遥か彼方のアラムガンド   作:小ノ寺祐佑

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第5話 異分子

 ミルティーク大陸は概ね主要3国に分割できる。北のアポリトス、東のマグワイア、そして西のルブラン。

 この中で圧倒的な規模を誇るルブラン王国は直轄領を貴族に、実質支配している属国の領地はそれら(属国)に納税や徴兵、報告の義務を課し、支配権を委譲している。

 

 デュノワ男爵は大陸間や大陸内の交易ルート確立や、今まで栽培不可能だと言われていた、薬剤の材料ともなるケッシーの花の栽培に成功するなどの功績が認められ、国王から爵位を与えられた。

 しかしながら彼に与えられたのはただ広いだけの野原と、鉱石などの資源がないとされ荒らされた山、所謂開拓地であった。これには国王が彼への爵位授与を他貴族の反対を押し切って断行したために、これを良しとしなかった貴族達の嫌がらせが多分に含まれていた。

 だが結果は彼ら(貴族)の思惑を大きく裏切ることとなった。デュノワ男爵の快進撃は留まることを知らず、ただの荒れた山だったホルン山から霊脈を発見し、それを元に産業を発展させた。開拓して作った村は豊富な資源により潤って大きくなっていった。現在では霊山一峰と街村5つを所有するまでになった。

 

 デュノワ男爵領の最北端にあるパノラ村もその一つ。有名な温泉街であるこの村では現在、緊急時以外の村の出入りを規制していた。

 原因はここ最近起こっている誘拐事件だ。若い男女ばかりが狙われ、定期的に巡回する傭兵も惨殺死体となって発見された。

 程なくして村から男爵邸に使者が派遣され、観光地の異変に早急の対応が必要と判断し、男爵側は調査隊をパノラへと派遣した。

 計3名で構成された調査隊は、村周辺に配置されている魔除石(まじょせき)を無視している点や、決して弱くはない傭兵を殺害していることから、濃い瘴気に当てられた魔獣の仕業と断定した。

 村の周辺で瘴気が発生しやすい場所は、ただひとつ。彼らはそちらに向けて出発した。

 

 村から南東に1キロメーテル程離れた場所に洞穴がある。その入り口は狭く、身を屈めるようにしか入ることができない。明確な階層はなく、奥に行けば行くほど地下に潜るタイプのものだ。

 その奥から怖気立つような咀嚼音が響いてきた。その出元は、ヘッジホッグの集団。元は愛らしいハリネズミであるそれは、瘴気を纏って人間大にまで成長していた。

 背中の針はより刺々しくなり、ぎょろりとした目は不気味さを増し、元は人間だったであろう肉塊に突き刺す歯は鋭利な刃物のようだ。仄暗い洞窟の中で蠢くそれらは目だけが怪しく光り、不気味さを一層引き立てる。

 さらに奥には小部屋があり、中には女子供ばかりが恐怖に慄き身を寄せ合っていた。魔物からすれば食料庫のつもりなのだろう。

 

 最初に異変に気付いたのは、そのうちの一匹だった。暗闇が支配する洞窟で、細かい粒子状の光がそっと洞窟内を満たし、ヘッジホッグを取り囲んでいた。

 光粒子は小部屋までを一旦満たした後、波のように引いていき、小部屋前に壁でも作るかのように集中した。それが合図だったかのように、洞窟の入り口方面から勢いよく1つの発光体が侵入する。

 それは一本の矢であった。それは魔獣の直上にある天井を穿ち――魔獣共へと跳ね返って(・・・・・)行った。それは一匹のヘッジホッグの頭を射抜き、地面に当たってまたもや別方向に跳弾する。

 身構えていたヘッジホッグ達は一斉に奥の四方八方に逃げ始めたが、周囲の光粒子が身体に当たる度に押し返されてまともに動けない。

 なおも矢が兆弾し続ける中、文字通り矢継ぎ早に2本目,3本目が侵入した。計3本の矢は光粒子すらも対象に兆弾し続け、矢が消滅する頃にはほぼ全てのヘッジホッグが絶命していた。

