紅魔を撃つ   作:大空飛男

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花言葉

秋空に浮かぶ、満月の夜。空気が透き通っている幻想郷は、その輝きを阻むものはない。

今日を入れると、ザルティスが取り立てられ、ちょうど2ヶ月が立つ。

最初は拳銃の扱いに長けた人間として見られていた彼であったが、今ではそれをほぼ払拭するような働きをしている。もっとも十手持ちであるが故、レミリアや咲夜は少々警戒をしていたが、その警戒すらも今では次第に緩和させていた。

 また、これまで咲夜は彼を厳しい目で見てきたが、何かと効率の良い仕事をこなし、初期の印象と変わらず、非の打ちどころがない。咲夜はこの一ヶ月の間にザルティスの持つ裏の顔のぼろを出させようときつい仕事を押し付けてはいたのだが、それすらも的確にこなし、かえって咲夜は関心を深めていた。

 しかしその反面。それだけの完璧な仕事を熟す彼を見て、咲夜は別の不信感を抱くようになっていた。

 改めてこの男は、何故紅魔館に来たのか。これが、現在咲夜の持った不信感であった。彼の正体はレミリアの言葉により理解はしたが、居場所がないからと言ってこの紅魔館になぜ来たのかがわからない。

おそらくこの感覚にはほんの少しだけ、自分の立場が危ぶまれる可能性からの嫉妬心があるのだろう。しかし、彼の実力であればどの勢力に入っても、申し分ない働きをはずで、故に咲夜はどうも解せない点があった。

 この紅魔館を選んだのには、何かしら理由がある。咲夜が考え付く可能性としては、手の込んだ盗めかあるいは、彼の人種的問題か。また本心で生まれ変わりたく、ここを選んだのか。ともかく、咲夜は警戒心をまだ捨て去ることはできなかった。

 

 咲夜はそんなことを考えつつ、自室で休憩をしていた。すでにレミリアも床につき、今では実質的なフリーである。久々に倉庫のワインを引っ張りだし、持ち前の能力でヴィンテージ化して、それを飲んでいた。

 「私の考えすぎ…なのかしらね」

 ワイングラスの中身をくるくると回して、咲夜はぼそりと呟いた。

 言ってしまえば、先の憶測すべて過剰なる考えである。普通妖精メイドたちにこのような疑惑を持たず、ましてや興味を示すこともない。彼女たちはあくまでも知識が薄く、いわゆるバカであるために深く考える必要性も無いからだ。

 だが、どうしてもそれが『人間』であると、このような憶測を抱いてしまう。自分もかつてはそうであったように、知識巡らせ良からぬことを考えている可能性が、無いわけがないのだ。今のザルティスを見てそうは思えない程の仕事ぶりであったとしても、少しでも可能性があるならば、疑わなければならない。

 ザルティスは、明らかに疑われる要素がありすぎる。普通の人間ならばこうでなかったとしても、彼は普通の人間ではない。れっきとした妖怪退治の専門家であり、かつて人里を守り通していた「十手持ち」である。さらには銃の撃ち方は明らかに特殊な訓練を受けているものであり、殺しを行う雰囲気を、かすかに感じることができた。

それでもザルティスがレミリアへと言った、「変わりたい」と言う願いは、嘘を付いているように見えなかった。それ以外の様子も嘘偽りがないにしろ、いまだに掴みきれない彼の内面のうち、唯一感じることのできた内面でもある。もっとも、それが何を指しているのか、つかむまでには至らなかったのだが。

 「いったい。あの男は…」

 そうつぶやくと、咲夜はぐいっとワインを飲み干して、息を付いた。気づけばワインの中身は四分の三まで減っており、無意識のうちに口へ運んでいた事がわかる。ザルティスは咲夜にとって、一種のストレスを感じさせていたのだ。

 「私も、少し仮眠を取ろうかしらね…」

 満点に輝く月を見上げると、咲夜はひっそりとつぶやき、自室のベットへと入ったのだった。

 

