猫一匹からクェーサー×3が飛んでくる世界観。

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第一話 可能性の獣

「――人って、死ぬとどうなるのかしらね」

 

 食堂で夕食を取っていると、明日香がポツリと呟いた。

 喧騒の中で、その一言は妙にはっきりと響いたように思う。例えるならば、ぼけた背景に一際くっきりと写る被写体のように。水面に投じられた一滴の水でもいい。私にとってはどれも同じようなものに見える。

 

 ――いきなり何を言い出すのやら。

 

 思わず顔を上げてまじまじと明日香の顏を見つめる。訳が分からないし、脈絡も無い。道理に反しているかどうかは知らないけれども、少なくとも食事中に話すような事ではないと思う。

 一体何を考えているのか、明日香は心ここに有らずというような様子でいた。片手にスプーンを持ったままぼんやりと手元のカレーを眺めている。

 見られているのに気付いたのか、明日香の視線がこちらを向く。目が合った。一瞬の空白が有り、それからどちらともなく視線を外す。どうにもタイミングを逃したらしい。特有の間の悪さが流れているのを感じる。

 仕方が無いので、振られた話題についてつらつらと思考を遊ばせてみる事にする。

 

「死ぬとどうなるか、ですか? ええと……」

 

 ジュンコが何かを言おうとして、言葉尻を濁す。どう答えればいいか分からなくなったようだった。無理も無いとは思うけれども、明日香の取り巻きを自称するからにはもう少し頑張って欲しい。

 その頃になると明日香も自分の失言に気付いたのか、しまったというような表情を浮かべる。すぐに先の発言を取り消すように口を開き掛け――

 

「そうですわね……ここはやはり天国か地獄に行く、というのは?」

 

 一瞬早く、ももえが上手い具合に場の流れを繋げてくる。

 良かったような、良くなかったような。何とも言いにくいところだけれども、敢えて考える程の大事でもない。ひとまず、会話を振られるまでは適当に様子を見ていようと思う。

 しかし、死、死か。人が死ぬとどうなるか、だなんて、これ程不毛な話題も早々他に無いに違いない。正確には、不毛だと分かっていながらも何となく話題にしてしまうような事だとか。

 普段は意識しなくとも、時折思い出したようにそういうものが湧いてくる。誰もが気にせずにはいられない。――それこそ、本当に一度死にでもしなければ。

 

「そう、それ! そんな感じです、天国と地獄!」

 

 ももえの言葉に便乗してジュンコが続ける。口調がやたらに強い。いかにも勢いだけで話に乗ったという様子。黙っているよりはましという事なのか。

 ひょっとすると、彼女はあまりそういった事を考えない部類の人種なのかも知れない。良く見れば何処となくそんな雰囲気が有るような気はする。正直なところ敬語も似合っているようには見えない。それをこうして用いているという事は、それだけ明日香の事を尊敬しているという事なのだろうと思う。

 個人的には、その在り方をこそ尊敬したいけれども。

 

「そうね――」

 

 視線を受けて、明日香も会話に興じ始める。自分が持ち出した話というのも有るのか、それなりには場を盛り上げるつもりでいるらしい。先程の微妙な空気も去り、次第に会話が広がっていく。

 当然こちらにも話が振られるようになったので、適当に言葉を返してやり過ごす。今はカレーを食べるのに忙しい。放っておけとまでは言わないけれども、積極的に会話に参加するのは少々億劫ではある。

 しかし、わざわざ死んだ後の事で盛り上がるというのも何だか良く分からない。それに――これはこちらの勝手で申し訳ないけれども、どうにもむず痒い気分になってしまう。具体的には、結末を知っている推理ドラマの話で盛り上がっているのを隣で聞いているかのような。

 少し違う。結末を知った人の感想を、私は聞く事ができない。

 

 食事をのんびりと楽しみながら、暫く語らいの様子を眺める。随分と賑やかな事だと思うけれども、良く考えれば彼女達もまだ中学生。さぞかし、弾けるように純真な心を労せずして持っている事だろう。こちらも童心に返りたいものだと思ったところで、そもそも童心に返るという精神状態を上手く想像できない事に気付く。

 ワクワクを思い出さなければ。

 

「優子さんはどう思うんですか?」

 

 青天の霹靂。

 皿の上も粗方片付き、微妙に余ってしまったカレーのルーを処理していると、出し抜けにジュンコに声を掛けられた。聞いているようで聞いていない聞き役に徹しているところにいきなり話を向けられ、少し焦る。あちらで盛り上がっているからと油断していたのはどうも宜しくなかったらしい。

 とは言え、内容が内容だ。真面目に話を聞く気は無くとも、ある程度は勝手に頭へと入ってきていた。問い掛けに応じるのは難しくない。

 

「んー……」

 

 ひとまず悩んでいる素振りを見せる事で時間を稼ぐ。

 一体何の話だったか。確か、会話のキャッチボールが謎の盛り上がりを見せた結果、かなり脱線して良く分からない話になっていたのだと思う。しかし最終的には話題が一周回って元に戻ってきていた筈。

 即ち、死後にどうなるかという事。

 

 天国と地獄派――浜口ももえ。

 生まれ変わり派――枕田ジュンコ。

 人は死ぬと花になる派――天上院明日香。

 

 どれも夢が有っていいと思う。あまり奇抜すぎないというのも悪くない。何故なら返答に困らずに済むから。

 訳が分からないくらいに支離滅裂な会話を最後に楽しんだのはいつだっただろうか。遠い記憶に頭が霞む。どうにも、さっぱり思い出せない。少なくとも、ここに来てからでないというのは間違いないけれども。

 

 時間が無いので早々に思考を打ち切った。長々と相手を待たせてしまうのも良くない。頭の中で手早く言葉を纏めていく。あちらはそれなりに楽しんでいるようだから、こちらも無難に答えるのがいいだろう。

 そう考えて視線を戻し、正面に目を向け、口を開き――ふと、そこで思い留まる。言葉が見つからなかった訳ではない。

 むしろその逆。

 

 ――試してみようか。

 

 唐突に現れたその思い付きは私の中で自然と一つの形を取った。それが何となく愉快な事に感じられる。ひょっとすると、気付かない内に彼女達の活力に影響されていたのかも知れない。

 つまり、ちょっとした悪戯心のようなものが沸いてしまったのだ。一見確かなものに見えて、実は自分でも正しいかどうか分かっていないような仮説。それを明日香達に伝えてみれば、果たしてどんな反応を見せてくれるのだろうか、と。

 

「サイコロ」

 

「え?」

 

 改めて三人に目を向けると、そんな事を言う。

 我ながら訳が分からない。間違いなく自分が妙な事をしているのだという確信が有った。その事に気付いて少しおかしな気分になる。案外、こうして何だか良く分からない稚気に振り回されるのも悪くない事なのかも知れない。

 勿論、良くもないけれども。

 

「サイコロを振って、出た目で能力を決める」

 

「サイコロを振る……?」

 

 私の無茶苦茶な言葉に対し、明日香がオウム返しに尋ねてくる。流石に独創性に富みすぎていたのか。その返答は先を促すというよりも困惑の意が強いように見えた。

 これは外したかも知れないと思ったところで、この空気ならば大丈夫だろうと思い直す。流れが止まると面倒なので、このまま勢いで押し切ってしまう事にする。

 

