遥か彼方のアラムガンド   作:小ノ寺祐佑

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2015/7/16 改稿 身体強化は副次的効果であることを追記


第2話 ピクニック

 デュノワ男爵―親しみを込めて男爵様と呼ばれている―の元で使用人見習いとして仕えるようになってから2年が経ち、僕は16歳になった。

 

 ここでの生活は待遇の良さが際立っている。食事は八洲国のものとは大分違っているが、豊富な野菜や肉などを使った主食や副菜が数品と、時にはデザートまで付いてくる。

 

 居住にために用意された宿舎は2対の3階建が八の字を描くように建っている。部屋には家具や調度品が揃っていて、中でもふかふかのベッドは格別で、仕事で疲れた身体を癒してくれる。

 

 そして、一際存在感を放つのが大浴場だ。

 これには女性陣も大喜びで、開放的な広々とした浴場内には大人が20人以上は入れそうな浴槽があって、服を洗える洗濯槽もあり、さらに敷地の近くの霊山から取って来ているというお湯には美肌効果があるらしい。

 女性陣も意気揚々と一日の疲れを落とすため、また美容のために通っている。

 

 衣食住が保障される生活は、本当に居心地がいい。まだ見習いの身でありながら、働いた分の収入も入ってくる。

 なにより特徴的なのが、これらがすべて奴隷達も享受できることだ。そんな生活だからなのか、奴隷が皆活き活きとしている。

 そう、ここでは身分の差など関係なく、本当に皆平等なのだ。その差と言えば、レシーバーが付いているかそうでないかぐらいだ。 正直そのような待遇は一般的ではない。それ故、男爵様は奇異な目で見られることが多いが、まったく気にする様子もなく、心臓がお強い方だなぁと思う。

 

 

「では、風呂に入りに行くかのぉ!みんな行くぞい!」

 

「了解っす!」

 

「今日は冷えますし、しっかりと温まりましょう。」

 

 男爵様が意気揚々とタオルを片手に、使用人や奴隷を含む男ばかりを侍らせながら湯浴み場へ向かう。別に彼が男色というわけではなく、“裸の付き合い”というのを重要視しているからだ。

 お嬢様も同じように皆と浴室を共にすることも多く、この2人にとっては身分差なんて関係ないようだ。

 

 浴場に着くと、既に何人かが先に入浴しており、挙(こぞ)って壁に耳を当てて集中していた。

 壁の向こうは女子浴場。群がるは男共。目的は一つしかない。とはいえ、娘が入るかもしれない浴場に男爵様が穴の一つも作るはずもなく、聞こえるのは声だけなので害はない。

 それでも偶にバストが大きくなっただのなんだのと、艶かしい話が聞こえてくることがあるらしく、男共が群がるのである。

 

 その集団に入ることなく、アルクとウォールズさん含む僕ら一行は先に身体を洗い流しに行った。

 

「おい、シド!こっち来てみろよ!」

 

「いや、やめときます…」

 

「冷めてんな、おい!?メリーも入ってるくさいぜ??」

 

「ねえ兄ちゃん、聞こえないよぉ。どいてよぉ。」

 

「シッシッ!年上が優先なの。ほほぅ、リルム、また大きくなったのか!うひひひ」

 

 いやらしい笑みを張り付けながら、こちらへ来いと言わんばかりに手招きするジャン。その傍で、壁と同化しているのではと思うほど引っ付いて聞き耳を立てているユンと、年上連中に阻まれて壁まで行き着くことが出来ずに駄々を言うフォーの姿が。

 まったく、どうしようもないエロガキ3兄弟ここにありである。

 

「はぁ…そんなことしてないで、お風呂に入ろうよ…」

 

「余裕ぶっこきやがって。あ~、分かったぞぉ!お前さては、もうメリーと一線越えたな??経験者の余裕ってやつだな???」

 

「そ、そそそそ、そんなわけないでしょ!?てか付き合ってもいないし!!」

 

 謎は解けたとばかりに指を突きつけてくる彼に対して、まったくの誤解だと反論するが、どもってしまったせいで怪しい感じになってしまった。本当にまったくの誤解だというのに…。

 

「えっ、そうなの?シド兄ちゃんとメリーっていっつも一緒だから、てっきり付き合ってるのかと思ったよ。」

 

 盗聴を諦めたフォーが驚いたようにこちらを見た。

 事実、そう思われても仕方ない程に、僕とメリーは仕事時以外は四六時中一緒にいると言ってもいい。別に恋人同士でもないし、そういう感情は向こうにはない。なにせ、僕は“相談相手”なのだから。

 

「確かに一緒にいることが多いけど、だからって付き合うわけじゃないでしょ?ほらフォーだってあの赤毛の女の子と仲がいいけど、好きとかそういうのではないでしょ?」

 

「えっ!あ、うん…」

 

