「殺せんせーの命を……助ける方法を探したいんだ」
冬休み明け最初の放課後、渚がクラス全員を集めて放った言葉はクラスを震撼させた。
殺せんせーを救う方法を探す、これまでは暗殺する対象だった人物を救いたいと言っているのだから。
「助ける……ってつまり3月までに爆発しないで済む方法を探すってことか?」
「アテはあるの?」
「もちろん今は無い。無いけど……あの話を聞いちゃったら……もう今までと同じ暗殺対象とは見られない。皆もそうなんじゃないかな? 3月に地球を爆破してしまうのだって先生の意志じゃない。もともとは僕等と同じ、失敗して……悔いて……生まれ変わって僕等の前に来た。僕等が同じ失敗をしないように色々な事を教えてくれた。何より一緒にいて楽しかったから! 助けたいと思うのが自然だと思う」
「私は賛成!殺せんせーとまだまだ沢山生き物探したいんだ!」
「渚が言わなかったら私が言おうと思ってたんだ。恩返ししたいもんね」
渚の言葉に倉橋や片岡を始めとしたクラスメイト達が賛同していく。渚も自分と同じ気持ちの仲間がいた事に安堵していた。しかし、それを否とする者もいた。
「こんな空気の中で言い難いけど、私は反対」
「えっ?」
「暗殺者と標的が私達の絆。そう言ったのは先生だよ。だからこそ……殺さなくちゃいけないと思う」
「……中……村さん」
殺せんせーの命を助ける事に反対派の人物達。
中村を始め、寺坂組もそちらの意見のようだ。渚の前に立ち塞がり、話し始める。
「具体的にはどーすんだ? あのタコを一から作れるレベルの知識があるならともかくよ? 奥田や竹林の科学知識でさえせいぜい大学生レベルだ」
「で、でも!」
「渚よ。テメーの言ってること、俺らも考えなかった訳じゃねぇ」
「けどな?もし見つからずに時間切れなんてしたらどーなるよ?暗殺の力を一番つけた今の時期にそれを使わずにタイムリミットを迎えることになるんだぜ?」
「そんな中途半端な結果で、中途半端な生徒で、あのタコが喜ぶと思うか?」
寺坂達の言っている事には筋が通っている。渚の提案は殺せんせー暗殺のために腕を磨いてきたこの一年を棒に振ると言っているのと同じ事なのだ。クラスの雰囲気が再び沈む時、ずっと黙っていたカルマが口を開いた。
「才能のある奴ってさ、何でも自分の思い通りになるって勘違いするよね。ねぇ渚君? ずいぶん調子に乗ってない?」
「……えっ?」
「このクラスで一番暗殺のスキルがあるのは渚君だよ? その自分が暗殺やめようとか言い出すの? 才能が無いなりに頑張って来た奴らの事も考えず。それって例えるならモテる女がブス達に向かって『たかが男探しに必死になるのやめようよ〜♡』……とか言ってるカンジ?」
「そ、そんなつもりじゃ! 第一、暗殺スキルなら僕なんかよりもカルマ君の方がずっと……」
「そういう事言うからなおさらイラつくんだよ。実は自分が一番……力が弱い人間の感情を理解してないんじゃないの?」
「違うよ!! そーいうんじゃなくてもっと正直な気持ち!! カルマ君は殺せんせーの事嫌いなの?」
「嫌いなわけないじゃん!そのタコが頑張って……渚君みたいなヘタレ出さないために楽しい教室にして来たんだろ!! 殺意が鈍ったらこの教室は成り立たないんだからさぁ!! その努力もわかんねーのかよ!! 体だけじゃなく頭まで小動物か!?」
「……っ」
「え、なにその目?小動物のメスの分際で人間様に逆らうの?」
カルマの挑発的な態度に普段温厚な渚の表情が険しくなり、カルマを睨みつけるような鋭い眼光になっている。
「僕は……ただ……」
「文句があるなら一度でもケンカに勝ってから言えば?ほら、受けやるから来いって。ほら、ほら、ほら!」
カルマは反抗的な態度を見せる渚を何度も突き飛ばす。
体の小さい渚を上から見下しながら、どちらが上なのかを示すように。しかし、カルマが渚のネクタイを掴んだ瞬間、渚が脚をカルマの首に絡ませて関節技を決めた。
その技のキレはまるで獲物に絡み付く毒蛇の様であった。カルマも応戦し腕を振りあげようとした時……
「「……っ!?」」
「不毛な争いはやめなよ。そんな事して何か得する事が一つでもあるのかな?」
