1944年4月15日 14:25 ~幌莚島 第五艦隊司令部~
「ふざけるな!」
野太い叫び声が部屋に響く。四十をとうに超え、丸々と太ったこの男はミシミシと音を立てんばかりの力で受話器を握りながら、廊下まで聞こえるほどの怒声を張り上げていた。
「四航戦は絶対に渡すな! そうだ、機動部隊なしでやれというなら俺は動かん! 今回の作戦は第五艦隊抜きでやってもらう。長官にそう伝えろ。良いな!?」
男は既に十五分以上電話に向かって叫び続けていた。第五艦隊司令長官曽根崎中将は苛立っていた。近々行われる作戦での使用兵力について、かれこれ数カ月にも渡って聯合艦隊との折衝が続いている。
実は、艦娘の数が足りないのは葛木だけではなかった。むしろ、この第五艦隊と比べれば北方艦隊の艦娘戦力は恵まれたものであると言えるだろう。まずこの艦隊には戦艦がいない。空母もいない。そして艦娘の頭数が互角となれば、両艦隊が対決すればその結果は火を見るよりも明らかである。
しかし、第五艦隊は北方艦隊と違い、艦隊の運営においては有利な点があった。それは非艦娘戦力、つまり通常艦船の存在だ。深海棲艦の脅威から逃れた栗田丸や赤城丸などの特設巡洋艦、何よりも哨戒用の特設監視艇五十四隻があった。漁船などを改装して造られた機銃程度しか持たぬ低速軽武装の特設監視艇は、「敵を見つける」ために海に出て、敵を見つけたら「沈められるまで正確な情報を報告する」という捨て身の、特攻と呼んでも差し支えないような任務に従事するための舟艇だった。だが、彼らの献身のおかげで第五艦隊は貴重な艦娘を哨戒に割く必要がなく、安心して主戦力を温存しておけるのだった。
「なに、航空戦力の不足だと? 赤城や加賀を抱え込んでいてまだ欲しいというか! ならば良かろう、代わりに大和と武蔵を寄こせ。空母で片付けるつもりなら戦艦はいらんだろ! いいか、俺が存分に使ってやるから明日までに話をつけとけ! わかったな!?」
たっぷりと脂肪の乗った顔を真っ赤にしながら、曽根崎は受話器を叩きつけるようにして電話を切った。興奮しすぎたせいか、部下の赤垣大佐が嬉しそうな顔をして部屋に入っているのにも、今の今まで気が付かなかった。
「失礼します、長官」
「なんだ」
部下の薄ら笑いが気に障ったのか、年相応の広さになった額の汗をハンカチで拭く曽根崎の態度はつっけんどんだった。だが赤垣は特段気にはかけない。開戦以来の付き合いになる上官のこういう態度に慣れ切っていたのだ。笑顔のまま赤垣は脇に抱えていた書類を取り出した。
「興味深い電文が届きました」
「どこからだ。海軍省か、それとも大本営か。どちらにせよ俺の意志はもう伝えてある。言うことなぞない」
厳しい口調を崩さない曽根崎はまだ怒りが収まっていない様子だった。対照的に、赤垣は角ばった顔ににやりと笑みを浮かべながら答えた。
「北方鎮守府からです」
その言葉を聞いた瞬間、曽根崎は見た目からは想像もできないほどの速さで赤垣から書類をひったくった。顔の近くまで持っていき、端から端まで電文を読む。三周ほどしたところで視線を上げ、ニコニコしている部下に尋ねた。
「途中で途切れているが」
「おそらくは電信機の故障でしょう」
「他の通信手段は」
「あそこにはこの幌莚との通信可能な電信機は一つしかありません。本土へは皆無です」
「すぐに修理する可能性は」
「零ではありませんが、限りなく低いです。あの電信機は旧型で部品の融通が利かず、代替機を要請していました。それに、平文で打っていることも併せて考えますと、送信中に非常事態が発生した可能性が高いと思われます。そうですね、例えば、司令部施設ごと攻撃を受けたとか……。電信機を置いている司令部は」
「木造だったか。確かにな」
いつの間にか冷静さを取り戻した曽根崎は机の上に置かれていた紙巻煙草を取り出し咥えた。すぐさま赤垣がマッチを取り出し、上官の煙草に火をつける。副官の大事な仕事の一つである。曽根崎は書類を机に放り、紫煙を吐き出しながら再び尋ねた。
「こいつはどこまで回っている」
「これを受信し、私に直接報告したのは“南征派”の牧少尉ですので、この存在を知っているのは長官と私、そして彼だけです」
煙草を灰皿に押し付けた曽根崎の顔には、部下のものが伝染したかのような笑顔が浮かんでいた。
「長官」
「ああ、何も言わなくていい参謀長。万事任せる。その代わり上手くやれ。いいな」
「はっ、お任せください!」