紅魔を撃つ   作:大空飛男

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ずいぶんとエタってしまった…申し訳ない。


言伝

窓がカタカタと、音を鳴らしている。

外を見れば落ち葉が風にあおられ、ダンスでも踊っているかのように宙を舞っていた。葉の持ち主であろう落葉樹はすでに枯れ落ちているものが多く、どこか寂しい印象を受ける。自分の一部が枯れ果て、風によってさらわれるのはいったいどんな気分なのだろう。

今年もあと数日。館内ではあわただしくも大掃除が行われ、先ほどやっと、本日のノルマが終わったところである。疲れを隠し切れない妖精メイド達を励ましつつ、ザルティスもとい慶次は、いつもと変わらず入念に仕事をこなす姿勢を見せていた。

これまでの慶次は、あくまでも『ザルティス』を装っているだけである。

彼がまずこの任務を果たすべく重要視したのは、信頼であった。この職場になじみ、なおかつ常日頃真面目に従順に装うことで来るべき時、多少不可解な行動をとっても気にされないような、この信頼からなる先入観をうまく利用しようと考えていたのだ。

半年のうち妖精メイドたちの信頼は確保することができたが、うれしい誤算だったのは門番の紅美鈴の信頼をも取れたことであった。彼女の花に対する思いをうまく利用したところ、見事どつぼにはまったようで、彼女が自分に信頼を寄せたのはひしひしと伝わってきた。体術の達人であり『能力もち』であるゆえに高い警戒心を持っていたのが、これでは番狂わせのようなものである。

さて話を戻すが、この巨大な紅魔館をくまなく掃除することは難しい。故に毎年苦労をしていると妖精メイドたちから情報を得ていたのだが、今年は慶次のほかにも新しく数人雇われたこともあり、昨年とは違い円滑に作業が進むことになった。

その新人とは、人里を離れる座敷童の代わりとなるべく、八雲紫が連れてきた『ホフゴブリン』である。

彼らは座敷童の代わりとしての十分な素質を持っており、ゴブリンと名がついているが人間には友好的であり、献身的な性格をしている。ヨーロッパでは家の守り神としても認知されており、まさに外国版座敷童であろう。

それなのにもかかわらず彼らは醜い見た目である故に、人々は受け入れることができず、里を追われることになった。そこで、人手不足であったこの紅魔館へと雇い入れられたのだ。

 もっとも人手が増えたことで作業効率も上がり、こうして本日の仕事は思ったよりも早く終わることができた。しかしやることがないゆえに自由の身となった慶次が本を読んでいる最中、コンコンと扉をノックする音が響く。

 慶次は咲夜が何か言いに来たのだろうかと大まかな予測を立てると、「誰でしょうか?」と親しみやすい『ザルティス』の声を装う。

 しかし数刻間が空いたが、一向に返事は帰ってこない。もしノックした相手が咲夜であれば、名乗るはずである。不審に思った慶次は気持のスイッチを変ると、緊張の線を張りつつ、腰にあるM1917を撫でて確かめた。

 ゆっくりと椅子から立ち上がると扉まで向かい、慶次はホルスターからM1917を抜き放つ。

 「誰でしょうか?」

 もう一度、慶次は扉の向こう側にいる人物へと問いかけた。だが返事はなく、しびれを切らした慶次は意表を突くために思い切り扉を開く。

激しく扉を開いた音が、廊下に響き渡る。それと同時のことだった。

 「うおっと!危ないですな!」

野太い声を出して、声の主はバックステップを踏んだのか後ろへと下がった。慶次はいつでも発砲ができるように、瞬時にM1917を腰だめで構える。

「誰だ。姿を見せろ」

声量からして、おそらくは男であろう。慶次は薄暗い廊下に目を慣らしつつ、その人物へと目を向け認識をすると、思わず目を見開いた。

 「ホフゴブリン…?あっ…すいません手荒な真似を…。どうされましたか?」

すぐさま『ザルティス』の声へと戻すと、慶次は警戒心を孕みつつ、ホルスターへとM1917をしまいこむ。だが、まだ緊張の糸を緩めてはおらず、いつでも反撃を行うことはできる。

するとそんな慶次を見て、ホフゴブリンは急に引き笑いをし始めた。奇妙なその笑い声に慶次はますます警戒心を強め、顔をしかめた。見ているだけでも、気味が悪い。

「あの…いたずらならやめていただけないでしょうか。私もやっといただけたお暇を、無駄にはしたくありませんので」

扉に手をかけ、慶次は迷惑そうに閉めようとする。だが、ホフゴブリンはにやにやとした表情を崩さず、口を開いた。

「ふっひひひ…いや失敬失敬。聞いた通り、あなたはまるで猟犬のようですな。笠間慶次殿」

刹那。慶次の体に電撃が走った。

なぜこいつは俺の名を知っている!

