怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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襲撃

 

『アキさーん、食糧が少し傷み始めてるみたいなんですけど……』

 

『んー?……あー、本当だ。念の為いくつか集めた方が良いかもね』

 

『この階層の森に、食える物があるんですかね?』

 

『18階層と比べると種類も量も少ないけどね。ある事はあるよ』

 

『それじゃぁ……』

 

『でもモンスターもいるからね。ちゃんとパーティ組まないと』

 

 アイズ達が出発してから時間が過ぎ、仮眠を取った団員達が警備、食糧収集、作業等で外が騒がしくなってくる中。

 

「……」

 

「……」

 

 カッ。

 

 ……コッ。

 

 …………トンッ。

 

 静かな天幕の中で、金属的な音が響く。

 

「……ふむ。腕を上げたな、リヴェリア」

 

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 盤上(戦場)を睨むグリファスに、リヴェリアもにこやかに笑った。

 

 きっかけはグリファスの一言だった。

 

『これ、やるか?』

 

『……いつの間に、そんな物を?』

 

『この魔導具(ふくろ)、いくらでも物が入るからな。老人の道楽だよ』

 

『よし、相手になろう』

 

 楽しげに遊戯(ゲーム)に興じる二人には少しも気負いが無い。冒険者依頼(クエスト)の為に出発した仲間達なら必ず戻って来れると信じているからだ(尤も、アイズのパーティに関してグリファスは泉水を半ば諦めていたが)。

 

 盤の上で繰り広げられる激しい戦争(ゲーム)

 

 笑い合う二人は駒を打ち合い、盤上を見渡しては一手二手三手先を読み合う。

 

 ……こうしたゲーム一つで己の集中力を動員してしまうのは、負けられないと言わんばかりの彼等なりの矜持からか。

 

 しばらく駒を動かす音が続き、やがて決着が訪れる。

 

「……ふぅ」

 

 嘆息し、両手を挙げたのはグリファスだった。

 

 清々しい笑みを浮かべるリヴェリアは眉を跳ね上げさせて口を開く。

 

「珍しいな、貴方に勝てるとは」

 

「いやぁ参った。先程の悪手が今になって絶好の物になるとはな。発想の差か」

 

「それにしてはだいぶ長引いたものだ」

 

「悪かったな。結果が見えても最後まで足掻きたくなる性分なんだ」

 

 一笑する彼は盤を片付ける。

 

 その顔はとても楽しそうだった。

 

「昔からこの手の事は?」

 

「若い頃はパーティを組んでいた仲間とよく賭けをしてたな。想定以上にぼったくられた日は借金返せるようになるまでダンジョンに潜っていた。レイラには随分どやされたよ」

 

「……その話は聞きたくなかったな」

 

「ははは、よく言われる」

 

 今や世界唯一のLv.8、【生きる伝説(レジェンド)】として世界中に名を轟かせ、エルフの中では彼を神格化して敬う者すらいる王族(ハイエルフ)の老人のとんでもない爆弾発言。それに頭痛を感じたリヴェリアは軽く頭を抱えた。

 

 その時だった。

 

 外がやけに騒々しくなり、張り詰めた声が外からかけられる。

 

「グリファス様、リヴェリア様!失礼します!」

 

 顔色を豹変させたエルフの少女が駆け込んで来る。

 

「アリシア?」

 

「どうしたんだ?」

 

 口々に尋ねる二人の王族(ハイエルフ)に、青ざめたまま少女は口を開こうとする。

 

 だが、既に二人はただならぬ気配を感じ取っていた。

 

 今この場には【ロキ・ファミリア】の精鋭達が二桁単位で存在する。第一級冒険者に迫るLv.4の団員達も複数いるし、彼等の前に現れたアリシアもLv.4の実力者だ。

 

 他層から獣蛮族(フォモール)大黒犀(ブラックライノス)が現れたとしても、第一級冒険者無しで十分に対処できる手筈を整えていたはずだったが……。

 

 異常事態(イレギュラー)の代表格として挙げられる『大量発生』を懸念したグリファスだったが……告げられた言葉は信じられない物だった。

 

「見た事の無いモンスターが、現れて……!信じられない数です!」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………なんだって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 正直、目の前の光景が信じられなかった。

 

「モンスターはどこから?」

 

「分かりませんでした……どこからともなく現れて」

 

 リヴェリアと団員の話し声が右から左へ流れていく中、グリファスは眼前の光景に愕然とする。

 

 芋虫形のモンスターだ。

 

 全身を占める黄緑色の表皮には所々毒々しい極彩色がきざまれ、無数の短い多脚からなる下半身は芋虫の形状に似ている。それとの誤差は左右から伸びる扁平状の器官―――恐らく腕―――位の物だろう。

 

