デス・ア・ライブ   作:月牙虚閃

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今回の話でようやく1巻が終了です。予想以上に長かった…
今回は書きたいことをどんどん入れてしまったために予想以上に長くなってしまいした。
では、ご覧ください。


death and death and death

喫茶 十刃(エスパーダ)を士道と十香が出てから大分時間が経ち、もう夕暮れ時である。士道たちはあの後一護に渡された福引券の引換所に赴き、くじ引きを行った。特賞の『ドリームランドの完全無料のペアチケット』が当たった――――――というよりも、当てさせられた――――――ので向かってみたが、そこは大人の休憩所であった。当然、士道はそのような場所には耐性が無いので引き返そうとした。ところが、純粋な十香が興味をもってしまい諦めてもらうのに、それは丁重に土下座をした。

 

 

次に気を取り直して、デート場所としては定番のゲームセンターに入店してみた。最初は十香が聞き慣れていないゲームセンター特有の爆音に驚いてマシンを破壊させてしまうところだったが説得して何とか抑えてもらった。士道が何をやろうかと悩んでいたところ、十香がある物に釘付けになっていた。それはクレーンゲームで中の景品にはパンのような抱き枕が入っていた。それを十香が欲しそうにしていたので挑戦してみたが取れなかった。十香も自分でやってみたいと言って挑戦し、ラストチャンスでギリギリのところで獲得することが出来た。

 

 

そして、士道は十香と手を結びながら思い出の場所に向かい、今その場所に立っている。思い出の場所とは、丘の上にある高台の公園である。士道が小学生だった頃、一護と琴里と共にここでよく遊んだものである。恐らく琴里の日常風景に紛れた誘導(?)によってここに辿り着いたのだが、デートの締めとしては申し分のない場所であろう。

 

 

今、士道と十香は落下防止用フェンス越しに天宮市の姿を一望している。夕暮れ時だからか、昼間とはまた違う美しさを醸し出している。十香はその夕暮れのキャンバスの中にあるものに興味をそそられた。

 

 

「あれは何だ?合体するのか?」

 

 

十香が指差したのは、どこにでもあるような何の変哲もない電車であった。それでも、現界するときはいつもASTと戦闘する場面しか経験していないのだからどんなものにでも興味をもつのは当然だ。士道はそんな十香の興味を持つものに改めて人間と精霊との境遇の違いに内心悩みながらも言葉を返した。

 

 

「あれは合体はしないけども、連結ぐらいはするな。」

 

 

「おぉ!」

 

 

電車の連結のことでこんな大きなリアクションをしてくれるとは…それだけ士道の住む世界を好きになっているということだろう。非常に嬉しい限りである。

 

 

「イチゴも一緒に来てほしかったぞ。この景色を見せたかった。」

 

 

「しょうがないよ、兄貴はバイトの仕事があるんだから。俺もこの景色をしばらく振りに見たからそう見えるかもしれないけど、確かに兄貴にも見せたいな。」

 

 

十香と士道は感傷に浸り、しばらくの間景色を見続けていた。何気ない日常の景色を改めて眺めてみるということは案外いいものなのかもしれない。

 

 

「それにしても、デェトはその、楽しいな。」

 

 

不意にそんなことを言われ、士道は思わずドキッとしてしまった。こんな絶世美少女にそんなことを言われて顔を紅くしないやついるであろうか。

 

 

「どうしたのだ、顔が紅いぞ。」

 

 

十香は純粋に顔が紅い士道に気づいて、体調を気遣うように尋ねてくる。士道はそんなことを理由に顔を紅くしているではなく、十香本人には本当の理由を言えるわけがない。

 

 

「…夕日だ。」

 

 

十香は言っていることが本当なのかと、じっと士道を見続けているせいでさらに顔を赤くさせた。これ以上十香に見つめられたらオーバーヒートしてしまう。それを何とかして防ぐため顔を背けた。十香は士道の行動に若干怪しみもしたが、取るに足らないことだと思ってこれ以上追及しなかった。

 

 

士道はここで会話が途切れないように新たな話題を切り出した。

 