考えるよりも、慶次はすでに行動をしていた。無理やりホフゴブリンを部屋へと引き込んで扉を閉めると、引き込んだ勢いで首元へと腕を回し、チョークした。

 「…貴様、なぜ俺の名を知っている。答えなければその醜い顔面とみずぼらしい肉体を引きちぎるぞ」

冷徹な声で、慶次はホフゴブリンに脅しをかける。ホフゴブリンはバタバタ抵抗をするも、まるで一度食いついたら話さない蛇のように強靭な力で、ぎりぎりと力を強めていく。

「っ…ッは…はな…しを、話を聞いてくだ…」

息苦しそうに言うホフゴブリンの声を聞きとると、慶次は投げ飛ばすように拘束を解き、すぐさまM1917を構える。態勢を崩した状態のホフゴブリンはそのまま壁へと激突し、痛みをこらえる。

「もう一度聞く、なぜ俺の名を知っている」

今度はガチリとハンマーを下し、慶次はM1917を突きつける。

ホフゴブリンは慶次に手の平を見せ、呼吸を整える。その勿体ぶっている行動に慶次はいらだちはじめ、引き金に手をかけた。

「ハァー。ハァー。ふう…。だから話をきいてくだせぇ!」

しゃべれるほどまでに呼吸が戻ったのか、ホフゴブリンは慶次へと目線を向けた。たれ目ではあるが犬歯がむき出しになっており、全身の肌もオリーブ色。ぼろきれを身にまとい、人里の人間が感じるのも無理ないほど醜い姿であった。

慶次はともかく話を聞こうと、M1917を下す。もちろん瞳はまだ相手を警戒しており、いつでも殺せる準備が整っていると、雰囲気を醸し出した。

「あ、あっしはホフゴブリンのベイブと言います」

「…名があるということは、貴様レミリア以外の誰かに使えているな?」

鋭いナイフのような声量に、ベイブはびくりと体をはねのけたが、すぐに口を開いた。

「え、ええ。あっしは紫様…八雲紫様に使えています」

「…紫の?まさか何かを問題が?」

「いやいや、そうじゃありやせん。あっしは紫様から、言伝を伝えに参ったしだいで」

 

 

ベイブはこの紅魔館で数多く雇われたホフゴブリンのうちの、いわば工作員のようなものであった。もともと彼はホフゴブリンが座敷童の代わりになった場合の総まとめ役に着く予定あったらしく、純粋な紫のスパイであるという。

しかし、だからと言って慶次はベイブを信頼できなかった。

無理もない。いきなり八雲紫の使いと言われても、ピンとは来ないからだ。彼はホフゴブリンと座敷童子の問題の際、人里にはいなかったからでもある。

そもそも人里で座敷童が一時的にいなくなったことなど半信半疑であり、何よりその代わりとしてこの醜い姿のバケモノが選ばれたことすらも、信用できなかった。たとえ代わりになる素質を持っていたとしても、人間に害を与える『ゴブリン』の一種であることに変わりはないからだ。

「それで、紫は俺になにを伝えようとしたんだ?」

慶次はベイブを睨みながら、見下す様に問いかける。冷ややかな瞳で睨みつける慶次の様子を見てベイブは居心地の悪さを感じたのか、頭をかきつつ顔を背けた。

「ああ、いや…それは直接本人から聞いた方が良いでしょうな」

「どうやってだ?お前は言伝をしに来たのだろう?」

重圧をかけつつ言う慶次に答えるべく、ベイブは肩にかけていた革製のバッグから、何かを取り出してきた。それは白と黒を基調にした球体で、ゴブリンの様な魔物が持つ様な物ではない。

「陰陽玉か…?それをどうすればいい?」

慶次は手渡してきた陰陽玉を受け取ると、疑問を孕みつつ威圧した声で問う。ベイブはにぎりこぶし作るとそれを陰陽玉に例えて耳へと当て、「こう当ててみてください」とアクションを起こした。

