怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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開幕

「これは……」

 

 東のメインストリートから外れた路地裏。

 

 そこに佇んでいたグリファスの視線の先には、無数の呪符が貼り付けられている。

 

 フィリア祭の行われる円形闘技場(アンフィテアトルム)に向かっていた彼は奇妙な魔力を感知、この場に訪れていた。

 

(他者を阻む結界、いやこれは……精神に干渉する類のものか……?)

 

 込められている妖力、高い完成度の結界から下手人であろう人物に当たりをつけるが……どうも、解せなかった。

 

 第一級冒険者である彼女によるここまでの結界。抗争などがあればこの動きも納得できるが、今日は至って平和だ。【フレイヤ・ファミリア】による不審な動きも見受けられなければ、どこかの【ファミリア】が暴動を起こした様子も無い。

 

 かといって眼前の大規模な結界は決して無視できるものではなく、隠蔽を徹底したその慎重さからしても少女の独断には思えなかった。

 

 狐人(ルナール)の少女、いやそのバックにいるだろう女神の意図が読めず眉を顰める、その時だった。

 

「……」

 

 莫大な妖力が練り上げられる。

 

 素早く反応した王族(ハイエルフ)の老人は、静かに上を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 刀身が紅く染まった妖刀を抜き、石畳に突き立てる。

 

「―――【逢魔(おうま)の時が迫る】」

 

 眼下の光景を見下ろし、狐人(ルナール)の少女は詠唱を始めた。

 

「【立ち昇る化天の幻。今世界の(ことわり)は歪められ、人ならざる者共が集う】」

 

 彼女がいるのは都市を囲む市壁、その上。

 

 第一級冒険者が暴れようと一般人を巻き込む恐れの無いこの場所に、戦域を設定した。

 

「【(くら)い炎が灯された】」

 

 普段目立たない様にする為一本に結わえた尾。それは妖力の鼓動と共に揺れ、膨らみ、分かれる。

 

 露わになったのは、彼女の髪の色と同じ毛並みの尾―――それが、九本。

 

「【世界を暗く照らす妖しき光。それは彼らを(うつつ)へと(いざな)う】」

 

 九尾。

 

 それは獣人唯一の魔法種族である狐人(ルナール)の中でもとある一族の者のみがなれる、人智を超えた妖術を操る存在だ。

 

「【忘れ去られた夢よ、風化した記憶よ、姿を消した者よ】」

 

 オラリオの各地で役目を果たした分身達が次々と消えて行く中、冬華(ふゆか)の魔力が高まって行った。

 

 魔導士の持つ杖と同等以上の補助を可能とする妖刀(相棒)の力も借りて、妖力を練り上げて行く。

 

「【悪鬼羅刹魑魅魍魎、永く遠い道のりを経て姿を現せ】」

 

【フレイヤ・ファミリア】に所属する第一級冒険者、二つ名は【妖狐(テウメソス)】。

 

 その妖術を発動してから終了するまで、平均10分間。

 

 その間、彼女玉藻前(たまものまえ)冬華は―――誰にも、負けた事が無い。

 

「【我が身を糧に顕現し、かつて人々を恐れさせた猛威でもって全てを蹂躙せよ!】」

 

 詠唱を完成させる。

 

 長文詠唱によって紡がれた妖術。その名を告げた。

 

「―――【百鬼夜行】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、何を……?」

 

 動きが読めない。

 

 一度大通りを出て市壁上部を見上げるグリファスが疑問符を浮かべる中。

 

『―――』

 

 声が、聞こえた。

 

 モンスターの遠吠えと、人間の悲鳴が。

 

「………………………………………………………………………………………………………………」

 

 まさか。

 

 ありえない、ふざけるな、何故、誰が、どうして。

 

 あってはならない事態に思考が空白に陥りかける中、それでも意識を集中させる。

 

【ガネーシャ・ファミリア】に捕えられたモンスター。それに取り付けられる事を義務付けられた首輪状の発信器から放たれる魔力を探知する。

 

 闘技場外で割り出されたその数は―――九つ。

 

「……!?」

 

 余裕が消し飛ばされた。

 

 顔色を激変させる。委細合切を放り投げ、モンスターの撃滅に専念した。

 