 

 残り3匹は逃げることを諦め、光粒子がまだ疎らな洞窟の入口方面へと警戒しながら向かう。入口付近に到達すると、そこには黒と白の大弓を手にし、フーデッドコートを身に纏ったシドが立っていた。その傍らには、聖職衣を着用したメリーが、触媒である"聖書の写本"を手にしている。

 用済みとばかりに放り投げた弓は粒子状になって消え、来るヘッジホッグを迎え撃つべく、シドは腰に添えた細剣を構えた。

 シンプルな装飾のそれは羽のデザインの護手が付いていて、柄は標準より長いが、刃渡りは30セーチとヘッジホッグの棘よりも短いという妙な造りをしている。

 一方、傍らの少女は本を口元に持って行き、呟き始めた。

 

R,N,H(ラド・ニィド・ハガル)…」

 

――先程の光粒子も彼女が発生させたに違いない。

 そう直感したヘッジホッグ達は、機動力を失うことを嫌い、一目散にメリー目掛けて針を飛ばすが、彼女へ届く前に鉄壁が立ちはだかった。

 1メートルはあろうかという幅広の大盾で道を塞ぐのは、即席で結成された捜索隊(パーティ)のリーダー、アルクだ。

 

「《カタリナ》」

 

 メリーがそう宣言した途端、手にした写本からは幾何学模様の円がぐるぐると回り始め、アルクとシドは大急ぎでその場を離れた。

 円は車輪へと変化して、まるで輪投げのようにヘッジホッグ達を的として発射された。車輪はヘッジホッグ達を円の中心に捉えると、急速回転しながらその範囲を狭めていき、ついにヘッジホッグ達は身動きがとれなくなった。

 

 第3位階法術の一つ、強力な拘束系法術(カタリナ)。その輪に囚われた者は容易には抜け出せない。

 魔獣は「シューッシューッ」と威嚇をしてくるが、身動きの取れなくなった敵など取るに足らない。

 シドが手にする細剣を振ると、柄がスライドして短槍へとその姿を変えた。後は十分な射程のあるその武器で、一匹ずつ処理をしていくのみだ。

 

「それにしても、メリーの法術は強力だね~!さっきの光の粒みたいなやつ、確か《ピクシー》だっけ?それがなきゃ今回の作戦も実行できなかったし訳だしさ!」

 

 3人が洞窟の奥、生命反応があった方向へと急ぐ道中でアルクは頻りにメリーの法術に感心していた。今回は戦闘に生存者を巻き込まないことが絶対条件だった。

 視界が狭まる暗闇の中で戦うのは悪手としか言えず、瘴気で凶暴化した備敵を下手に刺激すれば、生存者を危険に晒す可能性がある。

 それを解決したのがメリーの第3位階法術、《ピクシー》だった。その作用は2つ、生命反応の感知と行動阻害だ。

 術によって生み出された光粉は生命反応を感知して術者へ知らせる。魔獣は明らかに人間とは違う反応を示すため、容易に判別できる。また、一つ一つの光粉は法力の込め方次第で反発力を持ち、行動阻害の効果を齎(もたら)すのだ。

 今回はその性質を利用して、魔獣のいる空間のみに粒子を広め動きを阻害すると共に、矢を兆弾させやすくしたのだ。

 道行く今も術によって敵がいないことと生存者の無事を確認出来ている。

 

「私のはただ拘束したり動きを鈍らせただけだし…シドがいなかったらこんなに纏めて仕留められなかったから、本当の立役者はシドだよ?」

 

「あ、もちろんシドの弓も凄かったさ!兆弾する矢なんて閉鎖空間でされたら堪んないよね~。」

 

