【
共に都市最大派閥の一角を担う第一級冒険者達の激突。
それは―――音を、超えた。
「「―――」」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!
残像を伴う斬撃と殴打の応酬。幾つものの剣閃を白銀の拳が打ち払い、返す刀で振るわれた銀杖を妖刀が弾いた。拳蹴も交えて別次元の戦闘が繰り広げられる。
鞘に刀が納められては神速の居合が解き放たれ、紅い軌跡を置き去りに首元へ迫る。不壊属性を持つ
紅と白銀の光が交差し、轟音が轟く。
「……ほう、驚いた。随分と磨き上げられたものだな」
『……今のやり取りで五回もへし折りにかかってきといてよく言う』
「
そう言葉を交わしながら一度距離を取った二人は、再び激突する。
「……さて」
目を細めたグリファスが、動く。
Lv.8の【ステイタス】を発揮、その姿が掻き消えた。
「―――」
音すらも置き去りにして冬華の背後に回り込み、銀杖を振り上げる。
側頭部に衝撃を叩き込んで意識を落とそうとした、その時だった。
「!」
「ほう……!」
逆手に持ち替えられた妖刀が、後ろを見る事も無く振るわれて銀杖を弾く。
明らかに視覚外であった格上の一撃を逸らした事に王族《ハイエルフ》の老人が目を見開く。そんな彼に顔を向けた
「―――
「!」
虚空より生じたのは風で形作られた無数の刃。それらはグリファスの体を確かに捉えたが、手足を振るうと同時に全てが吹き散らされる。
発展アビリティ『魔防』。魔法効果に対する耐性を与えるそれをCまで上げたグリファスに、この程度の攻撃は意味を為さない。
(今の一撃、意思を宿した妖刀の補助があろうとそう反応できるものではない。グレムと同じ『心眼』でも取得しているな……!)
完璧に防いでもなお貫通する衝撃、巻き起こる突風。距離を取らされた直後に冬華が後方に跳び、納刀する。
一族が一〇〇年以上に渡って受け継いで来た中、付喪神と呼ばれる存在にまで昇華された妖刀。
その柄に手をやって居合の構えを取り、意味在る言葉を紡ぐ。
「憑り憑け、
「!」
風が、吹き荒れる。
全方位から吹き付けた風が、
「っ……」
舌打ちしそうになるのを懸命に堪える。
【百鬼夜行】。
それは
彼女の【ステイタス】の上昇と共に強くなるとされるそれ等は、種類にもよるが平均Lv.6。そんなものを好きに呼び出せると言えばその脅威も理解できるだろう。
故に絶え間無く攻め続ける事で召喚もさせずに撃破しようとしていたのだが……目論見は失敗に終わった。
「……」
風が止み、
「―――!!」
解き放たれる。
嵐を錯覚する暴風、鞘から解き放たれたのは風の大斬撃。
迫り来るのは
拮抗する。
規格外の一撃を難なく受け止めて見せながらも、その表情は浮かなかった。
対象的に笑う冬華は、とても楽しそうに言葉を紡ぐ。
「―――おいで、
『―――』
ヌッ、と。
突如彼女の後ろに現れたのは、一〇
一見すると37階層の階層主、ウダイオスによく似ているが、相違点は人間のそれをそのまま大きくしたかの様な頭部と、胸部の魔石の有無か。
「―――っ」
歯噛みするグリファスが大風刃を握り潰して霧散させた、その直後。
その腕を振るった巨大骸骨が、王族《ハイエルフ》の老人を殴り飛ばした。
「面倒な……!」
「―――」
『オォオオオオオオオ―――がぁ!?』
追撃の様に片腕を振り下ろし、グリファスを叩き潰そうとした
グリファスの振るった銀杖が、その腕を文字通り打ち砕いたからだ。
「……!」
一歩、力強く踏み込む。
引き絞られた強弓に己を見立て、次には―――足元の石畳を爆砕し、一瞬で巨大骸骨、その頭部へ肉薄する。
『ウっ!?』
音を超える矢と化した跳び蹴りは、一撃で頭蓋を吹き飛ばした。
「―――」
宙に浮いたまま右手を
戦闘が始まってから1分が過ぎようとしている。決着を着ける為事態を収束させる為、魔法の行使に踏み切った。
「【解き放つ一条の光聖木の弓幹汝弓の名手なり、狙撃せよ妖精の射手穿て必中の矢】―――」
尋常じゃない速度で紡ぐのは【ロキ・ファミリア】の魔導士であるエルフの少女の攻撃魔法。
「【アルクス・レイ】!」
大閃光。
崩れ落ちる骸骨を胸部を貫きながらも勢いは欠片も削られず、短文詠唱でありながらLv.8の『魔力』『魔導』で底上げされた一撃が迫る。
そしてそれが持つのは追尾属性、敏捷性の高い獣人であろうと躱せるものではない。