「って、TRPGじゃないですか、それ」

 

 その口火を切ろうとした瞬間に、ジュンコの突っ込みが割り込んできた。

 芯の有る反応が返ってくる事に安心感を覚える。というより、反応が鈍いと不安になると言うべきか。悪い方を基準に物事を考えるのは日本人の嗜みだと思う。

 しかしながら、その歳でTRPGの存在を知っている事には驚かざるを得ない。勿論ただ驚くだけだ。私も実際にやってみたいとまでは思わない。

 ジュンコの方はどうだろうか。

 

「てぃーあーるぴーじー……って何ですの?」

 

 ジュンコの言葉を聞き、思わずといった様子でももえが呟いた。初めてその単語を耳にしたのか、発音は相応にぎこちない。経験者を前にした初心者としては恐らく最も模範的な反応に思える。

 具体的には、それは飢えた狼の前に肉を放り投げる行為に等しい。

 

「TRPGを知らない、ですって!?」

 

 始まったか。

 案の定、俄然興奮したように驚きの声を上げるジュンコ。というより、興奮しすぎてむしろ怒っているようにすら見える。まなじりを吊り上げ、強い口調で言葉をぶつけ……本当に怒っていないのか自信が無くなってきた。ひょっとすると、彼女はこちらが思っていたよりもきつい性格をしているのかも知れない。

 何やら雲行きが怪しくなってきた。どうもジュンコの良くない部分を刺激してしまったらしい。直接視線を向けられているももえなどは目を見開いて固まっている。

 この状況、一体どうしたものか。

 

 厄介な事になったと内心溜め息を付きそうになるけれども、切っ掛けが自分に有るのは明らかなのであまり偉そうなことは言えない。

 勿論、だからと言って止める気が有るという訳でもない。むしろ止められるものなら止めてみろという感じがする。

 目に映るのは友人に向かって熱弁を振るうジュンコの姿。やれダイスロールが云々、やれ特殊技能が云々と元気にマシンガントークを繰り出している。

 完全に話題を持っていかれてしまったらしい。それ自体は別にどうでもいいけれども、こちらにも飛び火する可能性が高いのは少々頂けない。

 

 傍らに視線を向けると、ジュンコの早口言葉に耳を傾けている明日香とももえの姿が見えた。いきなり始まった話であっても割と真剣に聞いている辺り、二人共気立ての良い性格をしていると思う。私が同じ歳の頃にはそこまで素直だった記憶が無い。

 尤も、今も大して変わっているとは言えないのだけれども。

 

 

 

 ぼうっとしている内に話が終わっていたらしい。

 気付けば食堂内の人影もまばらになっており、ざわめきに満ちていた筈の空間は閑散とした空気に包まれていた。人の声は殆ど聞こえない。遠くの席で男子生徒がもそもそとカレーを食べているのが見え、得も言われぬ寂寥感を覚える。

 暗いというよりは、明るさが無い。未だに賑わいを保っているのはここくらいのものだった。

 

 がらんとした食堂に雑談の声が細く響いている。

 慣れているからだろう。明日香達三人にその事を気にしている様子は見られない。この空気に独特の空白を感じているのは私だけのようだった。

 ここにやって来て一週間と少し。周りの環境に慣れていない影響がこんなところにも表れていたらしい。その内これも当たり前の日常風景に変わってしまうのだろうか。

 そう思うとこの光景も途端に並大抵の代物にしか見えなくなってくる。やはり、私に情緒は無い。思考を切り替えて三人の雑談に意識を戻す。

 

 待っていたのは驚きの現実。

 何がどう化学反応を起こしたのか、そこには何やら感銘を受けた様子で目を輝かせるももえの姿が有った。何処か満足気な表情を浮かべるジュンコと共に二人で盛り上がっている。

 対照的に、明日香の方は訳が分からないというような顔。価値観の違いの表れだろうか、TRPGという遊戯の概念を上手く理解する事ができなかったらしい。私も同じようなものだから少し親近感を覚える。

 しかし、事態はそう呑気に眺めていられるようなものではなかった。どうやら無意識に会話に参加していたようで、いつの間にか次の休みに四人で卓を囲む事になっていたのだ。記憶に無いと言い張りたいところだけれども、ここで断れば流石に顰蹙を買う事請け合いなのでそういう訳にもいかない。

 

 不味い事になってしまった。こんな事なら無難な返答で済ませておくべきだった。どれだけ気を遣う事になるのか考えるだけで今から憂鬱になってくる。

 滅多に無い経験などと前向きに捉えられる程素直で純粋な性根ではない。そもそもTRPG――というよりサイコロを振る遊戯全般にいい印象が無いというのも有る。

 特に最初のキャラクターシート作成の部分は最悪だ。正直なところ本能レベルで受け付けない。サイコロなど見るのも苦痛に思える。

 何故なら恐らく六五五三五回はサイコロを振った事が有るから。もしかすると何度かオーバーフローしているかも知れない。

 思い出すだけで鬱になる。二度と経験したくない。具体的には、その部分の記憶を丸ごと消してしまいたいと思えてくる程度には。

 

 ちらと横を見ると、何処となく疲れたような顔で二人の様子を眺める明日香の有り様が目に入る。あちらも似たような心境なのか。ちょっとした仲間意識のようなものを抱かずにはいられない。

 時間が経って温くなった麦茶を一息に飲み干す。完全に氷が溶けてしまったせいで味は薄くなっており、端的に言って不味い。思わず渋い顔になる。

 とは言え、一々気にするような事でもない。空になったコップをトレーに乗せて立ち上がる。そろそろ食器を片付けなくては。食堂の閉まる時刻も近い。これ以上長居するのも良くないだろう。

 顔を上げたところで明日香と目が合う。それから盆の上のたった今空になったように濡れたコップを見て、示し合わせたように揃って二人で溜め息を付いた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そういう訳で、私には前世の記憶が有る。

 どういう訳かは知らない。考えて分かるような事ではないし、そもそも別に知りたいとも思わない。ただ暗い場所で目的も分からず、重苦しい閉塞感の中で何日もサイコロを振り続けていた事だけは良く覚えている。

 その終わりの見えない作業の最中に、『前世の記憶の【一〇〇%】の【一〇〇%】の【九九%】の【一〇〇%】の【九八%】の【一〇〇%】の【一〇〇%】の【一〇〇%】の【一〇〇%】の【一〇〇%】を引き継ぐ』という冗談のような出目が現れた事も。

 

 その事実が何らかの形で私の記憶に関わっているのだという予想は付いている。しかしあの数日の記憶は白昼夢のように曖昧だ。本当にそんな事が有ったのか、それ以前にあの不可思議な体験は現実の出来事だったのか。誰もが経験する事なのか、それとも私だけのものだったのか――

 勿論、そんな事はどうでもいい。向ける意識の大きさと言えば、精々普通の人が死後の事を漠然と想像する程度のものだろう。全く気にならないという訳ではないものの、かと言って精力的に追い求めていくような事でもなかった。

