「ふぅ……」
隠すつもりの無い溜息を吐き、憲兵の制服を着た白髪の青年が懐から細巻きタバコを取り出して口に咥える。そして火種になりそうな物が無いかと辺りを見渡して見つけたのは同じ制服を着た男性が口に咥えているほとんど燃え尽きたタバコ。白髪の青年は迷うこと無く男性からタバコをもぎ取り、自分が咥えるタバコに近づけ火が点いたことを確認してからもぎ取ったタバコを捨てて靴で踏みにじる。
「ヴィルヘルム!!テメェ!!」
「あ、悪い」
タバコをうばわれたことが勘に触ったのか男性が拳を振りかぶって白髪の青年ーーーヴィルヘルム・エーレンブルクに殴りかかった。しかしヴィルヘルムは軽く謝りながら拳を躱し、御返しと言わんばかりに男性の腹部に拳をぶつけた。男性がグェッという生理的に宜しく無い声をあげなから倒れたのを見てヴィルヘルムは新しく出した細巻きタバコに火を点け、倒れている男性にくわえさせた。起き上がる気配は無いがモクモクとタバコの煙が上がっているので問題無いとはんだんしてヴィルヘルムは男性を起こすこと無く蹴飛ばしながら歩き始めた。始めの頃は町民たちから懐疑の目を向けられていたが今ではそれが当たり前になっているのかヴィルヘルムと蹴飛ばされている男性に笑いかけながら挨拶をしている。
「いやー平和っすねセンパイ」
「グフッ!!おま、蹴るのや辞めてゲフッ!!」
「あ、いたいた。おーい!!」
男性を蹴飛ばしながら歩いているとヴィルヘルムと同年代の制服を着た青年が二人に向かって声をかけながら走ってきた。少し慌てている様子から何かあったらしい。
「おぅ、どうかしたのか?」
「いやね、ちょっと郊外の方で立て篭り事件があってさ。その連絡を受けた隊長が犯人に人権など無い、あるのは裁きを受ける義務だけだぁ!!とか叫びながら現場に突貫して行ったのよ。だから隊長止めてその後に腹パンするために人を集めてるんだけど」
「 だったらセンパイ連れて行ったらどうだ?見廻りは俺がやっとくからよ」
「分かった、よろしく頼むね。ほら先輩、行きますよ!!」
「だから蹴飛ばすの辞めゲブッ!!」
先輩と呼んだ男性を青年に渡し、青年が男性を蹴飛ばしながら郊外の方に向かっていくのを人混みで見え無くなるまで見送ってヴィルヘルムは再び見廻りを再開する事にした。
娼婦として生きようとしていたアンナ・シュライバーを拾い、憲兵となってから二年の年月が流れていた。アンナは始めヴィルヘルムとヘルガから提案された話に何か裏があるのでは無いかと警戒していたものの、それが純粋な善意から来ているものだと理解すると警戒することを辞めた。今では二人の妹の様な立ち位置としてエーレンブルク家で元気に年相応の生活をしている。
そしてヴィルヘルムは憲兵となった。ただ配属された先がノリがいいというか何というか、かなりはっちゃけている人間を集めた様な部隊だった。初見なら間違いなくフリーズしてしまう様な部隊だったが、ヴィルヘルムはそういうものなのだと間違った納得をしてしまい、合っていたのかすっかりと部隊の気質に染まってしまった。朱に交われば赤くなるとはこの事である。だが第三者から見れば頭がおかしいと言われる様な部隊ではあったが人間として大切な所は捨てていなかったらしい。ヴィルヘルムが配属された初日に行われた歓迎会の席でポツリと家庭事情に付いて溢したら部隊の誰もが涙を流して苦労していたんだなとヴィルヘルムの肩を叩いていた。隊長に至っては経理に掛け合ってでもヴィルヘルムの給料を増やしてやると断言していた。事実、ヴィルヘルムが給料日に受け取った封筒は同期の封筒よりも分厚かった。
戦争が近づいていると知っていながらもヴィルヘルムは今の生活を楽しんでいた。気の合う仲間と共に仕事をし、仕事を終えればヘルガとアンナの待つ家に帰る。変化があるとすれば事件が起きた時に駆り出される位のほとんど変わる事の無いルーチンワーク染みたサイクルであると言えるのだが、ヴィルヘルムは心の底からその日常が続いて欲しいと思っていた。そう遠く無い未来に崩れ落ちる刹那の様に短い時間だと分かっていても。
だからヴィルヘルムは犯人に何かやらかそうとしている隊長を止めようと向かった同僚の二人のことを笑いながら見廻りを続ける事にした。街に何か異変が無いかを調べるものだが二年も続けていれば細かな変化に気がつく事ができる。