半信半疑でありつつも、慶次ベイブと同じ様に耳へと陰陽玉を当てる。すると、わずかに陰陽玉は震えはじめ、声が聞こえてきた。

『ごきげんよう。私のかわいいワンちゃん』

それは、聞いただけでも魅了されるような、妖艶でつややかな声。間違えるはずもない。あの女、八雲紫の声だ。

慶次はまさかと刹那的に驚いたが、すぐさま何事もなかった様に顔を顰めた。

『ふふ、驚いたでしょう?』

だが紫には全てお見通しであったのか、追い打ちをかけるが如く、ふふふと笑いながら言う。相変わらず気味が悪いと慶次は内心つぶやいた。

「それで、俺に何の用だ?」

『まず…調子はどうかしら?務めは果たせているのかしら?』

「…その件は問題ない。こちらは此方なりに、務めを果たしているつもりだ」

とはいうもの、未だ麦子の姿を確認出来てはいない。何処に監禁されているのかを突き止めるには、まだまだ信頼と自由行動の制限が足を引っ張っている。

すると紫は驚いた様な声量で問いてきた。

『あら?意外ねぇ…てっきり色々と制限が厳しくて、満足に動けていないと思うのだけど…違ったかしら?』

再び内心で抱いた感情を、この女は当ててくる。慶次は気持ちを逆なでされた気分となり、苛立ち始めた。

「わかっているなら、わざわざ聞く意味はなかっただろう。俺を怒らせたいのか貴様は」

『わあ怖い。うふふ、怒らないでちょうだい。こっちも色々と根回ししてあげたんだから』

「なに。根回し?」

その言葉に、慶次は思わず反応をする。考えれば半年間音沙汰もなかったのは、その為であったのかと慶次は考察をする。

『ええ、準備。まず貴方にベイブの事を任せるわ。どうぞ好きな様に使って頂戴。まあ貴方はいらないというでしょうけどね。でも、彼は必要になるわ。貴方はとは違うもう1人、妖怪退治の専門家を雇ったの』

「…俺以外の専門家だと?十手の誰か…北上か?第一、俺は援軍などいらんぞ」

慶次は主に1人で動くことの多い、いわばワンマンアーミーである。特例を除いて基本は1人で行動することを好み、群れることを嫌うのだ。

もっとも、十手持ち達はその特例として付き合っていたに過ぎなかったが、その特例として先代の巫女が存在した。彼は一度先代に敗れ、その後利害一致により、彼女について行ったのだ。

紫は慶次の意見に対して妖艶に微笑むと、それをひと蹴りした。

『だぁーめ。私の命令に背いてはダメよ。そもそも、あなたにとってはメリットになるはずだもの。あなたの性格をわからない私ではないわ』

「メリットか。果たして俺がメリットと感じるか否かだな」

あくまでも一人で行動したいと主張する慶次に、紫は「可愛くないわねぇ」と言葉を重ねる。

『ともかく、その専門家はレミリア・スカーレットに強い恨みを抱いているわ。あなたと同じね。前々から彼は準備していたみたいで、あなたとは別の方向で…純粋にあの小娘を殺すことを計画していたみたい。まあ、あなた達十手持ちに比べればど素人のペーペーだけど、ある意味では使い道があるじゃない』

余裕を感じるように言う紫に対し慶次はいら立ちを常に孕んでいたが、やっと彼女の糸を察することができた。

「つまり…そいつも自由に使えと?」

『それを決めるのは貴方に任せるわ。ただ、彼は貴方と同じくして私恨で動いている。その為にも他の専門家に弟子入りし、それなりに実力を付けたのです』

一つ間を空けて、紫は『ですから…』と、話を続ける。

『一度会ってみなさい。ベイブが知っているわ。それで決めると良いですわね』

その言葉を最後に、陰陽玉の微弱な揺れは消える。おそらく、通信が終わった事の照明であろう。

慶次は陰陽玉をベイブに投げ返すと、ベッドへと座り込む。

「ベイブ…貴様は奴をどこまで知っている?」

「あっしですか?ええと、奴とはだれでありましょうか?」

首をかしげるベイブに慶次はにらみを利かせる。ベイブはとぼけたつもりではなかったが、そう見られたと悟り、手前で手を振る。

「ま、まってくだせぇ!本当に、本当にどいつかわかんねぇでさぁ!」

「…専門家。俺のプランに加担しようとして専門家についてだ。お前はそいつをどこまで知っている。紫は貴様が知っていると言っていた」

その言葉にやっと合点がいったのか、ベイブは「ああ」と頷く。

「へえ。そいつは人里のはずれ、南村に住む男。名は流幾三。探偵でさぁ」

「流…幾三。聞いたことないな」

そもそも人里には、探偵と言う探偵はいない。つまり探偵と身分を偽る、浪人なのだろう。この時代、侍の時代から300年たった今でもいまだ里に侍はいるのだが、その身分を隠す者が多い。そういうものは対外、妖怪退治の専門家を名乗る。

