る。」
少年の心配を一蹴し、
ヒロはずかずかと部屋の中へと進むと大きなソファーにどかりと腰を下ろした。
少年はヒロの後を駆け足でついて行ったがソファーには座ろうとせず、その傍で足を止めた。
そして目を瞑ってぐったりしているヒロの様子を窺い、おずおずと申し出る。
「えっと……じゃあ、紅茶を淹れて来るよ。」
「待て、カズヤ。ここに居ろ。」
しかし、その場を離れようとした少年、カズヤをぐったりしたままのヒロが呼び止める。
「え?でも……」
「いいから、ここに、居ろ。」
「……うん。」
訳が解らず戸惑うカズヤをヒロは目を開いて睨み付けると、
先程より強い口調でもう一度繰り返した。
そうなると、もうカズヤには拒否などできる筈も無くただ肯くしかない。
肯いたカズヤを見てヒロは表情を和らげると、
自分の座っているソファーを指し示してカズヤを座らせる。
そしてカズヤの膝に頭を乗せるようにして、ソファーにごろりと横になった。
「ヒ、ヒロ!?」
「お前は私のモノなんだから、何をしようと私の勝手だ。」
カズヤは驚きの声を上げるが、返ってきたのは理不尽な答え。
それどころか、逆にヒロの方が驚かれた事に不満そうな顔を浮かべる。
カズヤはそんなヒロを気にするでもなく、言われた言葉を不思議そうに繰り返す。
「僕、ヒロのモノだったの?」
「そうだ。……不服なのか?」
ヒロは問われた言葉に即答するが、今度こそありありと不機嫌な顔になって問い返した。
それに返ってきたのは微笑み。
見た者が、はっとするような綺麗な微笑みだった。
「ううん。嬉しい。
僕の全てがヒロのモノなら、それほど確かな事は無いから。」
「……ふん。」
その微笑みに続けて語られた言葉に、ヒロは頬を紅くして視線を逸らす。
そんなヒロを見て、カズヤは楽しそうに笑うが、ふと真剣な表情を浮かべると、
膝の上のヒロを見つめる。
そんなカズヤの様子に、ヒロは怪訝な表情を向けた。
「ねえ、ヒロ?僕の全てを受け取ってくれる?
僕の身も、心も、魂も、全部。」
カズヤはどこまでも真摯な瞳で、縋る様に問いかける。
まるで、拒否されたらこの世が終わるかのように深刻な表情で。
まるで、それ以外には何の望みも無いのだと言うように。
そんなカズヤの雰囲気を感じ取ったのか、ヒロも真剣な表情で答える。
「言った筈だぞ。お前は私のモノだと。」
何の迷いも無く、それが当然の事だとでも言うように。
その答えにカズヤは涙を滲ませながら笑顔を浮かべる。
「……うん!……ありがとう、ヒロ。」
泣き笑いを浮かべるカズヤをヒロは仕方ない奴だとでも言いたげな顔で眺め、
人と変わらぬ右手をそっと伸ばしてその頬に触れる。
2、3度その頬を撫でた後、ヒロは寂しげにその柳眉を寄せて呟いた。
「……傍に居ろ。
何があっても、お前だけは私の傍に。」
それだけで何があったのか察したのか、それともその言葉だけがあればいいのか、
カズヤは綺麗に微笑んで、ヒロの異形の左手を手に取って応えた。
「うん、傍に居るよ。
ずっとヒロの傍に。」