今日は昨日よりも活気がある。
昨日よりも店に並んでいる品物が少ない。
昨日は少なかった客足が今日は多い。
憲兵に成り立ての頃には分からなかった事に気付き、その変化を楽しみながらヴィルヘルムは見廻りを続ける。そしてそんな中で僅かな違和感を感じた。
「アン?」
活気付いている市場、そこから伸びる裏路地に通じる道。場所としては変わらないはずのそれだが……今日は何故かその裏路地から離れる様に誰もが人の流れを作っていた。そして誰もそのことを不自然だと思っていないらしい。
何かあると考えたヴィルヘルムは謝罪をしながら人混みを掻き分けて裏路地に通じる道に入り、腰にぶら下げていた鋼鉄製の警棒を手に取る。騒がしすぎると言っても過言では無い大通りから少し外れただけで然程距離的には離れていない筈なのにまるで離れた場所に来たかの様な感覚を味わう。裏路地は奥行きが100mほどの直線、そして奥には横に伸びる道があるが袋小路になっている筈だと記憶している。遠目から見た限りでは直線にはゴミや荷物らしき木箱が置かれている程度でおかしなところは見られない。ならば奥の袋小路かとヴィルヘルムは足音を立てない様に歩きながら袋小路に向かう。
憲兵となる前から色々と荒事をしていたヴィルヘルムにとってそれは慣れた行為で物音一つ立てること無く袋小路の前に辿り着くことが出来た。気配を殺し、耳を澄ませるが話し声どころか物音一つ聞こえない。誰もいないのか、それとも近づいている自分に気が付いて見つからぬように気配を殺しているのか。ここまで来たら確認をしない訳にはいかないので姿を見せた瞬間に銃で撃たれる可能性を考え、壁を背にしながらゆっくりと袋小路を覗き込む。
するとそこには……黒いローブを着た人物がうつ伏せで倒れているではないか。
「オイ!!あんた大丈夫か!?」
倒れていた人物以外誰もいないことを確認してからヴィルヘルムは倒れていた人物に駆け寄る。仰向けに直して起こせばその人物は男にも女にも見えるような中性的な顔つき、長い黒髪のせいで判断し辛いが起こした時に触れた体の肉付きが男の物なので男なのだろう。目立った外傷は見られないので揺すりながら呼びかけてやる。すると男は唸りながらゆっくりと目を開け、ヴィルヘルムの顔を見つめ、
「嗚呼……腹が……」
ググゥっと、空腹を訴えるような音を立てた。
それを聞いて紛らわしいわ!!と叫びながら男を投げたヴィルヘルムのことを誰が責められようか。
「ふぅ……いやはや済まなかったね、感謝するよ」
空腹で倒れていた男を投げた後、見捨てるのも後味悪かったのかヴィルヘルムは行きつけの店に男を連れて行き、食べさせてやる事にした。聞いてみたところ、予想していた通り男には持ち合わせがなかったのでヴィルヘルムが出す事になってしまった。少し軽くなってしまったサイフをしまい、ついでに頼んだコーヒーを飲む。
「ったく、紛らわしいんだよ。倒れてたから何かあったのかと思っちまったじゃねぇか」
「まったく恥ずかしい限りだよ。私は最近この街にやって来たのだがサイフをすり取られしまってね、占いで稼ごうと思ったのだが誰も来なくて空腹で動けなくなってしまった訳さ」
「胸張って言う事じゃねえよそれ」
何故か知らないが胸を張りながら倒れていた理由を話す男の姿を見てなんで奢られているのに開き直っているのかと思いながらヴィルヘルムは隠す事無く溜息を吐いた。
「にしても占いか?今時珍しいことをやってるな」
「まぁね、流れの身ではあるが自信はある。九割は当てることが出来るのだが……まさか誰も来ないとはな。これでは稼ぐこともできやしないよ」
「場所が悪いんだよ、あんな所物好きでもない限りは来やしねぇよ。するなら大通りの近くにしな。そうすりゃ物珍しさから少しは来るだろうよ」
「なるほど、感謝するよ」
そこからヴィルヘルムは男と話しをする事にした。男は流れの占い師と言っていただけのことはあって周りの国の情勢に付いて詳しかった。ヴィルヘルムにもそういう事を知る事ができる伝はあるのだがどうしても又聞きになる為に信憑性に欠けたり、価値観の偏ったものが多かった。しかし男の話は自身が実際に聞き見し、第三者の視点から見た事でヴィルヘルムにとって興味深いものが多かった。男からはこの街の治安などに付いて聞かれたがこれからこの街でどの程度の長さでするのか知らないが占いで稼ごうとしているのなら気になってもおかしく無いなと判断して包み隠さずに、ついでに店をかまえるに良さそうな場所と思われるポイントについても話す事にした。