 より正確な気持ちを言うのであれば、深く考えたくないのだという事になるのかも知れない。何しろ前世の記憶と言えばオカルトの代表格。夢か幻か妄想か、まず一笑に付される部類の話題であり、それはたとえ自分自身であっても同じ事。

 

 むしろ自分自身だからこそ余計に信じる事ができない。自分で作成した計算問題を自分で採点するようなものだ。一体全体、何を根拠に信じろというのか。脳に何らかの障害を抱えている為にそう思い込んでいるという方が余程信憑性が有る。

 事が事だけに誰かに相談する訳にもいかず、またはそうするだけの勇気が無い。故に結論は宙に浮いたまま放置され、不可解な記憶は理屈の通らない妄想として処理される。実際、私も小学校に上がる頃までは概ねそのように考えていた。

 ――では今はそうではないのかと言うと、恐らく妄想ではないだろうというような答えになる。今にして思えばそんな思考ができる時点でおかしいと気付きそうなものだけれども、当時はアイデンティティの崩壊一歩手前で踏み留まるのに必死でそれどころではなかった。もしかすると、単に記憶が有るというだけで思考能力は年齢相応に過ぎないものだったのかも知れない。

 

 寮の自室に戻ってくると、何処からともなく心に隙間風が吹いてくるような錯覚に襲われた。

 埃の積もった部室の空気。それはさながら遠く離れた場所に一人取り残されたかのようであり、漠然とした物悲しさを感じる。しかし耳を澄ませば隣室からごそごそという物音が聞こえてくるのが分かり、少し安心する。

 もしくは、単に馬鹿馬鹿しいか。どちらでもいいので気にしない。

 

 緩やかな眠気が不意に身体を通り過ぎる。

 目頭を押さえて溜め息を一つ。そろそろ活動限界が近付いているようだった。早いところ身体の汚れと疲れを落としてしまいたいけれども、大浴場にまで足を運ぶ気力は残っていない。備え付けのバスルームで入浴を済ませてしまう事にする。

 寮の個室毎に風呂が付いているという事実に衝撃を受けたのも今は昔。現在では毎日のように特にありがたみも無く使わせてもらっている。

 噂では高等部はここ以上に豪勢な作りになっているらしい。なんでも海のど真ん中の孤島に校舎が建てられているというからスケールが違う。色々な意味で予算は大丈夫なのかと戦慄せざるを得ない。

 

 

 

 入浴を終えて、割かしさっぱりとした気分でベッドに向かった。

 そのまま膝を立てた格好で寝転がり、冷蔵庫から取り出した牛乳瓶を頬に当てて熱を冷ます。味は由緒正しきコーヒー牛乳。最近は由緒正しくない苺牛乳ばかり飲んでいたから、たまにはこちらを飲んでみるのもいいだろう。上半身を起こし、ベッドに腰掛けてちびちびとやりながら今日有った事を振り返る。

 凪模様の一日だった。学友と共に教室で勉学に励み、抜き打ちテストに閉口し、体育の授業では校庭で爽やかに汗を流す。昼はドローパンの中身に一喜一憂しつつ午後に向けてエネルギーを充填し、その後は夕方までデュエルをして過ごし決闘力を養うような、そんな日常。

 平和で穏やかな日々だと今だからこそ強く思う。私が本当に中学生だった頃は漠然とした将来への不安を感じながら生きていた記憶が有る。しかしその漠然とした不安の何と気楽な事だろうか。少なくとも、好きな事を好きなだけする事に何の苦しみも感じない。

 

 空になった牛乳瓶を脇の机に置き、その傍に有るデュエルディスクを手の平で撫でる。返ってくるのはひんやりと冷たく、硬質な感触。普段使うものとは違う作り物めいた無機質さが明らかに肌に馴染んでこない。

 しかし、それも当然の事だ。真実これは人の手で作られた量産品であり、模造品以外の何物でもない。

 ただカードを、紙のデータを読み込むだけの機械。この道具を見る度に、場所によってカードの重みが違うという事を否が応にも認識させられる。

 信じ難い事に、前世の世界ではデュエルディスクすら存在していなかったのだ。それどころか、そもそも一競技としても殆ど知られていない。事実、かつての私も名前だけは聞いた事が有るという程度の認識しか持っていなかった。

 

 ――ただ、本当は名前以外にも何か知っている事が有ったような気もしている。それも飛び切り重大な事実を。知ってしまえば全てが引っ繰り返ってしまうような。思い出せそうで思い出せないこの感覚は恐らく引き継ぎ損ねた前世の部分なのだろうと思う。

 欠けた三%の記憶に一体何が隠されていたのか。その事に多少の疑問も感じないと言えば嘘になるけれども、それだけだ。気にしてどうにかなる問題でもなく、そもそも気にする程の大事であるとも思えない。

 

 歯磨きなどを一通り済ませてからベッドに潜り込んだ。

 掛け布団とシーツの隙間のひやりとした感覚が心地好い。肩の力が抜けるような清々しさに思わず息を吐き出すけれども、一〇秒もすると早くも熱が篭り始めて辟易する。クーラーを付ければいいのではないかという思いが無いではないものの――流石に数分で無駄になる事が分かっているものをわざわざ動かすのは勿体無い。

 雑念を捨て、瞼を閉じて脱力する。今日も平和な一日を過ごせた。昨日も一昨日も変わらない。きっと明日もそうだろう。

 

 少なくとも、『向こう』で過ごす修羅の一時よりは落ち着きに包まれているのは間違いない。

 

 一分程じっと大人しく待っていると、やがて慣れ親しんだ独特の浮遊感に襲われた。

 静かに目を開けて正面を見れば、ベッドで穏やかに寝息を立てる私の姿が視界に飛び込んでくる。

 

 幻を見ている訳ではない。

 むしろ幻なのは私の方だ。何しろ身体が透けている。今の私に出くわせば明日香ですら腰を抜かすに違いない。尤も、普通の人には見る事も叶わないだろうけれども。

 ここで言う私とは今こうして思考している私の事であり、目の前で呑気に眠りこけている私の事ではない。この私はただ眠っているだけのように見えて、その実抜け殻と言って差し支えない存在。物理的には何の異常も無いけれども、霊的な観点から見れば死人であるとすら言える。

 何と言っても、魂が抜け出ているようなものなのだから当然だ。

 

 ふよふよと宙に浮いた格好のまま、自分の顔をじろじろと見下ろす。

 少女と女の中間の顔立ち。記憶の中の自分よりもかなり幼く見える。前世においての同じ年頃の自分と同じ顏をしているかどうかは分からない。元からこんな顔だったような気もするし、もう少し平凡な顏をしていたような気もする。

 つまるところ、覚えていない。記憶が無いのではなく、単に年月の経過で劣化している。一五年前のその更に昔の自分の顏など殆ど印象にも残っていなかった。

 ちょっとした出来心から、彼女の鼻を軽く指先で抓んでみる。すると不機嫌そうに眉を寄せてみのむしのようにもぞもぞとやり始める。本体が傍に居るからか人間味の有る反応が返ってきて少し面白い。こういう悪戯に手を出すのは誰もが一度は通る道だと思うけれども、自分自身に対してとなると中々居ないのではないだろうか。

 

 あまり遊んでばかりいても仕方が無いのでさっさと用事を済ませてしまう事にする。

 正確には、用事というよりは習慣に近いものなのかも知れない。別段強いられているという訳ではないけれども、一〇年以上続けている事なので今更止めるというのも少々燻るものが有る。故に今夜もまたいつもと変わらず一晩の遠征に出掛けるのだ。

 一体何処に向かうのか、と言われれば、ここではない何処か、としか言いようが無い。何故なら自分でも良く分かっていないから。そこはある時は森、ある時は山、またある時は島であり、或いは全く理解の及ばぬ混沌空間であり――少なくとも、地球上に存在し得ない場所であるというのは確かだと言える。

 しかし場所の名前だけははっきりしている。正式名称、コヌァ・ミィ。通称、精霊界。精霊の暮らす世界、故に精霊界。安直な名付けだとは思うけれども、向こうもこちら側を人間界と呼んでいるようだからお互い様だと思っている。

 

 そんな場所にどうやって行くのか?

