[完結]Home is the sailor, home from the sea. 作:Гарри
明石さんはそんな僕の心の動きを読み取ったのか、少し笑って「何だか少し見ない間に、やけに立派な旗艦になりましたね」と言った。蜜月を邪魔した僕にちくりとやる気も入っていただろう。僕は気にしなかった。この程度の一刺しは、友人や知人同士の間では気軽な挨拶みたいなものだ。僕と二番艦は明石さんに挨拶をして、食堂へ向かった。
利根、北上、隼鷹、響の四人は席を確保した後、食べずに待っていてくれたようだ。僕は旗艦らしくもったいぶった態度で最後に着席したが、朝食のプレートを自分で持ったままではどうも格好がつかなかった。思い上がったことを言うと、僕は旗艦学校で助けてくれたあの使用人をここに連れて帰って来たかったものだ。彼ら民間人は言い方はいささか悪いが豆みたいなもので、金さえ払えば手に入る。艦娘でなければならない仕事ならともかく、それ以外の雑事──ベッドメイキング、人探しから伝令までの各種の使いっ走り、制服を洗濯に持っていくことなどだ──には、彼らを使えばよい。
もっとも軍全体でそんなことをしようものなら、我らが海軍は絶望的な資金不足に陥るだろうから、この考えは理想でしかなかった。やりたいなら、提督に具申して適当な民間人を軍属扱いで個人的に雇うことを許可して貰うしかないだろう。だがそうすると、僕の給料から少なくない額が提督への賄賂とその民間人への給与で消えることになってしまう。自分で何とかなる内は、僕の金は僕が使う為に持っていたかった。何しろ生命を対価に毎月貰っている金だ。つまらない仕事を代わりにやらせる為に他人に渡すのは、どうにも躊躇われたのである。
健康な青少年には量が少ない朝食を食べ、艦隊員たちの意見を聞きながら、僕は組み合わせを決めた。その時最も参考にしたのは、言うまでもなく二番艦の意見だった。彼女は能力があり、事前の情報と短い期間の接触で、素晴らしい意見を提示してくれたのである。彼女の案では僕と隼鷹、利根と響、北上と彼女が組むのが最適だということだった。これは、確かにそれらしい組み合わせだった。旗艦である僕は安全と護衛の為に隼鷹の近くにいて、主に指揮と対空戦闘を行う。足が早く、雷撃能力に優れているが防御に難のある響と北上を、利根と二番艦でサポートする。僕は概ね文句なくこの案を受け入れた。が、一つだけ変えさせて貰った。利根と僕を交代させたのである。
僕には一つの信念があった。旗艦学校で叩き込まれたものではなく、自分で持つようになったと信じているものだ。それは、旗艦は先頭に立たなければならない、というものである。旗艦の別名でもある一番艦という呼称は、便宜上のものであるだけではいけないのだ。指揮官は先頭にいて、その部下たちと肩を並べて敵と戦う。それでこそ正しい状況判断ができるし、信頼関係を構築し、保ち続けていくことができるのである。
歴史上の軍隊について、僕は旗艦学校と訓練所の両方で学んだ。古い時代の指揮官たちの中には戦闘を指揮するに当たって、まるで戦争を指導するかのように、遠くかなたの後方から前線の兵士たちを指揮しようと試みたり、実際にそうした者があった。彼らのことを馬鹿にする気はない。歴史の登場人物を今の考えで裁くのは、ちょっとならず大変に不公平なやり方だ。けれども今の時代、艦娘として、旗艦として、そんなことをするような者はいるべきではない、と思う。
僕らの士気の根源は複数ある。一つは、僕らが最後の一線だということだ。敵が僕らの守りを抜ければ、後に残っているのは日本本土、力なき人々たちだけなのである。僕らは最後の剣、最後の盾、最後の砦だという事実が、艦娘たちを奮い立たせ、戦争を遂行する士気を持たせる。そしてもう一つは、戦闘における士気を保たせるものだ。それは、共に出撃した艦隊員全員が勇敢に戦い、自分の役目を果たすことである。僕らは生き残る確率を少しでも上げたいからと言って、他の艦隊員たちの後ろに隠れるような真似はしない。普段の生活や仕事で楽をしようとはしても、戦闘となったら艦娘は逃げないのだ。
それは撤退しないという意味ではない。彼と彼女らの義務から逃げないという意味だ。海に出れば、艦娘なら誰でもが戦い、役目を果たす。それを僕らは知っていて、信じている。だから僕は、艦娘たちは、戦えるのだ。そのことを僕が、指揮官であり旗艦である僕が体で示さないでいて、どうして他の艦娘たちやこれから艦娘になる人々が信じる気になれる?