 

 

 燃えるように色づいた妖怪の山は、満開の紅葉が広がっている。幻想郷にとってこれは季節の移り変わりの現れであり、いわゆる山は四季のカレンダーであった。

 紅魔館にある中庭の花壇も、四季に準じて花を咲かせていた。秋といえばコスモスであるが、それ以外にも赤色や白色に色づいているゼラニウム。多種の花色を咲かせ、独特の苦味があるためにハーブとしても使用されるキンレンカ。夏頃から咲いているゆえに若干元気を失っているが、今なお花を咲かせ頑張りを見せているアベリアなど、様々であった。

「みなさーん。元気にしてくださいねー」

そう言って、にこにこと優しい笑みを向けながら水をやるのは、紅魔館の門番、美鈴である。彼女は門番であると同時に、紅魔館にある花壇の世話も、任されているのだ。

 しばらく我が子のような花達に水を与えていた美鈴であったが、鉛で作られた一般的なジョウロが軽くなったことを感じると、美鈴は新たに水を汲みに、近くの彫刻が施された手押し式ポンプ式の井戸へ向かった。

 紅魔館にある井戸は、この場所の以外にはキッチンと風呂にある。それ以外は無いゆえに、水瓶を使用することが多い。また飲料水もそれ用の水瓶が用意してあり、紅魔館の水事情は目立った問題が無く、新たに増設されることもなかった。

 さてそんな事はさておき、美鈴が井戸へとたどり着くと先客がいた。紅魔館に務める唯一の男、ザルティスだ。どうやら彼はバケツに水を汲んでいるらしく、ぎこぎことポンプを動かしている。

 そうか、今日は彼が外の掃除をする日だった。美鈴はそう思い出すと、愛想よく声をかけた。

「ザルティスさん。どもー」

美鈴の声にザルティスは彼女の存在に気がつくと、顔を上げて会釈をする。

「ああ美鈴さん。どうも。花の水やりですか?」

この一連の流れは、美鈴とザルティスが交わす何時もどおりの挨拶であった。癖の多い紅魔館では、このようなごく一般的な付き合い方も珍しいのである。だが、美鈴はそれを一種の楽しみとしており、直結してザルティスの存在を少し有りがたく感じていた。

「はい。ザルティスさんは…」

「窓ふきですね。外側の。もちろん一階部分だけですけど」

苦笑を見せて、ザルティスは再びポンプを鳴らし始める。美鈴はジョウロを持ちつつ、後ろへと手をやった。

「いつも大変そうですね。咲夜さんの目の敵のようにされて…」

美鈴は正直な気持ちを、ザルティスへと投げかけた。もっとも、美鈴は咲夜のことを嫌っているわけもなく、むしろ尊敬している部類に入っている。故に、この言葉の意味は決して咲夜を侮辱した意味合いではない。