 この一〇〇〇年間で一度も見た事の無かったモンスター、その群れは、野営地を構えた一枚岩に向けて灰色の森を突き進んでいた。

 

(下の階層から『祈祷』を振り切って進出して来た……のならまずウラノスから連絡が入る筈―――ダンジョンから新種のモンスターが生み出された、と考えるのが妥当か。ここの所フェルズもダンジョンの異変を観測しているらしいし……)

 

「被害は?」

 

「今の所、出ていません……」

 

 アリシアの言葉に安堵の息を吐き―――銀杖を握り締める。

 

「リヴェリア、私が出る。指揮は頼んだ」

 

「!」

 

 彼の言葉を聞いたリヴェリアは目を見開き、口を開こうとして―――途中で、それを苦笑に変える。

 

 自分は今、何を言おうとしていた?

 

 心配の言葉などかける必要が無いじゃないか。何せ彼は最古最強の冒険者―――【生きる伝説(レジェンド)】、グリファス・レギュラ・アールヴなのだから。

 

「―――任せる」

 

 それだけで、十分だった。

 

 笑みすら浮かべるグリファスは野営地の外まで進み出て、銀杖を軽く振り鳴らし―――消える。

 

 次の瞬間、彼は先頭の一体、4(ミドル)もの巨体を持つソレに肉薄していた。

 

『!?』

 

 ―――反応速度は付近の階層に出現するモンスターと大して変わらない、か。

 

『―――』

 

 何らかの攻撃をしようとしたのだろう、嫌な音と共に口腔を開くモンスターだったが……次の瞬間、爆砕した。

 

「……」

 

 銀杖を振り上げて頭部を粉々に吹き飛ばしたグリファスは、ソレを見て固まる。

 

 魔法ではなく打撃に特化した精製金属(ミスリル)製の第一等級武装である銀杖、『アリアンマース』。

 

 彼の身長程ある長さの杖、その先端―――芋虫型のモンスターに触れた部分が、嫌な煙と共に溶け落ちていたからだ。

 

「なっ……!?」

 

 ―――まさかの、武器破壊。

 

 撃破したモンスターを凝視すると、頭部を消し飛ばされてできた首の断面、そこから溢れる体液が地面をドロドロに溶かしていた。

 

「(第一等級武装をも溶かす、腐食液……ッ!?)」

 

 顔を強張らせるグリファスだったが、相手は止まってくれたりしない。

 

『『『――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!』』』

 

 周囲のモンスターが同時に口腔を開き、紫と黒の入り混じった大理石(マーブル)状の液体を放出する。

 

 だが直後に、モンスターの苦悶の叫びが轟いた。

 

「……かなり知能が低い様だな。あれだけ近ければ攻撃に同士を巻き込む事位ゴブリンにだって想像がつくだろうに……」

 

 その場から数(ミドル)離れた場所で、本当に呆れた様にグリファスは息を吐く。

 

 だがまだ数は多い。今もモンスターの群れがこちらに襲い掛かって来ていた。

 

「……さて」

 

 今も煙を上げて溶ける銀杖の一部を破壊、それ以上の浸食を防ぎ―――白銀の左拳を握った。

 

「―――」

 

 こちらに驀進するモンスター、その真横まで一気に踏み込んで裏拳を叩き込む。

 

 その名は不壊の銀義手(デュランダル・アガートラーム)

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の最高傑作であるそれは、あらゆる手段をもってしても破壊できない『最硬の鈍器』。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』

 

「っ!?」

 

 その凄まじい一撃にモンスターの体の均衡が崩れ、破裂(・・)する。

 

「何だ、この悪意の塊は……!?」

 

 飛び散る腐食液を避けて後ろに避けるが、体液が一滴、頬に当たる。

 

 冒険者の武装すら食い潰すソレは弾け、グリファスの頬には傷一つ付かなかった。

 

「……まぁ、C評価の『対異常』を貫通する腐食液だったらもう悪夢だったな」

 

 まともにモンスターに触れた左腕を確認するが、高い物理・魔法耐性を誇る衣装は焼け落ちていてもその銀腕には何の変化も無い。

 

 襲い掛かって来るモンスターを一撃一殺、次々と撃破する。

 

 そして。

 

「……もう(・・)十分か(・・・)

 

 わざと突進を受け止めては『力』を推測し、放出される腐食液の飛距離を測り、挙句の果てには口腔に手を突っ込んで強引に魔石を抜き取り。

 

 未確認のモンスターに対して情報収集を行っていたグリファスはもう潮時と判断し、一瞬で何(ミドル)ものの距離を取る。

 

 告げた。

 

「―――【ムスペルヘイム(・・・・・・・)】」

 

 その直後、あらゆる物を焼き尽くす業火がモンスターの群れを消し飛ばした。

 

 




土日にここまで執筆時間が取れたのは珍しい。
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