ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか   作:BBBs

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超久しぶりに


心躍ったあの子

 事態は収束しつつあった。

 どこからともなく地上に現れた怪物たち。

 この騒動を収めようと現れた【ロキ・ファミリア】。

 Lv.8のフィン・ディムナを筆頭に、Lv.7の幹部たちが勢揃い。

 怪物たち、異端児(ゼノス)たちは一方的に蹂躙された。

 その理由は単純で能力が違いすぎていた、必死の抵抗も路端の小石を蹴っ飛ばすように叩きのめされた。

 

 残るモンスターたちを鎮圧しようと歩を進めようとした時、地面が割れて金属の巨人が現れる。

 3メドルほどの、銀色に輝く巨体の人形兵(ゴーレム)

 だがそれもごく僅かな時間稼ぎにしかならなかった。

 敵だと判断したティオネが飛びかかり、手元で回転させた大双刃(ウルガ)の刃をゴーレムの頭部に叩き込んだ。

 ゴーレムの頭頂部から大双刃が食い込んで上半身が吹き飛ぶ形で両断、クレーターを作りながら地面に食い込んで完全に沈黙した。

 現れてから5秒も経っていない、至高の魔道具と言っていいフェルズ渾身の超硬金属(アダマンタイト)製ゴーレムがたった一撃で破壊された。

 

 体が骨だけでなかったら盛大に表情を引きつらせていただろうフェルズ、呆然とするその背後に現れたのはフィンの指示で網を張っていたガレス。

 いざ黒衣の怪しい存在、フェルズを捕らえようとしたガレスは凄まじい衝撃を耳にした。

 それは咆哮、心弱き者を強制停止(リストレイト)させる雄叫び。

 力強い咆哮にガレスの脳裏にあの怪物の姿がちらついて、フェルズから注意をそらしてしまった。

 その隙に辛うじて逃れたフェルズ、下手を打ったと表情を曇らせて咆哮の発生源へと駆け出したガレス。

 

 だが、しかし、傾いていく。

 異端児たちの危機に駆けつけたミノタウロスも、奮戦虚しく圧倒される。

 Lv.5の冒険者であっても、打倒されかねない力を持っている。

 しかし相手が悪すぎた、もし彼ら彼女らがLv.6であったなら、まだ戦いになっていただろう。

 現実は仮定よりも無慈悲で容赦はない、猛牛に躍り掛るLv.7の冒険者たち。

 背中に背負うもう一本の武器を抜き出す隙がないほど、防戦一方のミノタウロス。

 

 何より冒険者たち、ロキ・ファミリアの面々はこの武装した猛牛を上回る怪物との死闘、その経験がこの戦いにおいての圧倒的な有利を生み出す結果になっていた。

 

 事態は収束しつつあった、このミノタウロスを打倒して捕縛し、残るモンスターも鎮圧して騒ぎを収める。

 その段階に片足を突っ込んで、盤面はもう異端児たちに傾くことはない所まで来ていた。

 異端児たちを助けようと隙を伺っていた者たちも、隠れたまま絶望的な状況を見やるしか出来ない。

 どうすればいい、どうやったら助けられると必死に思考を回すが思いつかない。

 ガレスから逃れたフェルズもその一人で何か無いか、この状況を打破できるものはないかと周囲を見回してしまうほど他の何かに頼らざるを得なかった。

 

 だが現実は非情だ、ロキ・ファミリアを退かせる異端児は居らず、状況打破を見込める何かも存在しない。

 これで終わり、事態は収束する。

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

「っ! 上だ!」

 

 フィンが叫ぶ、上空を横切る一瞬の影に気が付いて警戒の声を上げる。

 武装したミノタウロスと正面から対峙していたベートを筆頭に、上空から迫る光を回避した。

 それは轟々とした火炎、武装したミノタウロスの周囲を薙ぎ払うブレス(・・・)

 顔を覆ってしまうほどの熱量の中に、襲来した何かが降り立った。

 

「……青い髪、青白い肌、額に赤い宝石、竜女(ヴィーヴル)、それも変異種か」

 