 

「どうだ、今日1日町を歩いてみて。誰も十香に攻撃をしてこなかっただろ。」

 

 

「シドーの言うとおり誰も襲ってこなかった。むしろ、こんな私を受け入れてくれた。本当は世界がこんなにも優しいものだとは思わなかった。」

 

 

十香が今日1日の出来事を思い出しながら言葉を綴った。だがその直後、今までの快活そうな顔から何かを思いつめているような顔に変えてしまった。

 

 

「私は壊していたのだな、こんなにも美しく優しい世界を。AST(あやつら)が私を討ち倒そうとする理由が知れた。」

 

 

「ッ!」

 

 

十香の言葉に士道はハッとした。それは十香がこの世界に存在にするための最大のハードルとなる。精霊の力が無くなりもしない限り、世界の排除の対象となることを理解していた。

 

 

「私が現界する度にこの素晴らしい世界を破壊するのならば、いっそのこと…」

 

 

「そんなことはさせない!」

 

 

十香が諦めたかのような声質で言葉を綴ろうとしたが、その前に士道が遮った。俯いていた十香が顔を上げる。

 

 

「今日は空間震が起きなかったじゃねえか。もしかしたら、空間震起こさずにこっちに来たり、この世界に留まっていける方法だってあるかもしれないし。」

 

 

「で、でも、あれだぞ。私は知らないことが多すぎるぞ。」

 

 

「そんなもん俺が教えてやる。」

 

 

「あと、私が住む場所とかだって必要になる。」

 

 

「それも俺が何とかする。」

 

 

「それでも「本当はもっとこの世界にいたいんだろ。なら、俺の手を握れ。今はそれだけでいい。俺が必ず護ってやる。」」

 

 

士道は十香の言葉を遮ってまでも、この力を持つだけで他の人間と何ら変わりのない少女を殺されるのは堪らなく嫌だった。目の前で苦しんでいるのに、それを助けないということなんてない。きっと一護であっても同じことをする筈だ。

 

 

十香はこれまでの出来事をもう1度思いだし、意を決し士道の手を握ろうと…

 

 

――――ドオオオオオオンンンンン

 

 

「な、何だ!?」

 

 

士道と十香が音がした方を見てみると、先ほどまで木々が生い茂っていたはずの公園の一部の敷地が根絶やしにされていた。何が起きているのかわからない。

 

 

「シドー、ここは危ない。私のうしろに…」

 

 

十香がそう言って後ろを振り返るとそこには士道ではなく、銀髪のAST隊員――――折紙がいた。無論、折紙がいるのは十香を討ち滅ぼす為だ。現在の十香の装いは来禅高校の制服で霊装は身に纏っていない。つまり、今の十香は全く無防備の状態で折紙の持っているレイザーブレード〈ノーペイン〉という魔力剣に貫けられたら、待ち受けるは死だ。しかし、懐にまで潜られ回避する手段はもうない。

 

 

(私はここで死ぬのか…この世界を破壊せずに死ぬのならばそれでいい。結局、私はこの世界に受け入れられなかったのだ。)

 

 

ザシュ

 

 

体の肉が裂けたかのような音が聞こえた。しかし、剣に刺される鋭い痛みは不思議と感じなかった。意識もはっきりとしている。刺されたと思しき自分の腹を見てみると何も刺さっていなかった。ならば、誰が刺されたのか。

 

 

「あ…あぁ…あああ」

 

 

折紙から目の前に起きていることが信じられないというような狼狽の声をもらした。十香はその声に反応して真実を知った。そう、刺されていたのは士道であった。

 

 

十香は心の中にある糸が切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間を遡り、士道と十香が公園に入る前まで戻る。

 

 

一護は喫茶十刃(エスパーダ)を出てから二人の後を追っていた。デートしてデレさせる役目は士道のため、一護は一緒にデートをするということはしない。ただ、後ろから士道が命の危機に瀕さないようにいざという時に出ていけるようにしている。

 

 

