散片   作:待兼山

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あれから

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この地に人事異動でやってきて、早数か月。

関東とは違って緩やかに流れつつ、有名地方大都市というプライドもあるせいか川のように色々な表情を見せてくる。

懐かしく感じもするが、車移動と新幹線の距離である為においそれと帰省出来ない事を盾にして、私に適度の安らぎをもたらしてくれる。

 

大学進学をして、不慣れな共学に息つく暇もなく帰れば由乃の愚痴を笑顔で聞いて、お菓子や料理を息抜きにして果たしてこれで良かったのかと悩んで。朝日が昇れば、規則正しい生活の始まりで忘れてしまいかけるけど、またまた首をもたげてくる。

そんな一年目から二年目にかけて、講義の選択や教授の都合で実家から離れたキャンパスに通わないといけなくなり、一人暮らしが開始された。

由乃は猛然、そんな言葉がお似合いなくらいに反対したが、両家揃っての大人は良い機会だしと宥めすかし、私を見送った。

だから、彼に出会えたのだろう。

 

そんな彼ももう居ない。

遠い地で私は一人。

高等部では一緒に励んだ、祥子も居ない。

お姉さまである、江利子さまさえも居ない。

それは私が、疎遠になるようにした。

 

最初は何処か輝く彼に眩しいと思い、負の感情を合わせた何かを見出した。

それが瞬く間に、恋に変わった。

そして、利用した。

浅ましい事だと分かっていた。

真正直な彼は、私の行動に不思議がり問い質し、呆れかえり、それを包もうとしてくれた。

でも、罪悪感が私を蝕み、壊した。

 

 

過去への短い、それでいて長い旅をしていると、北欧とカナダ、はたまた日本の何処かにありそうな森の家をイメージさせたカフェの令の席にふんわりとした影が差した。令は顔を上げるのが億劫であったし、何よりここは令が無愛想だからと眉を顰められる事はない。座れば客寄せパンダのようになるから店主も大いに歓迎し、令が愛想がない事に苦い顔をする客にやんわり注意をしてくれていた。

ふんわりとした影は何も言わずに、だけど逡巡した気配をさせてその場を離れた。

あれから人付き合いを遠ざけた令に残された剣道を進めていると、相手の気配や空気が分かるようになった。それを汲むのは、仕事でしか活用しない。適度、適切な距離を令は望んでいるから。

数秒の間をもたせて顔を上げて、視線を時計に向ける。目だけは店内を彷徨わせ、椅子四客の席で止める。大半がソファだけかソファと共に椅子席の店内ではその席は敬遠される。カウンターならまだしも、腰を落ち着かせるにはソファの方が好まれる。令は父が聞いたら、軟弱なと顰め面を曝すなと少し笑う。そんな令もソファ席でのんびり過ごしている。

頬杖をついた令は、椅子席に店員が近付いて注文を伺うのを眺めた。

大学卒業と共に、記憶さえも一掃されてしまい友人知人知り合いなどなどは、今では数少ない。

お手あげとばかりに窓の方に目をやる。

椅子席の人物は女性だった。認識して、令は苦くなる気持ちを寸での所で顔に出さないように意識した。

似てようがいまいが、女性は皆、令に由乃を思い起こさせる。そこから連想方式にお姉さまである江利子や祥子を導き出すから自らは近づかないようにしている。

読む本も変えたりしているが、慣れ親しみ何処までもお供してくれた気がする。から、余り変わらないジャンルのままだった。最近手に取りだした作家の新刊の続きを読もうとして、ふと椅子席の方へ目を向けた。ふんわりしながら何かを全体的に置き忘れたかのような印象を持たせる女性だった。

だけど、知っている。私は知っている。令はそう感じ、思った。

 

「祐巳、ちゃんだよね?」

立ち上がって椅子席に行くまでは早かった。珍しそうに常連客がちらっと覗っている。声を掛けられた女性は頷くだけで、ケーキを頬張るのを止めない。

「ここ、座ってもいい?」

何故そう言葉にしたのかも令は分からないだろう。祐巳と名前を呼ばれた女性は、最後の砦を崩さないように、それでいて我物にせんとす勢いでフォークを使いながら頷く。令は思わず心から微笑ましい気になってくすっと笑って座った。その行動にも祐巳は気にした素振りを見せずにケーキを食していた。

「鞄とか、いいんですか?」

微笑ましく眺める令をよそに、アイスティを引き寄せながら祐巳は訊ねてきた。

「じゃあ、取って来るね。」

尚も居座るつもりで、席を変えるつもりもない祐巳に気が付き令はそう言って立ち上がり、その場を離れた。同時に店員がまたもや、祐巳に注文の品を差し出しに来た。

 

交わす言葉は無いに等しい令と祐巳は、飲み物を手に時間を堪能していた。重苦しくなるような空気はそこになく、お互いが地続きの末に一緒になったかのような空間。その中で、令は気になった事を口にした。

