デス・ア・ライブ   作:月牙虚閃

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今回の更新は前回からかなり経ってしまいました。申し訳ありません。
その代わりに今回は過去最長の約18000文字です。二つに分けるには中途半端だったので纏めて一つにしました。今回で四糸乃篇は終わりです。
ではお楽しみください。


Absolute zero

現在一護はフラクシナスの艦長室にいる。艦長室にいるということはフラクシナスの中にいる最高責任者がいるということになる。要するに、今艦長室は琴里と一護の2人きりだということである。

 

 

「で、この間のことはどういうつもりだったわけ?」

 

 

「この間のことは悪かったって。っていうか、この話何回蒸し返すんだよ」

 

 

ここでいうこの間のこととは、勿論琴里への連絡なしで勝手に四糸乃に接触したことである。琴里とフラクシナスのクルーは精霊が現れたことということで四糸乃が現界しているその間は霊力阻害などの協力してもらったが、その後フラクシナスのクルーに白い眼で見られることになった。

 

 

そういうことなので琴里は一護に説教をしている。しかも3回目である。

 

 

「本当にあなたがやったことをわかっているの?わたしたちを裏切っただけじゃなくて、下手をすれば命を失うかもしれないのよ」

 

 

いくら一護が強いということが分かっているといっても万が一ということがある。琴里はそんなことになってほしくなくて何回も説教をしているのだが一護に気づいてもらえない。

 

 

「だから、悪かったって言ってるだろ。けど…」

 

 

「けど…の次は何なのよ?」

 

 

前回と同じような言い訳。琴里は本当に頭を抱えたい気分になったが、一応続く一護の言葉を聞くことにした。

 

 

「俺は絶対に死なねえ。これだけは約束できる」

 

 

真顔で琴里の眼を見つめてそんなことを言う。もし他人ならば全くもってそんなことを言っても冗談じゃないと言いたくなるが、不思議と一護が言うとその言葉を護ってくれると思えてくる。別に一護が力を持っているからではない。ただ単純に琴里は一護が5年前に助けてくれた時から1度言った言葉を違えないということを知っているからだ。

 

 

「はあ…わかったわよ。この問題は今後蒸し返さないわ。だけど、これからはちゃんと私に連絡しなさいよ。そうしなかったら、絶対に許さないから」

 

 

「わかった。今度から連絡する」

 

 

一護も琴里がどれだけ心配だったのかようやく知ることになり自らの行動を反省した。琴里や士道を護ると約束しておきながらこれでは不甲斐ない。これから琴里と士道をこれ以上悲しませないようにすると心の中で誓った。

 

 

「それで、士道はどこに行ったんだ?朝から顔を見てねえけど」

 

 

「シンならば、ASTの鳶一折紙の家に行ってもらった」

 

 

士道の行方について語ったのは令音だった。いつの間にかに入ってきたのであろうか。と、思う一護を気にせずに話を続けた。

 

 

「本当ならば実際に精霊の力を封印をするシンにはここを離れてもらいたくないのだが、現状、シンよりも苺の方が四糸乃に好かれている。一旦、君で四糸乃の様子を見たい。だから、苺にはここに待機してもらっている」

 

 

「わかりました。けど、何で士道を鳶一の家に行かせたんですか?別に、俺も一緒に付いて行ってよしのんを探したほうが早く見つけられると思うんっすけど」

 

 

1人でよしのんを捜索するよりも2人で探した方が効率が高いし、もしも折紙に怪しまれた場合でも上手く2人で役割を分担して気づかれずによしのんを確実に奪取できるかもしれないのだ。

 

 

「残念ながらそれは無理よ」

 

 

琴里がそれを否定した。何やら諦めにというか呆れたというような表情をしながら応えた。

 

 

「どういうことだよ?」

 

 

「本当まったくありえないわよ!褒められた方法でないけれども、士道を鳶一折紙の家に送り込む前にうちの機関員を送ったわ」

 

 

「それで、どうなったんだ?」

 

 

「その機関員全員病院送りになったわよ。家全体に赤外線を張り巡らせていたり、その赤外線に触れたら神経毒系の矢が家中から発射されるなんて意味がわからないわ。一体彼女は何を目指しているのかしら?女版ラ○ボーよ」

 

 

「そ…そうか……って、士道をそんなところに送り込んだのかよ!?」

 

 

「安心しなさい。さすがに自分の好きな相手にセキュリティをつけたまま家に上げさせないでしょう…たぶん」

 

 

そんな他人事のように言う琴里に一護は頭を抱えた。今の話を聞いている限り士道が天に召されそうな気がする。

 

 

「なら、余計に俺が行った方がいいだろ」

 

 

「それはダメよ」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「鳶一折紙の家には妨害電波があるの。だから、2人とも行ったら私たちと連絡が取れなくなる。鳶一折紙のことだから精霊に接触させないように何かしらの仕掛けがあるはずよ」

 

 

「くそっ!」

 

 

今、何もできない状態の一護は悪態をつく。琴里は一護には見えない位置で拳を血管が浮き出る程の力で握った。

 

 

「それに一護の方が四糸乃のことを知っているんでしょ。士道に頼まれていたことなんだけど、四糸乃とパペットのよしのんが別の人格――――つまり、二重人格ってことを私たちと士道が知るよりもずっと前から知ってたんでしょ。それで、よしのんが生まれた理由も知っているあなたが救わなくて誰が救うのよ!」

 

 

琴里の精霊を救いたい一心で語った言葉。それは一護自身も分かっていたはずだったのだ。だけど、いつの間にか自分が救えられる範囲で救うことと巻き込んだくせに士道を危険な目に合わせたくないことをすり替えていた。

 

 

「ごめん、忘れてた。俺が助ける」

 

 

「まったく世話が掛かるわね。一護、これを持っていきなさい」

 

 

「これは…」

 

 

「士道と同じインカムよ。情報が伝わらないのは不便だわ」

 

 

「そうだな」

 

 

「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、士道はよしのん奪還作戦を遂行している途中であった。といっても、もう既によしのんは手に入れて腹の辺りに隠してある。あとは、ここから脱出するだけなのだが…