「会う段取りを取ることはできるのか?」

「もちろんでさぁ。ただ、少々お時間がかかると思いますがよろしいんで?」

「…時間をかける?早急にだ。俺も暇ではない。使えそうにないのなら、これで殺すのみだ」

慶次はそういうとベイブにもわかるように、M1917をおもむろに撫でるのだった。

 

 

 年明け。雪が降ったと同時に訪れた新しい年は、活気のある人里をさらに騒がしくさせている。こどものはしゃぐ声に、酒を浴びるように飲む者。さらには年初めに一勝負賭けようと、公式なる博打を打つものまでいる。

 そんな人里の南村の奥に、その男の家はあった。探偵と言い張る妖怪退治の専門家、流幾三の家だ。

 流幾三は若い顔立ちの男で、体格も良いとは言えない。両親にあこがれ武に打ち込んだ彼ではあるが、それが芽吹かず、二流剣士止まりである。また近年現れた博麗霊夢により定められたスペルカードルールにおいて、ただでさえ入ってこなかった仕事はさらに激減をし、今となっては専門家の名をかたるだけの身分となり果ててしまった。故にそれでは生きていくことができず、またもや所得の安定しない探偵と言う職に就いたのだ。

人里にはこうした者が数多くいた。専門家を名乗っていた者たちはだれもが皆スペルカードルールにより生活を苦しめられ、副業へ逃げるという形をとっている。かつて名をはせた十手持ちたちでさえもそのように生きざるを得なくなり、もはや妖怪退治の専門家を飾ることのできる者は女性であり、なおかつ弾幕を扱えるものだけである。

「あんちゃん!おきゃくさんだい!」

幾三が古びた椅子に座り、先ほど研いだばかりの小太刀を見ていると、幾三の弟である幾燐の声が、玄関から飛んできた。依頼だろうかと、幾三は立ち上がり、小太刀を鞘へとしまう。

「誰ですかねぇ。しばらく休暇を取るって…」

低くつぶやきながら歩く幾三が顔を上げると、そこには見覚えのある人影があった。八雲紫からの使者として、年明け前に訪れてきたホフゴブリンだ。

「確か…ベイブとかいったな?どうした?」

ベイブは一礼すると、幾三へとメモを手渡そうとした。和紙とは違う感触に、墨筆で書かれていないシャープな字。総じて洋風に見えるそのメモに、幾三は顔をしかめた。

「…これはなんだ?」

にらみつけるように、幾三はベイブに問う。しかしベイブは太々しい印象を受ける顔を歪めず、口を開いた。

「あんたの協力者になるお方からでさぁ」

「なに?それは本当か?」

幾三はすぐさまベイブからメモを受け取ると、目を通す。そこには比較的几帳面さを覚える、形のしっかりした字が書かれていた。

「明後日の昼。中央村甘味処へ来い…だと?」

幾三は書かれてあった内容を復唱する。その行為に意味はないが、湧き上がる思いに無意識ながら口走ってしまったのである。

「あっしは渡しました。これでお暇させていただきまっせ」

そう言うと、ベイブは来た道へと戻っていく。所詮『つなぎ』との縁は、深く持つ意味が無い。あくまでも彼は、幾三にとって連絡を通達してくる妖怪としか思っていないのだ。

しかし、今回はそんなベイブにわずかながら感謝の意を持った。これで、恨みが張らせるからだ。かつてあの異変で起きた惨殺劇、その恨みをここで晴らすことができるのだ。

「あんちゃん…」

力を籠め握るメモをみて、幾燐が心配そうな声をかける。

「俺は大丈夫だ。ああ、親父とおふくろの恨みを、晴らす時が来たぞ」

 

 