だから冬華は、一切の回避行動を取らなかった。
「
不可視の障壁が、極太の光線を真っ向から受け止める。
衝突地点の空間―――恐らくは障壁が鈍い音と共に罅割れるが、それと同時に【アルクス・レイ】も吹き散らされた。
「相変わらず、やりにくい……!」
「はは。遠慮無く魔法ぶっ放されて焦ったけどね……」
着地したグリファスの言葉に苦笑しながらも何らかの合図の様に妖刀を振るい、少女は紡ぐ。
「赤鬼、青鬼」
顕現するのは、対となる
『『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』
かつて
横薙ぎに振るわれる大剣を身を屈めて躱し、振り下ろされる金棒に横から一撃を打ち込んで逸らした。空を切った渾身の一撃は石畳を抉り取るが、それを放った青鬼に僅かな―――しかし、致命的な隙ができる。
『―――っ』
凍り付く青鬼の懐に潜り込んで銀の腕を伸ばし、首をへし折った。
『――――――――っっ!!』
片割れを倒され激昂し、
『おぉぉおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
「―――」
大上段の振り下ろし。それに応えるようにグリファスも銀杖を振るった。
交差すると同時に片方の武器が砕け、もう片方の得物が振り抜かれる。
「ははっ」
赤鬼を打ち破って疾駆するグリファスに、冬華は笑う。それに応じて妖刀もその紅い刀身を震わせた。
始まりは老人の怒りと少女の焦りから始まった闘争。
だが、今。
双方の表情には、とても楽しそうな笑みがあった。
かつて面倒を見ていた少女の成長した姿に、グリファスは顔を綻ばせ。
己の全力を受け止めてくれる老人に感謝と歓喜、そして憧憬を覚え、冬華は満面の笑みを浮かべる。同時に傷らしい傷も無ければ疲労も見せない最強に対し対抗心を燃やし、全てをぶつける。
あらゆる技術を。
あらゆる剣技を。
あらゆる妖怪を。
それから、少女の率いる軍勢が次々と生み出された。
怪力無双と呼ばれた鬼神が次々と
鉄よりもずっと強靭な体皮を持つ大蛇が
聞いた事の無い様な気味の悪い声を聴かせた者に幻術にかける雷獣が紫電を纏って突進を繰り返した。
天狗が暴風を起こし、河童が水を操り、雪女がそれらを凍てつかせる複合攻撃でもって【
目には目を歯には歯を、骨には骨を―――その怨念と呪詛でもって己の脆い体を傷付けたものに同じ傷を付ける細身の骸骨がその歯をカタカタと鳴らした。
「―――!」
「っ……!
それ等全てを突破したグリファスは、莫大な妖力を完璧に制御しつつ戦う冬華と武器を打ち合う。
鉄の様に硬い体を燃やす大猪をけしかけて距離を取った冬華は、汗を流しつつ息を吐く。
「もう、ここまでかな」
「……
『一定量は俺が供給しているからブッ倒れる事は無いが……まぁまともに戦えるはずがねぇな』
「Lv.8を7分も抑え込んだのは偉業と言える領域だ、気にする事はないだろう」
「ははは……だから、これで終わり。ここまでやればあの女神《ひと》も満足でしょう」
そう告げる彼女は、妖刀を石畳に突き立てる。
「我等が祖先よ、我等が神よ。偽りでありながら真の神に通ずる力をもって現れたまえ―――空狐」
それが、引き金だった。
「っ―――」
莫大な光の奔流。認識を妨げる結界を破りかねない程の輝きを放つ光の柱。
それがだんだんと薄くなり、消えて行くと―――ソレは、いた。
『―――』
それ自体が輝きを放つ純白の毛並を持つ妖狐。尾の無いそれは紅い瞳を輝かせ―――周囲に、無数の火の玉を浮かべる。
悟った。
この存在は、これまでと比べ物にならない力を操る存在―――大妖怪と呼ばれるものの一角である事を。
その
だから。
それを操る冬華に感嘆の意を覚え―――しばらく使う事の無いだろうと感じていた魔法を、使う事とする。
「―――【グングニル】」
詠唱破棄、紅い槍を手元に顕現させる。
それは、全知全能である
そして。
だから。
それがグリファスの手から消えた時―――勝負は、既に決していた。
対峙していた二人と一匹。
その内の一つ、狐が崩れ落ち、姿を消して―――
「……まったく」
今日何度目か分からない溜め息。
息を吐いたグリファスは、一人
二話に纏めるつもりだったのを一つにしたから結構長くなった……まぁ、書き甲斐がありましたが。
感想、よろしくお願いします!