 

 

 

「今日は泊まってほしい」

 

 

「な、何でまたそんなことを…」

 

 

「ダメなの?」

 

 

「う…」

 

 

ダメというよりもむしろ容姿端麗の折紙にそんなことを言われてしまえば是非とも泊まりたい。だが、今はよしのんをできるだけ早く四糸乃にわたさなければならない。

 

 

「べ、別にそういうわけじゃないけど、そろそろ夕食の準備をしないと」

 

 

「まだ13時52分34秒。こんな時間に夕食の準備をするはずがない」

 

 

「ですよねー」

 

 

自分の嘘の下手さ具合に少し悲しくなった。せっかくお呼ばれされたのに脱出しようとしている自分に気が滅入る。

 

 

「士道」

 

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

いきなり名前で呼ばれ思わず敬語になってしまった。だが、折紙は真剣な面持ちで尋ねる。

 

 

「何であなたは精霊を庇うの?」

 

 

一切の躊躇なしに言った。この質問は一度一護に尋ねたものだ。一護ははっきりと精霊を救いたいからだと答えた。果たして士道はどのような答えを返すのだろうか。

 

 

「俺は……精霊とか人間とか関係ないと思う。精霊がどうとかASTがどうとか込み入った事情は全くわかんない。でも、これだけは言える」

 

 

士道は一拍空けてから自分自身の根源にあるものを言葉にして続けた。

 

 

「目の前に困っていたり、悩んで辛そうにしているやつがいたら助けたい。そいつがどんなに世界に否定されたとしても」

 

 

「…そう」

 

 

士道は折紙の表情と声の調子からは感情をあまり読み取ることは出来なかったが、それでも僅かながら折紙から滲み出ている空気が教えてくれる。

 

 

「ごめん、こういうこと折紙に言うのは無責任だったかもしれない。でも、もしさ折紙が何か困ったりしたりしたら俺が相談に乗るよ」

 

 

「私が精霊に殺されそうになったとしても?」

 

 

「え…」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

「勿論、助けるよ。俺が何とかして精霊を止める」

 

 

「ぁ…」

 

 

士道は質問に少し戸惑ったものの内容を理解してすぐさま助けると答えた。折紙は理解したら思わず声を漏らしていた。以前に士道が折紙を助けてくれたように誰であっても苦しみを受けている人がいたら自分のことを捨ててでも助けてくれるような聖女のような人間であることに気づいた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

何となくなのだが呆けていたように見えた折紙に何か変なことでも言ってしまったのかと少し心配になって尋ねた。

 

 

「ありがとう」

 

 

「おう」

 

 

ふと外を見てみると先ほどまで晴れ渡っていた空がどんよりと曇っていた。そういえば洗濯物を外に干したままであることを思い出し立ち上がった。

 

 

「あー、洗濯物を取り込まなきゃいけないからそろそろお暇するよ」

 

 

折紙も外の様子をちら見で見ると少し逡巡する様子をみせたが士道の足をガッシリと掴んだ。

 

 

「え、えっと、これは」

 

 

「ダメ」

 

 

名残惜しそうな眼で士道のことを見つめながらも、ちゃっかりと士道の足を掴む力は増していっている。っていうよりも、引きずり込まれている。

 

 

「な、何をするのですかオリガミさん!?」

 

 

尚も引きずり込まれている士道はもう諦めて目を瞑った。これから何をされるだろうと怯えていたが、突然引きずりこまれていた力が無くなった。それに続いて強烈な寒気を感じて目を開けた。

 

 

「なんだよ、これ…」

 

 

そこには氷漬けにされた折紙の部屋があった。部屋にあるもの一切合切の全てだ。しかし、これだけではない。

 

 

「ッ!」

 

 

ついさっきまで空を雲が覆っているだけであった外がどこまでも氷の世界に閉ざされていた。そう、この天宮市は町ごと氷漬けにされたのである。このようなことが出来る人物は1人しか士道は思い浮かばなかった。

 

 

「もしかして四糸乃…」

 

 

それを示すように折紙に精霊の出現を告げる通信と空間震警報が鳴り響いた。

 

 

「私は出撃をする。氷漬けにされたここは危険。士道は早くシェルターへ」

 

 

「…わかった」

 

 

折紙はそれだけ言うと外へ駆け出していった。士道もぼんやりとするわけにもいかない。折紙には便宜上ああ言ってしまったが、一刻でも早く四糸乃の元へ駆けつけなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「町が…全部凍ってる」

 

 

折紙の家からではほんの一部しか見えなかったのだが、下に降りてみると本当に町の全てが氷漬けされているということを実感できる。氷漬けにされてから空間震警報が鳴ってしまったためまだ町にはシェルターに避難する人に溢れていた。

 

 

『士道、聞こえる』

 

 

折紙の家に入室してからインカムからはノイズしか聞こえてこなかったが、部屋から出たことでラタトスクとの通信が復活したらしい。

 

 

「琴里」

 

 

『ようやく繋がった。何ちんたらしてるのよ。一体、鳶一折紙の部屋で何かあったわけ?』

 

 

「…ちょっと折紙に引き止められてな」

 

 

本当はそんなレベルではなく、まじで自分の貞操に危機が訪れそうになったが。

 

 

『まあ、いいわ。今、天宮市で起こっていることはもうわかっているわよね』

 

 

「ああ」

 

 

『あと士道が気になっていたことを調べておいたわ。令音おねがい』

 

 

士道はこれまでに2回四糸乃に出会っているが、その1回目と2回目で受けた印象が全然違った。そこから一つの仮説が立ったのでその裏付け琴里達に頼んだのだが、それは士道の予想通りだった。

 

 

「やっぱり四糸乃とよしのんは別の人格だったのか」

 

 

『その通りだ、シン』

 

 

「でも、何で二重人格になったんですか?やっぱりASTにいつも攻撃されるとか」

 

 

士道が思い浮かべる二重人格になる原因といえば外部から何かしらの精神的ダメージを与えられることによって自己防衛のために新たな人格を生み出すというものである。だが、よしのんを生み出した原因はそんなものではなかった。