 メリーとアルクが褒め称えるのを聞き、照れくさくなって赤くなるシド。

 2人の賞賛通り、シドの魔法"イーリス"も進化していた。弾速や威力も上がったが、何より性質変化できるようになったのが大きい。先の戦いでのように兆弾させることも性質変化の一種だ。

 

「ていうかまぁ、仲睦まじい"夫婦"の成せる技かな??」

 

「やっぱりそういう風に持っていくのね…」

 

 半ば予想通りの話の運び方に苦笑しつつ、そっぽを向くメリーがほんのり赤くなるのを確認して、さらに恥ずかしくなってしまう。

 メリーとシドが付き合っていることは周知の事実となり、メリーの母も公認する仲だ。魔道師のシドと法術師のメリーの組み合わせは話題性に事欠かないのだ。2人の取っ付き易いキャラも手伝って、からかわれるのは日常茶飯事だ。

 

「まあまあ、有名税だと思って…」

 

「そういえばアルクこそ、お嬢様とはどうなの??」

 

「…はて?なんのことかな?お、そろそろ着くね。」

 

 アルクの反応は余りにさらっとし過ぎていて、メリーは二の句が継げなかった。そんな話をしていると、小部屋に着いたので話をさっさと切り上げた。

 

「…岩をドア代わりにしていたんだな。こりゃ女子供には動かすのは無理だわ。」

 

 そう言いつつ、アルクは身長程もある大岩に体を這わせ、手の引っ掛かる部分を探す。

 アルクは典型的な魔力強化型の戦士だ。身体強化は魔力を生成した後に体表面に固定化させることで強化するものだ。

 固定化した魔力はずっとそのまま留めておくことはできず、時間経過と共に消費されるが、魔術や魔法と比べると消費した分を補填すればよく、圧倒的に効率がいい。

 粘り強い頑強さを持つそのような戦士は長期戦に向き、前衛の壁や撤退時には後衛を務めるなど、パーティーの生存率をあげる要となる。

 

「うおっりゃあああ!!」

 

 空気が震えるほどの声量で気合を入れると、徐々に大岩が動いていく。アルクの声を聞き、また岩が動くのを見て、奥はざわつき始めた。

 ついに大岩を退かす事に成功し、アルクは疲れた顔でどすんとその場に尻餅を付く。

 恐る恐る、確認するように奥から女性が顔を覗かせ、自分達を攫った怪物達ではないことを確認すると、歓喜の声を上げて奥にいる被害者達に知らせに行く。

 脅威が去ったこと、助けが来たことを知った人々の反応は、その場で号泣したり手を取り合って喜び合ったりと様々だ。

 

「怪我をしている人は中央に集まってください!回復法術を掛けます!」

 

 メリーの言葉にぞろぞろと怪我人が集まる。抵抗を試みたのか骨が折れている者や額が大きく裂けている者、おやつ(・・・)にでも喰われたのか小指が欠損している者までその容態は様々だ。

 

,yr,yr(ウィルド・ユル・ユル)…」

 

 メリーが普段使う共通語とは違う、古代語を紡ぎ始めると写本から円が浮かび上がり、中心よりひらひらとした布状の光が舞って、集まった人々を優しく包み込んだ。

 

「《ヒーリング・ヴェール》」

 

 第2位階の中範囲治癒法術によって、時間が撒き戻ったかのように傷が消えてゆく。ただ、身体の欠損については元に戻すことはできないようだった。

 

「ごめんなさい、どんな高位法術でも失った部分は元に戻せないの…」

 

「いいんですっ…命があるだけでも…ありが、グスっ、とうございますっ…」

 

 メリーの申し訳なさそうな声に、女性は嗚咽を漏らしながら首を横に振って感謝を述べる。

 法術には第7までの位階(クラス)がある。メリーが使用できるのは第3位階までだが、最高位でも蘇生や身体再生と言った奇蹟は起こせない。

 

「すみません、この子は高熱が出ててっ!」

 

「…ひどい熱。よく頑張ったね。もうちょっと頑張ろうね?」

 

「…はぁ、はぁ…」

 