 「いえいえ、むしろ感謝したいくらいで…。私も学ぶことはまだまだ多くありますので、このように気にかけていただけていることは、むしろありがたいのです」

 おそらく本心で言っているであろうイキイキとしたザルティスの表情に、美鈴は笑顔を作る。良かった、この方は咲夜を嫌いにはなっていないのだ。

 「すごいですねぇ…ザルティスさんは。仕事に熱心なのは、純粋に憧れちゃいますよ」

「私が…熱心?」

思わず口にした美鈴の言葉に、ザルティスは不思議そうに首を傾げる。その予想外の反応に、美鈴は「えっ」と声を上げた。

「私は与えられたことを全うしているだけです。それが当然ではないのですか?」

「い、いや…その…」

何を言っているのだと言わんばかりのザルティスの表情に、美鈴は一瞬身をたじろぐ。まるでその言葉は、サボりぐせのある自分に対しての嫌味に聞こえてしまったからだ。

だが、あくまでも図星であり、自業自得である。故に美鈴は苦笑して、返事を返した。

「で、ですよね。でも普通のことを普通にできるのは、純粋にすごいことだと思いますよ」

「はあ…」

いまいちピンと来ないのか、ザルティスは更に不思議そうな顔をした。それは仕事に意欲的ではない美鈴を、理解できないような雰囲気を醸し出している。

美鈴は気まずい気持ちとなりしばらく黙り込んだ。二人の間に、ポンプの上下する音が響く。

「そういえば美鈴さん。今はどのような花が咲いているのですか?」

耐え難い沈黙の最中、ザルティスが唐突に口を開いた。まともなザルティスの問いかけに、美鈴は若干「助かった」と安堵をすると、たどたどしく説明を始めた。

「えーっと、今は鮮やかな色をした花が咲いています。コスモスはもちろん。セロシアやスーパーベル。サンゴバナにサルビアとかですね。あと、霧の湖周辺にはハギだったりツワブキが咲いています。綺麗ですよ」

徐々に得意気な表情になって話す美鈴を見て、ザルティスはどこか優しい表情をした。嬉しそうに話す自分を見て、思わず和んだのだろう。

そう思うと美鈴は少々恥ずかしさがこみ上げてきて、頬を薄く赤に染める。

「あ、あっはは…なんか恥ずかしいや」

「いえいえ、美鈴さんは花に詳しいのですね」

微笑みながら感心したように頷くザルティスに、美鈴はひとつの質問を投げかけた。

「あー!そういえばザルティスさんの好きな花って、何かあります?」

「えっ、私ですか?」

唐突な質問にザルティスは困った表情を作り、考え始める。だが、直ぐに苦笑をした。

「そうですねぇ…。あまり植物には興味がなかったので、よく知りませんが…」

申し訳無さそうに言うザルティスを見て、美鈴は先ほどの質問に少々罪悪感を覚えた。確かにあまりにも、質問が唐突過ぎた。

「で、ですよねー。あはは…」

がっくしと肩を落とした美鈴に、ザルティスは先ほどの言葉から続け始めた。

「今では、興味があります。花を愛であるのも、フットマンの嗜みなのかもしれません。もしそちらがよろしければ、仕事の空いた時間に色々と教えていただけますか?」

「え、ええ!もちろんです!」

両手を合わせ、美鈴は喜びの行動を示した。同じ使用人同士でこのような交流を持てるのは、純粋に嬉しかったのだ。もちろんザルティス以外にも花の話をできる者は紅魔館内では居るのだが、純粋に自分を通じて花を知りたいザルティスに、一方的な親近感を抱いてしまったこともある。

「あ、そういえば美鈴さんの一番好きな花は何なのでしょうか?」

喜びに満ちていた美鈴に、ザルティスは質問を投げかける。早速花に対しての質問に、美鈴は笑顔で答えた。

「牡丹です!私が以前いた国では『花の王』や『花神』とも呼ばれて、大変美しい花です。花言葉は『思いやり』で、そろそろ咲く季節ですね!」

あくまでも嬉しそうに言う美鈴に、ザルティスは心底笑いを漏らした。

 

 

 この一件以来。ザルティスと美鈴は親密になっていった。

もっとも恋人同士になったわけではない。ただ、深く仲良くなっただけである。至って普通である観点をしか持っていない二人が、仲良くならないわけがなかったのだ。

 また、美鈴が度々教える花の知識や育て方を、ザルティスは懸命に学ぶ姿勢を見せていた。故に美鈴も力が入り、それに答えるように自らも知識を深めていった。

持ち前の知識をいざ披露する場合、間違った知識を教えてはいけないのが、教える者にとってのポリシーであろう。つまり美鈴もうろ覚えになっていた知識を再認しようと大図書館へと顔を出し、密かに学ぶことで、自らの知識も深まっていったのだ。