 

 

『シン、これを聞いたら必ず四糸乃を助けてくれ給え』

 

 

令音は今まで士道が見てきた中でも見たことがないような真面目な声の調子で真実を語った。

 

 

『シンの言う通り二重人格は外傷性のショックが原因になることが多い。しかし、四糸乃の場合は違う』

 

 

「それなら何が原因なんですか?」

 

 

『一度四糸乃と接触したことのあるシンならば自分以外の誰かが傷つくことを嫌っていることを知っているだろう』

 

 

「はい。四糸乃は優しくて決して自分から他人を傷つけるような子じゃないです」

 

 

『そう、四糸乃は他人が傷つくことを極端に嫌う精霊だ。しかし、彼女が精霊である故にASTから狙われることは避けられない。そして、狙われ続けた四糸乃はASTに反撃することも出来ず、ついに耐えられなくなった。このままでは誰かを傷つけてしまう。その結果、自分の理想の姿である強い人格を生み出した。』

 

 

「それがよしのんなのか…」

 

 

想像を超えた四糸乃の境遇に絶句した。こんなにも優しい四糸乃がこの世界の理不尽な面しか享受できないなんて間違っている。これがこの世界で起こるべき運命(さだめ)ならば、士道はそれに四糸乃が救えるまであがき続ける。

 

 

「琴里、手を貸してくれ」

 

 

『もちろんよ。そのためのラタトスクなんだから』

 

 

もう士道には十香が家に来た時の迷いはもうない。琴里はその吹っ切れた士道がようやく昔の強い士道を取り戻しつつあることに嬉しく思った。だが、ここで問題が1つ。

 

 

『本当は士道と一緒に一護にも攻略に参加してもらいたいけど、生憎ながらこの吹雪で転送装置がやられてしまったの。しかも、凍りついてるから復活するまでには時間が掛かるみたい。通信はやられてないからこちらからは指示は出来るけど、今の状況でASTが黙っているはずがないわ』

 

 

「つまり、兄貴の助けなしで四糸乃の精霊の力を封印しろ、っていうことだろ」

 

 

『そうよ』

 

 

「なら、教えてくれ。今、四糸乃がいる場所を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴里の指示通り進むと、そこにはASTから猛烈な攻撃を受けている四糸乃がいた。そんな中でも四糸乃は一度も反撃することをせずに飛んでくるミサイルやらビームを何とか躱していく。それでもASTの部隊を構成する隊員の数は20人近くおり全ての攻撃をよけることは四糸乃には無理があった。

 

 

「う…!」

 

 

1つのミサイルが四糸乃に直撃し小さな悲鳴を挙げる。しかし、これだけでは終わらない。一旦動きを止めてしまえば恰好の標的となる。小さな体に続々とミサイルが直撃していき死の世界へと葬りこもうとする。

 

 

そんな四糸乃の置かれている状況に士道が黙っていられるはずもない。インカムからは何か声が聞こえてきたがそんなものは雑音にもならなかった。破壊の限りをし尽すミサイルの雨の中へと突き進んでいく。その最中、四糸乃と思われる影が地上へと堕ちていく。

 

 

「四糸乃おおおおおおおお」

 

 

ギリギリのところで四糸乃を受け止めることができた。堕ちてきたところに体を滑らせて受け止めたので背中が擦り切れて痛むが、今は些末なことだ。

 

 

「士道…さん?」

 

 

目を瞑っていた四糸乃は開くとまさか士道がそこにいるとは思わなかったので少しの間固まってしまったが、自分の瞳に映るのは士道で間違いない。

 

 

「なんで…?」

 

 

四糸乃のたった一言しか言っていないのだが言おうとしていることははっきりと士道に伝わった。何でこんな危険な場所に来たのかと――――

 

 

「そんなの決まってるよ。よしのんと俺と一緒に暮らさないか?」

 

 

「ッ!」

 

 

いきなりそんなこと言われて四糸乃は茫然としてしまった。その一瞬後に士道が言ったことの意味を理解し、嬉しさが止めどなく溢れだしてきた。

 

 

「あっ、そうだ」

 

 

士道は自分の言った言葉で思いだし服の中に隠してあったよしのんを四糸乃を渡そうとした。だが、今はASTによる集中砲火が先ほどから続いている。そのような環境の下では命を失うのと隣り合わせだ。しかも、士道は精霊の力を吸収することができる以外は一般人である。士道が渡すよりも先に魔力弾という名の凶弾が迫る。だが、唯の人間が高速で動いている弾丸を知覚することなんて不可能だ。

 

 

「だめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 

 

急な暴風が吹き荒れたかと思うと士道は大きく吹き飛ばされてしまった。地面に叩きつけられた体を起こした士道の眼に映ったものは寒色のドームと氷に閉じ込められた数人のASTの隊員だった。

 

 

『まずいわね。』

 

 

「琴里、何かあったのか?」

 

 

『ええ、かなり状況が悪いわ。ドームみたいのは見えるわよね』

 

 

「ああ、少し離れてるけど見える」

 

 

『あの中に四糸乃がいるわ』

 

 

「だったら、早く行かないと」

 

 

『待ちなさい』

 

 

士道が駆け出そうとしたところで琴里が制するように止めた。愚直にまで突き進む兄の姿に思わずため息をついた。

 

 

『だから、状況が悪いって言ってるの分からないの。四糸乃を助けたい気持ちは分かるけど少しは落ち着きなさい。そうしないと死ぬわよ』

 

 

死ぬ――――という単語を聞いて少し落ち着きを取り戻した。琴里の言っていた通りこのまま考えなしに突っ込んでしまうところだった。

 

 

『まず、差しあたっての問題はASTね。多分、さっき士道が四糸乃に会ったときに探知範囲に入ったからもう士道の存在は気づいてる可能性が高いわ』

 

 

「なら、どうすれば…」

 

 

「シドー」

 

 

後ろから不意に聞こえてきたと思って振り返ってみると十香がいた。その十香だがいつもの様相と違っていた。来禅高校の制服の上に光の膜が包みその手には幅広の剣―――鏖殺公(サンダルフォン)を握っていた。今の十香の状態は士道が力を封印する前のそれと似ていた。