 聞けば少なくとも5日前より高熱は続いているという。ぐったりとした少年の顔には死相が浮かんでいた。少年の額に手を当てて熱を確かめたメリーは一瞬顔を強張らせるも、すぐに優しげな口調で彼を励ました。病気の類いも法術では解熱が精一杯であり、完治させるためには医療に特化した薬師か湯治が必要だ。

 

「よし、急いだ方がいいな。僕は彼を連れて先を急ぐ!」

 

 少年の容態は一刻を要する。アルクがそう切り出すと、皆一様に頷いた。アルクは少年を担いで一人先行することとなった。

 

        〓〓〓

 

 村では行方不明となった人の家族や親戚が出迎えた。子は親や親戚の、女性は恋人や夫の元へと一目散に駆け寄って抱き合い、再会を喜んだ。

 しかし喜んでばかりもいられない。助かった人もいれば、洞穴で命を落とした人もいた。そして、先行してアルクに連れられた少年も死の運命を避けられなかったようだ。横たわる少年に覆い被さり、泣き続ける母の姿がそこにあった。

 村に重い空気が流れる。七十余才の村長が村民を集め、亡くなった人達へ黙祷を捧げるように告げ、皆それに従った。

 長い沈黙の中、3人は何を考えていただろうか。少なくともメリーは何かしら思うところがあるような表情をしていた。

 

 黙祷も終わり、村長は解散するように告げると、3人の元へとやって来るなり、曲がり掛けの腰をさらに曲げて感謝の意を述べた。

 

「ワシはこのパノラ村で村長をしておるモロウと申します。皆様、村人達を救って下さりありがとうございますじゃ。感謝しても仕切れません。」

 

「いえ、そんな!私達は当たり前のことをしたまでで…」

 

「そうですよ、村長。どうか顔を上げてくださいな。」

 

 顔を上げた村長は肩の荷が下りたかのようにほっとした表情で柔らかい笑みを向ける。この事態に一番心を痛め、重圧が圧し掛かっていたのは村長だろう。

 

「御三方様にはぜひ我々におもてなしをさせてください。ささやかながら晩餐をうちで用意致しましたのと、ここの温泉にもぜひ浸かって頂いて疲れをお取り頂ければ幸いですじゃ。」

 

「そうですか、わかりました。では有難く頂きますね。2人もそれでいいね!」

 

「う、うん。逆に申し訳ない気がするけど、もう用意されているなら。」

 

「…わかった。」

 

 アルクはすっきりしない2人の返事に微妙な表情をしつつ、今日は村へ泊まることにした。デュノワ男爵には事前に調査のために現地宿泊する可能性があることと、何か異常があれば伝書鳩を飛ばすことは伝えてある。知らせがないのは良い知らせなのだ。

 

 メリーが湯気の立つ水面へと足を入れると、そこを中心に波紋が広がる。中央にある岩場からお湯が湧き出て、石を積んで出来た浴槽を満たし、滑らかな水の音が静かな浴室に響き渡る。

 ホルン山から続く霊脈の恩恵により、お湯には疲労回復や病中病後回復などの効果があり、それを求めて遠方からも多くの客が来るのだが、件の騒動で村を閉鎖していたため客はおらず、また村人も遠慮しているためメリーの貸切状態だ。

 メリハリのある白い裸体をしっかりと肩まで浸からせて、今日一日の疲れを取るために凝りのある部分をマッサージしながら、考えに耽っていた。

 あの後、村長の家へとお邪魔したメリー達は、助けた何名かの村人達とその家族に迎えられ、地産の材料を使って丹精込めて作られた料理を味わった。

 メリーの法術はインパクトが強かったらしく、村の子供達からは聖女様と持て囃された。嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになりながらも、助けられなかった少年のことが頭を過ぎると素直に喜べずにいた。

 これはシドも同じようで、とってつけたような笑顔で村人達と話をしていた。そんな様子に気付いた彼らは、あなた達が来なければ私達は助からなかったとフォローをしていた。

 