 それはデュエリストの本能が教えてくれる事だった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 太陽。

 乾いた大地。罅割れた地面。刺すように肌を焼く鋭い日光。雲の一つも浮かばない空は鉛色に沈んでいる。

 見渡す限りに広がる赤茶けた景観。

 

 さあと吹いた風に誘われて砂が舞う。周囲がにわかに活気付き、すぐに途切れて静かになる。

 無音とは違う乾いた静けさ。音が無いというよりは、音が届いてこない。

 鹿のような生き物の親子が遠くの岩陰を横切っていくのが見える。しかしその足音は聞こえない。あたかも目の前の光景をスピーカーの壊れたテレビを通して見ているかのような。

 足元に目を向ければ、干乾びた雑草がぽつんと一本生えているのが見えた。黄土色の葉が力無く地面に垂れている。風に吹かれてゆらゆらと揺れる様子からは殆ど生気を感じられない。しかしその葉が地面と擦れて微かに音を立てている事に気付き、ようやくはっきりとした現実味というものが湧き上がってくる。

 どうやら無事に着いたらしい。

 

 精霊界。

 それは様々な空間が入り乱れる混沌の世界。それぞれに空間的な繋がりは無く、その全てが人間界とは全く別の法則の元に成り立っている。次元という海を揺蕩う孤島のようなものだ。常に物理的でない方向に移動を続けており、目印でも付けていない限り基本的に霊体を送り込む場所を選ぶ事はできない。

 どうやら、今日は随分と辺境の地に出てしまったようだった。

 

 デュエリストに会うのは難しいかも知れない。

 頭に浮かんだ推測に肩透かしを食らったような気分になる。今日は余計な事を思い出してしまったので、羽を伸ばしてすっきりしようと考えていただけに尚の事落胆は大きかった。

 とは言え、どうしてもデュエルをしなければならないと心に決めている訳でもない。開き直って暫く辺りを散策してみる事にした。

 

 しかし、歩き始めて数分。

 何やら視界の端に妙なものを捉えた。

 

 荒野の開けた場所に何か不自然な色が見える。

 生き物かどうかは分からない。何故なら全く動いていないから。ただ動いていないだけなのか、元々動くものではないのか。遠目に見える限りではそこまで大きなものであるようには思えない。両手で抱えられる程度だろうか。

 ここで考えていても埒が明かない。他にする事が有る訳でもないので実際に近付いてみる事にする。

 

 ――しかし、そんな能天気な思考も長くは続かなかった。一歩進む毎に少しずつ表情が強張っていくのが分かり、やがて完全に真顔に変わる。

 

 そこには一匹の白猫が居た。

 勿論、ただの猫ではない。黄色いヘルメットを頭に被り、ホイッスルを首に下げるという風変わりな出で立ちをしている。それは飼い主が妙な趣味を持っているからという訳ではない。

 というより、そもそも飼い猫ではない。むしろ猫かどうかすらも怪しい。確かなのはこの世界でもかなり有名な精霊であるという事実。知名度の広さで言えば、かの氷結界の二大龍に勝るとも劣らない。

 かく言う私も直接この目で見たのは初めての経験。これでもそれなりに修羅場は潜ってきているつもりだけれども、身の程は弁えている。流石にこういった手合いが平然と飛び交うような最前線にまで出向く予定は無かった。

 

 その名も――【レスキューキャット】。

 

 それは精霊界の最高神と名高い混魔威神によって禁忌種に指定された精霊。戦闘力は貧弱ながら、それを軽々と引っ繰り返す凶悪な特殊能力を保有している。精霊暦以前に猛威を振るっていた神話級の怪物には一歩譲るとは言え、潜在能力という意味では一部上回ってすらいるのではないだろうか。

 

 禁忌種。

 別の表現をするならば、存在するだけでデュエルを根本から成り立たなくさせてしまう恐ろしい代物、というようになる。かつてはその成り立たないデュエルが冗談のようなバランスの元に成り立っていた。その状況に一定の歯止めを掛ける為に、混魔威神を含む一二柱の神々が凶悪な精霊に片端から封印を施していったのだ。

 封印と言っても、それは精霊自身に影響を与えるものではない。むしろそれを扱うデュエリストに対する抑止力として機能する。

 具体的には、所持しているだけで急激に決闘力が蒸発していく。勿論、デュエルで用いれば消耗は更に加速する。

 当然封印は極めて厳重であり、これを破る事は不可能に近い。どれだけ強大なデュエリストでも神の定めたルールに直接逆らう事は難しく、あくまでも『使用料金』とでも言うべきルールの中で逆らわなければならない。

 迂闊に触れれば破滅しかねない。故に半端な実力で手を出すのが賢い選択とは言い難く、そもそも並のデュエリストでは近付く事すらままならないだろう。

 

 しかし逆に、並以上であれば傍に寄る程度の事はできる。

 使いこなす事こそできないとは言え、悪巧みをするのに精霊を使いこなす必要は無い。単にその希少性のみを目的に狙う者は多く、それ故にある程度纏まった組織力を持つ集団によって庇護を受けている場合が殆どという話だった筈。間違ってもこんな場所に一匹で居ていい立場ではない。

 どうしてこんなところに居るのか。

 疑問に思い、ややあって消極的な納得を得る。こんなところに居るからに違いない。良く見ればレスキューキャットの精霊力は生まれたばかりのように弱弱しい。このような辺境に住み着く物好きは滅多に居ないであろう事を考えると、ひょっとすると私がこの白猫の第一発見者なのではないだろうか。

 

 そのような事に思い至ると、途端に自分がとんでもなく貴重な瞬間に立ち会っているのではないかという気になってくるから、不思議だと思う。

 周りの景色は明るく色付き、周囲の音はにわかに臨場感を伴ってこちらに迫る。まるで生まれ変わったような、というのも妙な表現だけれども、新鮮な出来事に遭遇するとこういう何とも言えない気分になる。

 

 感傷に浸っている内に随分近くまでやって来ていた。警戒心も殆ど無いのか、小さな白猫は無垢な瞳で不思議そうにこちらを見上げている。

 可愛い。

 頬擦りしてやりたいとまでは思わないけれども、暫く眺めているのも悪くないと思える程度には愛嬌が有る。学校の帰り道にふと野良猫を目にした時のような感覚。それが路地裏に消えていくまで何となく目で追い掛けてしまう類の人種である私には、この状況はそれなりに恵まれたもののように感じられた。