 

 

「シドー、大丈夫か?」

 

 

「ああ、大丈夫。っていうか、何だよその姿」

 

 

「うーむ…なぜこの姿に私にもわからん」

 

 

士道の生じた疑問に十香の代わりに琴里が答えた。

 

 

『十香が精霊の力を使えるようになったのは士道から封印されてた力が逆流したのよ』

 

 

「は?何で逆流するんだ?」

 

 

『前に言ったでしょ。十香の精神状態が不安定になったときにそうなるって』

 

 

「そうなのか」

 

 

本当は何で十香の精神状態が不安定になってしまったのかを知りたかったのだが、今は一刻を争う時なのでこれが終わった時に聞くとしよう。

 

 

「シドー、早く避難するぞ」

 

 

手を差し伸べてきた十香は今までずっと士道を探していたのか制服には所々汚れが付いていた。また、十香の目も赤く充血していた。だが、士道は避難するわけにはいかなかった。

 

 

「ごめん。それはできない」

 

 

「何故なのだ?ここにいては危険だぞ」

 

 

士道は一瞬次に言いたい言葉を声にすることを少し躊躇ったが必死に声にして言葉にした。

 

 

「俺はこれから四糸乃を助けなきゃいかないんだ。多分、俺だけの力だけじゃ助けられない。頼む、手を貸してくれ」

 

 

「四糸乃という者は――――前に会った娘のことか?」

 

 

「ああ」

 

 

士道から肯定の意を読み取ると十香は顔を下に向けた。四糸乃と士道が雰囲気よく話していたのを見ると心の中の蟠りがモクモクと膨らみ負の感情が沸き立ってしまう。そのように思ってしまうのは悪いことだということはわかっているのだけれども、どうしても止められない。

 

 

「シドーは私よりもその娘の方が大事なのか」

 

 

口には出してはいけない質問をしてしまった。この質問が士道を困らせることは分かりきっているはずなのに尋ねてしまった。自己嫌悪に陥りそうだった。対して士道は一息をついて十香の両肩を掴んで言った。

 

 

「誰が一番大事とかじゃねえよ。俺はただ助けたいだけなんだ。十香も四糸乃も誰も傷つくのを俺は見逃すことができない。それに四糸乃は十香と同じなんだ」

 

 

「私と…同じ?」

 

 

『士道、これ以上は危険よ―――』

 

 

士道はインカムから流れ込む琴里の声が煩しく思えて外した。後でどんな仕打ちをされるかは分からないが、今は自分自身の言葉で伝えたい。

 

 

「ああ。四糸乃は十香と同じ精霊なんだ。今は四糸乃も力を持っているだけでASTに狙われて、このままにしてたら俺が封印する前の十香みたくなってるかもしれない。だから…だから…手を貸してくれ」

 

 

士道は必死に懇願した。助けた十香をまた巻き込むことにも勿論抵抗はある。だけれども、士道だけの力では助けることができない。一護がいない今、頼れるのは十香だけだった。

 

 

「…はは」

 

 

「十香?」

 

 

いきなり十香が笑ったのでどうしたのか思った。次に十香は後ろにあった鏖殺公(サンダルフォン)を収める玉座を前に倒した。

 

 

「何をしているのだ?あの中にいる娘を助けるのだろ」

 

 

「いいのか、十香」

 

 

「助けたいと言ったのはシドーではないか。それと…今まで何かワケのわからない理由で苛ついてしまってすまん」

 

 

十香は玉座に乗るように促しながら言った。士道は十香の乗った後ろの部分に乗りながら十香に返した。

 

 

「いや、あれは俺が悪かったし。でも、これだけは誤解しないでくれ。俺は十香を大切じゃないって思ったこともないし、それに大切に思ってなかったらデートには誘わねえよ」

 

 

「そうか…」

 

 

十香はそんなことを士道に真面目に言われてしまったら照れてしまう。士道からは十香の後ろ姿しか見えてないので顔を紅くなっているのは見えていないはずだと言い聞かせて心を落ち着かせた。

 

 

「それでは、いくぞ」

 

 

「おう」

 

 

ダンッ――――という爆音が聞こえたかと思ったら士道は後ろに吹き飛ばれそうになった。玉座に抱きつくように掴んでいなければもう既に下に落ちていたのかもしれない。だが、これならばものの数秒で四糸乃の元へと辿りつくだろう。

 

 

「どうやら私はここを離れなければならないらしい」

 

 

どういうことなのかと一瞬思ったが、高速で動いているため視界がぐにゃりと歪んでいる中でもその理由を知ることができた。それはASTが十香の精霊の力を探知して構成員の一部がこちらに向かっているのである。その中には折紙の姿もいた。

 

 

「シドーはこのまま掴んでいればあそこに着く。後は任せたぞ」

 

 

それだけ言うと十香は近くの建物へ飛び移った。これで十香の制御から離れたことになるが前へと進む勢いは無くならない。

 

 

「うおっ!」

 

 

十香が離れてからものの数秒で氷のドームの外壁へと到着した。玉座は尚も前に進もうとする勢いはあったものの瞬間的に凍らされ自分自身も氷漬けになりそうになり飛び降りなければならなかった。

 

 

「さてと、これからどうしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シドーにはあんなことを言ってしまったが、今の状態での私ではメカメカ団もといAST共を相手にするのは厳しい)

 

 

そう、十香は士道と別れた途端にASTに囲まれた。さっきまでは何の力を持っていない一般人の士道がいたから手出しが出来なかったが、士道がいなくなれば被害を考えることもない。

 

 

 

十香は鏖殺公(サンダルフォン)を正面に構えた。この態勢が一番どこからの攻撃に対応もできる。

 

 

「打て!」

 

 

先に動いたのはASTだった。いや、先に動かざるを得なかったと言った方が正しいか。仮にAST側から動かなければ沈着状態に陥ることになり、<ハーミット>の対処が余計遅れることになる。ならば瞬間的に物量で押し通す。

 