 フード付きのローブから見える容姿から、フィンは何のモンスターか当てて見せる。

 種族を言い当てられたヴィーヴルは広げていた蒼い翼(・・・)を折り畳み、指先の爪が鋭く伸ばす。

 小柄ではあったが蒼い翼もあるせいか、見掛けよりも一回りも二回りも大きく見える。

 しかし本来ならヴィーヴルは中層レベルのモンスター、変異種であろうがLv.6や7の戦闘に割って入れるわけもない。

 それ故か、隣のミノタウロスは横目でヴィーヴルを見て、眉間に皺を寄せて唸り声をあげる。

 

 唸り声を向けられたヴィーヴルは反応せず、対峙するロキ・ファミリアだけを注視している。

 それは当然で、この隣のミノタウロスは異端児(ゼノス)の中でも破格の実力者で、その破格の実力者でも防戦一方になっていたのだ。

 油断なんてしようもない、()に比べたら比較にならないほど弱者であっても、ヴィーヴル(わたし)を殺すには十分な力を持っている。

 

「へっ、そこの牛野郎が負けそうだから助けに来たって訳か」

 

 ベートがつまらなさそうに言葉を吐く、事実その通りであった。

 あと一分もあれば武装したミノタウロスは膝を折っていただろう。

 それほどまでに実力差があり、圧倒的過ぎた。

 まともに戦えば負けるのは必至、それでも皆を助けるために降りてきた。

 

「………」

 

 呼吸を整える、足を開いて腰を落とす、腕を上げて爪を構える。

 戦闘態勢を整える、それに呼応して背中の武器を左手に取るミノタウロスとロキ・ファミリアの面々も構える。

 

「皆、このヴィーヴルも捕縛するよ」

 

 ギギギと槍の穂先を地面に擦らせ、フィン・ディムナも戦闘に加わる。

 彼我の戦力差は埋められずに、さらに広がった。

 それでもと、双方に緊張が走り、戦闘の火蓋が再度切られた。

 

 一番槍で突っ込むのはベート、目標はミノタウロス。

 この場で一番弱っているミノタウロスを落とし、ヴィーヴルに戦力を集中させようと躍りかかる。

 高速の突進、咄嗟にミノタウロスは斧の柄で爆発的な蹴りを受け止める。

 そこにヴィーヴルが爪でベートを切り裂こうと踏み込むも、風のように吹き付けてくるアイズの刺突が飛んでくる。

 辛うじて左手の爪で受けて逸らしに掛かるも、押し込まれて切っ先が左肩の鱗に当たって火花が散る。

 体勢を崩しながらも右手の爪をアイズの腹部に突き出そうとした時には、槍の穂先が目前に迫る。

 

 アイズの肩口からフィンの一突き、当たれば致命傷は避けられない。

 何とか避けようと頭を動かすも間に合わない、死を確信する一撃が飛び込んでくるが。

 

「防いだな」

 

 ヴィーヴルの視界に右から分厚い刀身が飛び込んできてフィンの一突きを防ぐも、突如ミノタウロスがヴィーヴルを巻き込んで吹き飛ばされた。

 ミノタウロスの背後にはティオナが迫り、ベートの蹴りを受け止め、アイズを攻撃した瞬間の無防備なミノタウロスの右わき腹に大双刃(ウルガ)の腹を叩き込んだのだ。

 吹き飛ぶも何とか踏ん張り、転倒することは防いだが戦況は悪化の一途を辿る。

 

「グッ、ゴァッ」

 

 ボトボトとミノタウロスの口から激しく吐血、ガレスに次ぐ腕力で大双刃(ウルガ)を叩き込まれたのだ。

 殺さないよう手加減をしていたとは言え、普通のミノタウロスなら見ていられないくらいに脇腹が大きく陥没していただろう。

 この武装したミノタウロスだから耐えれた、それほどまでの威力。

 

「ティオナ! もう少し手加減しなさいよ!」

「ごめーん!」

「……っ」

 

 戦意は衰えずとも、大きなダメージを負ったミノタウロスを見たヴィーヴルの胸の内に現れたのは悔しさと悲しさ。

 わかっていたつもりであったが、ここまで足手まといになっている事に悔しさが湧き出る。

 助けに来たつもりが助けられた、少しは強くなったと思えば遥か高い山岳の麓にすら届いていない悲しみ。

 このまままともに戦えば先ほどと同じ光景になる、ヴィーヴルは決心して息を吸い込もうとする。

 