 「ふむふむ。この花には他にもこういう意味が…」

 中でも、美鈴が最近良く学ぶようになったのは、花言葉である。その数は多種多様であり、次第に面白みを感じていた。

 国により違う意味を持つ花言葉ではあるが、美鈴はかつて自分の居た国の言葉ではなく、幻想郷で通じる花言葉を学んでいた。彼女なりの解釈で、国が違えばその意味合いが変わってくるのは当然であり、むしろこちらに住んでいるゆえにこちら側の意味が正しいのだと、覚え直したのである。

 美鈴がしばらく図鑑を読みふけっている最中、相変わらずなんの音沙汰もなく、咲夜が空間からいきなり現れた。これがザルティスであれば少々驚いた様な反応を示すのだが、美鈴は慣れたように、顔を上げる。

「何をしているの?」

声のトーンから、咲夜は少々怒りを含んでいることに気が付くと、美鈴は内心緊張を含み、何時もどおりの雰囲気を醸し出す。

「あ、あはは…ちょっと調べ物が」

 「門番の仕事は、どうしたのかしら?」

 「それは・・・その。今は日中ですし、よっぽどのおバカさんじゃない限り、白昼堂々侵入してくる人なんていませんよ」

 少々トンチンカンなことを言ってしまっただろうかと美鈴は思ったが、咲夜は案外納得したのか、「まあ、そうね」とそっけなく返事を返した。いつもならば、激怒するであるのに、今日は珍しいことである。

 つまり咲夜が顔を出した理由は、自分を責めるために来たわけでは無いのだと、美鈴は予測した。咲夜はまれに、このようなことがある。

「どうしました?」

そこで、美鈴は助け舟を出すべく、咲夜へと問いかけた。

「ええ、ちょっとあなたに聞きたいことがあって」

案の定。咲夜はその助け舟に乗り、ため息を付く。その様子はどこか悩みがあるように見えた。

「貴方、最近ザルティスと仲が良いみたいね。それで…何か怪しい素振りを見せてはいなかったかしら」

「怪しい?」

唐突なザルティスに対する咲夜の不信感に、美鈴は思わず首を傾げた。

「ええ、あの男が、何か良からぬことを考えているような気がするの。妖精メイド達と言い…貴方といい。彼はもくもくと信頼を築いている…」

いつもならばキッパリと言う咲夜であるが、今回はいつになく探るような言い方であった。美鈴はそんな咲夜に疑問感を抱きつつ、同時に何を恐れているのだろうかと前述とは全く違う疑問感をも抱いた。

そもそも、ザルティスは咲夜の命に逆らってはおらず、むしろ的確にこなしている側の人間だ。それなのになぜ、咲夜は不信感を抱いているのだろうか。彼は完全主義ではあるが、どこも怪しむところなど無いはずである。

「ええっと…信頼を持っては、いけないと?」

美鈴は咲夜の言いたいことにおおよその予想を立て、聞き返す。しかし、咲夜は首を振った。

「いや、そういうわけではないのよ。違うわ。だけど、不思議に思わないかしら?」

たどたどしく言う咲夜に対し、美鈴は腕を組んで首を傾げた。

「すいません、私はどこも…。むしろ新人ですから、信頼を築こうとするのは当然では?」

これは寺子屋でも一般的な職場でもそうであるが、新人がまず最初に築こうとするのは、信頼である。この場合はあくまでも友などを指すが、信頼を築かない場合は孤立し、一人で行動する事になり、必然的にその空間でも孤立してしまうこともある。また仕事に馴染むためにも上司や同僚と信頼を築いていくのは当然であり、ザルティスが今回行っていることもそれに近い。つまり、全くもって不思議なことではないはずだ。

「そう…ええ、そうよね。私の考えすぎだったわ」

的を射た意見を言われて、咲夜は何度も頷くと、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた。しかしその様子は、求めていた何かを得ることができず、さみしげな気分も察することができた。