「誤解しないで聞いて欲しいんだけど、こういう時代だから、救える命があれば救えない命もある。僕達は振り切ってでも進んでいくしかないさ。亡くなった人達のことは、きっと近しい人が受け止めて、ちゃんと送り出してくれるからさ。」

 

 モロウの家を出て用意された宿泊施設へ向かう途中、見兼ねたアルクがそう言った。そうなんだろうと理解はしても納得が出来ず、返事をすることが出来なかった。

 

 扉が開く音がメリーの耳に届く。村人かと思い振り向くと、そこにはシドが立っていた。お互いを凝視したまま固まる二人。

 

「き、きゃああああっ!!」

 

「ごっごごごごごごごめんんんん!!!」

 

 身を丸くして叫んだメリーに、完全にパニックを起こしてアタフタと近くにあった岩場へと隠れるシド。すぐに出ればよかったのだが、混乱しているため正常に思考できていない。

 

「…どうして入ってきたの?」

 

「えっ?いっいや、男湯の札が掛けてあったから…女湯は隣じゃないの…?」

 

「え…?あっ」

 

 時間制で男女の湯が入れ替わることを思い出したメリーは、それかと当たりを付けた。実は単にアルクの気遣い(悪戯)だったのが後に分かるのだが。

 

「…ていうか、恋人同士なんだし、いいよね。入っておいでよ。」

 

「えっ、いいのっ?」

 

「なんか声がやましいこと考えてそうなんだけど…。いいよ、タオルで隠してるし。」

 

 どこを、とは聞かない。この誘い受けるべきか、出て行くべきか。悶々と悩みながらも、煩悩には勝てずおずおずと湯に入っていくシド。

 湯煙に包まれたメリーの姿が見えてきた途端、心臓が跳ねた。その美しさに、桃源郷の天女にでも見えたかのような錯覚を覚える。

 

「あんまりこっち見ないでっ。背中合わせで、ね?」

 

「う、うん。わかった。」

 

 メリーの指示通り背中合わせで座る。前だけをタオルで隠しているのか、彼女の体温が背中越しに直に伝わり、ごくりと唾を飲み込む。

 しばしの沈黙があった後、ぽつりととメリーが呟くように問いかけた。

 

「どうしようもなかった、んだよね。」

 

「…うん」

 

 毎回それを言い訳に使いたくはないけれど、それでも精一杯やったと、シドは言い切れる。

 

「あの子、ちゃんと天国に行けてるかなぁ…?」

 

「…うん」

 

 ちゃんと悲しんでくれる人がいて、ちゃんと送り出してくれる人がいれば、きっと大丈夫だ。震える背中を感じながら、シドはそっとメリーの手を取った。

 

「ひっく…ぐすっ…」

 

「…」

 

 シドは何も言うことはなく、彼女が泣き止むまで傍に居続けようと誓った。

 

 

 

「「「どうもお世話になりました!」」」

 

「お世話になったのはこちらですわい。またいつでも来てくだされ。歓迎いたしますぞ?」

 

 見送りに来た村人達の中に、少年の母もいた。最後に立ち会え、言葉も交わせたことで幾分か気持ちも和らいだようだ。今から思えば最後に母に会うためだけに命を繋ぎとめていたのかもしれない。村の皆に暖かく見送られながら、3人は村を後にした。

 

        〓〓〓

 

「う~ん!久しぶりの我が家だな!」

 

 アルクはそう言いながら伸びをして、周りを見渡した。たった3日しか離れていないのに、3人ともに安心感を覚えていた。

 男爵邸や宿舎に繋がる中央の並木道には背の低い果樹が撫子色の果実を実らせていた。その傍では女ばかりの集まりが高枝バサミと木籠を手に果実を収穫しており、その中にフランソワも加わっていた。

 

「お嬢様、何してるんすか…?」

 

「あら、アルク!それに二人もお帰りなさい!」

 