ああそれに、これは大事なことだが……僕が万が一やられたとしても、だ。その後を引き継ぐのは僕よりも桁違いに場数を踏んで来たベテランであり、あの提督がお墨付きを出したほどの二番艦なのである。本当に何故僕を旗艦に据えたのか、理解に苦しむ。どうせ先任艦娘たちのことを無視するなら、この二番艦を旗艦にすればよかった筈だ。そうなっていたら、僕は喜んでそれに従ったろう。そもそもそんなに先任後任のことにこだわりはない方で、高い能力があるなら文句なんて言わないタイプの性格なのだから。
食事と組み合わせの決定を終えると、九時になっていた。九時半に工廠へ集合するよう命じて解散する。僕は自室に戻り、椅子に座って二十分ほど余分の睡眠を取った。寝られる時には寝ておくべきだ。そうすればその後、より長く起きていられる。古今東西、兵士は眠るということについて技術を持っているものだが、僕もその一人だった。九時二十五分に僕は目を覚まし、工廠へと向かった。既に全艦隊員が集合しており、明石さんが恒例の最後のチェックを行う為に彼女たちと共にいた。僕は艤装を身につけてから、彼女たちの前、少し離れたところに立った。任務の説明をしなければならなかったからだ。これが僕は苦手だった。人前に出るのが嫌いなんだ。が、そんな素振りを見せずにやり通すことを、旗艦学校で学んでいた。僕はなるべく、旗艦らしく余裕を持った感じに聞こえる声を作って言った。
「今回の任務は捜索救難や友軍の支援ではなく、通常の索敵殲滅任務となる。理由は想像がつくと思うが、我々が新設された艦隊であり、艦隊員同士の相互理解に欠けるからだ。訓練や演習、そして実戦を通し、適切な連携を行えるようになってから、本来の任務に就くことになるだろう。ありがたいことに、ここに新兵は一人もいない。従って君たちは全員、これから何をするべきか理解しているものと信じている。では、明石さんに五分間だ。※70 艤装の最終点検が終わったら水路に移動しろ」
一人一人、明石さんによる点検を受けていく。最後に僕の番が来た時、僕は小声で彼女に訊ねた。「どうでした?」「何がですか?」「旗艦らしかったでしょうか」「少々……」彼女は困ったような笑顔で答えた。「やり過ぎかと。いつも通りでいいんですよ」僕は肩を落とした。失敗はいつでも嫌なものだ。明石さんはその後二言三言声を掛けて励ましてくれたが、初めてだから失敗して当たり前、なんて風には考えられなかった。憂鬱な気分を押し隠しながら、出撃用水路へと移動する。それから無線を規定の周波数に合わせて、僕は宣言した。
「第五艦隊、出撃する!」
同じ旗艦の役目でも、この出撃宣言は大好きだ。言うことは決まっているし、気合も入るし、言葉の響きだってカッコいい。出撃一回に付き一度しか言えないのが実に残念だ。水路を移動している間に複縦陣を指示し、最前列に僕と響、中央に隼鷹と利根を配置する。指示に従って動くのを見て、僕は自分が、自分こそが彼女たち五人の命を預かっていることを意識した。果たして僕は天龍や長門、吹雪秘書艦のような立派な旗艦になれるだろうか。ただちにではなくとも、みんなと一緒に生き抜いていけば、いずれはそうなれるだろうか。僕は自分をそれだけの潜在能力のある艦娘であると思いたかった。もしそうでないのなら、とっとと戦死するか退役するかして別の誰かに旗艦を譲った方がいい。無能な指揮官に率いられる艦隊員たちは哀れとしか言いようがない。
研究所前の海域を通り、深海棲艦の活動域と僕らの領域がかち合うところまで行く。半年前のあの時みたいに、鬼級でも出て来ない限りは大丈夫だろう。それにあの時は夜戦だった上に撤退も難しかったが、今は日が出ている。利根と僕とで水偵を出し、索敵しながら航行を続ける。僕のも彼女のもカタパルトは好調だ。今のところ、周囲に敵がいるという報告は来ない。僕は響にハンドサインを送り、肩の当たる近さまで距離を縮めた。「何だい?」抜かりなく警戒を続けつつ、響は僕に訊ねた。その質問への答えを僕は何個か思い浮かべたが、何よりも聞きたかったのは「不安はないか?」だった。でもそんなことを訊ねることこそ、響を恐れさせることになるだろう。自分の判断に自信すら持っていない指揮官は、艦娘だけでなく軍人全員にとっての悪夢だ。だから僕は、別のことを口にした。