 

 ――そこに、一抹の違和感が通り過ぎる。

 何かがおかしい。

 

 一度自覚すると、その疑念は頭の中で急速に膨れ上がっていく。

 目の前の猫から感じ取れるのは首の据わっていない赤子のように弱弱しい気配。しかし、むしろそこにこそ引っ掛かりを覚える。発する力が不自然なまでに乱れていないのだ。

 それだけではない。そもそも、レスキューキャットは禁忌種の精霊。特に抵抗も無くここまで接近できてしまっているというのは少しばかりおかしいのではないか。

 そう、まるで意図的に力を抑え込んでいるかのような――

 

 気付いた時には全てが遅かった。

 

 解放。

 吹き荒れる決闘力。

 我に返れば既に膝を付いている状態だった。圧倒的な決闘力に押され、地面をずりずりと後ろ向きに滑っていく。心臓の音が煩い。極度のプレッシャーに喉は干上がり、身体の全てが今にも破裂しそうな拍動を見せる。

 なんという決闘力。質、量、共にこちらとはまるで桁が違う。満足に息を吸うのも難しい。生まれたばかりなどと囀ったのは誰だ。確実に一〇〇〇年は生きている。

 

 この精霊は――デュエリストだ。

 

 次の瞬間、いきなり私の左腕にデュエルディスクが具現化する。次いでデュエルフィールドが構築され、周囲の空間と隔離される。

 一〇歩先には白猫の姿。当然デュエルディスクを身に付けている。どうやら無理矢理デュエルゾーンに引き摺り込まれてしまったようだった。

 通常、デュエリストの意思に反してデュエルを強要される事は有り得ない。にもかかわらずこのような状況に陥ったという事は、それがまかり通る程度には実力に格差が有るという事。

 これ程の強者がどうしてこんな辺境に居るのか。そして、それだけの実力が有りながら何故格下狩り染みた行為に手を染めているのか。得るものなど殆ど何も無いだろうというのに。

 何にせよ、こうして目を付けられてしまったのは不運と言う他無い。

 

『デュエル!』

 

 何処からともなく現れた混魔威神の化身がデュエル開始の宣言をして帰っていく。

 まずはじゃんけんで攻め手と守り手を決定する。こちらが選ぶのは当然パー。攻撃力に乏しい反面、最も守りに適している手の形であり、被害を最小限に留める事ができる。

 勝つ事は元から考えていない。それでも守れるデッキ構築にしている。実際には、いつの間にかそうなっていたという方が正しいのだけれども。

 ある程度纏まった量の決闘力をパーの形に固め、相手に向かって一気に打ち出す。タイミングは上々。緊張が上手く作用したのか、ここ最近で一番調子のいい一発だった。丁寧に放たれた私のパーは相手の出したグーに粉砕され、殆ど勢いを失わないままこちらも纏めて吹き飛ばされて地面を転がる。

 先行を持っていかれた。

 

 すぐに立ち上がって砂を払い、デュエル開始時のドローを行う。

 しかしその直前、デッキに強い干渉を受けた事を感じ取る。抵抗する暇も無い。ここまであからさまにデッキを攻撃されたのは初めての経験だと言える。単純に実力が離れているだけではこうはならない。例えば一手目から王手を掛けられる事が有り得ないように。

 からくりはさっぱり分からないけれども、考えるのは後回しにする。一〇〇倍の経験の差が有るのだから、こちらの知らない事も沢山知っているのだろう。とは言え、異次元から攻撃を受けるに等しいこの状況は大変嬉しくない。

 

 手札に目をやると、そこに有るのは偏った戦力。【増殖するG】【D.D.クロウ】【エフェクト・ヴェーラー】【幽鬼うさぎ】……どれも引けていない。

 代わりに【速攻のかかし】と【バトルフェーダー】がフルハウスを形成している。五回までならサンドバッグになれるという事か。

 嫌な予感がする。それも飛び切り特大の。

 

「ニャア」

 

 猫が鳴いた。

 周囲に浮かぶ五枚のカード。その内の一枚が光へと変わり、やがて実体となって姿を現す。来るのは当然――【レスキューキャット】。

 やはり、というような思いは有った。混魔威神の圧力を跳ね除けるだけの力を持ったデュエリスト。封印種を一体迎え入れただけで一杯一杯になっている私とはまさに格が違う。流石に比べる相手を間違っているという気がしないでもないけれども。

 そして、猫の特殊能力が発動する。

 

【起動効果/このカードを墓地に送る:デッキからレベル3以下・獣族モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される】

 

 デュエルディスクによって明文化された効果テキストに、全身から血の気が引いていくのを感じる。まさか、ここまでとは。

 特に条件も無く、自身を墓地に送るだけでモンスターを二体並べられるという軽さ。呼び出したモンスターに弱体化も効果無効化の制限も加えないという緩さ。『1ターンに1度』という最低限の制約すら付いていないという理不尽。

 まさに世紀末。混魔威神がその重い腰を上げたのも頷ける。召喚直後であればヴェーラーで蓋をできるとは言え、それに失敗すれば連鎖的に展開を許してしまう事になる。

 丁度こんな具合に。

 

「ニャー」

 

 レスキューキャットの姿が宙に掻き消え、次の瞬間デッキから二つの力の塊がフィールドに飛び出してくる。二体とも同じモンスターだ。全身を緑色のコケに覆われたユニコーンのような生き物。

 その名も、【森の聖獣 ユニフォリア】。

 有名な精霊ではないけれども、私はこの精霊の事を良く知っている。一〇年前、初めてここにやって来た時に途方に暮れていた私を助けてくれたのが彼だった。

 そして、私にデュエルを教えてくれたのも。

 

【起動効果/自分の墓地のモンスターが獣族のみの場合、このカードをリリースする:手札・墓地から「森の聖獣 ユニフォリア」以外の獣族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない】

 

 効果テキストを見るまでもない。彼の能力は自身を生贄にした獣族の完全蘇生、もしくは手札からの展開。代償は扱える精霊の種族が縛られる事と、それを相手にも悟られてしまうという事。

 決して軽い制約ではない筈だけれども――禁忌種の精霊を再利用できるというアドバンテージの前にはそれも霞んで見える。

 

 ユニフォリアが小さく嘶き、レスキューキャットがフィールドに再び舞い戻ってくる。

 場にはモンスターが二体。結果的に、あちらは何の損失も無く戦力を増やしたという形になる。一体何が起こっているのか。今までに経験してきたデュエルとは根本的に違う何かを感じる。

 展開が始まった。

 レスキューキャットの効果が発動、デッキから二体のモンスターが現れる。今度はそれぞれ別種の精霊。片方は三体目のユニフォリア、もう片方は三つ首の赤い獣のような何か。名称は【魔轟神獣ケルベラル】というらしい。能力持ちの精霊ではあるものの、この状況で役に立つようなものではない。

 故に重要なのは恐らく『レベル2』の『チューナー』であるという事実。

 

「ナァー」

 

