「むー……」
「どうした?」
「おー、戻ったかグリファス」
夕方。
燃える日が沈み始めた頃、整備して貰っていた銀杖を受け取ったグリファスが黄昏の館に戻ると正門前で馬車を見上げるロキが何か考え込んでいた。
「うんにゃ、商会から馬車を手配したのは良いんやけどな。御者をどうするかなぁ……【ファミリア】から出した方が安上がりなんやけど……」
「あぁ、そういう事か……」
周囲を見回したグリファスは、たまたまその場にいたヒューマンの団員を目に留めた。
「ラウル」
「は、はいっす!?」
「実家にいた頃、馬に乗った事はあるか?」
「そ、そりゃあ田舎でしたから行き来に使ってましたけど……無理っスよ!?もう八年も乗ってませんもん!!」
「任せた」
「え゛ッッ!?」
「大丈夫だ、Lv.4にもなれば馬が暴れようが余裕で抑えられるだろう」
「そ、そんな……!」
「ラー、ウー、ルっ!」
「あ、アキ……!?」
にやにやと笑いながら駆け寄って来た
頼もしい仲間であるはずの彼女の笑みに、何故か物凄く嫌な予感をかき立てられた。
「これ、なーんだ?」
「んなっ……」
「おっ!良ぇやないか!」
「その礼服、自分も着るんすか……!?」
「ふふっ、当然じゃない。【ファミリア】の顔に泥を塗る訳には行かないもの」
「絶対楽しんでるでしょう……!?」
「良ぇやん、それ着てなー!主神命令や!」
「えぇええええ……!?」
「……」
ラウルがアキに連行されて行くのを尻目に、グリファスは背を翻す。
今夜は、忙しくなる。
「―――さて」
地下の工房に戻る。
大広間で手早く食事を済ませたグリファスは、机の上に置かれた虹色の水晶玉に手を置いた。
複数存在する『目』から一つを選択、接続する。
水晶玉に、オラリオの一角が映し出された。
『相変わらず、奇天烈な形しとるなぁ……』
ロキに手渡したペンダント。そこにはめ込まれた宝石は水晶玉と繋がる目であり耳だ。
馬車が止まり、ラウルの手を借りて外に出たらしきロキが見上げたのは【ガネーシャ・ファミリア】ホーム、『アイアム・ガネーシャ』。
主神を模した象顔人体の巨大建築物。入口はあろう事か股間であった。訪れた神々は『ガネーシャさんなにやってんすか』『ガネーシャさんマジぱねぇっす』などと笑い合って中に入って行く。
「……」
ホームが完成した直後幹部を含めた団員の七割が【ファミリア】脱退を申し出たとの逸話すらある建物にグリファスが頭痛を覚えているとロキが動き出した。
『じゃ、行ってくるわ』
苦笑いするラウルにそう告げたロキは広い庭を越えて建物の中に入って行く。
神のみが参加を許される『神の宴』。
開催する神も開催時期も無差別である宴は目的意識も無く、ただ騒ぐ為に開かれる事も多々ある。一種の社交場として複数の神々には情報交換にも利用されているが……グリファスの目的は、まさにそれだ。
最近ダンジョンで『
ロキが広間に足を踏み入れると同時、ここからは見落とせないと意識を集中するグリファスだったが、
『あちゃーロキ来ちゃったよ』
『残念女神いただきましたー』
『おいよせっ、ロキたんの悪口はやめろっ』
『お前等後で殺されるぞ』
『しかし、ロキがドレス……!?』
『世も末ってるな』
『しかし見事な貧乳だ』
『いや無乳だ』
『あれ程の断崖絶壁お目にかかった事無いぜ』
『露出大きめのドレスなんか着て……すかすかのまな板を見てもなあ』
『馬鹿、それが良いんだろうが!』
『ふむ、もはや女装した
『それな!』
『『『はっはっはっはっはっはっ!!』』』
「…………………………………………………………………………………………」
気を引き締めたらこれである。
神々の馬鹿笑いする声を聞いたグリファスは凄まじく微妙な顔になった。
ロキに殺気を向けられた馬鹿共が足並み揃えて逃げていく中、心底辟易した様に息を吐く。
神々に
結論、間違っていた。
『にしてもドチビおらんなぁ……ガセやったか?』
「やはり、神ヘスティアか……」
主神がまさにこけにしようとしている女神に察しをつけ、やれやれと嘆息する。
(この分では今後ベルと会うのも厳しいだろうなぁ……主神同士の不仲は下手をすれば抗争に直結する)
思考しては溜め息を着く、その時だった。
『おぉ、ロキ、ロキじゃないか』
『ん?』
視界が揺れる。
どこかの貴族の様な印象を与える男神が、目を弓なりにして笑いかけていた。
『どうだ、話さないか?』
『よぉー、ディオニュソス。来とったのか』
「……ふむ」
柔らかな金髪を首の辺りまで伸ばし、相変わらずの品良くありながらも泰然とした物腰を持つ男神。
【ヘラ・ファミリア】にいた頃付き合いのあった
(相変わらず食えない神だ。ほとんど情報が得られやしない)
恐らく何らかの思惑というか狙いがあってロキに接触しているのだろうが、これではどうにもならない。拘泥するのも馬鹿らしいとうんざりした。
直後。
神々の雑踏を映す『目』の隅で、幼い女神や眼帯の女神と話す、本来いないはずの女神を見かけた。
「っ」
視界から消えかけた時に目を見開いて身を乗り出すが、ちょうどロキも二度見したようだ。
間違い無い、あれは―――、
『おっ』
「……フレイヤ?」
『おーい、ファイたーん、フレイヤー、ドチビー!』
驚愕に目を見開いたグリファスは水晶玉に集中する。
ほとんどこの様な場に来ないはずの女神に意識を向け、一言一句聞き逃さないようにする。
それが、間違いだった。
『ッゥ……!今度現れる時は、そんな貧相なものをボクの視界に入れるんじゃないぞっ、この負け犬めっ!』
『うっさいわアホォーッ!覚えとけよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
涙を流して走り去る情けない主神。
ヘスティアとの醜い争いを終始見せられたグリファスは静かに崩れ落ちる。
(あれが私の【ファミリア】の主神とは、考えたくも無いな。あぁ胃が痛い……)
あまりにも情けない主神の姿に息を吐き、戸惑うラウルの元に辿り着いた辺りで『目』との接続を切る。
そもそもロキはヘスティア目当てで来ていたのだ、初めからそこまで期待しておらず、何か情報を手に入れられれば上々と考えていたのだが……目の前に落ちて来た餌を取り上げられた気分だった。
『目』を通して得られた数少ない収穫に、思考を巡らせる。
(しかし、フレイヤか……)
目を細めたグリファスは、静かに動き出した。