元ネタはまぁ、某笑顔動画で再生数が多かった有名曲です。第一弾とは偉い違いですね。第一弾も好きですけど。
私たちが生まれるずーっと、ずーっと、もっと更にずーっと前のこと。
たくさんの国の偉い人たちが、人々の代表であったはずの人たちが、人々の意見を自分が背負い込んでいると思い込み、背負い込んでいる意見を無意識の内にねじ曲げ、意見が幾度もすれ違い、偉い人たちの仲は悪くなり、国と国との仲もどんどん悪くなって行きました。
やがて、進んでしまった科学が産み出した、今この世界に生きる者も、これから生まれてくるはずの者にも影響を及ぼす、恐ろしい爆弾が世界のあっちこっちで爆発しました。
恐ろしい爆弾からあふれた恐ろしい物質は、雲にまざって黒く濁った雨をぱらぱらと落とすようになりました。その雨に当たった人々は、みんな体がおかしくなっていきました。
とある集落が、その雨から人々を守ろうとして、大きな大きな、とても大きな傘をつくりました。集落の真ん中に打ち立てられたそれは、完成するまでにとても長い年月と、とてもたくさんの材料と、とてもたくさんの人々の命を必要としました。
傘を作った人たちの、最後の一人が死んだ時、もう誰もこの集落に傘があることを不思議がる人はいませんでした。
大きな傘の縁から落っこちてくる黒い雫が、地面に落ちて蒸発し、もくもくとして集落の中にたちこめると、決まって人々は体を悪くしました。どんなにそれを吸い込まないように気をつけても、どんなにそれに触れないように気をつけても、もうどうしたって黒い雫はどこにでも混ざり現れて、人々を苦しめるのでした。
一体最初に爆弾をおっことした人たちはいつの時代の人なのか、分かる人はだれもいません。ただ、歴史として名前が残ってはいるけれど、もう時代もわからないほどかすんでしまいました。
傘にはひとつの扉がついています。その扉は本来整備のためにつけられたはずでしたが、誰もその上に上ったことはありません。
この集落の掟で、扉をくぐって上に上ることは禁止されていました。
そしてもう一つ、この集落では、「美しい景色」というのも禁止されていました。
ぺっ。
「天に向かってつばを吐くのは愚か者である」
ぺっ。
「自業自得、という言葉がある」
ぺっ。
もう一体何度つばを、傘に向かって吐いてきたのだろう。
もう一体何度、傘を真下から見上げ続けてきたのだろう。
少年、ウィルには片腕が生まれつきない。
少女、アスには片足が生まれつきない。
陰気な集落では、今日も人々が肩を落としてとぼとぼ歩く。決して、アスのように上を見上げるようなことはしない。
無垢な集落では、今日も人々が傘のことを疑おうとしない。決して、ウィルのようにつばを傘に向けて吐いたりはしない。
ウィルもアスも同い年だった。同じ学校のクラスメイト。子供たちは無邪気に遊ぶものと大人が掟を決めていたから、子供たちは体をゆすったり、大きな声を突然出したりして、気が触れたように遊んでいるフリをしていた。ただその中で、ウィルとアスだけはいつも、こっそりと大人の目の届かないような所へ逃げていた。
大人の目の届かない所。二人だけの秘密基地。そこに隠してある宝物。二人は様々なゴミ溜めや冷えた焼却炉の中から探しだしてきた、いくつもの絵本を広げた。
すこしばかり幼稚な、でも見たことのないほどの綺麗な色で形作られた世界に今日も耽る。本当に本当に美しい、この世のものとも思えない世界。
空は水色と青、薄い色と濃い色を重ねて塗られて、どこまでも高くて透き通っている。こんな空を二人は見たことがない。二人が見ているのは、無機質な傘の内側、くねくねと曲がり走るパイプたちや、むき出しの傘の骨。
地面は茶色と焦げ茶色、薄い色と濃い色を重ねて塗られて、どこまでも暖かくてすべてを受け止めている。こんな地面を二人は見たことがない。二人が見ているのは、黒い水が染みこみきって、もう一滴たりとも受け止めきれなくなってしまったぐずぐずの、真っ黒な頼りないぬかるみ。