 そっぽを向いて答えるフォーだが、明らかに目が泳いでいる。見た感じそんな印象は受けなかったのだが、これは話題に出すのは拙かったかもしれない。ジャンがそれを見逃すはずもなく、ユンも便乗してフォーをからかい始める。

 

「おっとぉー!??フォーにもついに春が来たのか??」

 

「ユン兄ちゃんが相談乗ってやるぜ?詳しく話せ!」

 

「しーっしーっ、声大きいから!!彼女が聞いてるかもしれないだろぉ??!!もうやめてよぉ~…」

 

 フォーが恨みがましくこちらを見るのを無視して、これ幸いにと入浴を済ませ、そそくさと入浴場を出て行った。

 入浴場から自身の宿舎までのS字を描く小路を、暖めた身体を冷ますためにのんびりと歩いていると、後ろから声が掛かる。

 

「シ~ド!お疲れ!」

「おふっ!?」

 

 後ろから抱き付かれ、背中に押し付けられる柔らかな二つの程よい膨らみ。入浴直後で温かな体温も伝わってきて、僕の心臓がポンプの如く一気に鼓動を早める。その後ろで上品な笑い声も聞こえてきた。

 

「メリー、お疲れ。…とりあえず離れてくれないかな?」

 

「むぅ。反応薄いなぁ。どう思います、フランお嬢様?」

 

「うふふ、彼も気恥ずかしいのよ、きっと。」

 

 なんとかメリーを引き剥がし、2人と向き合う。

 メリーは薄い緑色の半袖の寝巻きで、大きく開いた脇部分からちらちらと下着が覗いて見える。肌は上気して少し汗ばんでおり、普段はふわふわとしている亜麻色の髪も半乾きのためしっとりとしている。15歳にしてその色気はダメだろうと思う。

 フランお嬢様の圧倒的に主張する胸は順調に成長していて、緩やかなネグリジェの上からでも分かるくらいだ。目鼻立ち整った顔は、正に懇切丁寧に作り上げられた人形のようだ。湯浴みに満足したのか、とろんとした目はそれに人間らしい表情を与え、魅惑的な雰囲気を作り上げている。

 

「ていうか、その格好で抱きつくのは止めて欲しいんだけど。」

 

「えっ?なんで?」

 

「な、なんでって…うぅ…」

 

「う~ん、みんな喜んでくれるのになぁ。」

 

 皆にやってるんですか、と思った瞬間ガクッと肩が落ちて項垂れてしまった。それを見てお嬢様がいらぬ一言。

 

「きっと背中の感触が気になってるのね、男の人なら意識しちゃうわよ~。」

 

「…シドのえっち」

 

 お嬢様は口元を手で隠しながらそう告げ口をし、メリーは少し赤くなりながらもにやりとした表情でオーソドックスな反応を返す。 お嬢様のあの手の裏では絶対にやついていることは間違いない、だって目が弓なりになっているもの。

 

「っもういいだろ!行くよ!」

 

「あ、ちょっと待ってよ~」

 

「私も置いていかないでくださいまし~。」

 

 さっさと歩き出す僕を二人が追いかけてきて、後ろで何だかんだとかしましく話している。

 もう既に辺りは闇に包まれて、等間隔に置かれた法術式の照明灯が極狭い範囲を照らすだけ。涼風が肌を撫でて、汗がすぅっと引いていく。空を見上げると、半分に割れた月が粛々と光を放っている。

 

「ねぇねぇ、ちょっといつもの丘まで散歩行こうよっ」

 

「…もう遅いから、あんまり長いこといられないよ?」

 

「うん、わかってる!」

 

 いつもメリーに“相談事”をされる時によく行く丘は、このまま宿舎までの道を登り、そこから少し外れた場所にある。人気もなく月明かりのみが照らされた場所に、2人が座るのに調度良い岩が鎮座している。そこが僕とメリーの、いつもの場所。

 

「う~ん、じゃあ行こうか。」

 

「やった!お嬢様は先に宿舎で待っててくれる?」

 

「ええ、大丈夫よ。今日のお泊り会は楽しいお話が聞けそうね。」

 

「うん、そうなるように頑張るね!」

 

 どうやらフランお嬢様はメリーの部屋にお泊りらしく、こそこそと話をしてから宿舎の前でお嬢様と別れ、僕らは連れ立って丘へと向かった。

 道中に会話はあまりない。でも気まずさもない。それが2人の在り方なのだ。緩やかな坂を上り畦道を歩いていくと、岩場がある開けた場所に例の岩がある。隣り合う形で岩に腰掛けた。

 

「今夜は月が綺麗ですね~」

 

「そうですね~」

 

 メリーから始まった会話は僕の応答ですぐに打ち切られ、しばし2人して月を眺める。

ふいに、メリーの頭が弧を描いて僕の膝に着地し、暖かい体温が乗り移る。そのまま仰向けになった彼女と向かい合うと、視線が交差して絡まりあう。彼女の顔がほんのり赤くなる。