「咲夜さん…」

逆に美鈴は、咲夜が欲しがった答えを返すことができず、申し訳ない気持ちとなる。お互い長い付き合いではある故に、美鈴は一層不甲斐なかったのだ。

すると、そんな心配そうな美鈴の視線に感づいたのか、咲夜は一つ咳払いをすると、厳しい顔つきになった。

「気にしないで頂戴。ほら、さっさと持ち場に戻る!ナイフ刺されたいのかしら?」

「え、あ…は、はいぃー!」

美鈴は図鑑を丁重に本棚へとしまうと、そのまま駆け足で、大図書館を出て行った。

「…貴方も、なのね」

だが、最後にボソリとつぶやいた咲夜の言葉を、美鈴は聞くことがなかったのだった。

 

先ほど見せた咲夜のことを若干気にしつつも、美鈴は館を出て中庭へと向かった。ザルティスと会う約束を、していたからだ。

時刻は正午に入ったばかりで、館で働く者の休憩時間である。基本的に昼食などを済ます時間であるが、午後一時を逢えるまでは、実質的な自由時間でもあった。

さて、美鈴が少し駆け足で中庭に向かうと、やはりというべきか既にザルティスがベンチに腰を掛けていた。花を眺めているのか、ぼんやりとした雰囲気を醸し出している。

「お待たせしました!」

ベンチまでたどり着くと、美鈴は申し訳無さそうに言う。その声で美鈴を認識したのか、ザルティスは一瞬はっとなると、美鈴へと顔を向けた。

「あ、ああ…はい。いえ、待っていませんよ」

「どうされました?」

若干ぎこちない返しに、美鈴は不思議そうにしながら、ベンチに座るザルティスの横へと腰をかける。

「いえ、少しぼんやりしていました」

「そうですか。日頃の疲れが、たまっているのでは?」

微笑みかけ、美鈴はザルティスへと問う。すると、彼は「そうかもしれませんね」と、苦笑を返した。

「そうだ美鈴さん。昼食食べました?」

「いえ、休憩の終わりごろ、ぱぱっと食べちゃおうかなと思っていましたけど…どうしました?」

珍しい話の切り返し方だと美鈴は思いつつ、質問を返す。

「実は、仲良くさせて頂いてるメア…いえ、妖精メイドに昼食を作っていただきまして。もしよろしければ、ご一緒にどうですか?」

そう言うとザルティスは、ベンチの端からバスケットを取り出して、二人の中央へと置く。蓋を開けると、中には色とりどりの食材を使った、サンドイッチが入っていた。

「え、いいんですか!」

両手を合わせ、美鈴は嬉しそうな声を上げた。早速と言わんばかりにひとつサンドイッチを取ると、それを両手に持ち、ぱくりと口に入れる。

「うわぁ…美味しいですね!」

「ふふっ。そうでしょう?彼女はとても、料理にこだわっている方ですから」

ザルティスも少し自慢気に言うと、サンドイッチを手に取り食べ始めた。

 

それから二人は花を話題とした談義に、それこそ華を咲かせ、サンドイッチはみるみる消費されていった。美鈴が仕事をサボってまでも覚えた花言葉や、ザルティスが今後どのように花と向き合っていくかなどが主な内容で、僅かな時間であっても充実した会話が広がっていた。

