久方ぶりの日光が差し込む司令室。机の前では眼鏡の少女が新聞を広げていた。
「大本営陸軍部発表、北方海域キス島支援のため精鋭歩兵第八師団による上陸作戦を決定! 提督、これ本当ですか?」
「あぁそれな、嘘だよ」
ぬるくなりかけのコーヒーを啜る葛木の口から帰ってきたのは、目の覚めるような厳しい現実だった。
「一個師団規模の上陸作戦をやろうとしたら揚陸に三日かかる。軍需品まで含めたら五日だ。十五万トンにも及ぶ船舶を、あのキス島沖合に五日間待機させられると思うか?」
深海棲艦の取り囲む島に、単純計算で一万トンクラスの大型輸送船十五隻を五日も停泊させる。まさしく自殺行為だ。
「戦意高揚のためだろうが、もう少しばれにくい嘘をつくべきだな」
そもそもそんな大規模な輸送船団をここに割けるほどの余裕もないしな、と付け加えると机に腰を掛け、まだ半分ほど中身の入ったカップを横に置いた。
「キス島近海の制海権を取りに行くってことじゃないんですか?」
「南は輸送ルートの確保で手一杯、本土近海にも敵潜水艦がうようよしている。とても援軍は期待できないな」
うーんと首を傾げた少女は、手元の書類を一瞥してから顔を上げ尋ねた。
「現有戦力で攻め落とすのは?」
「そんなこと俺が許さん」
即答。彼我の戦力差を正確に認識することは指揮官にとって不可欠な能力である。彼はそれをよく知っていた。
「だけど、参謀総長からこんなの来てますよ」
ひらひらと小さな顔の横で揺らす電文は、キス島救援作戦決行の催促だった。
「戦力増強の単語がなければ握りつぶせ。もしくは兵力不足を盾にして先延ばしだ」
上司の固い意志を聞いた少女はあどけない笑顔を浮かべると、手を伸ばしてコーヒーカップを取った。
「おいおい飲みかけだぞ。新しく淹れたらどうだ?」
「はっちゃんはこれが良いんですー」
ほんのりと頬を染める少女の手元には、首都から送られてきたもう一通の文書が無造作に置かれていた。『キス島沖海戦図上演習』という題だった。
『発、軍令部総長。宛、北方艦隊司令』
『国情を鑑みるに、現状を超える戦力を北方艦隊に割くことは不可能である。よって、キス島沖海戦は北方艦隊のみで決行されなければならない』
『キス島近辺の海域に存在すると予想される敵戦力は戦艦三、巡洋艦十七、駆逐艦三十九の計五十九。それに対し、戦闘に耐えうる味方戦力は戦艦二、空母二、巡洋艦四、駆逐艦九、潜水艦一の計十八隻である』
『キス島を包囲している敵艦隊との戦闘が行われた場合、敵戦力のうち、巡洋艦六、駆逐艦十一の撃沈が期待できる。一方、味方戦力への被害は巡洋艦一、潜水艦一沈没、戦艦二、空母二、巡洋艦一、駆逐艦五大破戦闘不能、巡洋艦二、駆逐艦四中破となった』
『一時的なキス島の解囲には成功したものの、キス島周辺の残存敵戦力を駆逐し制海権の確保を行うことは困難極まりなく、また敵の増援の可能性も否定できない』
『以上のことから本図上演習では、キス島沖での決戦による制海権の奪取は不可能であると結論付ける』