 どこからともなく銀杖を取り出し、その巨体を五〇(ミドル)前方に現したトロールを捕捉、瞬殺するべく一歩を踏み出そうとして―――、

 

 

 カーン。

 

 

「……」

 

 気付けば。

 

 己の周りを、宙に浮かぶ提灯が取り囲んでいた。

 

 

 カーン。

 

 

 こんな時でなければ風情を感じさせる様な音と共に、それは回る。

 

「―――」

 

 得体の知れない横槍に対し、王族《ハイエルフ》の老人が選んだ方法は単純だった。

 

 正面突破。

 

 一歩踏み出す。

 

 たったそれだけで最高速度を叩き出し、音を超える速度で飛び出し、モンスターの首をへし折るべく銀杖を振るう。

 

 

 カーン。

 

 

 その直後。

 

 グリファスの振るった銀杖は、神速の居合と激突した(・・・・・・・・・・)

 

「!?」

 

「あっぶな……!」

 

『よぉグリファス。久しぶりだな?』

 

「こい、つ……!!」

 

 轟音と共に互いの得物が振り抜かれ、反動に逆らう事無く距離を取る。

 

 場所は市壁の真上。恐らく妖術によって移動させられたのだろう、ふと横に視線を向ければ迷宮都市が一望できた。

 

 目の前にいるのは旧知の仲である狐人(ルナール)の少女。極東の衣装をイメージした戦闘衣(バトルクロス)を纏う彼女の手の中には彼女以上の付き合いである一振りの妖刀が握られていた。

 

 大方の事情を把握する。

 

「『送り提灯』と『送り拍子木』を同時に使っても突破されかけるなんてね。正直焦ったよ」

 

「……やれやれ、やってくれる。フレイヤの指示だな?」

 

「……あの、弁解させて貰っても良い?一応、フレイヤ様も一般人に被害を出すつもりは無かったみたいだけど……」

 

「気休めにもならん」

 

「……怒ってる?」

 

「それが分からない程勘が鈍っている様なら冒険者を辞めた方が良い」

 

「……」

 

 頭部に浮き上がった青筋、普段ならありえない様な痛烈な皮肉。一蹴された冬華が顔を強張らせる中、銀杖を振り鳴らしてはじろりと睨み付ける。

 

「お前は私の足止め、といったところか。大方、フレイヤの用が終わるまでの時間稼ぎだな?」

 

「……だ、大体そんな感じ」

 

「ふん、確かにその妖術は便利だからな。手札の数なら私とほぼ同等だろうよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 一見穏やかに話しながらも少女を見定め、状況を分析する。それに気付いているのかいないのか狐人(ルナール)の少女は汗を流していた。

 

 相手は既に妖術を発動し、手に構えるのは並の武装とは一線を画した妖刀だ。早期の撃破は―――少なくとも殺さずに片をつけるのは―――難しいと判断した。

 

「あの色ボケ女神は何をしている。こんな騒ぎまで起こして」

 

「……多分、どこかの男にちょっかい出してると思うけど」

 

「これだから……」

 

 問題無いと判断してしまった己の浅はかな見通しと女神の気紛れに軽く頭痛を患いながら、重く口を開く。

 

「なぁ、冬華」

 

「う、うん」

 

「これが少しばかり八つ当たりの域に達しているのは理解している。あぁ分かっているさ。お前も主神には逆らえない。『美の女神』なら尚更だろうよ。本来は主神にぶつけるべき怒りをお前にぶつけるのは間違っているかも知れない。嫁入り前の身体に傷を付けるのは回復薬(ポーション)があろうと褒められた事では無いだろうさ」

 

「……!」

 

 そのか細い手に、凄まじい力が込められる。

 

 掴む銀杖が悲鳴を上げる中無表情で抑揚無く呟くグリファスに、少女が軽く青くなる。

 

「だが、こんな真似をして―――拳骨の一発で解放されるとは、思って無いよな?」

 

『おー怒ってる怒ってる』

 

「殺す気で行くよ正宗!じゃないとこっちが死ぬ!?」

 

 直後。

 

 第一級冒険者達が、激突する。

 

 




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