 

各々がアサルトライフルのようなものを構えて十香目掛けて魔力の篭った弾丸を打ち出す。

 

 

「ッ!」

 

 

本調子ならば態々避ける必要もなく手を翳すだけで弾丸を弾くことができる。だが、今の状態の十香では一発喰らうだけで致命傷になる可能性はほとんどないが、それでも一発だけで手負いになるのは必至だ。

 

 

そのため無理に鏖殺公で弾くことをせずに足を動かして避けた。部隊が分割されているといわれても基本的には一対多の戦いなので自然と避けるだけでは躱すことができない弾丸もある。それは鏖殺公を振るうことで躱した。

 

 

ここで整理をしよう。十香の勝利条件とは士道が四糸乃の精霊の力を封印するまで自分に注目させて士道の邪魔させないようにする。そして、封印後に安全に離脱することである。したがって、十香は自ら攻撃をする必要はない。ただ、単に躱しているだけでいいのである。しかし、それだけではASTからの攻撃をとめることはできない。

 

 

「小癪な」

 

 

如何に超人的な身体能力を持っている十香いえども長時間攻撃に晒されていれば集中力が低下してしまう。その証拠に肩に一発の弾丸が掠めていった。このままでは士道が封印する前にやられてしまうと思い十香は鏖殺公を振るい剣圧を飛ばした。

 

 

全開状態の十香ならば回避不可能の絶大な一撃になっていただろうものが、ASTの超人レベルでも殺傷能力はあるものの回避可能のレベルにまで剣圧が飛んでいく速度が落ちていた。十香の大振りの隙を突いて折紙が脇腹狙って突貫してきた。

 

 

「くっ、貴様…」

 

 

十香は鏖殺公の腹を自分の脇腹を覆い隠すように動かし何とか防ぐことができた。ASTのレベルにまで力の落ちた十香では戦闘の訓練を受けているASTの隊員との実力の差が縮まる。さらに、複数人との戦闘なので十香にとって徐々に劣性に戦局が傾いていった。

 

 

(シドーはまだか…)

 

 

士道の方に目を見やると氷のドームの前に立ち尽くしており、解決するにはまだ時間が掛かることが伺える。

 

 

どうにか1対多の状況から各個撃破が出来るような状態に持ち込みたい。だが、そんな都合のいい方法なんてあるだろうか。何か手がかりとなるものがないかと周囲を見渡す。十香の目に映るのは士道の姿とドームを挟んで反対側に陣取っているASTのもうひとつの分隊だった。

 

 

 

その分隊はドームを無理やり破壊するべく近くの倒壊しかけた高層ビルを持ち上げてドームを押し潰そうとしている。あの程度では破壊できないと断じたところで、十香は気づく。

 

 

「そうか…これならば」

 

 

今まで力のごり押しであまり気にしたことはなかったが、魔術師は顕現装置で生成された魔力を脳で指示して攻撃や防御に応用している。その生成された魔力を使ってビルを持ち上げたりすることもできるが、先ほど見ていた限り数人が意識集中させなければ出来ないらしい。ならば、別の何かで脳と意識を使わせればいい。

 

 

「はああああ!」

 

 

十香は今いたビルから飛び降り剣を真横に振るった。そうすると、ビルはバターのように切れて横にスライドをし倒壊していく。完全に倒壊する前に十香は蹴りあげてASTの方へと亜音速の速度で飛んでいく。

 

 

「グアッ」

 

 

「がはっ」

 

 

「ウッ」

 

 

これで3分の2の戦力は消えた。超近距離で亜音速の速さを出してしまえばいくら魔術師といえども回避することは不可能。また、随意領域で止めたとしても大きな隙ができる。

 

 

十香はビルの一部を蹴りあげた後、空気を踏み場にしてASTのいる場所を目指した。そして、一番最初に視界に入った魔術師に剣を振りかぶる。

 

 

「覚悟!」

 

 

ビルを随意領域で受け止めていた魔術師は為す術もなく斬られて地に伏した。

 

 

十香はそれだけでは止まらず次の標的を定めて迫る。その次に狙われた魔術師は折紙だ。

 

 

「甘く見ないで」

 

 

折紙はビルを受け止めることを止め、自らの随意領域を狭め防御を固めた。それを十香の刃が辿り着く前に為し遂げた。その結果、十香の刃はあともう少しのところで届かなかった。今度は逆袈裟で斬り上げようとした。

 

 

「な…ッ!」

 

 

体から霊力が一気に抜けて十香は体に力を入れることが出来ずその場にへたりこんだ。これは、ビルを吹き飛ばすのに相当な霊力を使った代償だろう。

 

 

「こんなところで…」

 

 

折紙はこの状況に少し戸惑ったが、これは精霊を仕留めるチャンスである。魔力出来ている剣ーーーー<ノーペイン>を顕現させて、それを振り上げる。対して十香はそれを防ごうと鏖殺公を持ち上げようとするが上手く持てない。

 

 

(すまぬ、シドー。どうやら私はここまでのようだ)

 

 

十香は諦めて目を瞑り、折紙の剣が体の中に食い込む感覚を待った。だが、それはいつまでも来なかった。

 

 

「女、無事か」

 

 

「だ、大丈夫だ」

 

 

十香の前に立っていたのは体の全てが白く翠の瞳を持つ男ーーーーウルキオラである。しかも、折紙の振り降ろした剣を見ずに素手で止めている。ちなみに、十香は喫茶 十刃(エスパーダ)での事件がフラッシュバックして足が震えている。

 

 

「あなたは何者?」

 

 

内心焦っているのを悟らせないようにしつつ折紙は尋ねた。これに返したウルキオラの答えは事務的なものであった。

 

 

「俺は契約で精霊を護るよう頼まれただけだ」

 

 

「誰に頼まれたの?」

 

 

「それは貴様に言う必要はない」

 

 

「ならば、力づくでも聞きだす」

 

 

折紙は掴まれている剣に自身で生み出した魔力の全てを注いだ。刀身は青く耀き今までにない程の高熱を生み出しウルキオラの手を焼く。この方法ならば通常の精霊にでもダメージを与えることができる。

