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あの頃、私達はただ笑い、泣き、騒ぎ、悩み、放り投げるにしても精一杯であった。
ありったけの〝何か〟を必死で追い求めていた。有りもしないものだとしても、きらきらと輝いているかのようで燦々と光って見えていた。だから、山百合会に所属している、それだけで違う自分で振る舞えた。演技や仮面を被る、とかじゃなくて。生まれた時からこうであると錯覚出来た。
母を喜ばせられる、弟に構われ、守られる年子の姉。
実際真逆な、そんな自分を嬉しく思いながら、虚しくなる本当の『私』の気持ち。
あちらを立てれば、こちら立たず。
誰かが悲しむ、その上に誰かの喜びや幸福が成り立つ。
ずぶずぶと、深さも明度も測定不可能な沼に飲み込まれる感覚が抜けずに、気が付けば大学の研究にのめり込み、現在の私が形成された。
使い切ったのだろう、家族も含めての他人との無意識に判断されるであろう心の距離感を、あの時に。
救いだったのが、〝姉〟である祥子さまは小笠原グループの中枢会社に入り、統廃合を計画にするにあたっての課題をおじい様に頂いてらしたこと。
〝妹〟の瞳子も演劇や芸術、娯楽がどう人間に、大きく分けてリラックスを与えるのかを考え、歩みだしていた。
結果、私は構ってくれる存在を無下にしてしまう。そんな自分に悩まないで済めた。
家族はため息を吐き、お互いの妥協点を見出すしかない。そんな諦観を込めた眼差しを向けてきた。
一番心苦しくなったのは、志摩子さんや由乃さんだった。
二人は肩を並べて歩き、錯覚した自分を信じていた友達だから。大切にしたいと感じ、これからも続くと疑わなかった半身のような存在だとも想いあった。
三人ともそのままエスカレータで大学進学し、学部は其々が各々の希望した道に入った。
志摩子さんは神学部に。
由乃さんは文学部へと。
そして、私は教育学部の新設された福祉・心理学科に。
本当は他大学へと視野を広めたりもしたが、家族や友達の気持ちに負けたのもあり、新設された学科は忙しくしても仕方ないのではないか。そんな逃げを考えた。逃げは口実でもなく、現実にもなり学問の徒、そんな代名詞がお似合いな生活に変わった。
興味があれば、他大学の講義も受講できないかと教授や職員にお願いしたりとかなり熱心すぎる学生へとなった私は、聖さまの友達の加東さんに心配された。
『ねえ、祐巳ちゃん。何かあったの?あんまりにスポンジ吸収しすぎるから、佐藤さんが拗ねてるのよ。もう就活しなきゃいけないってのに』
誰に向けられたのか分からない、慈愛の籠った瞳だった。
蓉子さまがたまに、なさっていた気もする。
聖さまは、こういう女性が傍にいるからのびのびと、それでいて感情を吐き出せるのだろう。そう感じたのを覚えている。
この問いに、私はどう答えたのかは覚えていないし、思い出そうとはどうしても出来ない。
錯覚によって、手にしたもののはかなり大きく、私は少しだけ泣いた。
『私』で、泣いたのはかなり久しい。
泣き終わった時に、思った。
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淡々と語られる祐巳ちゃんの、私が知りもしなかった半生のようなものは私の〝何か〟も少しだけ解放してくれたかのような気持ちにもなれた。
幼子のように優しさを最大限に与えてくれる存在に無条件に寄りかかる、私も祐巳ちゃんもお互いに安心しきって只、体温を布越しに分け合っている。
車中で見せた祐巳ちゃんの表情は、苦し気で息も絶え絶えだった。
疲れたのに、空腹なのに、眠たいのに、そんな気持ちを伝えた事もない人のようだった。
だから、思いきり抱きしめた。
お互いの欠けているものは、埋まらないとしても。
癒しを、満たしを、充足を、補給できるような気になれる存在にいれると感じたから。
どうにも行き着けない二人だとしても、海にぷかぷか浮かぶ丸太のようにいつか、削られ木くずに成り果てても。
「どうしてでしょう。あの頃が長い夢のようだった気がします。令さまが、由乃さんに振られて私に掴みかからんばかりの形相になったのも、全て。」
冗談交じりに祐巳ちゃんが話しかけてくる。
黄薔薇のお家騒動。
江利子さまもタイミング悪く、歯を患っていた。祐巳ちゃんはあの時、黄薔薇一家の被害者だった。
「祐巳ちゃんが一番の功労者だったね。」
それへの感謝を込めながらも祐巳ちゃんの優しい体温へのお返しをする。
「全部全部、夢だったら...寂しいんでしょうね。」
透き通ってさえも見える表情で、笑い方の違う祐巳ちゃんはすっと目を伏せた。そして、口を動かして小さく呟いた。
お久しぶりです。
待兼山です、ごきげんよう。
産みの苦しみを味わっていました。
出来上がったのはこれでした。何度か書き直して、消して、書いてを繰り返しましたがこういった形に落ち着けました。
令編は一旦、これにて終了です。
ああ、ここにある花の閑話休題と題したものも途中で苦しんでますし、ジクソーも停止のまま...
自己満足の為に頑張ります。