ここまで二人の後を追ってきたのだが、琴里率いるラタトスクの機関員が様々な工作をしていたが、やややり過ぎ感が否めない。特に、ご休憩のあるホテルに誘導されたときは目を当てられなかった。ちょうどそのときに折紙が一護の後を追っていたことに気付いたが、誰かに連絡してどこかに行ってしまった。そのあとも二人の後を追って公園前の場所に至った。

 

 

「…にしても、ほんと過保護だな。」

 

 

ここまで来たのだからデートの締めとして自分と士道と琴里が昔よく遊んでいた公園を琴里が選んだことに一護は気づいていたのだが、工事現場の作業員に扮したラタトスクの機関員が公園へ行ける道以外を封鎖するという相変わらずの誘導をしていた。それに士道は諦めて誘導された通りに公園を目指す。本当なら最後まで二人の様子を見守っていたかった一護であるが。

 

 

「ッ!…そうか。確かにASTの鳶一が精霊を見逃すわけないか。それなら、俺はASTが動く前に止めるとするか。」

 

 

一護は人目の無い物陰に隠れ死神化をした。ASTが待機していると思われる十数個の魔力を感知した場所へと向かう、士道と十香が辿りつく前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、部隊長の燎子も含むAST隊員は丘の上の木々が生い茂っている絶好の狙撃ポイントに待機していた。燎子は今の状況にはため息するしかなかった。

 

 

「なんで空間震も起きてもないのに精霊がいるのよ。しかも、一般人と一緒だし。」

 

 

思ったことを自分の声に出すと、ますます気持ちが重くなった。それでも精霊がこちらの世界に来てしまったのだから処理するほかにない。

 

 

「任せたわよ。せっかく精霊が無防備の状態でいるんだから。失敗は許されないわ。」

 

 

燎子から精霊の処理を任されたのは部隊内で屈指の作戦成功率を誇る隊員だ。その隊員が携えているのはCCC(クライ・クライ・クライ)――――――顕現装置(リアライザ)を用いらなければその反動で使用者の体を破壊しつくすような兵装である。それぐらい兵装を用いなければ精霊を討つことはできない。

 

 

超火力を持つCCC(クライ・クライ・クライ)の魔力弾を1撃で当てることが出来れば現在遂行している作戦が成功に向けて大きな1歩になるのだが、もし外した場合状況は最悪になる。それを見越して燎子は射殺に失敗した場合の保険を掛けてある。それが、精霊に気付かれないギリギリの場所で霊装を纏わせる前に斬るというものだ。かなりシンプルな作戦なだけに行動を起こすタイミングを的確に判断できる人物でなければならない。

 

 

そこで白羽の矢が立ったのは、常に冷静沈着でいられる折紙であった。また、現在の隊の構成員の中でも上位に食い込む程の作戦成功率を誇っている。それでも、燎子には一抹の不安があった。他の隊員比べ折紙は精霊への憎しみが強いと感じられる。それに起因しているのかは解らないが、燎子の命令から逸脱する行為が散見しているのである。いずれも軽微のものだが、不安は拭いきれなかった。それでも燎子は射殺を任せた隊員と折紙を信用することしかできなかった。

 

 

燎子がこの2つの作戦が失敗したときの隊員達の身の安全確保の為の指揮の最終確認を終えたところで、今まで待機命令を出していた円卓の重役の長(ジェネラル)からGOサインが出た。実のところ、燎子は自分の保身の為にしか動かない重役共から作戦を遂行させてくれる許可を出すとは思わなかったのだが、これは好機である。この作戦を成功させれば、今回以降の作戦の許可も取りやすくなる。

 

 

「射撃許可が下りたわ。必ず成功させなさい。」

 

 

部隊全体の空気が緊張に染まっていく。ここで成功するか失敗するかで、自分たちの生死に大きく関わってくる。

 

 

ゴクン

 

 

射撃手は息を飲んだ。CCC(クライ・クライ・クライ)に装着されてあるスコープから精霊に照準を合わせる。大きく息を吸い、そして吐く。それを何度か繰り返す。繰り返す度にその息遣いの大きさが小さくなっていく。それと同時に集中力も高まっていく。完全に心が静まったところで引き金に指を当てる。最後に指に徐々に力を入れ、引き金をひいていく。