 フランソワは顔を綻ばせながら3人の元へ駆けてきた。お淑やかな口調や言葉遣いに似合わず、中々のやんちゃぶりを見せる彼女はとても気安く、こうやって奴隷や使用人達と作業を共にしたりすることが多い。

 

「ハクトウを取っていたのよ。どう?美味しそうでしょう?」

 

「わぁ、本当に美味しそう!」

 

「そういえばアルフォードさんはいないんですか?」

 

 籠の果実を見て興奮する女二人を余所にシドがそう尋ねる。フランソワ専属の彼だが付きっきりというわけでもなく、彼女が外出する用事がなければ男爵より命を受けて別行動することもある。

 

「彼でしたら、新しい家族の迎え入れのために出掛けてますわ。」

 

「へぇ、珍しいな。普段はウォールズさんが担当なのに。」

 

「彼は別件で手が離せないみたいなのよ。」

 

 お嬢様の言う家族の迎え入れとはこの場合、奴隷の雇い入れのことだ。奴隷には罪を犯したものが奴隷落ちする場合と、貧困に苦しんだ末に身売りして奴隷となる場合の2種類がある。

 デュノワ男爵はこのうち貧困奴隷を不定期に雇い入れており、その担当は通常ウォールズが担っている。雇い入れた奴隷は教養を身に付けさせて、農園で働かせたり、温泉地での裏方をさせたりするのだ。

 

「そっか…新しい人が来るんなら歓迎会しなくちゃね!」 

 

「そうですわね!私も何か作ろうかしら。」

 

「はっはっはっ、冗談も大概にした方がいいっすよ~、マジで。」

 

 アルクのストレートな物言いにぷんすかと怒るフランソワだが、誰からの援護も受けることはなかった。その後、蜜を求める蜂のようにアルク目当ての女性達がブンブンと集まってきて、道路脇では和気あいあいと談笑する声が遅くまで響いていた。

 

 先に屋敷へ到着したシドはデュノワ男爵に今回の報告を済ませ、ウォールズを尋ねに使用人控え室へ向かっていた。シドにとって彼は、魔法のことや仕事のことでよく相談する相手であり、年齢差を考えれば父親代わりになりつつある。

 一日一回は話をしないと気が済まない思いに駆られている自身を見て、甘えているのかなぁと苦笑するシド。やがて控え室に着くと、中からウォールズと若い声が話をするのが聞こえた。

 ウォールズとは違うもう一方の声が、やけに部屋内に響いてやかましい。世界中で通じる共通語を話してはいるが、相当に訛っているせいで何を言っているのか聞き取り辛い。

 途中で入っていく気にはなれず、今日はもう諦めようと踵を返した瞬間、部屋のドアが内向きに勢いよく開かれた。

 

「ううん??ウォールズさん、なんかおるで~。」

 

 そこにはシドと同じくらいの背丈の、特徴的な尖がり耳のエルフの女性が仁王立ちしていた。シドにとっては彼女が色々と衝撃的過ぎて言葉にできないでいた。

 エルフのイメージはと問われれば、他種族の中でも抜きん出た美貌に、同類(エルフ)か自身が認めたものしか寄せ付けぬ気高さ、そこはかとなく溢れ出る知性、そして貞淑さが挙げられるだろう。シドのイメージも大体こんな感じであった。

 ところが目の前のエルフはどうだろう。確かに美人ではある、だがそれだけだ。

 まず目に付くのが貞淑さの欠片もない、まるで踊り子のような露出の多い服装だ。深いスリットのスカートからは脚が覗き、上半身に至っては布地の少ないチューブトップが、寄せに寄せて作った慎ましやかな胸の谷間を強調している。

 唯一期待を裏切らないその美貌であるが、人懐っこそうな表情には時折悪戯を思い付いた子供のような怪しげな笑顔が浮かぶ。

 

「リンカさん、彼はシドですよ。」

 

「へぇ、あんたがウォールズさんの一番弟子か?」

 