 

「…これ、恥ずかしいねぇ。」

 

「ならしなきゃいいのに…」

 

 呆れたように言いながら、はにかむ彼女の亜麻色の髪を撫でた。

 やがて意を決したように彼女が言葉を綴る。

 

「明日。」

 

「うん?」

 

「明日、デートに行きませんか?」

 

 一瞬、表情が強張りかけ、急いで取り繕う。

 

「それはアルクも誘って?」

 

「…ううん、シドと二人がいい」

 

 メリーの言葉を反芻しながら、今度こそは勘違いではないことを確認する。彼女から伝わってくる、明確な好意。

 

「アルクのことはいいの?」

 

「うん。…というか、シドが、いい。」

 

 メリーからは、アルクへの恋慕を相談されていた。それはメリーの彼への態度を見ていれば明らかだったので、ショックはなかった。少し胸がチクリとはしたけれど。

 その後も2人で会っては相談に乗り、彼が異性として見てくれないだの、自信をなくしただのと愚痴を聞いては慰めていた。最近は一緒にいてもアルクの話題が少なかったような気はするけど。

 

「シド、好きだよ。」

 

 不安と期待の入り混じった表情と共に、深緑の瞳が真っ直ぐに気持ちを伝えてきている。

 相談を受けていた身としては複雑な気持ちがない訳ではないけれど。

 

ーそれでも僕は、彼女が好きだ。多分、出会った瞬間から。

 

「僕も、メリーのことが好きです。」

 

「…顔がリンゴみたい、ふふっ」

 

 突然彼女が状態を起こして、顔と顔が急接近する。唇に何か柔らかいものが触れて、すぐに離れた。彼女は顔を僕の肩辺りに押し付けていて表情は見えないが、多分僕と同じような顔をしているんだろう。

 

「恥ずかしいならしなきゃいいのに。」

 

「勇気出したのにぃ…」

 

 しょんぼりとした表情を見せるメリーに、茶化したことの罪悪感が湧く。

 

「ご、ごめんごめん!」

 

「責任、取って。」

 

 期待の眼差しでこちらを見上げてくる彼女に、おずおずと顔を近づけて―2度目のキスを交わした。

 

「…合格ですっ!」

 

 くすりと笑ったのを見て、ホッと一息。やはり彼女には笑顔が一番似合う。

 

 その後、余韻に浸りながらお互いの心境を語り合った。

 告白は思いつきではなく、今日と決めていたこと。

 湯浴み場の帰りに会ったのは偶然だったが、元々部屋にまで来るつもりだったこと。

 3ヶ月前には僕に気持ちが傾いていたこと。

 

 一番気になったのが、何故心変わりしたのかだったが、理由は秘密だよ、と言って教えてくれなかった。3ヶ月前と言えば、メリーの誕生会があったが、とある理由でプレゼントが用意出来ず、心象的には最悪だったと思うんだけど…。

 

「…身体が冷えてきちゃった。」

 

「そろそろ戻ろうか。」

 

 夜も大分更けてきたところで宿舎への帰途につく。

 手を繋いで、歩幅は狭く、歩調はゆっくりと、出来るだけ長く居られる様に。

 

「明日だけど、ホルン山にピクニックに行かない?」

 

「うん、あそこなら安全だし、名所もあるから楽しめるね。」

 

「明日は私もシドも休みだったと思うけど、朝の訓練はあるの?」

 

 訓練とは、ウォールズさんとの戦闘訓練のことだ。

 

「うん。ちょっと今から休むとは言いづらいなぁ。」

 

 使用人の朝は早く、故に就寝時間も早い。もう3,4時間もすれば起床の時間なのに、この時間に、しかも私情で訓練を休みたいなどと伝えることは心情的にしたくない。

 

「大丈夫っ!私も準備があるしね。じゃあ時間決めて待ち合わせでもしようよ。」

 

「了解。いつも午前中で終わるから、午後から出掛けよう。噴水前に12時でいい?」

 

「うんっ」

 

 いつの間にか宿舎に辿り着いた僕達は、名残惜しくも繋いでいた手を解き、じゃあね、と手を振って別れた。

 2階にある部屋に入り、みんなが寝ていることを確認すると、そのままベッドへ身を投げる。未だ興奮覚めやらぬ想いが鼓動を早め、僕をまだまだ寝かせてはくれないようだ。

 

             ☆☆☆

 

 邸宅の裏庭にある、ドーム型の多目的ホール。その中はダンスホールとして使える横長のホールと、奥側に5室ほど縦長の個室がある。その内の一部屋ではウォールズさんによる指導や訓練などが行われる。希望者には一般教養も教えるウォールズ教室が開かれる。

 現在の時刻は朝6時。結局、眠りに就いたのは朝方になった僕は、眠気に付き纏われながら訓練へと向かうことになったのだが。

 

「なるほど、体調が万全でなくとも勤まる程、鍛錬の内容が温いというアピールですか。」

 