「祐巳ちゃんもここらへんに住んでいるの?」

聞きたい事は別の所にあったが、これもそうというかのように令は飲み下した。祐巳は首を傾げて令を見た。

「ここの最寄駅から三駅離れた所に住んでいます。」

律儀に説明する祐巳に、あの頃を重ねてしまう。そこで令は気付く。先ほど感じた、何かを置き忘れた印象と相対してみて感じた事が首をもたげている。

ケーキを頬張る時にも、住まいを訊ねた時にも、あの頃だったら祐巳はいつも添えていたものがあった。愛想とかではなく、心から他人を慈しみ思いやる、とまではいかなくとも受け入れてくれていると思わせてくれるものが。

そう笑顔が、足りない。令は思いながら、祐巳を見やる。再度、メニューのデザートのページを開いていた。先ほどの質問をしたものの、新たな疑問が湧き出てきた。

「まだ、食べ足りない?」

さっき二個も平らげていたではないか、そんな思いは込めずに微笑ましく捉えられるような笑顔を添えた。祐巳は令を眺めるだけで何も言わず、表さずにいた。何だか座りが悪く感じて、おススメを教えていた。

 

注文が来る間、祐巳は上機嫌に鼻歌を聞こえるか聞こえないかの程度でさせていた。令は足りないものがあっても、祐巳が居る空間が居心地良いことは変わらないと感じていた。

「令さまは、近くにお住まいなんですか?」

ケーキが来た瞬間から機嫌は最高潮になった祐巳が、令に質問をしてきた。

「うん、まあ。車で十分かな。」

曖昧に答える令にしたら、いつも休日しか来ないから分からない距離感。誰かと過ごす事をしなくなった時間間隔。

「じゃあ、A市かT市ですか?」

会話をしようとしてくれているのかな、令は嬉しく感じた。

「そう、T市側に住んでるんだけど良く分かったね。」

笑顔になった瞬間、こんな時の笑顔はふにゃふにゃしていると祥子も由乃も言っていたと思い出す。何だかため息が漏れ出る。江利子はそこが令の良い所と笑っていたっけとも思い出すが、自虐的になりかける。視線を祐巳に合わせてみたら、もうこの世の至福を堪能していた。笑顔がなくとも、空気中で伝わってくるものがある。

「私、T市とA市近くにある私大に居るんです。由乃さんとも連絡取らなくなったし、皆とも。誰かに話しませんから。」

先ほどと一緒の食べ方で、最後の砦を崩さないようにしている。

令は、呆けたかのように祐巳の顔を見た。

 

 

 

/

あの日から、令は祐巳と会う事が多くなった。誘うでもなく、何となく交換した連絡先に何の気兼ねなく連絡を入れて、話の流れから日を決めていたり時間を取っていたら会う事になっていた。そんな気軽な関係だった。

相変わらず祐巳は必要最低限しか喋らないし、甘い物に目が行き、会って話をしているとは言えない点があるが令はそこが一番落ち着くのかもしれないと感じていた。

 

そして、今日も祐巳のお目当ての店に来ていた。

「ここの冷菓子、結構評価高かったよね?今日の気温にはちょうど好いね。」

ほぼ一人言のような令の問いかけに、祐巳は頷くだけで気は店内に向かっていた。

忍び笑い、そんな言い方をした小説を最近読んだなと令は自らが笑う様を思った。そんな令を置き去りにして祐巳は既に、席に腰を下ろしてメニューを開いていた。もう慣れたもので令は焦りもせずに祐巳の対面に座った。

「今日はどれをシェアしようか?」

最近、祐巳について学んだ事で甘い物をかなり食べるが流石に胃が厳しくなる時もあるらしく、令はそれを手伝うようになった。どうすればこの地に腰を下ろし出すようになったかの話をしないでいいのか、そんな時間延ばしを無意識に繰り返す様になっていく内に始まった事だった。

「令さまはこの二度美味しい、わらびもち。私は冷やし大福と、水ようかんにします。」

苦笑い気味に祐巳の言葉に相槌を打ち、店員に注文を取りに来てもらうように目を向ける。

もう祐巳の頭からは令の存在は薄れる。

令は祐巳を観察する。そんな目で見ても当人は気にもしないし、どう頑張っても会話が出来るわけではない。相席、そんな言葉が二人にはお似合いの様子が成り立つ。

「私を見て、楽しいですか。」

今日は風向きが違うのか、祐巳は令に話掛けてきた。

気まずさが先立ち、令は言葉が出て来なかった。

どうしようか、そう考える前に祐巳の注文の一つがテーブルに置かれた。途端に祐巳の意識はそこに行き、令の存在がまた、薄くなった。

風向きが違うのは令も同じだったのか、祐巳の目の前の皿に鎮座するモノが疎ましく感じた。

「ねえ、祐巳ちゃん。今日さ、ご飯も一緒に食べよう?」

そう口にしていた。

祐巳の意識をこちらに向けたくて、慎ましくもあり打算的な令なりの精一杯の行動だった。

 

 

 

 

 

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