取っ組み合っていたカルマと渚の体が吹き飛び、木に叩き付けられた。2人を吹き飛ばしたのは和生、クラスの誰一人としてその姿を視界で捉えられなかった事から、彼が蒼魔凍を利用して2人を離れさせたのは明白だ。
「殺せんせーに約束したよね。磨いた力は守るために使うんだって、ここで傷つけあうことに使う必要は無いよね。何の為に言葉があるんだよ。時間を掛けてでも話し合って納得のいく結論を出せばいいじゃないか」
「……なんだよ。こっちは守るために戦ってんだよ自分の『信念』をさぁ!!」
「和生君は良いよね。英国の王子様で、勉強も出来て、蒼魔凍なんて力もあって。弱い人の気持ちなんて一番わかってないよ」
「和生はいつもみたいに速水さんにデレデレしてればいいんだよ。邪魔しないでくれる?こっちは死ぬ気でやってんだからさ。向こうで遊んでてよ」
「……そういう事言うんだ? 死ぬ気で? 笑わせないでよ」
『死』という単語に反応した和生。それもそのはず。クラスのほとんどが知らないが、彼は殺せんせーの次にこのクラスで死に直面している人物。蒼魔凍の副作用で絶対零度の回廊を歩いている彼が遊んでいるはずなど無いのだ。
クラスの劇的な変化に感覚が過敏になってしまっているのは否めない、しかし3人は一触即発のムード。今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。そこに…
「ヌルフフフ! 中学生のケンカ! 大いに結構!! でも暗殺で始まったクラスです。コレで決めてはどうでしょうか?」
渚、カルマ、和生の3人が作る三角形の真ん中に……今回のケンカの元凶である殺せんせーがやって来た。
「「「「「事の張本人が仲裁案を出してきた!!」」」」」
「なんで最高司令官のコスプレなのよ」
「ヌルフフフ。これに似合うと思いまして」
騒ぎを嗅ぎ付けたのか、烏間とイリーナも駆け付けてきた。
殺せんせーが取り出したのは赤、青、黄色のBB弾。など、様々な武器が詰め込まれた大きな三つの箱。
「三色に分けたペイント弾と、インクを仕込んだ対先生ナイフ。チーム分けの旗と腕章を用意しました。『カルマ君と同じ意見の人は赤』、『渚君と同じ意見の人は青』、『和生君と同じ意見の人は黄色』。まずしっかりと自分の意志を述べてから、どれかの武器を取ってください。この裏山を舞台に三チームのサバイバルマッチを行い、敵陣営のインクを付けられた人は死亡退場。敵陣営を全滅か降伏、旗を全て奪い取ったチームの意見をクラスの総意とする。勝敗に恨みは無し!どうです?」
「楽しそうだな殺せんせー。自分の命に関わる問題なのに」
「ここに来て力技で決めるのかよ……」
「多数決でも良いですが、それも一種の力技。ましてや今回のケースでは票数が割れて死票が多くなってしまいますからねぇ……この方式でも多人数有利は変わりませんが……この教室での一年の経験を最大限に活かせば人数や戦力の不利を跳ね返せる。先生はね?大事な生徒達が全力で決めた意見であればそれを尊重したい。一番嫌なのはクラスがバラバラになったままで終わってしまうことなんですよ。先生の事を思ってくれているなら、それだけはしないと約束しないで下さい」
「どうする?」
殺せんせーの言葉を聞いた磯貝が全員に問いかける。
苦い表情をしながらも、全員一致で殺せんせーの提案に賛成の意を示した。
「よし
「では30分後にここに再度集合。それぞれ1人で自分の意見を決めてきて下さい。それでは一時解散!」
殺せんせーの号令を合図に生徒達が裏山に散っていく。
「これでいいのか?」
「えぇ、良いんですよ烏間先生。このクラスはある意味では一つの国家なんです。渚君はいつもクラスに新しいものを提案してくれる。カルマ君はそれを行動に移せるだけの実力がある。そして和生君はそれが正しいか否かを見極める力に秀でている。ヌルフフフまるで『国会』、『行政』、『司法』の様ではありませんか。今回の彼ら3人が衝突したのは、
「ふっ、一つの国か。わからんでもないな」
「さぁ、生徒達がどんな答えを持って帰ってくるのか……非常に楽しみですね!」
開戦まで後僅か……己の誇りと信念をぶつけ合う戦いが今始まろうとしている。