 その時、一人の男が必死に叫びながらリヴェリアのもとへと駆け込んできた。

 何事かとリヴェリアがその男、ロキ・ファミリアの団員を見る。

 必死過ぎて過呼吸を起こしながらも何かを言おうとして咽せ、それでも肺から空気を捻り出して言葉を発した。

 

「やっ……、こく……、アス、ア……」

「落ち着くんだ、ゆっくりでいい」

 

 肩で何とか呼吸している団員を迎い入れ、まずは落ち着かせようとリヴェリア。

 だが団員は構わず口を開く。

 

「やつ、やつがぁ! 出てきっ……! こくっ、こくぅっ、黒炎っ!」

 

 出てきてはいけないその言葉を耳にしたリヴェリアは、瞬時に眉間に皺を寄せた。

 

「……まさかっ!」

「やつがっ! 黒炎がっ! アステリオスが地上にっ!!」

「なっ!?」

 

 顔を青くした団員の絶叫じみた声を上げて卒倒し、この場に静寂が発生してしまった。

 武装したミノタウロスとヴィーヴルを捕縛しようとしていたベートやティオネたちは、その絶叫を耳にして動きを完全に止めてしまった。

 異端児側にとってそれは唯一にして最大のチャンス、どこからか黒玉が投げ込まれて割れ、夥しいまでの黒い煙があっと言う間に周囲を包む。

 ほぼ同時に黒い煙の中から弾けるような音が響き、親指が震え嫌な悪寒を感じたフィンはリヴェリアに結界を張るように叫ぶ。

 同じく悪寒を感じていたベートは弾ける音がした方向、猛牛が居た方向へと全力で突っ込んで蹴りを繰り出し、その瞬間視界を焼く閃光が走った。

 

 僅かに遅れてリヴェリアの張った緑光の結界を、激しい電撃が叩いた。

 一瞬の電撃が収まった瞬間、結界の境目に飛ばされてきて着地したのはベート。

 次いでどこからか怪物の雄叫びが響き、黒煙から飛び出してくる燃え盛る炎が周囲の民家に火を付けた。

 たった一言で傾ききっていた天秤が、反対側へと一気に傾いた。

 負傷者、怪しい黒煙、火が燃え移る民家、それらの対処に追われたロキ・ファミリアの面々は異端児たちを逃す結果と成った。

 

 悠々、とはまでは行かないが確実に捕らえることが出来た状況で取り逃がしてしまった。

 中々に大きな失態と言えるが、それを負ってでも解決しなければいけない巨大な問題が降って湧いたのだ。

 この場をロキ・ファミリアの第二級冒険者たちに任せ、幹部たち七人は人伝いに聞きながらアステリオスが出たと言う東の商店街へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し時を遡る。

 

 

 

 

 

 めんどくせぇ、一体いくつ有るんだよ、これ。

 

 数えるのが面倒くさくなってくるほど行く手を遮る人工迷宮の扉を押し開きながらのアステリオス。

 アステリオスが張り手によって強制開扉を行った際、扉の反応は二つに分けられた。

 一つは変形しながらも衝撃に辛うじて耐えた扉が弾けるように開いて、勢い収まらず通路の壁に激しくぶつかりけたたましい音を鳴らして壊れるか。

 もう一つは耐えきれず蝶番からもげるように壊れて飛んだ扉が床、天井、壁にぶつかりながら高速で通路の奥に消えていくか。

 そんな光景を何度も繰り返して内心だけ疲弊しながら到着したのは、赤に塗れた空間。

 

 新鮮で濃厚な死臭が漂う空間は、見るも無残な遺体で彩られていた。

 生きている者は誰も居らず、音を発するのはアステリオスだけだった。

 その光景を見て眉間に皺を寄せるアステリオス、切った張ったに慣れた冒険者でも吐き気を催す、肉、血、内蔵、骨が散らばる光景に嫌悪した──のではない。

 

 うえっ、足の踏み場ないじゃん。

 

 漂ってくる血肉や内臓の匂いや悍ましい景観など全く気にせず、ただこのまま進めば足が汚れる事に嫌な顔をしただけ。

 壁や天井を使って移動しようにも、振りまいたように血が通路全体に塗れている。

 

 こうなったら、汚物は消毒だ~!!