「ひぃーー!!ごめ、ごめんなさい!!?」

 

 いつもと違う僕の様子を気遣って声を掛けてくれたウォールズさんに申し訳なくなって、正直に夜更かししたことを話したところ。貼り付けたような笑顔で放つウォールズさんの威圧感に眠気が吹っ飛ばされた。

 

「…そういうことなら、次からは起こしてくれてもいいのでちゃんと言ってください。それでは身に付くものも身に付きませんよ。」

 

「はい、申し訳ないです…。」

 

「では、始めますか。」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 気を取り直してウォールズさんの対面に立ち、準備運動を始める。彼はと言えば、立て掛けてあった細剣で軽く素振りを繰り返している。僕には剣は必要ない。

 

 ぴしり、と何かが剥がれるような音をたて、青白い燐光が僕の周囲を自由に泳ぎ始めた。魔力光-僕の能力を行使するための燃料だ。一つ一つの形状や大きさは不均一で、僕の一定範囲内から離れずに飛び回る様子は、まるで蛍のようだ。

 

「…“アリクアム”」

 

 一言、そう口にした瞬間、僕の手を目指して無数の魔力光が集中し、柄を、次には剣身を形取り、忽(たちま)ちに片刃の剣が出現した。銀色の光沢を帯びた幅広の刀身は60セーチ程の長さで少し反りがあり、剣柄はとてもシンプルで装飾もなく、鍔すらない。

 

 肩慣らしに一振りすると、淡い光が残像のようにその軌跡を辿った。

 

「ふッ」

 

 掛け声で弾みをつけ、一気にウォードさんに接近、左からの袈裟切りを見舞う。そのスピードは身体を巡る魔力の恩恵によって常人の域を超えているにも拘らず、その一撃はウォードさんの薙ぎ払いによって難なく受け流された。

 

「単調ですねぇ。」

「ぷぎっ!!」

 

 もう片方の手で胸倉を掴み、そのまま地面へとねじ伏せられる。僕の手にあった剣は瞬間に溶けて消えた。ウォードさんは例え訓練であろうと容赦がない。しかも同じ部分を、何度も何度も責めてくる辺り、もはや狙っているとしか思えない。もしかしたらウォードさんはサド気質なのかもしれない。何て考えていると、視界が180度回転して、空を仰ぎながら後頭部を打撲した。寸止め試合のはずなのに、腕を磨くよりも耐久力が鍛えられている気がする。

 

「とりあえず休憩しましょう。」

 

「ふぁい…」

 

 何度目か分からないほど強打された鼻を擦りながら、涙目で同意する。

 僕とウォールズさんはそれぞれ楽な姿勢で地面に座った。

 

「ではその間に座学をしましょう。」

 

「はひぃ…」

 

 今回から実技と座学を交互にするとは聞いていたけど、ウォールズさん流スパルタ教育には完全休息という概念はないらしい。

 

「では基本からいきましょうか。まず、魔力についてですが、それはどのように生成されますか?」

 

「えーと、生命力を魔力回路に流し込んで、魔力に転換します。」

 

 ウォールズさんは答えを聞いて頷くと、その周囲に美しい燐光が漂いだした。それを指差しながら続ける。

 

「そうですね。転換に成功すると、このように魔力光が発現します。魔道を志す者にとっては、魔力を得るための魔力回路の活性化と制御を習得することが最大の難関となりますね。会得するのに必要な期間は個人差がありますが、最低でも4,5年は掛かると言われています。ただ、稀に何かの切っ掛けで訓練もなしに魔力を無意識の内に生成する方もいるようです。シド、あなたのように。」

 

 魔力光を初めて見たのはここで働き始めた時だった。

 農園の作業中に突如として顕(あらわ)れ、周囲の同僚と共にパニックになったことを覚えている。その時に居合わせたウォールズさんに応急的に制御方法を教えられ、以後はより精密な魔力操作が出来るように師として指導してくれている。

 

「まだその原理は解明されていませんが、仮説では魔力を発現しやすい体質というのがあるのではと言われています。確かに、魔力光制御に掛かる訓練期間には個人差がありますし、納得できる話ではあります。」

 

 生命力が源であると聞くと、心配なことが一つある。

 

「あの…今さらなんですけど、魔力を使いすぎて死ぬ、何てことはないんですよね?」

 

「便利なことに、身体が…正確に言うと魂が自動的に制御してくれるので心配ありません。」

 

 ウォールズさんは、だから安心してもらって大丈夫です、と付け加えた。

 ここまで話し終えたところで、ウォールズさんは一呼吸を置いて水差しから水を注いだコップを渡してくれた。一気に飲み干すて喉の渇きを潤す。

 

「ですが使いすぎると体への負担は当然ありますから、最悪無気力状態になる可能性があります。例えば魔物と対峙した時に、魔力を使い果たして窮地に陥るなんてこともあり得ます。これを精神疲労と呼びますが、シドは魔物討伐の際に経験したかと思います。」

