怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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古代編、最終話です。




エピローグ 1000年後の森の中で

「―――とまぁ、こうして黒竜は最果ての地へ飛び去っていき、オラリオから追い払われて行ったんだ」

 

「わぁ……!!」

 

 深い深い森の中。

 

 エルフの子供達が集まる中、微笑みを浮かべる老人が締めくくる。

 

 幼い少年少女達が目をキラキラと輝かせる中、彼は手元の本を閉じて告げる。

 

「さて、これで迷宮神聖碑(ダンジョン・オラトリア)のお話は終わりだ。もう日も沈みかけている。皆早く家に帰りなさい」

 

『はい!』

 

 元気の良い返事と共に子供達は散って行く。

 

『黒竜って、今も生きているんだよね!』

 

『どこにいるんだろ?』

 

『グリファス様とずっと戦っているんでしょ?』

 

 自分達の聞いた話について興奮した様に話し合う彼等彼女等が去って行くのを、老人は笑みと共に見送っていた。

 

 黒かった髪は大半が白く染まり、神にも劣らない端正な顔立ちには多くの(しわ)が刻まれている。腰は曲がっておらず、無駄の全く存在しない身のこなしは決して衰えていなかった。

 

 ヒューマンから見ると70代、エルフからみると600~700歳程度に見える外見だが、実年齢を考えると『若過ぎる』外見だろう。

 

 森の中に立つ大樹、その根元に座る彼はその目を細め、面白そうに真上を見つめる。

 

「―――リヴェリア。アイナ。降りてきなさい」

 

「……やはり、気付いていましたか」

 

「ふふふ。だから言ったでしょう?」

 

 がさっ、と太い枝を揺らして顔を出したのは二人の少女(エルフ)だ。

 

 彼を見下ろす翡翠(ひすい)深緑(エメラルド)の瞳は、悪戯っぽく輝いていた。

 

 老人の言葉に従い、二人の少女は危な気無く大樹から降りる。

 

「一体何時(いつ)から気付いていたんですか?」

 

「30分前に、ここに来た時からだな」

 

「最初からじゃないですか……」

 

 リヴェリアと呼ばれた王族(ハイエルフ)の少女の問いにそう答えると、アイナが呻いた。

 

 苦笑する老人はリヴェリアの頭を撫でてぼやく。

 

「やれやれ。隠れたりせず、他の者と同じ様にして堂々と聞けば良い物を……」

 

「……アイナ以外の者は、変にかしこまるから窮屈です」

 

「リヴェリア、私みたいなエルフの方が珍しいんですよ?」

 

「アイナ、済まないな。この子といると大変だろう」

 

「御爺様っ!」

 

「いえいえ、そんな」

 

「アイナ、否定してくれ!」

 

 顔を赤く染めて怒り出すリヴェリアにアイナが吹き出す。

 

 この少女は、王族(ハイエルフ)として窮屈な思いをして暮らすリヴェリアにも分け隔てなく接してくれる数少ない存在だ。

 

 一頻り笑った老人は、二人に呼びかける。

 

「さぁ……帰ろうか」

 

「「はいっ」」

 

 元気な返事を返す二人の少女に、立ち上がったグリファスは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、『古代』はこの森も決して安全では無かった。モンスターの度重なる攻撃を受けてロクに森もうろつけなかったものだ(当時の王族(ハイエルフ)の二人はその限りでは無かったが)。

 

 だが―――今は違う。

 

 ()()()()()を除いては、かつて地上に進出したモンスターはとっくに死に絶え、その子孫も先祖(オリジナル)と比べて大きく劣化している。

 

 今では、誰もが安心して暮らせる様になっていた。

 

 アイナと途中で別れ、老人とリヴェリアは並んで帰路に着く。

 

「御爺様、今日は墓参りの予定でしたよね?」

 

「あぁ。ここ数ヶ月行けていなかったからな」

 

 彼等王族(ハイエルフ)の住む住居から近い所に、それはあった。

 

 森一番の大樹。妖精(エルフ)の里の聖木。

 

 その根元には、二つの墓石があった。

 

 その前で立ち止まった二人は瞑目する。

 

 その内の片方には、数年前に寿命でこの世をさった王族(ハイエルフ)の女性の名が彫られていた。

 

「レイラ……」

 

 その銀色の瞳を開き、墓前に(かが)んだグリファスは小さく呟く。

 

「……私達の【ファミリア】はまた大きくなった。アッシュやフロスを始めとした若い面子も育って来たんだ」

 

 どこまでも優しい微笑みを浮かべ、彼は続ける。

 

