屍山の慟哭   作:のんぽりおじさん

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1939年9月1日-1943年12月31日 世界情勢

 “深海棲艦”、それは世界戦争の真っただ中に突如としてあらわれた人類共通の敵であり、また、味方でもあった。

 深海棲艦の出現が確認された時、世界は既に血みどろの戦争をしていた。

 中央大陸の西部に位置する欧州地域では、政変により誕生した全体主義国家である“帝国”が覇権を求め隣国を次々と侵略、“帝国”と北西海峡を跨いで浮かぶ島国である“連合王国”と、中央大陸の半分以上を支配下におさめる“共和国”を残し、欧州地域全土を含む大陸西部の殆どをその支配下に置いた。

 “連合王国”は世界各所に持つ植民地や、西海を挟んだ新大陸にある“合衆国”と連携して“帝国”と開戦。“帝国”に蹂躙された国家の亡命政府や“共和国”も加わり、これらの国や政府で『連合国』を形成した。

 一方の“帝国”は、自らと同様に植民地を持っていない国家であり経済圏が小さく、新たな市場を海外に求めている“皇国”と同盟を締結。 『枢軸国』として、両国はその傀儡国家たちと共に手を結んだ。

 大陸歴1939年に始まった、人類が二回目に経験することとなる世界戦争は当初枢軸国有利で推移し、1942年には枢軸国の最盛期を迎える。対する連合国は無尽蔵の国力を活かすため敗北を重ねながらも耐え忍び、枢軸国の息が切れ始める1943年中の大反攻を予定していた。

 まさにその矢先、『彼女ら』は現れた。

 1943年の3月に西海で初めて公式に存在が確認された深海棲艦は、それからわずか数週間のうちに世界中の海洋で発見されるようになり、同年4月30日、人類に対し無差別攻撃を開始した。

 人間サイズでありながら軍艦と同等の戦闘力を持つ深海棲艦に対して有効な攻撃方法を持っていなかった人類に抵抗の術はなく、母なる海は瞬く間に人の手から零れ落ちた。

 島国である“連合王国”、西の新大陸にある“合衆国”、中央大陸の中央に位置する“共和国”、これら連合国を結んでいた海が深海棲艦によって切り離されたため、漁夫の利を得た形になった“帝国”は、海軍力が貧弱で外洋艦隊を持っていなかったこともあり、外海を切り捨て内海の防衛に絞ることでいち早く体勢を立て直し、再び攻勢の準備に取り掛かっていた。

 “連合王国”は、本島が小さな島でありながらも世界中の植民地の力で経済を維持する海洋国家であった。海を失った彼らに戦う力はもはやなく、北西海峡に深海棲艦が居座ることで“帝国”からの侵攻が起きないことを祈りつつ、戦陣から姿を消した。

 国の両岸を大洋に挟まれた“合衆国”は、元の経済力が大きいためなんとか枢軸国との戦争を継続しつつ深海棲艦との戦いに力を注ごうとしていたが、有効な手段を見いだせないまま時間と命と金が水底に沈んでいった。

 “共和国”は、北海に面している以外は概ね大陸国家であるため深海棲艦の影響は小さく、また1943年の年明けに“帝国”の一個軍30万を包囲殲滅する大戦果を挙げたことから、経済的に余裕のある“合衆国”からの支援が停止したこと、連合国が事実上解体したことを勘定に入れても、“帝国”との戦争継続に問題はなかった。

 そして、“皇国”は中央大陸東端に浮かぶ島国であるため、深海棲艦の出現により“連合王国”同様、国家存亡の危機に晒されていた。ところが、“皇国”は1943年の末に世界で初めて対深海棲艦戦術兵器の開発に成功。少数ながら直ちに実戦投入され、本土近海まで押し寄せていた深海棲艦を食い止めることに成功した。

 この時、満身創痍ながらもなんとか僅かな海を取り返した“皇国”には、連合国との戦争勝利に一縷の望みが生まれていた。

 