 

 ウォールズさんの言葉に肯定の頷きを返す。

 前に2,3度、領地内の村にエルダーコングというサル型の魔物による被害が出たことがあり、治安維持活動にウォールズさんと同伴したのだが、魔物の群れに取り囲まれてパニックになり、魔力を使い切ってしまったことがある。

 体が鉛のように重くなり、生きる気力が失われていく感覚。近くにいたウォールズさんに加勢してもらわなければ、確実に殺られていた。

 

「では魔力で何ができるのか。主に3つありますが、一つ目は"身体強化"です。魔力を生成した後、体表面に魔力を一時的に保管します。その結果、筋力や耐久力、俊敏性などが飛躍的に上がります。これ自体は魔力を消費しないので、副次効果だと考えてください。また、保管しているだけなので後で魔術や魔法にも利用できます。」

 

 これは非常に便利で、力仕事から細かい作業まで幅広くこなせるようになるため、僕も普段から利用したりしている。この利点があるため、騎士や傭兵の中でも魔力を習得しようとする者もいる。

 

「二つ目は"触媒魔術"です。単純に魔術と呼ぶこともあります。今からお見せしますので、よく見ておいてください。」

 

 ウォールズさんは懐から10セーチ四方の黒い物体を取り出し僕に見せた。掌に収まる程のサイズのそれは細長く、グリップ部分とその穂先に3房の短い紐が伸びている。

 それにウォールズさんの周囲の魔力光が集まり始め、溶けるようにグリップ部分へと集約されていった。

 そのうちの一房を何もない方向へ向けて擦るように引き抜いた瞬間、大気を劈(つんざ)くような爆音と共に、ウォールズさんの手元から炎が薙ぎ払われた。熱気が僕の頬を撫で、視界を真っ赤に染める。

 次第に収まっていった炎だったが、消えてなお熱の余韻を残していった。防音・防火加工されたこの部屋でなければ、大騒ぎになっていたに違いない。

 

「カタリストという触媒に魔力を送り込み、設計された効果を発動することができます。つまり、魔力さえあれば誰でも使えるというわけですね。とはいえ、触媒は非常にデリケートなので魔力の匙加減を間違えるとカタリストが壊れたり、不発に終わったり、最悪暴発してしまうこともあります。きちんと扱え、さらに性能を最大限引き出せるかどうかは扱う者の経験と技術次第と言えます。」

 

 自身の得物、"三色鞭"を手元で遊ばせながら、私もまだまだですけどね、と苦笑するウォールズさん。あれがまだまだというなら、最終的にどれだけの火力になるのかと薄ら寒くなる。

 

「最後の3つ目は、何の触媒も無しに短文、あるいは無詠唱で常ならざる現象を引き起こす"魔法"です。魔力以外何も必要とせず大抵強力な効果を発動しますが、扱える者の絶対数が少なく、発現方法も解明されていません。魔法の保有者が貴族や学院都市の理事達で占められていることを考えると、ただ単に秘匿しているだけかもしれませんがね。」

 

 学術都市とも呼ばれる独立都市国家マグワイアは、地図上で見るとルブラン王国より東南に位置している。

 ミルティーク大陸で魔法や魔術研究の最先端を行く研究機関を保有しており、ウォールズさんの故郷でもある。国家規模では大陸で一番小さいが、珍しくルブラン王国の属国ではない。

 魔力で強化した兵士や魔法の存在もあることから、その軍事力は侮れず、ルブラン王国も手を出しかねているのだ。

 

「なのでシドが初めて魔法を使った時はかなり驚いたのですよ。年甲斐もなくワクワクしましたしね。興味深いのは発現した切っ掛けです。」

 

 先のウォールズさんとの訓練で顕れた魔力の剣、その能力を初めて顕在化させたのは訓練を開始してから1,2週間程が経過した頃、魔力のイメージを掴むために瞑想を行っている最中のことだった。

 「神秘的な現象、出来れば自分が経験をしたものを想像してください」とウォールズさんに言われ、集中するために閉じた目に浮かんだのは、奴隷船が沈んだ後に見た夢だった。

 

 光に包まれた景色、ぼんやりと佇む人々の群れ、隔てるように流れてる川、船頭もいない小船。

 そんな中、一人の男性に言葉を掛けられた。気付くとその男の名を呟いていた。“アリクアム”――その瞬間、周囲の魔力光が一点に集中し、光彩を放つ剣が生まれた。

 その後は突然の出来事に慌てふためいたり、興奮して質問攻めしてくるウォールズさんに冷や汗を掻きながら対応したりと、中々に忙しかった。

 

「夢と言いましたが、川や佇む人たちや渡し舟などが出てくる辺り、死後の世界を連想させますね。それに出てくる男…、前も聞きましたが、その方に本当に見覚えはなかったのですか?」

