怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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お待たせいたしました。あけおめです。
今年もどうぞ、よろしくお願いします。


少女の焦燥

「……で、ディオニュソスの話を信じた自分があそこにいて、捜査してた訳か」

 

「あぁ、大体その認識で合っている」

 

「……」

 

 身を乗り出してじぃー……と見つめて来るロキ。視線を受けるグリファスは軽く息を吐いた。

 

無駄だぞ(・・・・)

 

「……わーっとるわ」

 

 どっかと椅子に座って鼻を鳴らすロキに、ディオニュソスも苦笑する。

 

「やはり、主神でも無理なのかい?」

 

「うんにゃ、【ステイタス】封じとらんと……ウラノスの爺辺りなら分からんけどなぁ」

 

 思わぬ邂逅を果たした彼等は、地下水路を出て地上に帰還していた。

 

 街路の脇にあるホテル、外とは窓で仕切られた一階の休憩室(ラウンジ)

 

 多くの金を握らせて貸し切りにした休憩室(ラウンジ)で、グリファス達はロキに事情を説明していた。

 

「……んー」

 

 暫く考え込んでいたロキは、やがて鷹揚に頷く。

 

「まぁ、グリファスも関わっとるんやったら間違いは無いやろ。ひとまず自分等の事は信じる事にしたる」

 

「ありがとう、ロキ」

 

 甘い美顔(マスク)を纏って笑いかけるディオニュソス。「止めろ気色悪い」と手を振ってあしらった彼女はグリファスに胡乱な視線を向けた。

 

「んで、食人花や。こいつ等とは別に自分も自分で首ぃ突っ込んどるんやろ。ウラノスは何て言っとる?」

 

「……そう言えば、『管理者(マスター)』などと呼ばれているんだったか、私は。ギルドと繋がっていると思われても仕方ないか」

 

「事実だろう?」

 

「………まぁ、否定はしないが」

 

 眉間に皺を寄せるグリファスは一時目を閉じ、頭の中の情報を整理する。

 

 その時。

 

『―――』

 

「……む」

 

「何や、噂をすればか?」

 

「あぁ、そんなところだ。すまない、少し良いか?」

 

「あぁ、私は構わない」

 

「ウチもや」

 

 懐の通信用魔導具(マジックアイテム)の振動に目を見開いたグリファス。恐らくはフェルズからのものだろうと察しつつ、二柱の神の了承を得た彼はそれを手に取り通信に応じた。

 

「……どうした?」

 

『グリファス。―――不味い事になった』

 

「……聞き覚えのあるフレーズだな。今度は何があった。芋虫、食人花の次は新種のドラゴンでも出てきたか?」

 

 浮かない顔を見せる王族(ハイエルフ)の老人。ロキとディオニュソスが静かに聞き耳を立てる中。

 

 悲嘆を滲ませた声で、フェルズは告げた。

 

『例の依頼を受けていたハシャーナが、殺された。たった今、リヴィラの街から一報があった』

 

「……何だって!?」

 

 ガタン!と、衝撃のままに立ち上がる。

 

 座っていた椅子が後ろに倒れるのにも気付けないまま周囲を歩き回り、思考を重ねる。

 

「……ルルネはどうした。もう帰還していてもおかしくはないだろう」

 

『分からない。少なくとも、地上に帰ってきてはいないようだ』

 

「……くそ」

 

 その表情を焦燥に歪めるグリファスは、僅かに残っていた疑念を確信に変えた。

 

 やはり、それはあった。

 

 彼等ですら把握し切れない極大の異常事態(イレギュラー)、モンスターの上位固体(・・・・)

 

 

 モンスターを変異させる、謎の宝玉。

 

 

(【ヘルメス・ファミリア】の面々には私の技術を最大限叩き込んでいる。ルルネもそう簡単にくたばりはしないだろうが……)

 

 どうしようもできない自分に歯噛みしつつ、窓から覗く空を見上げる。

 

「無事でいてくれよ……」

 

 オラリオの空は、今にも暗雲に包まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……参ったな」

 

 頭に手をやって軽く呻いたルルネは、先程まで男《・》がいた空間を見上げる。

 

 街壁の上にはもう誰もいない。たった今あれが吹いた草笛には非常に嫌な予感がさせられたが、あの距離ではどうしようもなかった。ただあの殺人鬼にまで跡をつけられてしまった自分の間抜けに苛立ちを募らせる。

 

「大丈夫ですか、アイズさん……?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 背後では、レフィーヤに応えたアイズが弱々しく起き上がろうとしていた。

 

「……」

 

 彼女達に向かって振り返ったルルネは、狼狽するエルフの少女の手の中にある宝玉を見つめる。

 

 緑膜に包まれた気味の悪い胎児。詮索するアイズ達に根負けしてそれを見せた直後、何らかの関係があってか突如アイズが崩れ落ちたのだが……さらに厄介なのは、一連の光景をあの人物に見られた事だろうか。