 

 そんな様子で吸気、息を軽く吸って、フッと窄めた口から息を吐く。

 途端に口から吹き出た炎が通路の隅々を舐めながら遠路の奥へと消えていき、散らばっていた残骸が始めから無かったかのように消えた。

 通路の景色が歪んで見えるほどの超高熱ではあったが、超硬金属(アダマンタイト)の通路を溶解させるには至らず、軽く赤熱した程度で収まった。

 耐熱装備が必要な迷宮の溶岩地帯が可愛く見える高温の空気の中、アステリオスは悠々と進んでいく。

 途中檻が散乱する広間があったが、死体があるだけでとくに見るべき所もないのでそれなりの速さで上に登っていく気配を追いかける。

 部屋を横切り、通路を進み、あったのは上へと続く長い長い階段。

 実に十七階層分の階段が、遥か上方に続いていた。

 その階段を見て、アステリオスは飛んだ。

 この長い階段は五段飛ばしでも結構な時間が掛かる、追いかけていた気配は遥か上方で途切れた。

 外に出たんだろう、追いかけるのはここでやめてもいい。

 此処は初めて来るところで、探索してみるのもいい。

 

 ──だが、飛ぶ。

 

 二段飛び三段飛び、なんて可愛いものではなく五十段飛び百段飛びと石階段を破壊しながら跳ね上がっていく。

 あっという間に出入口へと到達する、開いたままの扉の先からは依然見た光。

 あの時と同じような衝動は無い、光の中に入ってはいけないと言う感覚もない。

 だから、光の縁へと手を掛けた。

 ひょっこりと頭半分だせば、(リヴィラの街)で見た街並みに似た景色。

 石造りの建物が下の街とは比較にならない犇めき合っている。

 

 その建物の隙間、路地は幾つにも分かれながら伸びている。

 上を見上げれば天井、ではなく建物に切り取られた青。

 それは空と呼ばれる、地下で見られる天井とは比べ物にならないほどに澄んだ大気。

 余りにも当たり前に存在する光景は、地下定住者(ダンジョン暮らし)であるアステリオスには未知の光景。

 息を吸えば地下では決して感じ取れない雑多な匂いに溢れ、四方八方から聞いた事のない音が耳に入ってくる。

 

(スゴイ! ナニコレ! ドキがムネムネする!)

 

 初めて尽くしで語彙力を失った牛はピョンと跳ねて飛び出る。

 キョロキョロと周りを見ながら、一番雑多で大きい音が鳴る方へとドシドシと進んでいく。

 遠慮なく狭い路地から姿を現せば、そこは通りだった。

 出店や露店が立ち並び、希望の商品を探して住民たちが闊歩する。

 その中に突然頭4つ分はあるだろう、行き交う人々より飛びぬけてデカイモンスターが突然現れたらどうなるか。

 

 

 

 

 

 

 住民たちが初めに感じたは困惑だった、「あれはなんだ?」と言う疑問。

 避けることを知らず、左右を見まわしながら住人とぶつかる。

 悲鳴が上がるかと思えばそうではない、ズンズンと通りを進んでいるが住民の事など視界に入っていないような歩みで雄叫びを上げるとか住民に襲い掛かるとか、危害を加える行動を取る訳でもない。

 その行動はまるで初めて都会に出かけてきた田舎者のおのぼりさん。

 

 時折足を止めて露店の商品を眺めて手に取って潰してみたり、出店の食べ物を手に取って嗅いだり食べてみたり。

 冒険者だろうが代金を払わずそんなことをすれば咎められるが、巨大な牛の顔が覗けば店主は驚愕のあまり停止した。

 それを見ていた住人は、ミノタウロスの被り物をした巨漢が何かしているのかと思うだけ。

 だから牛人の下から上まで、全身を見た。

 