「で、弟子?えっと、色々と教えてもらってますけど…」

 

 リンカと呼ばれた少女は値踏みするように目を細めてシドを眼中に収める。しばらくそうしていると、にぱっと笑って話しかけてきた。

 

「ごめんな、名乗りもせんで!うちはリンカ=エイグス。リンカって呼んでや!」

 

「あ、僕はシド=ホプキンスって言います。」

 

 ひどく訛りのある共通語が耳についてしょうがないが、独特のイントネーションや彼女が放つポジティブなオーラによって、馴れ馴れしい口調も不思議と嫌な気持ちにならない。

 

「シド、彼女は錬金術師(アルケミスト)なんですよ。最近3色鞭が調子悪くて、見に来てもらっていたんです。」

 

 カタリストは当然人の手によって作成されるが、そういった作成者はアルケミストと呼ばれている。彼らの仕事はカタリストの作成の他にもメンテナンスまで手掛けている。

 高額になりがちなカタリストは数も作れなければ売れることもない。アルケミストは整備費で生計を立てるのだ。

 

「や~ん、あんたも魔力持ちなんやろ?どう、カタリスト買わへん?今ならすこ~しだけ、安くしといたるよ?」

 

「ええっ?ちょっ、ち、近い、近いですっ!」

 

 科(しな)を作り笑顔で体を摺り寄せてくるリンカに、上擦った声で離れるように促すシド。彼の中でエルフのイメージが急降下していくが、いや、全てのエルフがこうじゃないはずだと頭から振り払う。

 

「リンカさん、勘弁してあげてください。彼はまだ新米の使用人で給金も少ないんですから。」

 

「えぇ、甲斐性なしやなぁ。」

 

「おうふっ」

 

 ガクッと床に崩れ落ちるシド。今のシドにとっては一番ダメージの大きい言葉であった。情けないことこの上ないが、現状ではメリーの稼ぎの方が上で、デートでも割り勘することが多いのだ。

 カタリストも欲しいとは思うが、そんなシドに高価なカタリストに手が出るわけもない。

 

「まあまあ、あんたも昇進して余裕が出来てきたら、うちにおいでや!今は傷心することしかできひんやろうけど(笑)。はい、これ名刺な!」

 

「傷の方の傷心な!」と付け加える彼女に、全然うまくない!と心の中で突っ込みを入れつつ、彼女から手渡された名刺を眺めた。名刺には第一級錬金術師と書かれてある。

 

「信頼性のあるカタリスト製品と手厚いアフターケアがうちの売りや。覚えといてや!」

 

「わ、わかりました。」

 

 これが後に深く関わることとなる二人の邂逅となった。

 

        〓〓〓

 

 慌しかった朝とは違い昼から夕方まではのんびりと過ごせたシドは、アルクの号令により多目的ホールへと集まっていた。

 今朝方に聞いた新しい奴隷達との顔合わせと懇親会が目的で、ほとんどの人が集まってきていた。講壇で並ぶ4人の新顔奴隷は三者三様の反応を見せていた。

 何をされるのかとビクビクするヒューマンの女性。好きにしろとばかりに不遜な態度を見せる獣人の男性。よく見れば、右肩から先がなくなっている。

 奴隷はひどい扱いを受ける場合がほとんどだ。女性であれば男の玩具にされ、男性であれば戦闘奴隷として闘技場に出場させられるか、休みなく重労働を課せられる。飽きられたり、使い物にならなくなったらゴミのように捨てられ、最後は一人孤独に死んでいくことになる。

 壇上に並んでいるのは、その一歩手前で男爵によって救い出された人達だと言える。だからこそ、彼らの目には最初は怯えや諦めの色が見えるのが普通なのだ。

 

「これから、家族として迎えてあげようね。」

 

「うん、そうだね。」

 