 

 

ドガガガガガガガガガガガガガガアアアアアアアアアアアア――――――――

 

 

これは超火力兵装の発射音ではない。何かによって鉄がひしゃげた時に生じる音だ。燎子はこの事態を予見はできていた、最も最悪なシナリオとして。そう、自らの得物を遣ってCCC(クライ・クライ・クライ)を破壊したのは一護である。

 

 

「やっぱりな。」

 

 

「どうして私たちがいることに気づいた?」

 

 

「いつもなら話すところだけど、士道と十香には気づかれたくないからな。すぐに終わらせる。」

 

 

そこからの一護の行動は早かった。一気に距離を詰めて頭の撃破を狙う。集団の統率者を叩けば相手の統率が乱れ、各個の撃破を容易にする。相手が集団ならばこれが定石だ。だが、そんな解りきっているやり方では相手に予測される。案の定、一護が完全に距離を詰めきってしまう前に数人が一護の前に立ちはだかる。突然現れた一護の行動に瞬時に対応できたことは一護には予想外だった。それでも一護はそのまま突き進む。

 

 

 

「戦う意思があるなら容赦はしねえぜ。」

 

 

これは戦いの為の覚悟だ。一護は護りたいものあるのならば、たとえこの世界の掟であっても覆すし、それを非難されても貫き続ける。これこそ一護が何者とでも戦える力の根源にあるものだ。だから、一護は刃を振り下ろすことができる。

 

 

刀を振りおろす――――――そうすると、目の前にあったものが一切合切消し飛んでいく。手加減はした。その証拠に立ちはだかった数名は地に伏せ、体が傷だらけになったものの息はしている。今、地面に倒れている隊員以外は一護が大振りしたこともあって恐らく回避しているのだろう。

 

 

非常に大きな損害を被ったASTは態勢を整えるため現場から離れた。そう思ったのがいけなかった。

 

 

「あなたは確かに強いわ。だけど、集団には集団の戦い方があるのよ。」

 

 

「ツ!」

 

 

 

背後を燎子に取られてしまった。そう、一護は燎子の術中に嵌ってしまった。瞬時にまとめて倒そうとした故の大きな隙。燎子はその隙を利用して背後に回った。ここでひとつ疑問が残る、霊力・魔力で相手の位置を特定することができる一護がなぜ気づかなかったのか。それは、燎子がその一護の特性を逆手に取ったからである。一護の攻撃を回避した燎子以外の隊員が顕現装置(リアライザ)の出力を最大にし、生成される魔力を放出しながら遠ざかる。その間燎子は顕現装置(リアライザ)の稼動を止め、自由落下の速度で一護の背後を取った。

 

 

燎子はスペアとして用意していたもう一つのCCC(クライ・クライ・クライ)を構えた。もう既に砲身にはエネルギーが充填されている。臨界点まで達したエネルギーを一護に向けて一気に発射させた。

 

 

ここまでの燎子の作戦は良かった。実際、霊力・魔力を感じ取ることのできる一護に対して魔力のオン・オフで攪乱することができた。しかし、そこには重大な誤算が一つだけあった。

 

 

一護は無言で発射されたものに向けて左手を突き出した。そして、発射されたエネルギー弾が一護の手に触れた瞬間、バリバリ、と高密度のエネルギーがぶつかり合うような音が生じた。だが、一護は特に何かをしているわけではなくただの素手で受け止めているのである。

 

 

「嘘でしょ!?理論値じゃ、精霊を倒せるはずのものよ。」

 

 

エネルギーの奔流の最中にある一護はそんな燎子の驚愕に気づいていない。士道と十香のデートが終わるまででいい。こんなド派手な戦闘をしてしまえばデートどころではないかもしれないが、士道が完全に十香の力を封印できるまで持ちこたえることができればASTは帰還し被害を最低限に抑えられるはずだ。

 

 