 足先は靴ではなくて蹄があり、足は人の胴よりも太く、胴体は筋肉でミチミチに盛り上がっていて、腕は丸太よりも太くて、頭は牛で真っ黒な太く長い角が生えている。

 ミノタウロスの着ぐるみを纏っているわけではなく、被り物をしている訳でもない、明らかに人間ではない存在。

 

「……モンスター?」

 

 疑惑の声は周囲に広がる、その巨体に注目が集まる。

 一目でわかる威容に疑惑は確信に変わり、驚愕と恐怖が爆発する。

 

「モ、モンスターだぁぁぁぁ!?」

 

 叫び声が上がる、悲鳴が連鎖する。

 赤黒い巨体から離れようと住民たちが走り出す。

 波が引くように、アステリオスの周囲から人影が遠ざかる。

 当のアステリオスはそんな住民たちを意に介さず、出店や露店の商品を見て回る。

 時折鼻先で建物の窓ガラスを割って室内を眺めたり、出店に置いてある樽を割ってみたり。

 

 そんな危機感の欠片もない自由気ままな露店巡り、興味を引いた物を手に取り食べたり曲げてみたり。

 幾つか露店を回っていれば、当然モンスター騒ぎを聞きつけた冒険者たちが駆け付ける。

 

「ミノタウロスだと!? なんでモンスターがダンジョンから出て来てるんだ!!」

 

 モンスターがダンジョンから出てきた情報をギルドは把握しており、その対策に奔走していた。

 だがその情報がオラリオ中に広まるまで少々の時間が掛かる、その少々の時間の間に黒炎のアステリオスがクノッソスを経てダンジョンから現れた。

 故にこのパーティーの冒険者たちは別の場所で起こっているモンスター騒ぎの事を知らなかった。

 

「他にもまだ居るかもしれねぇ、さっさと仕留めるぞ!」

 

 彼らはLv.3の冒険者、単身で通常のミノタウロスを打倒出来る実力を持つ。

 パーティーを組んでおり、言葉通りの意味でミノタウロスは相手にならない。

 早々に仕留めて他にモンスターが居ないか捜索するつもりであったが。

 

「……ま、待て!!」

 

 冒険者の一人が待ったを掛ける。

 

「なんだよ! さっさと──」

「馬鹿野郎!! よく見ろ!!」

 

 眉間に皺を寄せて、怒鳴るように叫ぶ男。

 言われた男はミノタウロスへと視線を向ける。

 

「………」

 

 冒険者たちを一瞥すらせずに無人となった露店の商品を漁るミノタウロスを見て、誰も、何も言わなくなった。

 光を吸い込むような真っ黒な皮膚に真っ赤に燃えているような体毛、ダンジョン中層で見れるミノタウロスよりも雄々しい黒角とはち切れんばかりの筋肉。

 よくよく見れば、中層のミノタウロスより遥かにデカく見える。

 それは噂のミノタウロスの容姿と一致していた。

 

「………」

 

 冒険者たちの視線が泳ぐ、冒険者たちの間で流れる噂話が本当だとすると自分たちでは到底かなわないモンスター。

 ダンジョンでモンスターからの逃亡は戦術的にある、目標を達成するためには遭遇するモンスター全てを打倒する必要はない。

 だがそれはダンジョン内の話で、ここはダンジョンの外で街の中。

 もしこのミノタウロスが暴れれば、戦えない住民たちは多大な被害を負うかもしれない。

 

「……やるぞ」

「ほ、本気かよ!?」

 

 パーティーリーダーである男は小声で意を決して言う、それを聞いて正気を疑う冒険者たち。

 

「ここで逃げてみろ、俺たちだけじゃなくてファミリアにも悪い評判が流れるぞ……」

「そんなこと言ってる場合かよ! 噂が本当なら俺たちじゃ捻り潰されるぞ!」

「じゃあどうする!? 見られてるんだぞ!」

 