「そうだ、美鈴さん」

会話に一区切りつき、そろそろ解散をしようとする頃合いであった。ザルティスは、思い出したように、美鈴へと声をかけた。

「はい。どうしました?」

笑顔を見せながら、美鈴は聞く姿勢をとる。

「これだけ花の知識を深めれましたし、日頃の感謝を込めてお嬢様に花を贈ろうかと思っていまして」

照れくさそうな表情を見せ、照れ隠しか途中空を見上げて言うザルティスに、美鈴は「おおっ!」と感激した声を上げた。

「それは名案ですね!それで、どのような花を?」

「あはは…。実はまだ決めていないのですが…。私が里へ買い出しに行くとき、気に入った花を見つけることができれば、それを贈るつもりです」

美鈴に向き直り、頭を掻きながら言うザルティスに、美鈴はうんうんと頷く。おそらくザルティスであれば、よい花を選ぶに違いないと確信をしているからだ。

「しかし…私が気に入ったとしても、お嬢さまが気にいって下さるかわからなくて…。それ以前に、お嬢様に私風情が花を贈る事自体、大丈夫なのでしょうか?」

レミリアはこの館の主であるため、フットマンごときであるザルティスが贈り物を渡すなど、本来であれば身の程知らずの行為であろう。たとえその贈り物に感謝や敬愛、尊敬や信頼を込めてであっても、所詮地位の前では、まったくもって無意味に等しい。ただその贈るという行為自体が、失礼であるからだ。

ゆえにザルティスは、このことを自分に相談したのであろうと、美鈴は理解をした。いわば彼は、自分を信頼してくれているのだ。

「はい!おそらく大丈夫です!お嬢様はとても心が広いお方です。むしろ、喜んでくれるとおもいますよ!」

 だからこそ、その信頼に応えるべく、美鈴は胸をドンと叩いて、大丈夫であることをアピールする。

美鈴もそれなりにレミリアとの付き合いは長い。ゆえに彼女の心が広いかはさておき、自分のことを思っていると理解できる行動をすれば、彼女は悪いをせず、むしろ喜ぶであろうと容易に想像がついた。もっともレミリアは花に対してそこまで詳しくはなく、愛でる対象としているわけでもないが、忠誠を誓っている気持ちの表れが分かれば、当然悪い気はしないはずであろう。

「そうですか!やはり美鈴さんに相談してよかったです。ありがとうございます!」

 感謝の意を込めての表情で、ザルティスは美鈴に頭を下げる。ひしひしと伝わるその心意気に、美鈴は確信をした。

この人は、特別怪しいところなどない。むしろ真面目で純粋で、優しい人なのだ。仕事にも従順で嫌な顔をせず、むしろ意気込んでこなしていく。そんなこの人が、怪しいわけがない。

 「さて、私はそろそろ仕事へ戻ります。美鈴さんも早く戻らないと、咲夜さんに怒られてしまいますしね」

 ベンチから立ち上がり、ザルティスは首を鳴した。それはどこか重い枷がはずれたような様子で、美鈴も同じく立ち上がる。

 「そうですねー。またナイフを投げられるのは嫌ですし」

二人はそう言うと笑い合い、それぞれ持ち場へと戻っていったのだった。

 

 

それから数日後。レミリアが本を読んでいる最中に、自室をノックする音が響いた。

レミリアは読書を妨害されたことに若干いらだちを覚えつつ、「入りなさい」と扉越しでも聞こえるような声で言う。すると少し間が空いて、扉が開いた。

「失礼します」

「あら咲夜。どうしたの?」

少々驚きと、なぜ部屋に来たのかという疑問を抱いた顔で、レミリアは咲夜へと問う。すると、咲夜はあくまでもすまし顔で答えた。

「定時報告です。異常はありませんでした」

「ああ、そんな時間だったのね。忘れていたわ」

思い出し、納得するようにレミリアは言うと、再び読書に戻るべく、本を手に取る。

「何をお読みになっているのですか?」

自分が読んでいる本に興味を示したのか、咲夜は覗き込むようにして言う。レミリアは得意げな顔をして、咲夜へとページを見せた。

「外の世界にある「雑誌」というものよ。外の世界ではこんな服が流行っているらしいわ」

レミリアは新しいものには目がない。故にこうして、外の世界の流行にも敏感であった。

今回読んでいた雑誌は、いわゆるファッション雑誌である。冊子の中には、モデルらしいすらっとした印象を覚える女性たちが、あからさまに作ったかのようなポージングをして、服を見せびらかしていた。どれもピンクを基調とした服ばかりで、ページの左上には「ロリータファッション」と書かれていた。