 

「いや、特には…と言っても、今じゃもう記憶も朧気でなんとも。」

 

 夢とは見た瞬間は覚えていても、覚めた後は仔細までは覚えていない、あるいは何の夢だったかなぁ、ぐらいで終わってしまうことが間々あるものだ。それでも彼の名前を覚えている辺り、相当なインパクトだったのだろう。

 

「そうですか…まだまだ興味は尽きないので、これからも色々と聞かせてくださいね?」

 

「は、はい!もちろんです!これからもよろしくお願いしますっ!」

 

 内にある好奇心を押さえきれない少年のような笑顔を向けてくるウォールズさんに新鮮さを感じながら、こちらこそと返事を返した。

 

 今までの話を纏めるとこうか。

 生命力を魔力に転換して体表面にストックすると、それを消費しない限りそれに見合う身体強化の恩恵がある。それをカタリストに流し込んで利用するのが魔術、なにもなしに具現化するのが魔法、と。

 

 最後にふと思ったことを聞いてみる。もし奴隷で魔力が発現したら、どうするのだろうか。

 

「あの、もし奴隷で魔力を使える人が出てきたらどうしてるんですか?」

 

「レシーバーの機能で魔力は抑制されますので、発現したのにも気付かずに終わるでしょうね。」

 

 やはりそういうことも考えて、レシーバーは作られているんだなと感心する。レシーバーの存在自体は否定的だけど。

 

「実はこのレシーバー、コントローラ側を改造すると、ある程度制御機能を外すことができるんです。こちらで雇い入れている奴隷に関しては、最大限外しているんですよ。」

 

これは絶対内緒ですよ、とウォールズさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 

「さて、では座学はここまでです。次から気分を変えて武術の訓練を行いましょう。」

 

「はいっ!」

 

 魔法は魔力の消費が激しいため、使い続けられるものではない。並行して武術を修得しておくことは重要だ。

 ウォールズさんは驚くことに様々な武術に精通していて、どんな武器でも使いこなす。その影響からか、訓練でも武器を取っ替え引っ替えするため、僕も武器種問わず使用しなければならなかった。

 

 苛烈を極める訓練は、いつもより早く終わりを迎えた。理由を聞くとにやにやとしながら「デートでしょう?行ってらっしゃい。」と返され、僕は照れ臭くなって足早に部屋を後にした。なんで知ってるんだ…。お嬢様か。一旦着替えるために宿舎へ戻る間にも、めちゃくちゃ視線を感じた。なぜだ、一晩しか経っていないのに…。

 

 

             ☆☆☆

 

 

 早く終わったこともあり、女子寮にまでメリーを迎えに行くと、同室のリルムに「メリーなら邸宅のキッチンだよ~」とニヤニヤしながら教えられた。この際どこまで話が広がっているか聞こうと思ったが、今更どうしようもないので邸宅へ向かった。

 

「メリー、早く終わったから迎えに来たよ。」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!!」

 

 邸宅の1階左側にダイニングルームがあり、その奥に普段は料理人達が使うキッチンが存在する。メリーとお嬢様がいる空間には、香ばしく焼けた卵やウィンナーの良い匂いが漂っている。

 メリーは予期せぬ来訪に狼狽しながら、おかずたちをお弁当へと詰め始めた。

 

「…もう、せっかくのサプライズが台無し。」

 

「うっ、ご、ごめん…」

 

 膨れっ面でフリル付きのエプロンを外しながら、愚痴るメリー。所々レース柄があしらわれた白のワンピースに身を包んだ彼女は、清楚で可憐という言葉がぴったりだ。

 料理をするためか、髪は結い上げてポニーテールにしていて、覗く項(うなじ)がどこか大人っぽさを漂わせている。

 

「シドはもう少し空気を読むことを覚えないといけませんわねぇ。」

 

「面目ない…お嬢様は何を?」

 

「もちろんメリーのお手伝いですわ!こう見えて料理には自身がありますから!」

 

「な、なんてことを…」

 

 (確かに才能はあるかも…壊滅的にする方のね!)

 お嬢様の手に掛かれば、例え切って盛るだけのサラダでも、何をどうしたのか無茶苦茶な味になるので有名だ。声は震え全身の肌が粟立(あわだ)って青ざめる。

 

「なんなのですの、その反応!?」

 

「だ、大丈夫っ!ほとんど私が作ったからっ!」

 

「本当になんなのですの、その反応!?」

 

「じ、じゃあシド行こうっ!手伝ってくれてありがとう、お嬢様!」

 

 手早くバスケットに入れた弁当箱を僕に持たせ、手を振りながら僕を押して出口に向かう。

 

「おかしいですわ、お父様は泣きながら喜んでくれますのに…」

 

 それはね、娘を愛するが故だよ、とは言えず。

 ぶつぶつと呟くお嬢様を放ってそそくさとキッチンを後にした。

 

             ☆☆☆

 