 男の言葉を聞いて、周囲をちらりと見れば逃げずに隠れて観察している住民が何人も見える。

 もしここで戦わずに逃げれば、モンスター騒ぎが収まった後に「冒険者なのにモンスターから逃げ出した臆病者」などと悪い評判が出ても不思議ではない。

 このミノタウロスが街に被害を及ぼさなかったら、なおさら悪い評判が立つ事も考えられた。

 もしこのミノタウロスが噂のモンスターでなければ、同業者に見下され嗤われることが考えられる。

 神の恩恵(ファルナ)を賜った主神の評判にも関わり、神々の間で主神が嗤われることもあり得る。

 

 ここがダンジョンであれば、逃げ出したり相互理解の不文律があって悪意が無ければ怪物進呈(パス・パレード)を行ったとしても問題にはなりにくい。

 だがそれはダンジョンの中で、冒険者間の話であって街の住人には関係ない。

 ダンジョンの中と外、冒険者と一般人、神との関係、そして自尊心(プライド)

 パーティーリーダーの冒険者はそれらが混ざり合って逃げ出すと言う選択を取れなかった。

 

「……賛成できねぇ、俺は死にたくねぇし、お前らにも死んでほしくねぇ」

「だったら、お前だけでも逃げろよ。 なんならギルドに伝えに行く事にもできるだろ」

「……ンなことできっかよ、逃げ出してお前が死んだりしたら皆になんて言やぁいいんだよ」

「確かにな」

 

 パーティーの意識が、意見が纏まりつつあった。

 

「いいか、一発かまして行けそうならそのまま攻撃、駄目そうなら全員全力で逃げる、これ以上は譲れねぇぞ」

「ああ、助かる。 ……やれても駄目でもレベルが上がるかもな?」

 

 黒炎の噂話の一つに、パーティーリーダーがニヤリと笑う。

 

「ただの噂話であってくれよな」

 

 パーティーの冒険者たちが頷いて、それぞれ武器を構えてミノタウロスを見る。

 

「行くぞ、いつも通りにな」

 

 全員が駆けだした。

 ミノタウロスとの距離を詰めながらフォーメーションを取り、武器を振りかぶる。

 それぞれの武器を時間差で叩きつける攻撃、普段潜っている階層のモンスターで単身であれば確殺出来る連携。

 先行するパーティーリーダーの武器、ハルバートによる長物の利点を生かした足払い。

 力一杯斧部分の刃をミノタウロスの足首に向けて振るう、人間であれば足の腱の部分で傷つける事が出来れば機動力を奪えるし、刃が通らなくても衝撃で転倒させられる。

 

 それを期待しての一撃は、──見事に通じなかった。

 

 刃がミノタウロスの左足に食い込むことは無く、また掬い上げることもずらすこともできない。

 足は微動だにせず、攻撃を加える前と何ら変わらずそこにあった。

 だからと言って今更攻撃を止めることは出来ない、次々と冒険者たちの攻撃が加えられていく。

 槍の一突きが、剣の斬りつけが、戦鎚の打ち付けが、ミノタウロスの体に連続して撃ち込まれるも動かない。

 全ての攻撃が体毛か皮膚で止まり、掠り傷すら出来ていない。

 このミノタウロスが噂のモンスターであれば攻撃がまるで通用しない可能性があり、それを想定していたためにパーティーは全力で退避しようとしたが。

 

「ぐっ!」

 

 パーティーリーダーの冒険者が呻き声をあげてその場に留まった。

 見るとハルバードの斧部分がいつの間にか蹄に踏みつけられていた。

 急激に重くなったハルバードを反射的に支えてしまって、足を止めてしまった。

 

「くそっ!」

 

 ミノタウロスの視線が自分に向けられたことに気付いて、パーティーリーダーの冒険者はハルバードを手放して距離を取る。

 手から離れると同時にハルバートの柄尻が激しく石畳を叩き、砕けた破片が周囲に散らばる。

 すぐさまパーティーメンバーがリーダーの壁になるように前に出て武器を構えた。

 作戦通りならすぐに逃走するはずだったが、武器を取られた以上背中を向けて逃げればハルバートの投擲を受けるかもしれないので守りに入ってじわじわと後退し始める。

 ミノタウロスはその様子を見ながら、再度ハルバードを踏みつけると反動でハルバードが跳ね上がって左手で掴み取る。

 

「……とんでもねぇハズレを引いたもんだぜ」

 