一護のその期待は裏切られる。突如として士道と十香の近くに魔力の反応が認められたのだ。恐らく、|顕現装置≪リアライザ≫を駆動させずに隠れて襲撃の機会を伺っていたにちがいはなかった。これでは十香と士道を危険にさらしてしまう。一護は手から濃密な霊圧放ち、残ったエネルギーの奔流を吹き飛ばした。そして、急いで二人の元へと向かう。

 

 

しかし、一護が二人の元へと辿りついたころには、士道は胸には孔が空き血が流れ出ていた。その近くには何が起きたのかまだ認識しきれていない茫然とした十香と血塗れの剣をもっている折紙がいる。これは自分の責任だ。この事態を防げなかったのは自分の力を過信して、一人で解決しようとした自分のせいだ。ウルキオラまたはスタークを呼んでいればこの事態防げたかもしれない。折紙はこの世界を護るためにASTとして戦い、十香はただ特異な力を持っただけの少女。そして、士道はこの二人が戦わなくても済む世界を作ろうとしていた。誰も悪くない。非があるとすれば、目の前の出来事でさえ護れなかった自分自身だ。

 

 

 

「―――――神威霊装・十番(アドナイ・メレク)鏖殺公(サンダルフォン)…」

 

 

この目の前の出来事についてようやく理解した十香は慟哭し、霊装を纏い、次いで天使を顕現させた。

 

 

「よくもシドーを、よくも我が友を…よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!」

 

 

十香は尚も獣のように叫び、鏖殺公(サンダルフォン)を漆黒に染めて、その瞳には折紙への憎悪、殺意、この世界への憎しみしかなかった。一方、折紙は士道を刺したその感触がまだ残っているのか、手がガタガタと震え、燎子の声も届かずその場で動くことができなかった。

 

 

状況は最悪。上空には琴里達がいるもののすぐには士道を助けられる手段はない。さらには、十香は折紙を殺そうとしている。もしこの場に織姫がいれば三天結盾で取り返しのつかない傷を負ったという事実を拒絶して蘇生できる。と、一護は一瞬思いそれを振り払った。今さらそんなことを思うなんて罰当たりだ。だが、それでも可能性が一縷でもあるのなら行動に起こす他にない。

 

 

「最後の剣――ハルヴァンレイブ――」

 

 

完全に漆黒に染まった天使はまるで十香の心情を体現しているかのようだった。いくら|顕現装置≪リアライザ≫によって生み出された随意領域(テリトリー)でもあれの前では無意味であることを見ただけで折紙は理解した。かくして刃は振り下ろされる。

 

 

「なんで?」

 

 

十香は剣を確かに振り下ろした。しかし、その刃は折紙には届いていない。折紙はその刃を出刃包丁のような刀で受け止めている人物に尋ねる。

 

 

「そりゃ決まってるだろ。士道を助けるため、そして、この場にいる誰も死なせないためだ。」

 

 

我を忘れている十香の上下左右縦横無尽に振るう絶大な威力を持つ剣を一護はなるべく周囲に被害が出ないように受け流していきながら折紙の問いに答えた。

 

 

「なんで…士道を刺した私を助けるの?私に対して何か思わないの?」

 

 

滅多に表情に出さない折紙が一護にも分かるような苦しげな表情で言った。一護は振り替えずに十香に相対したまま答えた。

 

 

「別に何も思ってないというわけじゃねえよ。俺だって家族や仲間を奪われればキレるし憎みたくもなる。」

 

 

実際、以前に家族や仲間にとある能力者によって過去を変えられ奪われたときには、その能力者を憎み、復讐に走った。一護はその過去の経験を踏まえて言葉を続ける。

 

 

「だけどな、これだけは言える。復讐の連鎖は復讐じゃ止められねえ。今、目の前で起きていることに立ち向かなきゃ止めらねえんだ。だから、俺は目の前のことを受け止めて士道を助けるために動くんだよ。」

 

 

折紙はそのような言葉を一護に憧れた。どうしたらそんな強い言葉を言えるのだろうか。少なくとも復讐に絡めとられている折紙自身には精霊に両親を殺されたという事実を受け止めることができなかった。

 

 

「あなたは何でそんなに強いの?」

 