 “皇国”の主な戦争相手は、大陸東部に散在する中小の軍閥、大陸南東部及び南東島嶼にある“連合王国”の植民地、そして極東洋を8000㎞挟んだ“合衆国”だ。イデオロギー対立もあって政治的に険悪で、過去には軍事的衝突を繰り返していた“共和国”とも隣接しているが、現在は不可侵条約を締結しているため戦端は開かれていない。

 列強諸国に食い物にされ軍閥化した大陸の幾つかの抵抗勢力、継戦を放棄した本国から取り残され独立運動の火消に躍起な連合王国植民地、どれも精強な皇国軍の相手ではなく、海上輸送ルートの確保さえなされれば突き崩すのは容易である。

 そして、残った“合衆国”こそが、“皇国”にとり最大の敵国だった。

 戦前は資源の多くを“合衆国”に依存していた“皇国”だが、国内経済の行き詰まりから海外の市場を、武力を背景に獲得しようとしたところ“合衆国”が反発。資源の禁輸によって両国間での通商が停止し、“皇国”は戦争によって活路を見出すか、海外の権益と面子を捨てて“合衆国”に縋るか、どちらかを選ばざるを得なくなってしまった。

 列強の一角を自任していた“皇国”は、当然のことながら開戦を決意。1941年冬、手続上の不手際から奇襲を仕掛けることになった“皇国”の圧勝で両国の戦争は幕を開けた。

 “皇国”は開戦の百年ほど前から金科玉条として温めてきた『北守南進』に則り、南西諸島海域や南方海域などの資源地帯に向けて進撃を開始。この地域は支配していた宗主国が星の裏側にある欧州諸国であってろくな戦力が配備されていなかったこともあり、“皇国”軍はこれといった抵抗を受けずに資源地帯を確保していった。

 それを後押しするかのように、中央大陸西部で破竹の進撃を続ける“帝国”との戦争を第一に考えていた“合衆国”は『西海第一・極東洋防衛』の方針に則り、極東洋での戦闘は機が熟すまで防衛に徹するとしていたため、“皇国”は“合衆国”との戦闘でも優位に立っていた。これらの好条件が重なった“皇国”は想定した以上の速度で進撃した。やがて、分不相応な版図の拡大は戦略性の欠如と相まって、海上護衛の軽視といった形で後に首を絞めることとなる。

 快進撃に湧く“皇国”だったが、主導権を握っていた時間は極めて短かった。1942年6月の海戦で大敗北を喫して以降、“皇国”は守勢に回ることを余儀なくされたからだ。だが、制海権そのものよりも、熟練の航空機パイロットや事故により優秀な将校を失ったことの方が“皇国”にとって痛手だった。

 そして翌1943年夏、西海よりも三カ月ほど遅れて、極東洋でも深海棲艦の大規模な攻勢が始まった。

 それまでのごく小規模な攻勢を跳ね除けていたことから、深海棲艦の脅威をかなり過小評価していた“皇国”は致命的打撃を受け、秋が訪れるまでに“皇国”海軍は戦闘艦のみならず輸送船をも含めた全艦艇の約七割を損耗した。

 だが、より大きな被害をこうむったのは“合衆国”だった。理由は単純明快。“合衆国”の方が“皇国”よりも、保有している艦艇の数が桁違いに多かったからだ。

 両国とも戦線を縮小し南方及び南東海域から手を引きつつあったが、制海権の簒奪者である深海棲艦との戦闘に耐えうる新兵器の開発で先行した“皇国”が巻き返しを図れる可能性が出てきた。言うまでもないが、既存の兵器で太刀打ちできなかった深海棲艦に勝てる兵器を擁した“皇国”軍に、既存の兵器しか持たない“合衆国”が勝てるはずがないからだ。さらに、もしも極東洋での巻き返しが現実になれば、深海棲艦のおかげで、以前脅威となっていた“合衆国”潜水艦による通商破壊の恐れが消えたことで、海上輸送が安定し陸軍の作戦も円滑化する。

 「もしかしたら、何もかにも勝てるかもしれない」そんな甘い見通しが大本営に蔓延しつつあった。

 

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