 午前10時。天気は晴れ。

 邸宅からホルン山までは歩いて1時間弱掛かるが、アルフォードさんの心遣いで、用事のついでに馬車に乗せて行ってもらうことになった。

 揺れる馬車の中、木漏れ日が彩る景色を車窓から眺めていたメリーがこちらへ向き直った。首もとにはお嬢様から借りたという淡い青色のストールを巻いている。

 

「それにしてもシドってウォールズさんに特に目を掛けられてるよね。訓練も毎日してるし。」

 

「そう、なの、かな?」

 

「そうだよ!やっぱり魔力持ちだからかなぁ。」

 

「うん、それもあると思う。今も治安維持として魔物除けとかしてるけど、将来的に男爵様の護衛もさせたいみたいだし。」

 

護衛なんて、普通は傭兵を登用するものだけれど。

 

「シドが魔物と戦ってる姿って想像できないんだよね~。」

 

「自分でも実際そうなってみるまで想像できなかったけどね。なんとかなるもんだよ。」

 

 初戦はパニックになって目も当てられなかったけど、それは内緒だ。

 それから30分程して、馬車が緩やかに停止し、到着したことを告げる。

 

「アルフォードさん、ありがとうございます!」

 

「本当にありがとうございました。」

 

「いえいえ、用事のついでですから。それよりも帰りはあまり遅くならないようにしてくださいね。この辺りは大丈夫だと思いますが。臭袋(においぶくろ)は持っていますね?」

 

 馬車から降りて御車台のアルフォードさんと言葉を交わす。

 霊脈が通っているからか霊山付近は魔獣が寄り付かず、安全地帯であるため、その麓には街がいくつか存在する。

 それでも狼など野生動物は生息しており、こちらからちょっかいをかけない限り人を襲うことはないものの、念のため獣除けのアイテムを持つようにしている。

 その一つが、出発前にアルフォードさんから手渡された臭袋(においぶくろ)だ。直径50cmの巾着袋のその中には、野生動物の嗅覚では強烈な臭いの素が入っていて、嗅覚の鋭い一部の低級魔獣にすら有効な代物だ。

 

「うん、持ってるよっ!それに私のことはシドが守ってくれるから…」

 

「そうでしたね。シド、大切な女性(ひと)をちゃんと守ってこその男ですよ。」

 

「じ、重々承知してます…」

 

 別件があるアルフォードさんと別れ、僕らは霊山へと向かう。

 ホルン山の標高は400メーテル程で、それほど高くはなく、山中が街人達によって整えられていることもあり、ハイキング目的で観光客が訪れる。

 山の中腹には恋愛に纏わる名所もあり、デートスポットとしても有名だ。街は林業の他に、観光客に宿泊施設や食事処を提供する観光業も営んでいるため、経済的に潤っている。

 

「昼ごろには中腹に着いて、お昼にしたいよね。」

 

「今が11時だから…うーん、ちょっと無理だと思うよ?ここで食べてく?」

 

 山は横長に広く、中腹まで行くと平らな原っぱが存在し、休息日には家族連れで賑わっている。

 麓の街の一つ、レヴィタウン中央にある日時計を確認する。メリーの足の事も考えると、昼時には間に合いそうもない。

 

「大丈夫だよっ!シドが私をおぶって登れば間に合うよ?」

 

「…本気(マジ)ですか?」

 

本気本気(マジマジ)!」

 

 確かに身体強化があれば人一人背負っての登山は可能だけど、背負う身にもなってもらいたい。すごくいい笑顔で返すメリーに苦笑しながら、手作りの弁当を励みに頑張ろうと気合を入れるのだった。

 

             ☆☆☆

 

「もうすぐ着くかなぁ?」

 

「多分ね…乗り心地は如何ですか、お嬢様?」

 

「よろしいですわよ~。あ、やっと見えてきた!」

 

 メリーを背中に抱え、蛇行する山道を少し駆け足で進むこと1時間、ようやく二人は開けた場所へと辿り着いた。頬を撫でる心地良い風は、原っぱの草花を揺らす。休息日には家族連れで賑わう場所も、平日のためか人の姿も疎らで静かだ。

 

「とうちゃ~く!!どこに座ろっか?」

 

「ふぅ。そこにしようか。」

 

 シートを適当に広げて二人して横並びになり、シドが待ち兼ねたように弁当へと手を伸ばす。中には半熟卵や瑞々しいレタス、ハムを挟んだサンドイッチと様々な動物を象ったウィンナーが所狭しと並んでいる。

 

「…どう?おいしい?」

 

「無茶苦茶美味しい!」

 

 不安げに上目遣いで聞いてきたメリーに、シドが素直に称賛を返すと、彼女は照れたように身を捩(よじ)らせた。お弁当に舌鼓打ちながら歓談して、甘くも清々しい時が過ぎる。

 

「ふぁ…」

 