 

折紙からそのような質問が出るのは一護は意外だと思った。少し間を置いて、十香の猛攻を防ぎながら答えた。

 

 

「俺は強くなんかないさ。何度も何度も俺は仲間を救うことができなかった。それでまた同じ間違いをしないように動いているだけだ。」

 

 

一護は過去に何かがあったという口ぶりで言った。折紙は一護の過去に一体どんなことがあったのかわからない。ただ尋常ではない過去であることは折紙と同年代のはずの一護の発言が証明している。

 

 

「そうだ、その|顕現装置≪リアライザ≫を使って士道を治せないか。」

 

 

折紙は一護の言ったことに驚きを示していた。なんで秘匿技術のはずの|顕現装置≪リアライザ≫を知っていることに関してではない。このような精霊との力のぶつかり合いという極限の状況下でそのような提案がしてきたことに関してだ。|顕現装置≪リアライザ≫の知識があったとしても常人では極限の状態であのような提案をすることは到底不可能だ。

 

 

「医療用ではないけど、やってみる。」

 

 

「頼む。」

 

 

一護と話していたら折紙は狂乱で動かなかった体が先ほどと違って、まだ体が固まっている感覚が残っているものの動かせないわけではなかった。一護の言葉に含まれている思いが動かない体を溶かしているのかもしれない。とにかく、今は士道の治療を行うことが先決である。

 

 

折紙は治療を開始しようとして士道に近づいた。ところが、士道の体が淡いオレンジに輝いたかと思うと折紙は吹き飛ばされていた。

 

 

「鳶一!」

 

 

それに気づいた一護が叫ぶものの折紙からの反応はない。あの一瞬の爆発は小規模のものだったので、随意領域(テリトリー)纏っているはずの折紙は恐らく気を失っただけで済んだだろう。

 

 

そう判断した一護は未だ暴虐の限りを尽くしていた十香の振るう鏖殺公(サンダルフォン)を受け止めながら士道の身に起こっている異変を把握しようと努めようとした。十香を傷つけないように力の出力を抑えながら莫大な霊力を纏った剣を受け止めながら士道の様子を確認するのはいくら一護でも至難の業であったが、何とか無理やり押し通すことができた。

 

 

 

一護に目にしたものによって、今まで記憶の中の点でバラバラだったものが線で繋がった。一護の目にしたものは士道の体が空けられた孔を炎が覆い、肉体を再生させていった。この炎と霊力には身に覚えがあった。そう、5年前に封印された精霊―――琴里の力だ。封印された当初から士道から琴里の霊力は感じ取れていた。ただ、その力を行使できるとは思いもしなかった。

 

 

士道の体の回復作業の最中、いきなり士道の体が忽然と消えた。そのことに関して一護はほんの一瞬だけ焦ったが、霊力の反応が上空に感じられたため琴里が回収したということを理解した。士道が回復し、琴里に回収されたのならば一護はもう十香に立ち向かうだけである。

 

 

「十香!もうこんなこと止めてくれ。」

 

 

「イチ…ゴ?」

 

 

一護の呼びかけに暴れ続けていた十香は落ち着きを取り戻しつつあった。だが、士道を殺した折紙に対しての殺意はまだ消えていない。鏖殺公(サンダルフォン)を包む漆黒の輝きがそれを象徴しているかのようだった。

 

 

「私は大罪を犯した彼奴を追わなければならない、退いてくれイチゴ。」

 

 

「その願いは聞いてやれねえよ。」

 

 

「なぜなのだ!彼奴は我が友、イチゴの弟の士道が殺されたのだぞ。」

 

 

十香は感情が昂ぶり思わず一護に向けて振り下ろしてしまった。十香がその事実に気づくももう遅い。

 

 

「あぁ…私はなんてことを…」

 

 

「勝手に俺を殺すな!」

 

 

一護は十香の渾身の一撃を斬月の腹を使って受け止めた。その際、両手で斬月を持って受け止めたのだが、その一護でもこれを受け続けることに危険を感じた。この一撃を受け止めただけで地面が沈んでいる。一護は出力を抑えているのだからそれを解放することができればいいのだが、つい先ほど空間震警報が発表されたばかりで、今、出力上げれば確実に犠牲者が出る。したがって、十香に攻撃をさせずに説得するということが重要だ。