 

(パッと見、男にしか見えなかったけど……ぶっちゃけ、そんなのどうにでもなるんだよなぁ……)

 

 特定のモンスターから採取されるドロップアイテム、『神秘』修得者の作成する魔導具(マジックアイテム)、スキル、魔法……挙げればキリがない。十中八九あの人物がハシャーナを殺した犯人だろうと当たりをつけた、その時だった。

 

「私が持って、団長に渡します」

 

「……マジ?」

 

 どうやら、この冒険者依頼(クエスト)は本当にお釈迦になってしまうらしい。

 

 宝玉を持つレフィーヤの発言に眉を顰め、反論しようとした少女だったが、水晶広場には二人もLv.6がいた事を思い出してそちらの方が安全だと判断する。

 

 彼女の視線に頷き、宝玉をしまっていた袋と小鞄(ポーチ)を預けた。

 

 レフィーヤは宝玉をしまい口紐を強く縛ると、受け取った小鞄を肩に担ぐ。

 

「それじゃあ、行きましょう―――」

 

 直後だった。

 

 遠方から何かが崩れる音と、悲鳴、そして破鐘の咆哮が届いてきたのは。

 

「!?」

 

 三人は共に目を見開き、次には弾かれる様に駆け出す。

 

 倉庫を後にし、水晶と岩の間隙にできた薄暗い路地へ。激しさを増していく叫喚に引き寄せられる様に走っていくと、やがて小径を抜け、高台に出た。

 

 視界が一気に広がる瞬間、彼女達の目に飛び込んできたのは街の方々から上がる煙、そして。

 

「あれは……!?」

 

 空高く首を伸ばす、無数の食人花のモンスターだった。

 

「な、なんだよこれ、何がどうなって……!?」

 

「街が、モンスター達に攻め込まれてる」

 

 見た事も聞いた事も無いモンスター、その大群が至る所にのさばる光景にルルネが動揺する。感情の希薄な表情に驚きと険しさを乗せるアイズの瞳には幾つもの黄緑(おうりょく)があった。

 

 阿鼻叫喚の悲鳴が途切れぬ中、やはりと言うべきか水晶広場はモンスターの急襲に手際良く応戦していた。巨大な翡翠(ひすい)魔法円(マジックサークル)が展開し、周囲のモンスターがこぞって進攻する中何百人もの冒険者が各個撃破していく。【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者もあの広場にいるのだろう、冒険者達は食人花の群れを押し返し始めていた。

 

「広場に行って、フィン達と合流しよう」

 

 アイズの判断に異論は無かった。

 

 激戦区であると同時安全地帯。ルルネとレフィーヤが同意を示し、高台から出発する。

 

 しかしその矢先。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「!?」

 

 岩の斜面を土石流の様な勢いで削りながら、一体の食人花のモンスターが彼女達の眼前に飛び出す。

 

 アイズが抜剣、あっという間に斬り倒すが―――今度は群れが、北西の街壁から押し寄せてきた。

 

「あっちからも……!?」

 

「う、嘘だろ!?」

 

 完璧に補足される。

 

「……っ」

 

【ステイタス】の看破を恐れていたルルネが観念した様にナイフを引き抜いたが―――【剣姫】が、一人飛び出した。

 

「なっ」

 

「レフィーヤ、先に広場に行って!」

 

「アイズさん!?」

 

 追撃してきたモンスター達に突っ込み、斬撃の嵐を見舞った。

 

 金の長髪をなびかせる後姿にレフィーヤが立ち止まるが、すぐに走り出す。

 

 モンスターの比較的少ない北へ迂回しつつ彼女と併走するルルネは、唇を噛む彼女に声をかけた。

 

「―――なぁ」

 

「……どうかしたんですか?」

 

「……いや、勘違いなら良いんだけど―――」

 

「?」

 

 郡昌街路(クラスターストリート)

 

 背の高い青水晶の林立する、入り組んだ水晶の道を走る中、ルルネは続けようとして―――轟音。

 

「うわっ!ば、爆発!?」

 

「あれは……リヴェリア様の魔法!」

 

 大炎の極柱が広場から連続して立ち昇る。同時、響いた歓声を聞いたレフィーヤは都市最強魔導士の魔法が多くのモンスターを撃破した事を悟った。

 

「……で、何ですか?」

 

「あぁ、それが―――」

 

 再び尋ねるレフィーヤに、何かを言いかけたルルネは―――次の瞬間、顔を引き攣らせた。

 

「―――嵌められたみたいだ」

 

『―――』

 

 

 そして街が、空が、燃え立つように紅く染まる最中。

 

 火の欠片が降り注ぐ水晶の道に、一つの影が、レフィーヤ達の前に現れた。

 

 


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