 最後のサンドイッチを頬張ったところで、朝の訓練から今までで休息らしい休息を取っていなかったシドの瞼が、重くなっていく。

 

「眠そうだね。膝枕、してあげよっか?この前のお返しっ!」

 

「うえ!?い、いいんだったら、ぜひ…」

 

 メリーの膝に仰向けで頭を乗せたシドは、そこで初めてその状態の恥ずかしさを思い知る。

 聖母のように目を細めて髪を撫でる彼女に真正面から見据えられて、シドは頭全体が熱くなるのを感じたが、不思議と心地よく、成すがままとなった。

 余程疲れていたのか、数分と待たずに寝息を立て始めたシドの頬を慈しむように撫でながら、一言「おやすみ」と言った。

 

「…ん」

 

 いつの間にか寝てしまったようだと、シドが目を覚ますと。

 目の前にはウトウトと船をこぎながら、しかし幼子を寝かしつけるように頬を撫でるメリーがいた。

 

「うんあ…」

 

 上体を起こした反動でメリーも目を覚まし、しばらく見つめ合いながらぼうっとしていると、3時を知らせる街の鐘が遠く響いた。

 

「ごめん、せっかくのデートなのに…」

 

「ううん、寝顔可愛かったよっ!」

 

 申し訳なく思うシドに、気にしないで、楽しかったよと茶化すメリー。

 

「本日のメインイベント、行こっか!」

 

 ホルン山は恋人たちの聖地(メッカ)である。

 その所以となっているのが、二人が目の前にしている石塚。その塚の窪みに弓が中程まで嵌まっている。中腹から山頂への順路近くにあるそれの側に、手作り感たっぷりの石製プレートが置かれている。

 曰く、この地には世界を救った女傑が眠っており、その恋は悲恋に終わったが故、恋人達の恋が成就するように見守るようになったのだという。

 石版に書かれた短い恋物語は瞬く間に広まり、遠方からも御利益を求めて恋人達がやってくるようになった。そして此度の二人の目的は、パワースポットへの来訪、だけではなく。

 

「シド、頑張ってね!」

 

 弓を持ち上げることだった。

 実はこの弓、例え怪力の持ち主であっても持ち上げること叶わず、成し遂げた者は思い人へのプロポーズが必ず成功するという迷信が出回っているのだ。

 事の発端は観光客が弓を持ち帰ろうと友人同士で悪ノリしたことからだった。簡単に持ち上げられるだろうと彼らは鷹を括っていた。

 ところがどうしたことか、力自慢の友人ですら引き抜けない。「やべっ、この弓マジパネェわ!」だの、「マジ抜いたらなんか起こるんじゃね?」と吹聴して回った結果、話に尾ひれが付いて先の迷信が生まれたのだ。

 街にとってはこの上ない迷惑行為が、転じて観光地としての知名度を引き上げたのだから、皮肉なものだ。それ以来、腕に覚えのある輩が力試しだけのために持ち上げようと訪れることもある。

 

「はぁ、気が向かないなぁ…」

 

「すぐに戻せば大丈夫だって!それにどうせ抜けないだろうし、トライするだけでも、ねっ」

 

 過去の挑戦者(チャレンジャー)には魔力持ちの熟練(ベテラン)騎士や戦士がいたが、いずれも失敗しているのだ。記念に試してみるのもいいかな、とシドは気分を変えた。

 

「わかったわかった。じゃあいく、よっと!」

 

 ざらりと土を引き摺る音と共に、弓がその姿を現した。木製の弓は重厚感があり、経年劣化を感じさせない。弓の周りには全体に紐状の何かが独特の巻き付けられ方をしていて、それが模様のように見える。

 

「…」

 

「…」

 

 2人とも弓に見惚れていると、ふと風塵が駆け抜けて悪寒がシドを襲い―そっと弓を元に戻した。

 

「えええっ!?」

 

「えっ!?」

 

「せっかく抜いたんだから持って帰ろうよ~!」

 

「言ってることが違う!?」

 

 信じられないという顔でシドを見るメリーに、シドは同じ顔を返す。

 メリーが繰り出す口撃が受けつつかわしつつ、説得を試みるが。

 

「ほら、代わりの弓を戻しとけば多分大丈夫っ!」

 

「言ってることが黒い!?とにかく街に報告にいかないと…」

 

 その執着心はまるで、婚期を逃した女子達が結婚式のブーケへ向けるそれのようだ。シドもこの時ばかりは少し、いや相当に引いてしまう。

 

「う~、なんで~??抜けない~…」

 

「まだ諦めてない!?」

 

 尚も弓を抜こうとする腹黒な彼女に、シドの冷や汗が止まらない。

 記念品()を持って帰ることを主張するメリーと、引き抜いたことを街に報告をしにいくというシド。

 しばらくの押し問答の後、周りが橙色に染まるのを見て、頬を膨らますメリーを何とか説得し、2人は麓を目指すこととなった。

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