 

 

「やはり、所詮は人間のレベルか」

 

 

「!!」

 

 

剣を掴んでいるところからは煙が上がっていたが裂傷どころか皮膚でさえ焦げてもいない。全くの無傷である。これは破面(アランカル)の特性である鋼皮(イエロ)の恩恵によるものだ。自身の霊力に比例して皮膚の硬度が上昇していくのだが、ウルキオラの場合は以前に力の完全覚醒をしていないものの一護の斬撃でさえ胸に一筋の裂傷しか与えることができない程のものだ。ウルキオラからしてみれば当然の結果だった。

 

 

(俺達)と人間との間の差はほんの一握りの例外を除いて決して覆えることはない。」

 

 

あまりの傍若無人の物言いに折紙はそれを否定しようと<ノーペイン>を押し込もうとするが全く動かすことができない。対してウルキオラは涼しい顔で平然としている。少しして折紙の力を測り終えたのか掴んでいた刃を折紙ごと投げ飛ばす。

 

 

「がはっ」

 

 

投げ飛ばされた折紙はビルの壁に打ち付けられ肺の中に収められた空気を全て吐き出され血反吐もせりあがりそうになったが飲み込んだ。そして一拍置いた後に自分の打ち付けられたビルからコンクリ―トが粉々になっていく音が聞こえてくる。そして数秒後にビルが崩壊していく現実を見て愕然とした。

 

 

「わかったか」

 

 

「!」

 

 

折紙は再び驚愕に染められた。戦闘中に気を抜くことは命を落とすことに直結している。折紙はそのことを理解しているし、今だって気を抜いたつもりはない。その集中している状態でウルキオラは気づかれずに一瞬で近づいてみせたのだ。

 

 

これが力の差。だが、折紙とてこのまま黙って精霊を見逃すことはできない。自分を奮い立たせるかのように咆哮した。

 

 

「私は認めない。精霊が闊歩する世界を」

 

 

「そうしたいのなら力づくで俺を倒してみろ」

 

 

折紙は<ノーペイン>を正面に構え、ウルキオラは自然体のまま動かない。現在動ける隊員でもウルキオラから放たれている異様なプレッシャーで自分から仕掛けることないし不用意に近づくこともできない。一歩でも間違えれば一撃で即死ということもあり得る。

 

 

(一護から頼まれた時間稼ぎならば、こちらは問題はないか。籠城している精霊に対処する部隊もスタークならば問題ないだろう)

 

 

念のために横目でスタークの様子を見るが、欠伸をしながらも敵を無力化していっている。それだけでなく、基本的に争うことが嫌う彼なりの配慮で相手全員を斬り伏せることなく柄や峰で意識を刈り取っていく。スタークを外に引きづり出すのに少々乱暴な手を使ったが、実力は本物であるとウルキオラも認める。

 

 

ついつい気になってしまってスタークの方に少し意識を向けていたウルキオラだったが、その間に折紙もその他の誰もこの膠着状態を破ることをしなかった。

 

 

(実力の差ぐらいは理解しているということか…)

 

 

だが、それは長くは続かなかった。痺れを切らしたのかウルキオラが意識を逸らしていたときに何か作戦を建てたからかはわからないが折紙は真っ直ぐウルキオラの胸を貫くつもりで向かってきた。それにウルキオラは右手を折紙に向けることしかしなかった。そして一瞬という時間が過ぎ去って、ついに折紙とウルキオラが激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四糸乃が籠城しているドームの目の前にいる士道は自分が持っている精霊の関しての知識では明らかに四糸乃の元へと辿りつけないことをわかっていた。そこで琴里に知恵を借りるためにインカムを付け直したのだが、いきなり罵詈雑言の嵐だった。

 

 

『本当にあなたたち何なの!?十香が機嫌を崩さなかったからいいものの、士道は一護みたいに通信を自分から切ってあんなことを言うなんて軽率よ。バカなの、死ぬの』

 

 

「悪かったって、説教は後で必ず聞くから今は…」

 

 

『わかってるわよ。今は四糸乃を助け出すことが先決だということぐらい。全力でサポートするから必ず助け出しなさい』

 

 

「おう」

 

 

士道が返事したことを確認すると琴里は四糸乃が籠城しているドームについて説明を始めた。

 

 

この周囲を囲んでいる氷のドームはただの雪の結晶が飛んでいるわけではない。氷の塊が音速に近い速度で吹き荒れているのである。要するに、ドームの中に入ればガトリングガンのように夥しい量の弾丸に晒される。さらに、その氷の塊には霊力が込められており他の霊力や魔力を帯びているものが触れると氷漬けにされてしまう。

 

 

『しかも時間もないわ』

 

 

「具体的にはあとどれくらいなんだ?」

 

 

『四糸乃がドームを展開してからこの辺りの気温が物凄い勢いで下がっているのよ。ちなみに、今の気温は-5℃。フラクシナスのAIの予測だと、ここから先は加速度的に気温が下がる速度が速まっていくわ。人間の活動限界まであと10分よ。そのあとは絶対零度へ一直線』

 

 

 

士道の今の服装は半袖で直に寒さを体に伝えてくる。琴里は人間の活動限界まで10分と言っていたが、実際はもっと短いと士道は予想した。それを証明するように手から先の感覚がもう既に無い。

 

 

「そうか。なら、四糸乃を助けられるのは俺しかいないな」

 

 

『そうよ。いま、中に入る方法を計算するから』

 

 

「どうやら、そうは言ってられないみたいだ」

 

 

『え?』

 

 

ドームの中から地鳴り声が聞こえてきたと思ったら、更に周囲の外気の温度が一段と下がった。いきなりの出来事にインカムを通してフラクシナスのクルーの慌て具合が伝わってきた。どうやら、この急激な外気温の低下は先ほどのAIが導き出した結果よりも更に悪化しているらしい。

 

 

「ひとつ聞きたいことがある?」

 

 

『なに?』

 

 

士道は十香との精霊の力を封印するためのデートでのことを思い出し琴里に尋ねた。

 

 