「僕は半年も留守にしていた」
「そうだね、すっかり見違えた」
「言いたいことは分かるよ、響。今のところ、僕はマズいやり方で仕事をしてる……特にさっきはひどかった」
「仕方ないさ。君はまだ、旗艦としては未熟なんだから」
「うん、そうだ。それを言い訳にはできないけどな。なあ、帰ったら僕の為に時間を作って貰えないか?」
響は首を回して僕を見た。一秒だけだ。その目はこちらの真意を図ろうとしていた。僕は彼女が誤った解釈に辿り着く前に、どうしてそんなことを彼女に頼んだのか説明した。半年の間に隊で何か起こっていないかや、例えば長門なんかがどうしているかを尋ねたかったのだ。この研究所にいなかった時間を取り戻すというんじゃないが、みんなが知っていることを僕が知らないというのは都合が悪い。響は短く考え込んで、僕の方を見ないまま「いいよ」と首を縦に振った。礼を言って、離れる。
するとタイミングよく、利根の水偵が敵艦隊を発見した。重巡リ級エリートとネ級が一ずつ、空母ヲ級が二、駆逐ハ級が二。まともにやり合えば、制空権を奪われることは避けられない。可能な限り近づいて、こちらの先制攻撃で始めれば理想的に──「敵航空機接近中!」利根の緊迫した声が、その夢物語を打ち壊した。ヲ級がこちらの水偵を見つけ、航空機を放ったらしい。こうなっては、制空権を喪失した状況下での交戦さえ覚悟しなければならないだろう。
「対空戦闘用意。隼鷹を中心として輪形陣を組んでくれ。隼鷹、分は悪いが空を頼む。助力はする」
「あいよ、任せときなって!」
陣の最前には僕が立ち、右方に響が立つ。後方に北上、左方に我が二番艦。中央の二隻は利根と隼鷹だ。敵のヲ級の艦載機が見え始めた。僕と二番艦が真っ先に対空射撃を始める。僕の精密射撃の原点は対空射撃だ。ことこれに掛けては、誰にも劣らぬとまでは言わないがそこそこの力と技があるという自負を持っている。艦娘の対空射撃が始まるのはもう少し後だと踏んでいたのだろう敵航空隊は、その油断と不運を血であがなうことになった。先導隊が次々と落とされたところに、隼鷹の艦載機が襲い掛かる。混乱に乗じて、乱戦へと持ち込むつもりのようだ。よし、今が好機だろう。僕は水偵を飛ばし、戦闘機同士の乱戦に巻き込まれないように低空を飛ばせて、敵艦隊の位置を確認させた。空母二隻と駆逐一隻を後に残し、残りは突っ込んでくるつもりのようだ。無線で指示を出す。
「北上、前へ! 進路に魚雷を撒いてやれ!」
「雷撃二十発、行くよー」
悪い冗談みたいな数の酸素魚雷が放たれ、遠くからこちらへ攻め入ろうとしている深海棲艦たちに迫って行く。最前列を行くネ級は気づいて避けられたが、後の二隻は反応が遅れた。水偵妖精からの報告を受け、艦隊へ通達する。「リ級エリート中破、駆逐ハ級を撃沈、敵空母群に動きあり、撤退に移る模様。戦闘機も引き上げに掛かった」妙にあっさり退くな、と僕は思った。まだあちらの艦攻も艦爆も来ていない。僕は隼鷹に訊ねた。「空戦はどうだった?」「妖精が言うには、敵戦闘機の数が少なかったってよ。ま、対空砲火のせいじゃね?」ならいいが、ヲ級二隻が戦闘機を少なめに出したということも考えられる。こちらの航空戦力は軽空母一隻分だ。それで足りると思ったのだろう。しかし僕らの対空戦闘によって大損害を受け、しかも北上の雷撃でリ級エリートが中破、駆逐が一隻沈んだ。いい結果が出たとは言えまい。けれども、本気で撤退するほどか?