 会う事が決められた当日。幾三は身に孕む期待感と不信感を持ち、指定された甘味処へと向かっていく。

しかしまあ、なんとも身勝手な奴であろうか。わざわざホフゴブリンに手紙を運ばせるとは、余程ギリギリまで素性を知られたくないのだろう。協力関係を結ぼうと言うのに、はなから信じるつもりは無いと突き放されている気分を、幾三は感じていた。

「ここか…」

メモに小さく書かれていた場所を参照し、幾三は位置を照らし合わせた。それなりに老舗として名高いこの甘味処「ナバナ」は、言うまでもなくそこそこの繁盛を見せている。

幾三はナバナを一通り見通す。店に入るのは子供や町娘。老人たちがたむろっており、それらしき人物は見えなかった。

―バカな。ここでは無いというのか?

ふつふつと湧き上がる焦りを覚え、幾三はとりあえず深呼吸と思い立つ。会ってもいないのにいきなり焦ってもしょうがない。恐らく自分は、緊張感に振り回させれているのだ。

もしかして早く来すぎたのかもしれない。幾三は冷静になり、ナバナへと歩みを進める。

「いらっしゃい!ご注文は何にします?」

幾三が長椅子へと座ると、この店の従業員であろう娘が、声をかけてきた。持ち合わせた金は少ない故に、幾三は団子2本と茶を頼む。

「かしこまりました!」

娘は笑顔を振りまくと、パタパタと店内へと消えていく。

その様子を見ていた幾三の真後ろに、笠をかぶった男が座り込んだ。刀を持ち合わせてはいないが、 見るからに里の住人のようには見えない。

―さっきから後ろにいる男、ただならぬ気配を感じるな。

生唾をごくりと飲んだ幾三は、懐の小太刀に手をかける。場合によっては、本業である妖怪退治をしなければと思い立ったのだ。

人里の中にはこうした変装をした妖怪がまばらにいることは、里の住人にとって周知の事実である。もっとも害がないゆえに金を落としてくれるので迫害をするつもりはないにせよ、幾三が感じたこの男の気配は只者ではない。大妖怪かあるいは、どこかで殺しを終えたばかりの妖怪か。様々な思惑が幾三の頭で飛び交う。

「流幾三…か?」

迷いに迷っていた幾三に、後ろから唐突に声がかかった。幾三は振り返ろうとしたが「そのままにしろ」と、かえって男に威圧される。

「そうか、あんたが協力者か」

この時幾三はやっと理解をした。この男が協力者なのだと。すると、途端に恐れは消え失せて、若干の親近感と安心感を覚える。

だが、そんな幾三の思いは、瞬く間に打ち砕かれた。

「お前は何ができる?見たところ二流剣士だな」

「なにっ!」

幾三は怒りが沸き上がり、小太刀の鯉口を切る。しかし怒りよりも復讐心が沸き上がると、むせるようにしてその場をやり過ごした。

「…芸だけは一人前か」

「そらどうも。で、あんた名前は?」

深呼吸をして怒りをなだめた幾三は、ぶっきらぼうに問う。男はしばし黙り込んでいたが、口を開いた。

「笠井伸一郎。お前と同じく妖怪退治の専門家だ」

「もう一度聞くが、あんたが協力者という認識でいいのか?笠井さん」

その問いかけに笠井と名乗った男は、低く小さな声で「そうだ」と返事をする。

「決行はいつにするんだ?俺は今からでもいいんだぜ?」

自信満々に言う幾三であったが、笠井と名乗る男は不気味に低く笑いを漏らした。

「フフッ…笑わせるんじゃない。お前はレミリア・スカーレットの恐ろしさを知らないのか?」

なめ腐った笠井の言葉に、幾三は再び頭に血がのぼった。どこまでコケにするつもりだと。

「じゃあ、あんたは知ってるのか?あんたも同じ、職を失った哀れな専門家だろ?」

「そうだな。だが、お前とは踏んだ場数が違う。まあそれはいいとして、決行日は後日伝える。今日は、貴様がどういう男かを品定めしただけだ」

とうとう笠井の失礼な物言いに堪忍袋の緒が切れた幾三は、小太刀を抜き放ち笠井へ振るう。新刀である幾三の小太刀は鈍い光を放ち、逆袈裟で笠井がいるであろう場所を切りつけた。