 

 

「なあ、十香…本当にあいつ―――鳶一を殺したいのか?」

 

 

「当然だ。私とイチゴからシドーを奪ったのだ。私は彼奴の命を奪い殺し尽くさなければならない。」

 

 

今の十香の言葉には士道の死をきっかけにして最悪な形で拒絶された十香のこの世界への憎悪が伝わってくる。言葉のひとつひとつが一護の皮膚を突き刺すかのようであった。そんな十香に諭すように一護が言う。

 

 

「十香がしていることをもし士道が見たら、悲しむと俺は思う。」

 

 

「私はシドーのことを思って「思っていたらこんなことはしないはずだ。」」

 

 

十香が反論しようかとしたところ、言い終える前に確信を持って一護は反論を否定した。

 

 

「今日、一日士道とデートをしてわかっただろ、この世界がどんなに優しいか。」

 

 

「確かに私がシドーとデェトをしてみてこれ以上なく楽しかった。他の人間たちも私に襲い掛かってこなかった。しかし、最後の最後に裏切られた。ならば…」

 

 

「それで士道が喜ぶのかよ。少なくとも俺はそう思わない。十香にこの世界で生活していけるようにしたかった士道は十香にこの世界を破壊させてほしくないはずだ。それと、十香がこの世界で生きていくことを望むはずだ。」

 

 

士道の思いを代弁する一護に、十香は今していることの愚かさをようやく知れた。

 

 

「士道のことを思うんだったら、もうこんなことは止めてくれ。」

 

 

「そうであったな。本当に私は愚かなことをしようとしていた。」

 

 

十香は鏖殺公(サンダルフォン)の具現化を解こうとした。だがしかし…

 

 

「最後の剣―――ハルヴァンレイブ―――の制御を誤ったッ!」

 

 

剣に纏っていた漆黒の力の奔流が今までと段違いに成長していっている。このまま放置してしまえば、この場にいる者だけでなく、眼下に広がっている町ににも再起不能な深刻な被害を生み出すことは想像に難くない。よって、一護は決断する。

 

 

「俺にその剣を振り下ろせ。俺が全部吹き飛ばす。」

 

 

十香は一護のその危険な提案には賛成することは難しい。いくらなんでも今回ばかり無謀すぎると思う十香だが。

 

 

「俺を信じろ。」

 

 

一護のその真っ直ぐな一言で振り下ろすことを決めた。一護は十香が了承したことを認めると集中を始めた。

 

 

「はあああああああ―――」

 

 

一護はこちらの世界に来てから出したことのないレベルにまで霊圧を放出させた。一護の体からは天高く上る霊圧の柱が見える。それを斬月に流し込もうとした瞬間に事態は急展開を見せた。

 

 

「十香ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

そう、上空から士道の声が聞こえてきたのである。それを聞き届けた一護は霊圧の放出を止める。

 

 

落ちてきた士道は十香によって抱きかかえられた。男子が女子に抱えられるのは何だか複雑な気分なのだが致し方ない。士道は早速本題に入る。

 

 

「キスをしてくれ。」

 

 

ここでまさかのキスの強要である。それに対して十香は…

 

 

「キスとは何なのだ?」

 

 

言葉の意味を理解していなかった。これには困り顔をする士道。キスについて説明を女子の前でしなくてはならない士道の心境を察するのには余りある。だが、うじうじしていても始まらない。意を決して説明を始めた。

 

 

「キスというのはだな、えっと、唇と唇を合わせて…むにゅ」

 

 

変な声を士道は発してしまったが、それは無理からぬことであった。言葉の途中で十香から唇を突き出しキスをしてしまったからだ。そのキスの数瞬もしない内に十香の霊装、天使が淡く消失した。

 

 

「「一緒に帰ろう(ぜ)」」

 

 

士道と一護のその言葉に十香は「うむ!」と元気に返した。


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