「お前が亡くなってから、ヘラが(ゼウス)以外の事で珍しく落ち込んでな……一時はどうなる事かと思ったが、どうも持ち直したらしい」

 

 彼は、1000年前の神々の降臨と共に知っている。

 

 こんな所に墓を作ったって、帰郷する度に欠かさず墓前に訪れたって何も変わらない事を。

 

 失われた者の魂は既に天界に送られ、ここにあるのはただの骨でしかない事を。

 

 その魂の行く先は、ただ天界に住む神々の匙加減でしか無い事も。

 

「……天界で、変態(かみがみ)にちょっかい出されていないだろうな?」

 

 だから、これは唯のこだわりだ。

 

 愛し、失ってしまった者に対する、彼なりの矜持だ。

 

「……また来る」

 

 花を手向け、静かにうつむくリヴェリアを抱き寄せ、彼は背を翻す。

 

 

 

 

 あの戦いから、1000年ものの年月が過ぎた。

 

 皆を纏め上げた英雄(ジャック)は死んだ。その他にも多くの犠牲者が出た。結局、アレと戦って生き残ったのはグリファスとレイラ、後は二人の精霊だけだった。

 

 左腕の銀の義手(アガートラム)の感触を感じながら、回想する。

 

 何とかして皆を纏め、『蓋』を作ろうとしても度重なるモンスターの侵攻を前に何度も計画は失敗した事。

 

 黒竜に続いて陸の王(ベヒーモス)が現れてまた死にそうになった事。

 

 ようやっと完成した塔がよりにもよって降臨して来た神々に破壊され、思わず殺しそうになってしまった事。

 

 神々の降臨によって女神フィアナが存在しない事が発覚し、重要な戦力だったフィアナ騎士団の士気が下がって数年後には解散してしまった事。

 

 それによって小人族(パルゥム)が一気に落ちぶれた事。

 

 ふざけた神々が多種多様、多くの事件を引き起こした事。

 

 腐った主神から神の恩恵(ファルナ)を授かった荒くれ者が暴れ回った事。

 

 考えている内に、オラリオで起こった問題のほとんどが神々のせいだと気付いたグリファスはうんざりした様な顔になった。

 

「……」

 

「おい、リヴェリア?」

 

 目を丸くして自分を見つめる曾々孫の少女に気付いたグリファスは怪訝な顔になる。

 

「……ふふっ」

 

「?」

 

 クスクスと笑う少女は、最高の笑顔を見せて言った。

 

「申し訳ありません。御爺様、凄く楽しそうだったから……」

 

「……そうか?」

 

 不思議そうにするグリファスに、少女は笑って頷く。

 

「……外の御話をする時、御爺様はいつも楽しそうでした」

 

「……そうか」

 

「いつか、私も外の世界を見てみたいです」

 

「……そんなに綺麗な世界でも無いんだがなぁ」

 

 リヴェリアの言葉に苦笑するグリファスは、彼女と住居に入る。

 

 曾孫にあたるエルフと挨拶を交わし、自分に宛がわれた寝室に向かった。

 

「……次は、いつ来るんですか?」

 

「そうだなぁ……二、三ヶ月位かな」

 

「そうですか……」

 

「寂しいのか?」

 

「御爺様がいないと、退屈です」

 

「アイナがいるだろう」

 

「それはそうですけど……もっと外の話を聞きたいです」

 

「……」

 

 そこで、彼女は尋ねた。

 

 オラリオの冒険者でも最強、Lv.7【妖精王(オベイロン)】として名を轟かせる老人に。

 

「貴方は―――どうして、怪物(モンスター)達と戦い続けているのですか?」

 

「……そうだな」

 

 答えは、すぐに出た。

 

 老人は、笑って告げる。

 

「―――守りたい物が、あるからかな」

 

 仲間(ファミリア)、家族、友人主神。

 

 いつだって彼は変わらない。守りたい物があったから、守りたい物があるから戦い続けている。

 

 そんな彼の言葉に、リヴェリアは目を見開き―――笑みを浮かべた。

 

「―――そうですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 一月の長旅だった。

 

 オラリオに帰還したグリファスは、己の【ファミリア】の本拠(ホーム)に向かう。

 

 そして、見つけた。

 

 己を出迎える主神を、己の【ファミリア】の仲間を。

 

 静かに笑みを形作り、彼は言った。

 

 

「―――ただいま」

 

 

 




今話で第一章『古代編』は終了になります。
1000年分一気に飛ばし、これからオラリオでの物語が始まりますが、話が一段落ついたら『追憶編』を投稿するつもりです。

それから報告を。
今週の土曜日から来週の金曜日まで旅行に行きますので更新が出来なくなってしまいます。申し訳ございません。


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