だが、それは空振りに終わる。不意打ちであったにも関わらず避けられたことに、幾三は目を見開いたが、同時に幾三の背中に何かを突きつけられる違和感を覚えた。

「なっ…鉄砲か?」

小太刀を振るう瞬間。この男は自分の背後へと回り込んだのだ。思わず幾三は冷や汗が滴る。

「これが、貴様と俺の実力の差だ。わかったら、俺の言う通りにすればいい」

笠井はそう言い残すと、悲鳴が上がる中を走っていき、やがて見えなくなった。

「お、お、お客様!小太刀をお納めください!」

団子と茶を持ってきたであろう先ほどの娘は、がくがくと震えた声で、幾三へという。お盆にある茶はこぼれており、心底おびえているのがわかる。

「あ、ああ。申し訳ありません。その、すいませんが茶を入れなおしてはくれないでしょうか」

幾三は身に余る怒りを無理やり押し込むように沈めると、一つため息をついたのだった。

 

 

「戻ったのね。ザルティス」

館の玄関に彼が入り次第、咲夜は持ち前の能力で彼の前へと現れる。ザルティスの上っ面を、唯一安定して曲げることのできるこの能力に、咲夜は毎回優越感を得ていた。

「お、脅かさないでくださいよ。ふう、相変わらず不思議なお方だ」

驚きを含みつつ愛想笑いを作るザルティスに、咲夜は鼻で笑う。そこまでこの男はヘコヘコと頭を下げたいのかと、見下せるからだ。

「思ったより遅かったわね。どうしたのかしら?何時も時間よりだいぶ遅いけど」

里に長く住んでいた男であるために、何時もならば彼の仕事も早い。その点は咲夜も認めざるを得なかったが、今回ばかりはただ疑問が湧き上がった。もし何処かで油を売っていたとすれば、久々にザルティスにきつい灸を据えてやることができる。

「申し訳ありません。実は依頼された食材がいつもの店に置いていなくて、仕方なく違う村へと足を運び、探していたためにこのような時間に…」

申し訳なさそうに頭を下げるザルティス。そんな彼を、咲夜は鼻で笑う。

「あらそう。まあいいわ。いつもあなたは完璧な仕事をこなすと思っていたのだけれど、時間には勝てなかったと。そういいたいのね?」

「まさにおっしゃる通りで…ああいや!私は完璧な仕事と言いますか、ただこの館に恥じぬよう仕事をさせていただいているだけで…」

「その覚悟を持っているだけで結構。さて、今日は特に仕事もないから、どこかで休憩してらっしゃい。後のことは私がやっておきます」

「いいのですか?」

疑うような視線を一瞬向けたザルティスに、咲夜はいらだちを感じる。

「なに?あなたは死ぬまでずっと仕事をしたいのかしら?私も鬼じゃないのよ。暇くらい与えます」

「は、はあ。ではありがたく頂戴します」

少々腑に落ちないような、どこか不思議そうな雰囲気を醸し出しつつ、ザルティスは二階へと上がっていく。

「あ、ザルティス。待ちなさい」

そういえばと、咲夜は思い出したように口を開いた。ザルティスも聞く姿勢を取るべく、数歩階段を下りて彼女を見る。

「お嬢様が、あなたを晩餐へと顔を出すように言っていたわ。新年に顔を見せたのだから、これを期にたびたび招待したいそうよ」

実は、咲夜はこのことを口に出したくはなかった。この言伝を伝えられたとき、愛すべき我が主君であるレミリアを、取られる錯覚に陥ってしまったのだ。もっとも、言伝であるために伝えなければならず、こうして致し方なく話す必要があった。

もちろんこんな新人に取られることはないと解ってはいるが、日に々レミリアはザルティスに対する興味を深めていることも明白で、それ故に咲夜は一種のライバル視を抱いてしまった。立場の上で、信頼も圧倒的に上なのに、やはりどうしても、一時の興味を彼へと向けられることが、気に障ってしまったのである。

「それはなんと光栄な…。ではまた後程、晩餐でお会いしましょう。咲夜さん」

ザルティスは深々と頭を下げると、そのまま上へと上がっていく。咲夜はそれを、ただ無心に眺めていたのだった。

 

 




どうも、飛男です。こちらの方はずいぶんと久々ですね。本当に申し訳ない。

今回は様々な言伝が題材です。それにザルティスの感情描写が、久々に出てきましたね。この先どうなるかは、まあ不定期です。

一応完結までのプロットはできていますので、気長に待っていただけることを幸いします。

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