「十香の精霊の力を封印したとき――――俺は撃たれた(・・・・)よな」

 

 

『ええ』

 

 

琴里は特に大きな反応もせず士道の言葉に肯定の意を示す。それに続いて、簡単に力の解説をする。

 

 

『士道に備わっている力はアンテットモンスターもびっくりのチート蘇生能力よ。だから、あなたは今生きているのよ』

 

 

これで士道の腹は決まった。現在進行形で悪化している状況からみても四糸乃を助けられるのは士道しかいないことを認識させられた。自分で決めた行動に移す前に琴里にひとつ聞いた。

 

 

「なあ、その蘇生能力も封印する力も原因不明で俺に備わっている力でいいんだよな?」

 

 

『封印の方はそうだけど、蘇生能力の方は少し違うわ』

 

 

「少し違うって?」

 

 

『それは…』

 

 

今までの司令官モードでは考えられないくらい琴里は言葉に詰まった。インカム越しの息遣いからこのことを言おうか言わざるべきか迷っていることが伺えた。

 

 

「もし言えないんだったらもう言わなくていいよ。俺の可愛い妹が伝えない方がいいと判断したんなら、きっとそうなんだろ」

 

 

『…一端の口を利くようになったじゃない』

 

 

「それはどうも。それじゃ、俺はもう行く」

 

 

士道は前に歩き出した。しかし、目の前には氷のドームがある。それでも士道は歩みを止めなかった。

 

 

『もしかしてあなた…ダメよ!認められないわ!』

 

 

司令官モードの琴里のただならぬ様子に士道は苦笑した。

 

 

「おいおい、俺には蘇生能力があるんだろ。十香のときには俺が撃たれたっていうのに平然としてたそうじゃないかよ」

 

 

『そのときとは状況が違うわ。あなたのやろうとしていることは5メートルの距離を撃たれながら進むということよ。それに、あのドームの中では魔力に反応して凍らせられるわ。』

 

 

「でも、やるしかねえよ」

 

 

決して自分の意思を曲げない士道にたまらずという感じで琴里が叫ぶように言う。

 

 

『わからないの!?あのドームが魔力・霊力に反応するということは、体が損傷してそれが回復する前に氷漬けになるかもしれないのよ』

 

 

「そうか…俺の力ってのは精霊の力なんだな」

 

 

『っ!』

 

 

士道の指摘で失言してしまったと気づいた琴里。本当はまだそのことを言うのにまだ心の準備ができていない。だけど、今は士道を止めなければならない。

 

 

『止まりなさい、士道。おねがい、止まっておにいちゃん』

 

 

今の琴里は司令官としてでなくひとりの兄を持つ妹として士道を止めようとした。しかし、それでも士道の歩む足は止まらない。

 

 

「ありがとう」

 

 

その一言を伝えられた後、琴里のいるフラクシナスと士道の装着しているインカムとの通信は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、琴里を心配させやがって」

 

 

今、ドームの前には漆黒の衣を身に纏った派手なオレンジ頭の男―――、一護がいた。そして一護の視界で捉えられているの中でドームからほんの少しだけ士道のものだと思われる足が伸びていた。

 

 

一護は内心ではきっと自分も士道と同じことをするんだろうな、と思ってしまったので士道のことを言えない。

 

 

「必ず戻ってこいよ」

 

 

一護はドームから伸びていた足の足首の部分を掴んで引き抜いた。士道の体は血まみれで体組織はズタズタに引き裂かれ、そして所々氷に覆われた部分もあった。生きている可能性なんて全く皆無の士道なのだが一護は目を反らすことはしなかった。

 

 

「戻ってこい、俺が必ず現実にしてやる」

 

 

一護は胸にあるものを見てから士道を見る。しかし、未だ士道の体には変化がない。だけれども、一護は必ず戻ってくると信じ士道の額にそっと手を置く。

 

 

すると、士道の体から紅い火が燻りだした。そしてその火は大きくなり炎となりて体組織を再構成していく。それは氷漬けにされている部分も例外ではない。最終的に士道の体は全て焼き尽くされ完全に癒された。

 

 

「俺は…」

 

 

「よう、起きたか」

 

 

「兄貴…」

 

 

目覚めたばかりの士道は周囲を見渡して目の前にドームがあることを認識して自分がドームの中に辿りつけなかったということを悟った。

 

 

「俺は辿りつけなかったんだよな」

 

 

「そうだな。しかも、俺が助けなかったら完璧に死んでた。けど、俺がいる限り誰も死なせねえ」

 

 

一度救われた命、こんなことを言ってしまえば一護は憤慨するだろう。だが、士道はそれを覚悟の上で言った。

 

 

「四糸乃を助けにいく。兄貴が止めたって俺は進むから」

 

 

一護はフッと少し笑うと士道の背中に向けて言い返す。

 

 

「助けるのに誰が止めるかよ」

 

 

瞬歩で刹那の間に士道の横に移動した。そして、士道の肩を抱えながら言い放った。

 

 

「ただ、違うやり方で俺たちの戦争(デート)を終わらせてやる」

 

 

一護は士道の肩を抱えながら後方に移動した。士道はわざわざ距離を取る意味を図りかねたが、一護のやることならば勝算があるだろう。

 

 

「士道、危ないから少し離れていてくれ」

 

 

「おう」

 

 

士道が一護から離れたことを確認すると斬月を両手で握り、真上に突き上げる。一護が一息吐いた次の瞬間、一護の体から猛烈と表現しても足りないような暴風が発せられた。

 

 

「おわっ」

 

 

あまりの暴風に士道は吹き飛ばされたが電柱を掴んで何とか態勢を整えることができた。士道は吹き飛ばされたことから一護に風が集まっていっていると思ったが実際はそうではなかった。その風の正体は一護の持つ特殊な力――――霊力が集まっていく余波が風なのである。その証拠に一護の持つ斬月の刀身は蒼く輝き、空間に絶対の威力を持つことを示している。そして斬月に迸る霊力は天高く立ち昇る。

 

 

「なんだよ…それ」

 

 

「俺のとっておきだ」

 

 

