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切り取られた風景、そこに生きる人々、本人には繰り返される毎日のような日々、些細な事が誰かの幸せになる。
それを私は瞬間的に映し出す。
評価が下されようと、私は執念のように気にせずにまた、シャッターを押す。
論じられる作品は、私をわかったかのように言われる。
引き合いに出される同校出身者の名、夢のような楽園的日々を過ごせたからだとか。
確かに評される事によって私は、今の写真だけの生活に身を置けている。とても幸せな事だとは思えている。現在暮らしている場所、いや国が物価も安く、摩耗する心に悲しみを覚えなくていい。写真家、それだけでどこぞの人間たちみたいに価値ある人間として自身を残せと言ってくる輩も居ない。
そんな事をぽっかり空いた心で考え、脳と目は今日一日のフィルムを査定していく。
溜息も出ないくらいに、没ばかりだ。
スランプ、そんな言葉しか出ない程に何度も頷いて、見返す作品が残せない。ずっと私はスランプなのだ。気が遠くなる位に、誰もが思い馳せる頃のひと時に置いてきてしまった、置いてこざる得なかった。それでも、いつか新しく出会えるかもしれないと微かに期待してファインダーを覗く。
「ミス・タケシマっ。せっかくのご飯が冷めてしまいますよっ」
選別作業をしていると、私にだけがなりたてるかのような言い方をするお手伝いのミーサがドアを大きく開けて声を掛けてきた。
「ミーサ、ありがとう。出来たらもう少し優しく声を掛けてね。」
多分、私が集中し出した時に声を掛けていたのだろう。ミーサは間が悪いというか、どうも私が集中するタイミングで何かが出来上がったり声を掛けざる得ない事になる。だから、がなり立てるかのような物言いになるのだろう。
「では、私の声を聞いてください。」
ぶつぶつとまだまだ口を開いていたが流して、食堂に入り、簡素だと言われる椅子に座る。
スパイシーな香りと色とりどりな野菜に豆、そしてサラサラした米を前に空腹を感じる。生きている証拠。
「そういえば、ミス・タケシマに郵便が届いてましたよ。サクラ色って言うんでしたっけ?パステルピンクを薄めた色の、日本特有の色合いの。」
スプーンを口に運びかけた瞬間にミーサは私に言ってきた。時が止まったかのような、息が詰まるにも似た感覚が私を支配する。
その封筒を使うのはごく限られた人間のみだ。
半ば買い占める形で私たちはそれを買い集め、何かあればこの封筒を使おう。そう交わした。私はそうなってしまった出来事に、過去のもう戻れもしないずくずくした傷に触れた。
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綺麗な色が街を染めるにはこの季節しかお目に掛かれないのではないか。そんな感想を隣の彼女に漏らした。それを聞いて、クスリと溢された。
「本当に蔦子さんは視点を変えてくれるよね。」
隣の彼女も活き活きと綺麗に笑う。鮮やかに、時が過ぎ行くままに綺麗に変貌していく。まさにメタモルフォーゼ。
「今日で、輝かしきリリアンと離れるのかぁ。寂しいね。」
彼女の目尻には早くも雫が溜まろうとしていた。
「もう、祐巳さんは。蔦子さんを呼んだのも泣く卒業式ではなくって、笑顔を収めてのことでしょう?」
由乃さんは少し怒り気味だけれど、祐巳さんの感性に刺激されて共倒れを防ぎたい。そんな想いも十分に込められての言葉だった。彼女も祐巳さんに良いように感化され、自分を確立したいと奮起した。まあ、由乃さんは常日頃、奮起させ過ぎで大人しい頃が懐かしいと馳せてしまうけど。
「泣いたり笑ったり、百面相とお忙しい祐巳さんは由乃さん変わらずに隣に立ってくれるから出来るのよ。」
本心から私は口に出来た。
恋慕、そんな言葉でもなく憧憬でもなく、心を占めて止まなかった祐巳さんへの想いはなんなのか分からないままだった。笙子に出会った時にうっすらと、ささやかに分かったのは祐巳さんは誰もが隣に立ちたくなる〝何か〟を抱かせる。でも、祐巳さんの心は誰にも手には出来ない気がするとも分かってしまった。祥子さまでも瞳子ちゃんでも、由乃さんでも志摩子さんでも少し触れるくらい。醜い感情からそう思いたかったのかもしれない。
「もうっ。蔦子さんたら、変な事言わないで。」
由乃さんは照れを隠しながらも嬉しそうに、表情に出ているのを誤魔化しながら祐巳さんの髪を直し出した。祐巳さんはおかしい所があるのかと慌てている。
「ほらほら、時間は有限よ。記念を残しましょう、志摩子さんにも早く送りたいでしょう。」
そう言えば二人はにこやかに、誰もが嬉しくなるような笑顔を向けてきた。
人知れず流した涙とは大げさになるが、祐巳さん・由乃さん・志摩子さんは高等部三年の進路希望の際に旧温室で泣いていた。
志摩子さんは決めかねていた将来を定めたのだ。日本でも学べるが、拘らずに視野が広まりつつある今だからこそ海外に学びに行くと。その決定には乃梨子ちゃんや聖さまも心に寂しさが支配していることは誰が見ても明らかだった。それを祐巳さんや由乃さんは気付き、どうにか機転を利かせて志摩子さんに陰りを差さないように、その想いさえも力になればとしていた。そんな二人を志摩子さんは旧温室に呼び出して、三人で泣いたのだ。
それまでも、それからも色々あった。第三者である私は、傍観者でしかない。だけれど、乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんという無二の親友を本当の意味で、その手に手を取れたのだろう。聖さまも蓉子さまや江利子さまとの絆をしっかりと確固たるものに出来たはずだ。いつぞやか聖さまはこう言っていた。
『対岸でしかなかった江利子とは本当に腐れ縁だけどさ、やっと蓉子が基礎を組んでくれた橋が完成したのかも。まあ、蓉子が居ないと対岸だけど。』言い終わるとニヒルに笑う聖さまは、祐巳さんが居た頃の高等部時代よりも近寄りがたい雰囲気が薄くなっていた。
志摩子さんに私から由乃さんと祐巳さん、それに定期的に私から送っている、許可を取った共通の友人や乃梨子ちゃんに聖さまの写真を添付してEメールを送った。日々移ろう中で何通かのメールを交わし、由乃さんや祐巳さんとも連絡を取りながら区切りからの先の目まぐるしい毎日を必死に歩いた。
そんな時に、私は運命の悪戯に出会ってしまった。
ぼやけた視界、上手く回らない頭で私は連絡を聞いた。
その連絡をしてくれたのは誰か、それは余りにもおぼろげだった。
衝撃だった内容とどうすればいいのか、これから先がもう失われたと心と頭が空っぽになった。
こんばんは、待兼山です。
蔦子編を開始します。
予定では三つではなくもう少し増えるかもしれませんし、上手く纏まれば三つで投稿します。
さて、今月中にそこにある花の閑話休題を投稿します。
今年中にはそこにある花をリメイクとして、投稿し直せたらいいなあ。とか考えてます。ジクソーもメモ書きからの草稿やらやらをしたいし...
時間を頑張って作ります!
では、ごきげんよう。