 愚痴を零す、噂は噂、与太話であってほしかったが蓋を開ければ噂通りのとんでもない怪物だった。

 

「死んだら恨むぜ、リーダー」

「……すまん」

 

 じりじりと後退しながら、ミノタウロスから視線を逸らさずに投擲を警戒する。

 すると……。

 

「……嘘だろ」

 

 ミノタウロスは見せつけるようにハルバートを両手で掴み、何の抵抗も感じさせずに二つ折りにした。

 このハルバートの持ち手、柄は木製ではなく金属製。

 ハルバート全体がモンスターから取れた金属で出来ており、鉄と言ったダンジョン外で取れる金属よりも硬い。

 それが平然と圧し折られる、しかも一度や二度ではない。

 二つ折りにされたハルバートをさらに二つ折り、もう一度二つ折り、さらに二つ折りと長物であったハルバートがあっという間に短くなっていく。

 

 原形を留めず、ハルバートであったと認識できないサイズにまで小さくなり、何らかの金属の塊としか言えなくなったハルバートを掌に乗せる。

 もう片方の手で金属の塊を包み込み、ギュッギュッと握る。

 そして出来上がったのは、歪な金属の球体だった。

 大きさは1セルチにも満たない、ハルバートだったもの。

 

 それを見た冒険者たちは戦慄した、5秒も経たない内に長物のハルバートが1セルチにも満たない金属の塊になったのだ。

 どれだけの力があればこんな事が出来るのか、もし掴まれていたらどうなっていたか。

 もし掴まれて折りたたまれていたら、見るも無残な姿になるのは想像に難くない。

 想像の遥か上を行く化け物具合に、顔を引き攣らせながら後退し続ける。

 そんな姿の冒険者たちを見て、興味が無くなったのかミノタウロスはハルバートだった物を放り捨てて露店漁りを再開する。

 

 大きさから想像できないほど大きな鈍い音を立てて、歪な金属の球体は石畳の上に落ちた。

 それを見た冒険者たちは全力で逃げだした、あんな埒外の怪物に付き合ってなどいられない。

 

「逃げろッ! 逃げろぉぉぉぉ!!!」

 

 絶叫、パーティーメンバーだけではない、周囲の隠れて見ていた住民に対しての警告。

 息を切らして全力で逃げる、途中他の冒険者たちとすれ違う。

 

「行くなぁぁぁ! 逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 恐らく黒炎のアステリオス目当ての冒険者たち、噂話に踊らされた冒険者たちが聞く耳持たずに走っていく。

 逃げて逃げて、ホームへと逃げ帰った。

 そしてモンスター騒ぎが収まるまでホームから出る事は無かった。

 

 後日、騒動が収まった後に冒険者たちの耳に話が入った。

 黒炎のアステリオスはダンジョンの中に戻ったと、そして戻るまでに凄惨な姿になった冒険者が何人も居たと。

 例えば空を飛んでオラリオの外に消えた冒険者や、黒炎のアステリオスが目撃された所で石畳や建物の壁に飛び散って広がる赤いシミと謎の小さな塊など。

 その話を聞いた彼らは後悔すると同時に安堵して、冒険者を引退した。

 このままダンジョンに潜っていたらあれと遭遇してしまうかもしれない、その可能性に耐えられなかった。

 

 生き死にはダンジョンの常ではあるが、あれを前にすれば技術も何もない運だより。

 主神に引き止められたが、心が折れた旨を伝えてオラリオから去り故郷に帰っていった。

 そうしてパーティー全員がそれぞれの故郷で悪夢に苛まれつつも、五体満足無事に天寿を全うした。

 




多分石炭握ったらダイヤモンドになるかもしれない。

他の牛との差異があり、普通の牛は足の指があるが、この牛は指じゃなくて蹄。

この先、絶望があるぞ → 心が折れそうだ... → 心が折れた...
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▼ 憧れた姿を追い求め、▼ ただひたすら繰り返し、▼ オッサンはついにソレに辿り着く。▼ そんな狂気のオッサンが混じった忍者活劇。


総合評価:28479/評価:8.26/連載:59話/更新日時:2026年05月09日(土) 11:17 小説情報


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