草と呼ばれる、黄色や緑の物質や、花と呼ばれる、ピンクや赤、紫に黄色、白や青など思いつく限りの色を使って描かれた物質。こんな物質を二人は見たことがない。吸っている空気はいつも、どこからともなく運ばれてくる硬いボンベが、肺の中の最後の空気を吐き出しきっては死んでいく。ボンベたちの死の吐息。
真ん中にはきれいなお洋服を着た男の子と女の子。いつも楽しそうににこにこ笑っている。二人がこんな風に笑ったのはいつだっただろうか、いや、そもそもこの集落で笑顔を見たのはいつだっただろうか……。
何もかもが輝いていて、何もかもを祝福する世界。
絵空事だとしても、自分たちもそこにいるのだといつも空想してはたゆたった。
家に帰っても誰もいない。ウィルの母もアスの母も、二人を産んですぐに死んでしまった。ウィルの父とアスの父は、黒い雫がたまって出来た、池の水を捨てるお仕事をしている。危険な仕事。それでも生きるためには働かなくてはならなかった。
だから、学校が終わってもウィルとアスはいつも一緒にいた。
毎日絵本の世界で遊び、毎日傘につばを吐いて、毎日傘を見上げてた。
そんな二人は決めた。
こんな傘なんてもう見たくない。傘の上には、きっと絵本の世界で見た空が広がっているんだろう。それを見ることを禁じた大人たちはおかしい。
そんな二人は決めた。
秘密基地がとうとう見つかって、大事に大事にしていた宝物をすべて焼き払われた時に二人は決めた。
傘の上に行こう。
決めてからはすぐだった。
家に一度帰って、リュックに必要なものを詰め込んだ。
お弁当、甘いお菓子、水筒、懐中電灯、ヘルメット、絆創膏、毛布……。
片腕がないウィルのために、アスが両腕で荷物をかき集めた。
片足がないアスのために、ウィルが両足で荷物を負った。
必要な物を、覚悟と一緒に詰め込んで、二人は手に手をとって傘の根元に向かった。
傘の根元には滅多に来ることがない。一年に一度、傘の前に集まる儀式の時にだけ来る。集落の外れに二人は住んでいるから、中心地に来たことはあまりなかった。
けれど、中心地に行けば行くほど、人がどんどんいなくなっていく。
大荷物を持った二人を咎めるものは誰もいなくなっていく。
重たそうな両開きの扉についた時、見知らぬ人も見知った人も、だぁれもいなかった。
二人は、三本の腕でぐっと扉を押した。
ぎぎぎ、と醜くこすれた音を聞いてからようやく、扉に鍵がかかっているかもしれないという心配を全くしていなかったことに気づいた。それに、扉に鍵がかかっていなかったことに驚きを感じていた。
扉は最後まで、重たくずずずと引きずられつつも開いた。二人はその奥へと歩み始める。
あったのは螺旋階段。赤く、黒く錆びてしまった鉄の冷たい階段。それを一歩一歩上っていく。
ただひたすら、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る。
階段が一度途切れた。右にはひとつの扉。目の前には階段の続き。二人は扉を開けた。
中には部屋。ほこりが厚く積もり、歩くたびにかすかにふわり、ぐしゅ、とほこりが踏み固められていく。足跡がつく。
部屋にあったのはテーブルと、椅子が四つだけ。他には何もなかった。二人は部屋を出た。
再び、階段に足をかける。ウィルは時折アスを心配しながら、アスは時折ウィルを心配しながら、上る。
上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る、上る。
同じように右に扉、螺旋階段の続き。二人は扉を開けた。
そこにはひとつのベッド。小さな白いベッド。白い掛け布団がかかっていて、何かの形に膨らんでいる。布団の端から、何か白いものが覗いていた。二人はそーっと、おやすみと言って部屋を出た。
そうしてまた上る。上る、上る、上る。
広い場所に出た。でもここはまだ一番上ではない。見渡すかぎり。檻、檻、檻。
ちらりとアスが後ろを見たら、白い小さな影がいた。
ちらりとウィルが檻を見たら、白い大きい影がいた。
ウィルとアスは手をつないで、檻の間を必死に走り抜けた。