 たった今呼んだばかりのユニフォリアを犠牲に、三度白猫が姿を現す。

 そして効果発動。デッキから二体のモンスターをフィールドに呼び込んでくる。これもまた同じ精霊が二体。ネズミを模したゼンマイ仕掛けの玩具――【ゼンマイネズミ】。

 

【起動効果・対象指定/このカードを守備表示に変更し、自分の墓地の「ゼンマイ」モンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚する。この効果はこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り1度しか使用できない】

 

 当然、ただのバニラモンスターではない。その能力は「ゼンマイ」モンスターを蘇生するというもの。一度しか使用できないという制約は有るものの、同名モンスターを指定してのものではないので複数並んでいればその分だけ効果を使う事ができる。

 しかし墓地の肥えていない現状、二体並んでいる事に意味が有るとは思えない。果たしてどういった動きを見せるつもりなのか――最早諦めの境地にも似た心持ちで相手の行動を棒立ちで眺める。

 

「ニャム」

 

 最初に呼ばれたままフィールドに残っていたユニフォリアが墓地のレスキューキャットと入れ替わる。

 そしてそのまま連鎖。即座にデッキのモンスター二体へと変換される。一体目はケルベラル、二体目は――

 

「……ヴァレリフォーン」

 

 フィールドに飛び出してきた小鹿の姿を見て、気付けば呟きの声を漏らしていた。

 特に明確に含むところが有ったという訳ではない。しかしながら、知り合いと同じ格好をした精霊がこうも立て続けに出てくれば溜め息の一つも付きたくなる。勿論別の精霊だという事は理解しているけれども、人間である私には殆ど同じ姿に見えるので複雑な気分になるのは抑えられない。

 

【起動効果・対象指定/手札を1枚捨てる:「森の聖獣 ヴァレリフォーン」以外の自分の墓地のレベル2以下の獣族モンスター1体を選択して攻撃表示または裏側守備表示で特殊召喚する。「森の聖獣 ヴァレリフォーン」の効果は1ターンに1度しか使用できない】

 

 その能力は手札一枚を条件付きの蘇生カードに変換するというもの。

 同名制限により正真正銘『1ターンに1度』しか効果を使用できず、手札コストも掛かるので乱用もできない。しかし蘇生したモンスターに対する制約は無いのでコンボの起点にし易く、更にリバースモンスターをセットして相手の除去を誘う事もできる。これで捨てた上級モンスターをユニフォリアの効果で釣り上げてくるのは見慣れたコンボの一つだけれども、モンスターゾーンが全て埋まった状態ではそれも叶わない。

 しかし今この場に居るのは『レベル2』の『チューナー』が三体に『レベル3』の非チューナーが二体。更に非チューナーは蘇生効果を持っている。これが意味するところはつまり――

 

「ヌァ」

 

 五体の精霊を挿んだ向こう側で白猫が低い唸り声を上げた。

 疾風。

 不可視の波動が周囲に広がり、次の瞬間緑光のリングが二体のモンスターを包み込む。チューナーであるケルベラルと、非チューナーであるゼンマイネズミ。合計レベルは五。言うまでもなく、この状況で出てくるモンスターなど決まり切っている。

 果たして、光が晴れた先に姿を見せたのは白を基調にしたアカデミックドレスを身に纏う線の細い司書だった。

 

【誘発効果・強制/このカードがモンスターゾーンに存在し、自分または相手がこのカード以外のSモンスターのS召喚に成功する:このカードがモンスターゾーンに表側表示で存在する場合、デッキから1枚ドローする】

 

 【TG ハイパー・ライブラリアン】――通称、アドのなる木。シンクロ使いとのデュエルではほぼ確実に遭遇する事になるであろう精霊の一体と言える。

 逆に言えばこれが出てこなければシンクロ召喚のギミックは添え物程度の場合が多い。むしろそれが分かってしまう程度には多大な影響をデュエルの流れに与えかねない能力を持っている。

 効果解決時にモンスターゾーンに存在しなければ不発になるという弱点は有るものの、手札を増やせるというのは単純にして強力。複数並べば効果は更に累積する。勿論そのような状況を見逃す混魔威神ではなく、現在では封印種の指定を受けている。

 ゼンマイネズミの効果が発動し、シンクロ召喚で空いた場の一枠に守備表示のゼンマイネズミが現れる。間髪入れずケルベラルとゼンマイネズミが消え、当然のように二体目のライブラリアンが並ぶ。

 更にそれによって一体目のライブラリアンの能力が誘発。これだけ展開して全く減っていなかった手札が逆に一枚増えた。

 しかも相手のフィールドにはゼンマイネズミとヴァレリフォーンが残っているのだ。その合計レベルはライブラリアンのものと同じ。

 ――そして、ヴァレリフォーンの効果はまだ使われていない。

 

「ニャゴ」

 

 先程引いたカードをそのまま墓地に捨て、墓地の獣族モンスター一体を蘇生させる。現れるのは当然、ユニフォリア。この二体が揃う事は即ち召喚制限を持たないあらゆる獣族モンスターが現れ得る事を意味している。

 当然、レスキューキャットによる展開を再始動するのに何の支障も無い。

 仕事を終え、事実上のバニラモンスターへと変わっていた二体の精霊を素材に三体目の図書館司書が現れる。二枚ドローし、手札は六枚に。なんと初期手札の枚数を上回ってしまった。

 シンクロモンスターを三体並べ、墓地を肥やし、手札まで増えているという訳の分からない状況。しかしその元凶は何故かまだフィールドに残っているのだ。

 

「ミュー」

 

 最早何度目かも分からないレスキューキャットの能力が発動する。

 特に消耗も無く現れた二体の精霊がモンスターゾーンを埋める。どちらもレベルは一。片方はチューナーであり、もう片方は非チューナー。

 前者は体色の禍々しい灰色猫の精霊。【魔轟神獣キャシー】という名前から、ケルベラルとは何らかの関連性を持っている事が窺える。

 後者は黒いダルマのようにも見える謎の生命体。【モジャ】というぞんざいな名前には薄気味悪さを感じずにはいられない。

 

 効果テキストに目をやると、この状況では双方共にバニラ同然のものだった。どうやらモンスター効果による展開は打ち止めらしい事に少し安心する。

 勿論不安は無くなっていない。わざわざ場に呼び出した弱小モンスターをそのまま立たせておくというのは間抜けに過ぎる。チューナーと非チューナーが揃えばやる事は一つ。その合計レベルが二であるなら更にその中でも一つの可能性へと収束される。

 緑光のリングを抜け、現れたのは【フォーミュラ・シンクロン】。人型のロボットの胸からフォーミュラカーが生えたような独特の形状をしている。単体でも機能する要素を複数持つが故に、その遭遇率はライブラリアンよりも尚高い。

 

【誘発効果・任意・時/このカードがS召喚に成功する:デッキから1枚ドローする】

 

 その内の一つにして最大の恩恵は、シンクロ召喚に成功するだけで手札を一枚増やす事ができるというものだろう。

 アドバンテージに直結する能力は単純に使い勝手が良く、加えてこれ自身がチューナー。目的のモンスターとの間にこれを経由する事でシンクロ召喚の消費を手軽に軽減できてしまう。もう一つの効果とも合わせて、総じてかなり小回りの利くモンスターであると言える。