 シドと一緒に来ていたメリーがそう言う。彼女ならきっと、すぐに馴染むことができるだろう。

 奴隷が紹介されていく中で、一際目立つ大柄なヒューマンの男性がいた。特に大きい以外は身体的特徴があるわけではないのだが、纏う雰囲気が奴隷のそれとは違っていた。

 彼の目に諦念(ていねん)の色は一切なく、むしろギラギラと光っていた。その目は目標物を探すかのように辺りを見渡し始め、シドの隣にいるメリーに向けられた。

 

「っ!」

 

 シドは直接見られたわけでもないのに、寒いものが背中を走る。隣のメリーは両腕を抱えるようして顔を顰めている。だがそれも一瞬のことで、男は興味を失ったかのように虚ろな視線を宙に漂わせた。

 

「では君の自己紹介をしてくれるかな?」

 

「…アウルだ。」

 

 アルクがそう男に促すと、気怠げにそう一言だけ告げた。ホールに響く低い、とても低い声だ。いっそ底冷えがしそうなほど。

 紹介を終えると、立食形式での歓談タイムとなった。新人奴隷達も最初はオロオロしたり居心地悪そうにしていたりしたが、話しかけられるにつれて次第に打ち解けていった。

 その一方で、アウルだけは馴染もうとせず、一人食べるに徹していた。

 

「アウルさん、みんなと一緒に話そうよ!」

 

「…」

 

 そう声を掛けたのはメリーだ。元々人が好きなメリーは、違和感を感じながらもラウルを受け入れようとしていた。

 

「俺はあんたと話したいな。そうだな、ベッドでなんてどうだ?その良い身体、蹂躙してやるぜ。」

 

「なっ…!」

 

 その発言にメリーは絶句し、言葉を失った。シドは庇うように彼女の前に立ち、アウルを睨みつける。例え散々な奴隷生活で心が荒んでいようと、言ってはいけないことがある。

 

「お前はなんだ?こいつの男か?随分とひょろいな。」

 

「"お前"じゃない、僕の名前はシドだよ。あれは酷すぎる。メリーに謝ってよ。」

 

 鼻で笑い煽るラウルに怒りを抑えつつ冷静に対応するシド。いつの間にか周りには人が集まって、心配そうにシドを見ている。

 

「アウルくん、だっけ?新しい環境で慣れなくて、気が立ってるのかもしれないけどさ、その辺にした方がいいぜ?」

 

「…ふん。」

 

 いつまでも睨み合いが続くかに思われたが、アルクが割って入り、白けた様子でアウルは左足を引き摺りながら会場を後にした。

 

「彼のフォローは僕がするから、みんなはそのまま楽しんでて!」

 

 会場の雰囲気が悪くなる中、アルクはそう宣言して彼を追いかけていく。メリーがアルクにかわって進行を買ってでたことにより、程なくしてまた賑やかな声が会場を包んだ。

 

 歓迎会が終わり、会場の片付けも粗方終わった頃、シドとメリーはホールの端で隣り合わせで座っていた。

 

「シド、ありがとう。」

 

「ううん、当然のことだから。もうちょっとうまく出来たかもしれないけど。」

 

「私はうれしかったよ?」

 

 メリーはシドの肩にしな垂れかかっていた。そこがメリーのベストポジションらしく、一緒に寛いでいるときは大概これか次点で膝枕をしている。

 

「まあ、まだ馴染めなくて疲れてたのかな?」

 

「うん、そうだと思う。ゆっくり休めばきっと、ここが気に入るよ!」

 

 そうだといいけど、とシドは思う。ただどうしても講壇で見せたあの視線が気になった。あれはまるで、魔獣に見られたときのような感覚に似ていたのだ。当然アウルは人であるし、ありえないと考え直す。

 小さな違和感はきっと、彼のようなタイプと接したことがないからだ。馴染めばきっと気にならなくなるだろうと、シドは思うようにした。

 

 受け入れようとした異分子はしかし馴染むことはなく、徐々に不穏の種を撒いていった。

 




第6話 燃ゆる
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