檻の中にはたくさんの白い影、影、影。
ある檻は白い手が伸び、ある檻は扉が開いていた。
白い小さな影がふわふわとついてくる。二人は走った。
檻がようやくなくなった。小さな影も見当たらない。
二人は荒い息をついて、休憩することにした。
箱につめたお弁当、喉を鳴らして飲む水。甘いお菓子は全力疾走の疲れを癒してくれた。
二人でわけあって、交換して、飢えと渇きを満たした。
いつまでも休んでいたいけれど、空の誘惑にはかなわない。
二人は立ち上がった。
また螺旋階段。ぐるぐるぐるぐる回って目が回りそうになる。
ウィルとアスが突然、ぱっと顔を輝かせた。
ひやりと、ふわりと、二人の頬を空気が動いて撫ぜた。
風が流れてる、と二人で顔を見合わせてふふふと笑った。
一体、どれくらいの時間上り続けていたんだろう。どれくらいの高さにいるんだろう。
きっとすぐで、ずっとで、いつも見上げていたところで、いつも見られなかったところなんだろう。
そう言い合って、二人は階段をくるくる上り始めた。
白くて小さな影は、悲しそうにゆらいで消えた。
ほとんど真っ暗だった傘の中。段々と薄く明るくなっていって。
くるくる上る速度が上がる。くるくるくる。
ウィルとアスの三本の足は疲れて痛かったけれど、それでも上るのをやめなかった。
やがて光が強くなっていって、目の前に小さな扉が現れた。
はずんだ息を落ち着かせ、何度も何度もはぁはぁはぁはぁ。
息が落ち着くと、二人のかすかな呼吸の音しかもうしなかった。
あけるよ、いい?いくよ?
二つの手が、ドアノブを掴んで
ひねった。
目が、潰れてしまうかと思った。
強烈な光が目を焼く、今まで真っ暗闇にいたから。
段々、段々と目が少しずつ慣れ、少しずつ慣れ……。
目に飛び込んできたのは、今までに夢の中でしか見たことがないような、抜けるような、どこまでも高い……。
「……アオゾラ?」
そういうのだと、宝物の一つに書いてあった。
「……クサバナ?」
そういうのだと、宝物の一つに書いてあった。
二足の靴がためらいがちに一歩を踏み出す。
足の裏に伝わったのは、ぬかるみのぐちゃりぬるりとした感触ではなく、鉄の階段の無機質な硬さではなく、あくまで柔らかく、ふんわりと足を受け止めてくれる感触。土。
ここは何もかもが美しすぎて……。
呆然としていた二人は、リュックを投げ捨て、思う存分土の上を転げ回った。
初めて嗅いだ、草と花の、鼻の奥がむずむずするような、舌の根の奥に広がるかすかに苦い匂い。
初めて見た、青くて、白い雲が浮いている、広くて広くて、迷子になりそうな空。
初めて触った、やさしい土の感触。きゅうと握れば、握ったそのままの形で少し固まってくれる。でも、指の先でツンとつつけばすぐにほころんでしまう。
三本の腕と、三本の足をだらりと大きく伸ばして、ほんのり温かい空気を吸った。
ないてるの? ないてる? ないてるよ? ないてるね。
目から、温かいしずく。確認するように互いに触れ合った。
もう傘の下には戻れない。二人はずっと傘の上。
咲いていた花で、ぶきっちょな輪っかを二つ、作って互いの頭に乗せた。
それが、この傘の上で暮らす印。もう下には下りない誓い。
だれがこうしてしまったんだろうね? だれがこうしてしまったんだろうね。
とっても綺麗な世界は、もう見ることができない。
二人は寄り添い合って、眠ることにした。
おやすみ。おやすみ。……おやすみ。おやすみ。ふふふ、ふふふ。
二人は幸せな世界で眠る。二人にとっての幸せな世界で眠る。
花の咲いたその傘の上には、とても幸せそうな顔で小さく眠る二人がいた。
こういう歌を元ネタにして小説書くの好きです。最近あまりやりませんが。
一応真面目な方のペンネームでも歌をモチーフに小説書いてたことがあります。文フリとかで販売してましたが、もうやらないでしょうね。他のメンバー二人の内、言い出しっぺの方が乗り気じゃないですし。
まぁいつか時効になったりしたらここかどっかで載っけるかもしんないですね。というか同人誌の在庫どうすんだ……。