僕は
この考えが正しいかどうか、知る方法はない。だが確かめてみる絶対の必要もなかった。僕は追撃許可を求めてきた艦隊員たちに首を振って、答えた。
「深追いはしない。僕らもここから離脱しよう」
本当は、追撃の判断は旗艦の行うことではない。それは提督に決断権があるとされている。だが通常、提督は彼もしくは彼女一人につき四つの艦隊を同時に運用しており、四の異なる戦場における四の異なる艦隊に所属する最大二十四人の状況を完全に把握し、撤退や追撃を決定することなど不可能だった。そこで、大抵の提督は一つだけ自分の指揮する艦隊を選び、残り三艦隊については旗艦に権限を委任している。これが、旗艦学校という厳しい訓練過程をやり抜いた艦娘にしか一番艦を任せない理由の一つだ。旗艦は、非常に狭い範囲の判断についてのみだが、提督に任じられる者と同等のレベルを求められるのである。
僕らは敵の航空機を警戒して輪形陣を組んだまま、彼女たちの退いていく方向とは逆に移動した。隼鷹の艦戦が幾らか撃墜されたのと、北上の魚雷二十発を使用した以外には消耗なしで、リ級エリートを中破、駆逐ハ級を撃沈だ。勝ったと言ってもいいだろう。完全勝利じゃないが、戦術的勝利も評価としては悪くない。それに何よりいいのは、僕の艦隊員の誰にもかすり傷一つなく戦闘が終わったってことだ。次も、その次も、そのまた次もそうなるといい。
暫く航行してから、ふと時間を確かめる。午前十一時四十分。出撃から二時間ほどか。まだまだ時間はある。水偵による索敵を再開する。無論、目での監視も忘れない。潜水艦の奇襲で死にたくないなら、しっかりと目を開き、海面に雷跡が見えないか注意して、まばたきの回数は控えめにしておいた方がいい。もし可能なら目を一つ二つ増やすべきだろう。ミュータントになるんじゃなくて、ソナーとか、対潜哨戒機のことだ。どちらも貴重な装備であり、軍全体に満足の行く数が出回っているとは言いづらい。ソナーは響が持っているが、しかしもう一つ二つは必要だ。できれば重巡用の大型ソナーが欲しい。いずれ、遠くない未来には提督と相談し、どうにかして手に入れなければいけない。今僕が使っている水偵も高性能機に更新したい。利根は宿毛湾で既に一度艤装の改造を済ませていたが、二度目の改造が用意されているとかで、それを行えば航空巡洋艦になれるそうだ。索敵・対潜能力の向上を見込めるだろう。隼鷹の航空隊に新型機を配備してやりたいという思いもある。
旗艦学校で学ぶまで、僕は旗艦の仕事を戦闘における指揮だけだと勘違いしていた節がある。長門や吹雪秘書艦への評価を、改めて高めなければならない。彼女たちは艦隊員にできるだけのことをしようとしていた。提督と相談するだけでなく、補給科と
長門や吹雪秘書艦が取ったような手段を使うかどうかは別にしても、僕にも責任を持って艦隊員たちの面倒を見る義務がある。だがまずは提督に相談だ。彼女が用意できるなら、そうして貰うのが一番だろう。ちょっとしたリスクを冒すのは七番目ぐらいの手段だ。そこに到るまでの六つで解決できるなら、避けて損をすることはない。
僕の無線の信号音が二度鳴った。一度返し、周波数を予備に切り替える。誰だか知らないが、他に聞かれずに話したいらしい。まあ、予備周波数はみんな知っている。聞こうと思えば盗み聞きは可能だが、開き直って垂れ流しにするよりは奥ゆかしさというものがあるではないか。僕は帰ったら明石さんに頼んで、艦隊員たちに余分の回線を一つずつ設けて貰うことを決めた。彼女たちが、機密を保って話をしたいと思うことがあった時に、他の艦隊員の善意に依存するようなやり方で密談したいとは思わない。「どうした?」と声を掛けると、北上の声が答えた。「いや、なんかさー。ちょっと話したかったんだよね。この前のパーティの時と今で全然感じ違うからさ、どう接したらいいか分かんなくって」胸にぐさりと刺さるが、努めて明るい声を出す。
「出撃前の大層な演説とか?」
「そうそう、それとか。あたしの前で話してんの誰だこれー! って、びっくりしちゃったよ」
「初めてだったからな、気を引き締めすぎたんだ」
