怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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前準備

 

 

「店主、煮込みダレ味を頼む」

 

「あいよっ!……て、まさか【妖精王(オベイロン)】!?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「やっぱりか!応援してるぜ、【ヘラ・ファミリア】!」

 

「サービスだ!」ともう一個のじゃが丸くんを押し付けようとしてくるのを「食べ切れるか分からない」と断ると今度は鳥の串焼きを押し付けられた。

 

(全く……慣れているとは言え、やはり歯痒さを感じるな……)

 

 歩きながら、思わず苦笑する。

 

 出発が一週間後まで迫ったその日、グリファスは北のメインストリートを歩いていた。

 

 軽食を摂りながら歩くグリファスは、雑踏の中で長身の男神を見つける。

 

 向こうもこちらに気付き、笑みと共に歩み寄ってきた。

 

「おぉ、グリファスではないか!」

 

「神ミアハ……」

 

 長い黒髪を背に流す彼の容姿は他の神々同様完璧に整っており、比較的裕福な立場にも関わらず纏う質素なローブには彼の【ファミリア】のエンブレムがあった。

 

「ふむ。出陣前の買出しか?」

 

「……えぇ。ある【ファミリア】に作成を依頼していた装備が完成したとの連絡があったので」

 

 にこやかに笑いかけてくる彼に、グリファスも笑みを浮かべる。今向かっている場所を考えると、若干の引きつりがあったが。

 

【ミアハ・ファミリア】は施薬院を開いて活動する商業系【ファミリア】だ。

 

 回復薬(ポーション)等の道具(アイテム)を作成する際の補正を与える発展アビリティ『調合』を持つ団員を複数抱える彼の派閥は迷宮都市の中堅所として名を連ねており、主神に惹かれて入団した団員も多い。

 

 それを率いるミアハは、基本娯楽に飢えた神々を嫌うグリファスが主神以外に認める数少ない神格者(じんかくしゃ)だ。

 

「はっはっはっ。先日は高等回復薬(ハイ・ポーション)等を沢山買って貰ったな。今後も是非贔屓してくれ」

 

「こちらこそ。あれだけ安くして頂いて……大丈夫でしたか?」

 

「あの後団員達に本気で怒られた。財政は火の車だ。あっはっはっ!」

 

「……」

 

 裏の無い発言に顔を強張らせる。

 

 もし彼の派閥が没落してもずっと通い続けようと心に誓った。

 

「それでは」

 

「あぁ、待ってくれ」

 

「?」

 

 呼び止めてくる彼に視線を向けると―――そこには、神の姿があった。

 

「―――グリファス」

 

「……はい」

 

 突然真剣な表情になる男神に、グリファスも目を合わせる。

 

「こんな言葉、他派閥の神がかけるべきでは無いかも知れないが―――必ず、生きて帰って来るのだぞ」

 

「……分かりました」

 

「あぁ」

 

「邪魔したな」と笑って立ち去る彼の背が消えて行くまで見送り―――グリファスも背を翻す。

 

 足早に歩いて行き、ある建物の前で立ち止まった彼はそれを見上げる。

 

 とある【ファミリア】のホーム。

 

 純白の豪邸、その正門には光玉と薬草のエンブレムが刻まれていた。

 

 

 

 

(……まさかあの話の後でこの【ファミリア】に訪れると言うのは、ミアハに申し訳無いが……)

 

 まぁ、それは仕方が無い。

 

 そう息を吐くグリファスは男女の団員達に声をかけられた。

 

「グリファス様ですね。主神がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

「分かった」

 

【ディアンケヒト・ファミリア】。

 

【ミアハ・ファミリア】と同じく施薬院・治癒の商業系【ファミリア】だ。

 

 対立関係にある【ミアハ・ファミリア】と比べて異質な商品も多く取り扱っており、グリファスの装着している銀の義手(アガートラム)もその一つだ。

 

 豪華な調度品で埋め尽くされた応接間に案内され、椅子に腰かけて待っていると―――すぐに。

 

 バタンっっ!!と。

 

 騒々しく扉が開かれ、従者を伴った初老の男神が入って来た。

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!久方振りだなぁグリファス!待ちくたびれたぞ!」

 

「ディアンケヒト……」

 

 豪快に笑う男神は白い布に包まれた『作品』を従者から受け取り、グリファスの眼前に突きつける。

 

「私自ら持って来てやった!本来戦闘に使える様な物では無いと言うのに馬鹿げた代物を依頼しおって!値段は通常の銀の義手(アガートラム)一〇本分、それで文句無いだろうな!」

 

「あぁ。構わない」

 

 大金の詰まった袋を従者に渡し、グリファスはそれを受け取る。

 

 白い布を取ると、中に包まれていたのは一本の()だった。

 

 指先から関節まで完璧な黄金比で形作られた銀の義手(アガートラム)。所々に宝玉を埋め込まれたそれからは芸術的な美しさすら感じさせられた。

 

「これが……」

 

「我が【ファミリア】の最高傑作だ!不壊の銀義手(アガートラム・デュランダル)!どれ程の力で殴ろうがどんな攻撃を受けようが決して壊れる事は無い!お前の長い人生が終わった後も後世に残るだろう!材料にもひたすらこだわった!一〇〇年単位で扱える様重量は従来の銀の義手(アガートラム)と同等、いやそれ以上の軽さで抑え、その重さは生身の腕と大差無い!戦闘はもちろん生活をする上での一般的な挙動もより楽になるだろう!我々はとんでもない物を作ってしまった!技術革新とは恐ろしいな、ミアハの届かない領域からまた一歩進んでしまった!奴の悔しがる顔が目に浮かぶわぁ!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「ディアンケヒト様」

 

 哄笑する主神に、従者が顔色一つ変えず告げる。

 

「グリファス様がお帰りになられました」

 

「んな、いつの間にっ!?」

 

 

 

 

(……やれやれ、あの男神(おとこ)の自慢話は恐ろしく長いからな。とっとと立ち去って正解だった)

 

 静かに嘆息する。

 

 新たに手に入れた不壊属性(デュランダル)銀義手(アガートラム)を抱え、グリファスは帰路に着いていた。

 

 早足で西のメインストリートを歩く彼は、ホームの前である光景を目にする。

 

「あれは……」

 

 中庭に一台の台車(カーゴ)があった。それには大きな白い布がかけられ、【ゴブニュ・ファミリア】のエンブレムが刻まれている。その周りに多くの団員が集まっていた。

 

「ただいま」

 

「あっ、お帰りなさい」

 

 門番と言葉を交わして中に入ると、【ヘラ・ファミリア】の第一級冒険者であるエルフの少年が血相を変えて駆け寄って来た。

 

「グリファス様、何ですかアレ、何ですかアレ!」

 

「落ち着けフロス。あの程度で驚いていたら三大冒険者依頼(クエスト)もやってられないぞ」

 

「あんな馬鹿げた得物(えもの)、初めて見ましたよ!一体何なんですか!?」

 

「整備に出していた対陸の王者(ベヒーモス)専用武器だ」

 

 目をむくフロスも気にせず、事も無げに告げる。

 

「最後に使ったのが……数十年前、階層主(バロール)を殺った時以来か。肩慣らしでもしておきたい所だな」

 

 

 準備が進み、物語が加速する。

 

 来るべき戦いに向けて。

 

 





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