今から使おうとするものは現在の一護(・・・・・)の持つ最強にして唯一の技。そして、何度も使い慣れ親しんだ技の名前を叫ぶ。

 

 

「――月牙天衝」

 

 

ついに荒れ狂う膨大な霊力が一瞬にして解放された。斬月から放たれたそれは正に極光。それの前に立ちはだかること自体が愚かだと思える程一切を無に帰していく。それは四糸乃の生み出した氷のドームも例外ではない。如何に魔力・霊力の込められた攻撃は氷漬けする効果があるとしても、この圧倒的な霊力の奔流には無意味であった。そしてドームを崩壊させた後、その霊力の奔流は空に向かっていき彼方へと消えて行った。町全体に雪を降らせていた永遠に続いているように見えた雪雲を完全に消滅させるという置き土産を残して。

 

 

 

「すげえ」

 

 

士道は思わずそのような言葉を漏らした。自分が蘇生能力を駆使してでも辿りつけなかったものを跡形もなく壊した。士道の持つ語彙では今の状況から言えるのはそれしかなかった。

 

 

「なに、そこで突っ立ってるんだ」

 

 

「え?」

 

 

「え?じゃねえよ。今が精霊の力を封印する絶好のチャンスだろ」

 

 

「あ…」

 

 

一護が先ほど使用した技――――月牙天衝が頭に残り過ぎて精霊の力の封印のことなんて一欠片も士道の頭に残っていなかった。

 

 

「そのためにこいつを撃ったんだから。早く行け」

 

 

一護は早く四糸乃の元に行くようにと士道に促した。しかし、士道はその場を動こうとはしなかった。

 

 

「まじで、どうしたんだよ?別に俺の言葉が聞こえてないわけはないだろ」

 

 

「今回は兄貴が行った方がいいと思う」

 

 

「は、何でだよ?お前がいないと精霊の力を封印できないだろ」

 

 

「それはそうだけど…今回は俺が兄貴に助けてもらった、というよりも兄貴が四糸乃を救ったと思うんだ。だから、四糸乃に最初に会うのは兄貴のほうがいい」

 

 

士道はそう言いながらうさぎのパペット―――よしのんを一護に手渡した。

 

 

一護は手渡されたよしのんを見てから士道を見た。一護の目に映る士道の顔は四糸乃のことを第一に考えた結果として頼まれてほしいということを読み取れた。

 

 

「わかった。俺が行く。だが、お前も来い」

 

 

一護は士道の襟首を掴んで強制的に四糸乃の元へと連れて行った。一護も四糸乃を助けるのに自分だけの力だけでなく士道の対話も大きな要因にあったということが解っている。そうでなければ、四糸乃がASTの攻撃を当てられて堕ちて行った際に受け止めに言った士道を護ろうとしなかったのかもしれなかったのだから。

 

 

「っ!一護さん…士道さん」

 

 

「よう、四糸乃」

 

 

「やあ」

 

 

四糸乃の反応に一護、士道という順で返していく。すると、四糸乃の瞳にじわじわと液体が満ちて零れた。

 

 

「「お、おい」」

 

 

いきなりの四糸乃の涙にどうすればいいかわからない2人。それを見た四糸乃は止まらない涙を拭いながら今の自分の気持ちを語った。

 

 

「中から…見ていて…色んな人が倒れて…つらかったです。一護さんと士道さんが…その中に入っていたらと思うと…苦しかったです。でも…一護さんと士道さんが無事で…」

 

 

話している途中で申し訳ない気持ちと無事で嬉しいという気持ちになってさらに涙が流れていった。その四糸乃に一護は同じ目線になるように座って頭に手を置いた。

 

 

「ごめん、俺が四糸乃にこんな思いになる前に助けることができなくて」

 

 

実際、一護は氷漬けにされた影響でフラクシナスの転送装置が使えない上に緊急脱出用の非常ドアも開かなかったことから外に出る手段がなかった。それは今も続いているのだが、一護は自身で外に出られることに胸にある崩玉を見るまで気づけなかった。だから、四糸乃に怖い思いをさせたり士道にあんな目に合わせることになってしまって全ては自分の責任である。

 

 

それを踏まえて一護は手に持っていたよしのんを装着して四糸乃に誓った。

 

 

「だから、これからは四糸乃を俺と士道が護る。もう絶対に痛い思いはさせねえ、約束だ」

 

 

『よしのんも護るからねー』

 

 

「一護さん…士道さん…よしのん!」

 

 

一護は自分から見てもかなり下手くそな腹話術だったが、それでも四糸乃には痛みを分かち合ってくれる仲間がいることを教えたかった。そして、装着していたよしのんを四糸乃に渡した。

 

 

「ありが…とう…ございます」

 

 

「礼なら士道に言ってくれ。よしのんを見つけたのは士道なんだから」

 

 

四糸乃は士道に向けて感謝の意を込めてお辞儀をした。そして一歩下がった状態で一護と四糸乃を見ていた士道を呼んだ。

 

 

「これだけは…一護さんと士道さんにしか…したくありません」

 

 

「何だ?」と尋ねたかった一護だが唇が押さえつけられた―――四糸乃の唇によって。それに続いて士道の方からも唇が触れた音が聞こえた。

 

 

一瞬何が起きたか分からなかった一護と士道だがすぐに変化は訪れた。突如として崩玉が輝き、その光が四糸乃の霊装と天使を奪い去った。それに次いで一護の中で熱い何かが通り抜けて出ていく。

 

 

(何だ、今のは?こいつは精霊の霊力なのか?)

 

 

そして一護はもうひとつ気づく。一護の体を通り抜けて出て行った四糸乃の霊力は何か細い糸を通り士道の方へ向かっていた。最初は驚きはしたが崩玉を従えている一護はこの現象を理解した。どちらにしても、四糸乃の精霊の力は封印されたと。

 

 

「!?」

 

 

いきなり霊装が消えたことに驚く四糸乃。だけど、四糸乃が一護と士道に見せた表情はこれまで以上に晴れやかだった。そして一護が斬り開いた陽は四糸乃の新たな門出を祝福しているようだった。


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