なるほど、お嬢様はこのようなお召し物が好きなのか。咲夜は若干微笑みを浮かべ、口を開く。

「これはお嬢様もお似合いになると思いますよ」

すると、レミリアは笑顔を浮かべ返した。

「そう?でも私は、咲夜の方が似合うと思うわ。メイド服に通ずる感じがするじゃない」

よく見れば、フリルをふんだんに使う服も多く、確かにレミリアの言っていることは筋違いではない。

「まあそうですけど…私はこのような服、似合わないと思います。と、言いますか恥ずかしくて着れませんわ」

照れくさそうに笑う咲夜に、レミリアは「ふうん」と答える。その顔はどこかいじわるで、咲夜がこのような表情をすることを、理解していたようだ。

「まあいいわ。報告ありがと。下がっていいわよ」

咲夜にねぎらいの言葉をかけると、レミリアは再び読書へと専念する。咲夜もこれ以上はこの場にいる意味がないと悟り、立ち去ろうと扉へと足を運ぶ。

と、その刹那。咲夜の横目に、いつもならば無いものが目に移った。レミリアの洋服箪笥の上に、青色の花が飾ってあったのだ。

「…お嬢様?あの花は?」

しばらくその花を眺めていた咲夜であったが、もしやと大まかな予想を立て、無礼を招致でレミリアへと問う。するとレミリアは読書中であったにもかかわらず案外嫌な顔をせず、むしろ嬉しそうに言葉を返した。

「ああ、あれ?あれはザルティスが私に忠誠の意を込めて贈ってくれたのよ。花の名前は確か、サカビオサだったかしら。私の髪のように美しいから贈ったんですって」

それを聞いた咲夜は、そういえばと思い返した。今日、咲夜はザルティスに買い出しを頼んだ日である。つまりその際、ザルティスはこの花を買ったのだろう。

家主に花をプレゼントするなど、特別不思議なことではない。特にザルティスいわく、このサカビオサはレミリアと同じく淡い青色の花びらを持ち、はかなき美しさを感じさせるようである。決して自己主張の強い花でもなければ、かといって雑草よろしくそこらに生えているような、上品さが欠けるような花でもない。あくまでも一歩引く、控えめな花であった。

「咲夜?どうしたの?」

呆然とサカビオサを眺めている咲夜に、レミリアは不思議そうな表情をする。咲夜はそんなレミリアの声を聞き、はっとなった。

「あ、ああ。すいません。少々考え事をしておりまして」

「考え事?」

ぎこちない咲夜の返事に、レミリアはメスを入れるがごとく、彼女の言葉を繰り返して聞く。しかし、あくまでも咲夜は、自然に言葉を返した。

「いえ、気にしないでください。たんなる私情です」

そういうと、咲夜はレミリアの言葉を聞く間もなく、彼女の自室を後にした。

ちなみに、サカビオサは多くの種類がある。今回ザルティスがレミリアに渡したスカビオサは、別名セイヨウマツムシソウとも呼ばれている。

しかし、このセイヨウマツムシソウは、本来開花時が春から初夏にかけてであり、今のような秋真っただ中に咲くような花ではなかった。

では、このサカビオサがなぜあるのか。それはマツムシソウと呼ばれる、日本原産の種であった。つまり、ザルティスがレミリアに渡した花は、正確に言うとスカビオサではなかったのだ。

マツムシソウの花言葉は数多くあり、その中の一つには「私はすべてを失った」という、ネガティブな花言葉も存在する。

だが、レミリアはこの言葉を知らない。そして、この花ことばに込められた意味も、知る由はなかったのだった。

 

 

 




どうも、飛男です。
今回も日常チックな感じで、書いてみました。
さて、今回裏話ですが。実は甘えようとして、かつて書いた話を改変する予定でした。しかし、それではさすがにどうかと思い、新たなに書き直しました。やはり読者のみなさまには新鮮な話を提供したいですしね。
次回から、物語が動き始めます。どうかお楽しみに。

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