 しかしながら、目の前の惨状を眺める限りではそれも不要と言わざるを得ない。高速道路を時速二〇〇キロメートルで爆走する車の何処に小回りが求められるというのか。

 三体のライブラリアンの誘発効果と合わせて、四枚の手札増強の儀式が粛々と執り行われるのを呆然と眺める。六枚から一気に増えて一〇枚に。とうとう二桁の大台に乗ってしまった。

 これは即ち、総戦力の実に四分の一をも瞬間火力へと変換できるという事になる。こうなると最早できない事を探す方が難しいのではないか。

 

「フゴ」

 

 ――フィールドのモンスターは四体。

 『レベル5』の『シンクロモンスター』である【TG ハイパー・ライブラリアン】が三体。『レベル2』の『シンクロモンスター』の『チューナー』である【フォーミュラ・シンクロン】が一体。

 この局面で降臨するモンスターを予測できないのだとすれば、それは恐らくシンクロモンスターも見た事が無いような未熟者に違いない。

 

 時が止まる。

 音が消える。

 空白。或いは無色透明の世界。

 シンクロ召喚の一つの極地。

 

 瞬間、突如天高く伸びた光の輪が一本のトンネルを作り上げる。

 果ての見えない光の道。人の丈を越えた壮大なスケールの光景に呼吸すら止めて静かに見入る。何度見ても素晴らしい。これが有るから、シンクロ使いとのデュエルには独特のロマンが有るのだと思う。

 二人の司書が片手に携えた本を掲げ、遥か上空にまで続く道を昇っていく。それを下方から猛然と抜き去る一台のフォーミュラカー。変形し、完全に車体の形状となった人型ロボが空の彼方にまで一条の線を引いている。

 合計レベルは一二――

 

 光速の世界を越えて、天から一体の龍が彗星のように降りてくる。

 白銀に輝く鋭角的な体躯。その美しさは生物というよりは風景画の持つそれに近い。

 強大な力に影響されたのか、周囲一帯は夜のように暗くなっていた。その暗闇を肉体それ自体が光源となって照らす様は神秘的な美しさを内包している。

 この偉業を成したデュエリストに視線を向けると、そこに有るのは涼しい顏。決闘力にも特に乱れは見られない。これだけの超大型モンスターを呼んでおきながら息一つ乱さないとは一体どれ程の高みに居るというのか。少なくとも私の才能では、生涯の全てを費やしたとしてもここまで到達できる気はしない。

 そして、銀河核の名を冠する龍――【シューティング・クェーサー・ドラゴン】が厳かにフィールドに舞い降りた。

 

【永続効果/このカードはこのカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる】

 

 第一の効果。

 それはシンクロ素材の数に応じて連続攻撃を行えるというもの。素材の指定から攻撃回数は最低でも二回。攻守四〇〇〇を誇る質量により、その総火力は八〇〇〇に到達する。まともに攻撃が入ればそれだけで勝負が決まりかねない。

 

【誘発即時効果・任意/1ターンに1度、魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する】

 

 第二の効果。

 それはあらゆる効果に対するカウンター能力。本物のカウンター罠には無力とは言え、ノーコストの妨害がどれだけ強力なのかは言うまでもない。元々の打点の高さと合わせて、除去には相応の消耗を強いられる事になる。手数が足りず、返しのターンで処理できなければ状況の挽回は困難だろう。

 

【誘発効果・任意・時/このカードがフィールドから離れる:「シューティング・スター・ドラゴン」1体をエクストラデッキから特殊召喚する】

 

 第三の効果。

 それはたとえ力尽きようとも未来へと繋げる絆の力。更に、それによって呼び出される【シューティング・スター・ドラゴン】もまた切り札になり得る大型モンスター。苦労して処理した後に片手間で片付けられるようなものでは決してない。必然的にチェーン2以降での除去を強要される事となり、攻略の難度を更に上げる。

 

 総じて、召喚の難度に釣り合った強力なモンスターであると言える。精霊としての格も極めて高い次元に有り、召喚どころか仲間に引き入れる事すら並大抵の実力では叶わない。混魔威神の干渉を受ける事は無いものの、並以上に優れた『器』か、もしくはそれを頼らずに済むだけの純粋に高い決闘力が求められる。

 だからこそ、目の前の惨状には言葉を失わずにはいられなかった。

 クェーサーを先行一ターン目に出された事自体は初めてではない。しかしながら、その偉業にはそれに見合うだけの消耗が有った。余力どころか文字通り捨てる程手札を余らせた状態で同じ状況になった事は未だかつて無い。

 これが禁忌種の力。これが禁忌種を操るデュエリストの力。

 心が折れる音がはっきりと聞こえる。どう考えてもまともな戦いになる訳が無い。視界に映るのは攻守四〇〇〇の白銀の龍。フィールドに降り立ったそれは透き通るように美しい咆哮を上げ――組みにあぶれて完全に背景の一部となっていたライブラリアンの効果が発動、相手の手札が一枚増えた。

 

 これで相手の手札は一一枚。

 

 その数、実に初期手札二人分。単純なアドバンテージの面から見れば、こちらにターンが回らないまま更に二人のデュエリストを相手にするに等しい。

 バトルフェイズが行われない事など何の気休めにもならない。三対一の戦いの何処に安心する要素が有るというのか。

 しかもそのデュエリストは紛う事無き強大な存在。何しろたった一度の通常召喚からこの状況を作り上げたのだ。生半可な実力では到底なく、むしろこちらが三人でも勝てる気がしない。

 

 では。

 二桁にも及ぶ有り余る手札。それを潤沢に放出すれば果たして何が起こってしまうというのか。

 

 

 

「ソルチャフォーミュラライブラニタイソセイフォーミュラライブラニタイチューニングクェーサーシンクロライブラドローエアロレスキャソセイレスキャキャシーモジャリクルキャシーモジャチューニングフォーミュラシンクロライブラフォーミュラドロードローシシャソセイライブラソセイフォーミュラライブラニタイチューニングクェーサーシンクロゴマイセットシテエンド」

 

 

 

 何かが起こった。

 

 何度か瞬きをしてこれが夢でないか考える。

 人間界に残してきた私の身体は就寝中なので夢であると言えない事も無い。しかし精霊界自体は実在しているのでやはり夢であるとは言い難い。

 よってこの状況もまさしく現実。証明終わり。

 

 毒にも薬にもならない事を考えながらゆっくりとフィールドに視点を映す。

 まずはモンスターゾーン。スペースは二つ程空いている。つまりモンスターの数は三体。先行一ターン目の布陣としては若干飛ばし気味ではあるものの、特に意識するような状況という訳でもない。

 それがレベル一二の超弩級モンスターでさえなければ。

 当然、ただレベルが高いだけの木偶の坊ではなく、レベルの形骸化した半上級モンスターでもない。正真正銘の重量級であり、それが持つのは厳しい召喚条件とそれに相応しい強力な能力。四〇〇〇打点、連続攻撃、万能カウンター持ち、駄目押しに後続を呼び寄せる能力まで備えている。

 それが三体。どう考えても正攻法で突破できる布陣ではない。この状況を打破できるカードは私の知る限りでは片手で数えられる程度。逆に言えばそれさえ握っていれば打ち崩せるとも言えるけれども――正体不明の伏せカードがその楽観を許さない。