「そっかそっか。そいじゃ、あたしたち、友達のままだ。……よね?」
「もちろん。そのこと、いつでも忘れないでいてくれよ」
「はーい。話したかったのはそんだけだよ、答えてくれてありがと。警戒に戻るね」
周波数を元に戻す。後ろにいる北上の方を振り返って彼女の顔を見たかった。だが、そんなことをすれば話していたのは僕と彼女だとバラすようなものだ。僕は我慢しなければならなかった。やはり旗艦という仕事は割に合わない。友達に互いの間に存在している友情への不安を抱かせ、言いたいことも言えなくさせるだけの役職だ。こんな役目を僕に任せようとした理由を、その内提督の口から吐かせてやる。その為にも、吹雪秘書艦をどうにか遠ざけられないだろうか? さくらんぼかカスタネットかってぐらい、二人はいつも一緒にいる。
水偵からの通信が入る。また敵を見つけたとのことだった。軽空母一、軽巡二、リ級エリート二隻、戦艦ル級エリート一。戦力としてはこちらと似通いつつも少し上か。北上の先制雷撃で混乱させ、隼鷹の航空隊は軽空母とル級エリートに集中攻撃。残りは前衛を務める僕の組と北上の組で対処すれば、然程のこともあるまい。僕は水偵妖精からの情報を熟練の雷巡に渡し、雷撃に取り掛からせた。
さっきみたく敵に見つからないよう、僕と利根の水偵妖精に指示を出しておく。ああしろこうしろとは言わない。僕は飛行機乗りじゃないから、そんなことを言ったって連中の邪魔をしてしまうだけだろう。僕は小さな戦友の腕を信頼して、大雑把な指示を出すだけだ。それは提督が僕ら艦娘に接するのと同じようなやり方だった。例えば彼女が艦隊に、あの海域にいる戦艦ル級をざっと五人ほどひん剥いて連れて来いと命じるとする。提督はどうやってそれをやるかを指示しない。無責任なのではない。それは提督の命令として受け取られた時から、最早艦隊の任務であり、艦隊を預かる旗艦の仕事なのだ。
これは数学のようにきっちりとした分業体制なのである。大本営は「いつ」と「何処(の提督)が」ということを決める。そして提督は「どの艦隊が」を決め、その艦隊の旗艦は「どうやって」を決定する。こうやって見ると、提督というのも中々、僕が昔思っていたほどいい職業じゃなさそうだ。中間管理職そのもののように思える。
北上の雷撃が敵艦隊に近づいていく。と、軽巡二隻がそれに気づいた。軽空母とル級エリートを庇い、数本の魚雷を受けて撃沈される。リ級エリートたちはというと、素早い対応で回避しやがった。マズい状況だ。あっちはやり合う気満々でいる。北上の雷撃はもう使えない。隼鷹に航空戦の指示を出し、先に敵軽空母を片付けるよう指示した。ル級エリートの砲撃が始まる。「組ごとに散開!」無線で艦隊員たちにそう叫び、響と共にル級、リ級の側面への移動を開始する。どちらもエリートで、守りが固い。雷撃を当てて速攻で片付けなければ、こちらの被害が大きくなるだろう。
「北上、君はリ級二隻の牽制に専念しろ。隼鷹は利根の護衛の下、ル級の射程範囲外へ、距離を保て。移動が終わったら利根は北上に合流。残りは僕に続け!」
バディ制は安定した状況では効果を発揮するが、それに固執すると戦力を適切に集中できなくなることがある、という欠点を持つ。吹雪秘書艦は決してそんな愚行を犯さなかったし、長門はそもそもバディ制を取り入れてすらいなかった。そんな彼女の第二艦隊での勤務で僕が知ったのは、こういうことだ──たまには、自分一人で戦わなければならない時もある。隼鷹は僕と違って賢い女性だったので、第二艦隊で戦わなくともそのことを知っていた。念の為に水偵を一機放ち、隼鷹の周囲を警戒させる。それは彼女を安心させることになるだろう。今のところ彼女の上空は制空権争いの舞台にはなっていないので、僕の水偵が落とされることもあるまい。
僕の二番艦による熾烈な砲撃を、ル級エリートは艤装の盾で防ぐ。提督はヲ級の杖を持っているが、僕はあの盾が欲しい。無理ならせめて似たようなものの製作を明石さんに依頼するか……いや、何でも彼女に頼んでやらせるというのは、ひどい考えだ。彼女は僕の便利屋じゃないんだから、節度と敬意を持って接さなければいけない。