「なるほど……ならそこを実際に見て決めるとするよ。済まなかったね、食事を奢ってもらった上にこんなことをさせて」
「あ?別に良いぞ、気にしてねぇからな。ここに住んでるから私的な考え入ってるかもしれねぇけどここは良い場所だ、気に入ってくれるならそれで構わねぇよ」
それに周りの国の情勢を聞かせてもらったからなと続けて新しく頼んだコーヒーに口を付ける。見ず知らずの男のことを助けたのはヴィルヘルムがそうしたかったからであってそれ以上でもそれ以下でも無い。それに男から聞いた話はヴィルヘルムにとっても有意義なものだったので寧ろ礼を言いたいくらいだった。
それに……今日初めてあったはずのこの男の事をヴィルヘルムはどこかであったような気がしていたのだ。まるでアンナと初めて会った時のような既知感、それをこの男からも感じ取っていた。
そしてコーヒーが半分程無くなった所で一羽の鷹がヴィルヘルムの肩に降りてきた。男は興味深そうに鷹を見ているがヴィルヘルムはこの鷹のことを知っているので驚いた様子を見せずに鷹の足に付けられていた紙を取った。この鷹はヴィルヘルムが所属している部隊の一人が連絡用として調教した鷹で、こうして連絡用に使われているのだ。現代の様に携帯電話が無く、無線機が憲兵に配られていないこの時代では重要な連絡手段として重宝している。手紙を運んで来た礼に男が食べていた料理からベーコン一切れを差し出すと口に咥え、飛んでいった。
そして手紙を開き、その内容に目を通すとヴィルヘルムは顔色を変えて立ち上がった。
「悪い、急用ができちまった」
「あぁ、待ってくれないか?良ければ君の名前を教えて欲しいのだが」
身なりを整えているヴィルヘルムに向かって男はそんなことを言った。そこで思い出す。そう言えば互いに名乗ること無く話していたなと。
「ヴィルヘルム・エーレンブルクだ」
「ヴィルヘルム、だね。私のことはメルクリウスと呼んでくれ給え」
「メルクリウスだな分かった。じゃ、また縁があったら会おうぜ」
そういってヴィルヘルムは店から出ていった。
「彼がヴィルヘルム・エーレンブルクか……予め知っていたとは言えどやはり私の知るヴィルヘルム・エーレンブルクとはまるで別人だな」
慌ただしく店を出て行ったヴィルヘルムの背中を見ながらメルクリウスはそう呟いた。彼が知るヴィルヘルム・エーレンブルクという人物はもっと攻撃的な性格をしていた。しかしあのヴィルヘルム・エーレンブルクは言葉遣いこそ乱暴だが良識ある人物だった。
この違いが今後思い描いている脚本にどの様な影響を及ぼすのか考えながらメルクリウスは用が無くなった店から出ようとする。するとさっきまでヴィルヘルムが座っていた席に一枚の紙が置かれていた。それはヴィルヘルムが店を出た理由となった手紙。それに好奇心が湧いたのかメルクリウスはその手紙を読むことにした。
するとそこにはーーー
『⚪︎×ー××ー×にて春の腹パン祭りの開催をお知らせします。腹パン対象者は憲兵隊隊長。貴方の拳が隊長の腹筋を崩壊させます!!』
そう達筆なドイツ語で書かれていた。
「……なんだねこれは」
メルクリウスはこの手紙を見て自分の知るドイツ軍との違いに衝撃を受けた様だった。
時間が飛んでヴィルヘルムが憲兵になってから二年後、そしてメルクリウスとの出会いでした。この二年の間にアンナちゃんはエーレンブルク家に馴染んでます。
ヴィルヘルムの所属している部隊はユカイな方で構成されたユカイな部隊みたいですね!!(白目)
分かりやすく説明したらキチガイ部隊です!!(レイプ目)
挨拶は腹パン!!先輩相手でも腹パン!!何かあったら腹パン!!不定期で頻繁に腹パン祭りを開催してます!!(SAN値喪失)
そして遂に登場コズミック変質者のメルクリウス。ヴィルヘルムと会った時のは演技とかでは無くガチで行き倒れてました。
メルクリウスのヴィルヘルムに対する評価は『興味深い未知』ってところですね。
反対にヴィルヘルムのメルクリウスに対する評価は『胡散臭いけど話してみると面白い奴』です。
そしてやっぱりというかヴィルヘルムはメルクリウスに既知感を抱いています。
感想、評価をお待ちしています。