 

 その数、なんと五枚。それは即ち相手のターンに最大で五回の行動を起こせるという事を意味している。何らかのコンボに絡めればそれ以上の動きを見せる事も不可能ではない。下手に動けばそのコンボの起点にされてしまう危険も有り、場合によっては相手の出方を見る為に敢えて何もせずにターンを渡す事さえ有るだろう。

 加えてその五枚のセットカードは溢れんばかりの手札の中から厳選して場に出したもの。単なるブラフとは考えにくく、むしろ盤面を完全に詰みに持っていく為のものである可能性が高い。

 何かの間違いでその全てをどうにかできたとしても、相手の手札は六枚も残っている。それだけ有れば再び動くには十分。次のターンに改めて場を敷き直されるだけだろう。

 

 そして、『6+5=11』。蘇生カードを連打した筈が何故か総数が変化していない。

 むしろフィールドのモンスターは増えてすらいる。一体何がどうなって優男一人が龍二体に変わっているのか。いくらなんでもおかしすぎる。錬金術でももう少し自重してくれるに違いない――

 

 

 

 ふと、デュエルディスクから鳴った警告音に我に返る。どうやら気付かない内に結構な時間が経っていたらしい。

 既にターンはこちらに回っている。このまま何もせずにいれば待っているのは爆発だ。早くカードをドローしなければならない。

 しかし、その手が動かない。何故なら引いた後の行動が続かないから。もっとはっきり言うのであれば、カードを引いた瞬間にこちらの敗北が確定してしまうから。

 ドローしなければ敗北する。しかしドローしても敗北する。つまり何をどうしようとも最早敗北は免れない。この状況を打破できるカードなど――

 

 有る。

 

 私の知識に眠っていた一つのカード。それは選ばれし者だけが使える正真正銘の起死回生の一手。

 その呪文の名を【超融合】と言う。

 

【このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない】

【手札を1枚捨てる:お互いのフィールドから融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する】

 

 封印呪文。

 ただでさえ扱いの難しい高度な呪文に、更に混魔威神の封印まで加わったという極めて重い『魔法カード』。呪文の詠唱には高純度高密度の決闘力、繊細なコントロールの両方が求められ、下手な禁呪以上に使いこなすのは難しい。

 しかし、当然その重さに釣り合うだけの強さも備えている。ひとたび唱えればあらゆる効果による妨害を受け付けず、速攻魔法故にチェーンブロックを作る効果に対しては永続効果にすら後出しで対処できる可能性が有る。

 相手がどのようなカードを伏せていようとも、それが伏せられたままである限り無意味。ドローフェイズで手札に引き込みさえすれば問答無用でクェーサー二体を吸収した上で融合モンスターを呼び出す事ができる。更に手札コストで特殊召喚可能なレベル4モンスターを落とせばノーデンからホープに繋げてライトニングを簡易融合聖槍死者蘇生プトレノヴァインフィニティ。

 いける。

 万全の布陣など有り得ない。やはりこの状況も別段慌てる程のものではなかった。正体の知れない確信と共に静かにデッキへと手を伸ばす。

 

「サレンダーで」

 

 頭の中で考えるだけなら自由とも言える。

 

 白旗を上げた事でライフポイントがゼロになった。

 同時にデュエリストバリアが解除される。今回のデュエルでは一度も被弾しなかったので役に立つ事は無かったけれども、今回ばかりはむしろ役に立たなくて良かったと思う。クェーサー三体にバーストされるくらいなら潔く負けを認める方がいい。一人のデュエリストとして多少の自負こそ有れども、あの布陣に立ち向かう程の気概は無かった。

 空を見上げれば三体の銀龍。刃にも見える翼を広げ、高密度の力の塊を溜め込んでいる。体内の全てのエネルギーを一点に圧縮しているのか。三体の龍はその体躯から眩い光を周囲に放ち、最早暴発寸前と言わんばかりの

 

 どうしてデュエルが終わったというのにモンスターが残っているのか。

 

 疑問に思ったのは一瞬の事。自分を取り巻く危機的な状況が実の無い思考をすぐに打ち消す。

 何だか良く分からないけれども――危険だ。早く逃げなければ。

 しかし、ここはデュエルゾーン。デュエルに決着が付くまで脱出は不可能であり、逃げる事はできない。デュエルが終わったにもかかわらずデュエルフィールドが解除されていない理由は分からないけれども、何れにせよこの空間から出られないという事に変わりは無い。

 思考する間にもエネルギーは高まり続けている。今や周辺は昼のように明るい。昼だった筈が夜になり、それが更に昼のような天候に戻ってくるという奇妙な現象。バリアの保護が無い状態でそれだけの攻撃を受ければ一体どうなってしまうのか。そもそも、同じデュエリストに対して直接的に危害を加える事はできない筈だというのに。

 

 これまでの疑問をぶつけるようにレスキューキャットへと視線を向ける。

 そして息を呑んだ。

 

 一目見て分かる程の憎悪というものを、生まれて初めて目の当たりにした。

 憎しみをそのまま形にしたような表情。底無し沼の瞳。敵意でも殺意でもないどす黒い感情を強烈な勢いで叩き付けられている。

 全く訳が分からない。一体何がどうなってこのような濃い感情を向けられているのか。何処かで恨みでも買ったかと戦々恐々とするも、特に思い当たる節は無い。第一、初対面の相手にこれ程の激情を向けられる恨みとは一体どんなものなのか。

 暫く考え――ふと一つの答えに行き着く。

 そうか。

 成る程。

 デュエリストそのものを憎んでいるのか。

 

 その気付きはこの状況を取り巻く様々な事に納得を与えるものだった。

 疑問が晴れ、ここに来てからずっと抱いていた違和感の全てが解消される。当然、何も嬉しくはない。息抜きにデュエルを楽しむ筈がどうしてこうまでややこしい事態になっているのか。

 レスキューキャットという精霊はここでは広く知られている。禁忌種の指定を受けた精霊でありながら自衛能力を殆ど持たず、【イレカエル】のように元から仲間が居る訳でもない。それが一匹で長生きをしているのだから、それこそ色々な種類の苦労を味わってきたのだろう。憎しみという言葉では表せない何かを背負っているに違いない。

 ただ、何も見ず知らずの私にそれをぶつけずともいいのではないかと思わざるを得ない。

 

 ――最悪でも死にはしないだろう。

 

 楽観を置き去りに二四〇〇〇の暴虐が吹き荒れる。世界が白い。何も見えない。

 何処かで爆発音が鳴った気がした。光が煩い。輝きが音を持っている。デッキトップでコカローチナイトが騒いでいる。隣で猫がニャアと鳴く。

 痛みは無かった。ただ凄まじい衝撃が全身を駆け巡っていた感覚だけが朧げに記憶にこびり付いている。それは今までにない衝撃的でとてつもない物凄い頭が沸騰するような体験であり、一生涯残り続ける思い出となるように思われた。

 

 これは酷い反動が来るかも知れない。

 そんな事を考えながら光の奔流に意識を委ねた。

 




 久々に一人称を書きたくなったので、書きました。大体それだけの話です。

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