弾かれて砲撃の効果は出ずとも、盾で防いでいる間はこちらへの反撃をして来ない。二番艦にル級を任せ、響と僕とで北上や利根と一緒にリ級を始末するか? あるいはリ級の前には僕だけが出て、その間に響を肉薄させて軽空母を撃沈する? さもなくば、三人がかりでル級をやるか。旗艦の仕事は選択の連続である。その上、正しい答えを選ぶ為の判断材料が常に与えられる訳ではないのだ。不確かな材料で、命を左右する選択を下す。迷う時間はない。
「響、軽空母のところまで行け。僕がカバーする」
「
「
無線から信号音が響く。了解の意思表示だ。これでル級のことは暫く忘れていられる。利根から隼鷹を退避させ終わったという連絡が入った。間もなく戦線に復帰するだろう。北上の単装砲を意にも介さず、一隻は軽空母を守るようにこちらへ、もう一隻は隼鷹目指してひた走っている。後者は利根と北上に任せるとして、こちらに来る奴は僕のものだ。狙いをつけて、発砲する。彼女は軽やかなステップで未来位置の予測を外させ、回避した。着水時にバランスをちっとも崩さないのは、エリートと言われるだけのことはある。だがあんなのは、僕にだってできることだ。
響をやる前にうざったい重巡を倒さなければいけないことに気づいて、そのリ級エリートは僕を
再装填が済んだ。だが撃たない。こちらを睨みつけてくるリ級の目に、負けじと視線をぶつける。久々のチキンレース開催と行こう。僕は右腕の砲を構え、左手を添えて狙いをつける。だが姿勢を安定させようと腰を落とすと、無線が鳴った。舌打ちをして適当に発砲し、敵の回避に合わせて針路を変え、同航戦へと入った。反撃をやり過ごしながら、無線に答える。「こちら第二特殊戦技研究所所属、第五艦隊旗艦」
「私だ」
提督だった。これで今日起こった彼女にまつわる珍しい出来事が二つに増えた。彼女が無線を寄越して来るとはな。だが、そんなことをしたということは、それだけ大事な話なのだろう。僕は無線機をいじり、艦隊員たち全員が彼女の声を聞けるようにしてやった。
「お前たちの近くで有力な敵と交戦中の艦隊が救援要請を発している」
「了解しました、提督。しかし」
至近弾を受け、破片が腕を切り裂く。痛いが、浅い。希釈修復材を使うような傷じゃない。それに敵はもっと沢山の傷を作っている。いい気味だ、悔しいなら鎧でも着ろ。
「第五艦隊は現在交戦中です。撃退してから向かいますので、詳しい位置をお願いします。それと情報を得る為に、救援対象の艦隊の旗艦に通信を繋ぎたいのですが」
「いいだろう。よく聞くことだ」
彼女は含みを持った言い方をして、僕にその艦隊の座標を教えた。砲戦しながらだったが、暗記は大の得意だ。頭の中に叩き込んである海図を参照する。対象の艦隊の現在地点は、ここから十五分ほど行ったところだった。十五分で目の前の奴らを沈め、十五分で駆けつける。計三十分。それでいいだろう。勝手にそんなことを決めながら、通信の周波数を合わせた。途端に僕の耳には許容できないほどの大きさで、向こうの砲声が響く。無線機が壊れかけているのか、声も割れ気味だ。僕はちゃんと聞き取る為に、音量を下げなければならなかった。
「……艦隊、四番艦瑞鶴! 旗艦以下三番艦まで轟沈、一刻も早い援軍を求む! 敵は戦艦ル級エリート二隻、雷巡チ級一隻、空母ヲ級一隻! 制空権を喪失、五番艦最上小破、六番艦熊野中破、助けて!」
ああ、と声が出るのが分かった。自分が嫌になる。学生気分の六ヶ月で、まるで腑抜けちまったのか、僕は? 何処の所属か分からないが、この瑞鶴は三十分も持たないだろう。今すぐ行くか、見捨てるかだ。だが、僕らだって遊んでるんじゃない。敵はみすみす行かせてはくれやしない。追いすがってくるだろう敵を、誰かが止めていなくてはいけない。となると、動かせるのは二隻が限界だ。利根と北上……いや、北上は魚雷を撃ち尽くした。ダメだ。代わりに二番艦を行かせるか? けれど向こうの話では、あっちの敵はこっちよりも有力だ。そこに自分ではなく部下だけを行かせるなんて卑怯なことはしたくなかった。旗艦として正しい判断ではないことは分かっているが、艦娘として恥ずかしいと思うようなことはしたくなかった。