「パンツ舐めたいな」
ポツリとそんなことを言った隊長の顎にヴィルヘルムのアッパーカットが突き刺さる。ガチンと歯と歯がぶつかり合う音がして隊長は2m程宙を舞う。
「犯罪予備軍一名様ご案内ぁい!!」
「「「「ハァイヨロコンデェ!!!」」」」
ヴィルヘルムの呼び掛けに応えた数名が隊長が床に落ちるのと同時に隊長を取り囲んでリンチを開始する。数分後にはボロボロになった隊長が飲茶の様な体勢で倒れていた。そしてそれを見て満足気に頷いたヴィルヘルムとリンチを実行した数名は何事も無かったかのように各々の机に戻って事務仕事を再開する。
ここはヴィルヘルムが所属している憲兵たちの詰所兼事務室。基本的に午前と午後で見回りをする者と事務仕事をする者に別れていて今のヴィルヘルムの仕事は事務仕事、そして午後なので今している仕事を終えればそのまま帰ってもいいことになっている。その仕事も九割かた終わっていてその気になれば一時間もしない内に帰ることができるだろう。今日はヴィルヘルムにとって用事があるのでありがたいものだった。
「イッテェなてめぇら……」
「誰だってそんなキチガイ染みたこと言われたら同じ反応するに決まってるッスよ。あ、この書類にサインよろしくッス」
「ほんと逞しくなったよなヴィルヘルム……」
どこか遠い目をしながら隊長はヴィルヘルムから差し出された書類にサインをして返す。
「そういや今日ってアンナちゃんの誕生日だっけ?」
「そうッスよ。まぁ正確に言えば家に来たのが今日って話なんスけどね」
そう、今日は二年前にアンナがエーレンブルク家に来た日になる。だからヴィルヘルムは早目に帰るつもりだったのだ。その事を前もって同僚たちに伝えてあるし、同僚たちもヴィルヘルムを早く帰らせようと努力していた。
そして一時間半後に予定よりも遅くなったもののいつもに比べれば圧倒的に早くヴィルヘルムは事務仕事を終えることが出来た。
「終わったぁ〜!!」
「おう、お疲れさん」
「んじゃ、俺はもう上がらせてもらいますね」
「待て、ヴィルヘルム。ほんの、ほんのちょっとでいいから俺の仕事手伝ってくれないか?このままだと今日は帰れないの」
「あーすんませんねー手伝ってあげたいんスけど今日はどうしても外さなくてーあーホント残念だわー」
「ヴィルヘルムゥ!!キサマァ!!せめて棒読みで言うの辞めろやぁ!!」
机の上に書類の山を積み上げた同僚の怨嗟の声に笑いで返しながらヴィルヘルムは事務室から出る。そして事務仕事で硬くなった首回りの筋肉を首を回すことでほぐしながらヴィルヘルムは街の中を歩いていく。目的地はヴィルヘルムの友人が勤めている宝石店、と言っても目的は宝石ではなく特注していた髪飾りだ。そこら辺のセンスなど欠片もないと自覚しているヴィルヘルムだったが友人と話し合いを重ねることで合いそうなデザインになったと思われる。遅くとも昨日までにはできているそうなので仕事が終わり次第に受け取りに行く予定になっていた。
大して期待していなかったが仕事が早く終わったこともあり、時間にはかなり余裕がある。途中で買ったリンゴを丸かじりしながら宝石店に向かうヴィルヘルム。
「あの〜、ちょっと良いかな?」
そんな彼に話しかける人間がいた。背後から話しかけられたから相手の顔は見えないが声から判断するに相手は二十代前半の男性、そして発音に訛りが見られないことからそこそこの上流階級の出身かと思われる。敵意を感じないので特に警戒しないで振り返る。するとそこにはヴィルヘルムと同じくらいの身長の美男子が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「あ、俺男色家とかの気は無いんで」
「うん、僕も普通に女性と付き合いたいから。そんな誘いの為に声かけた訳じゃないからね」
「知ってたよ」
つい憲兵たちのノリで反応してくれたが美男子は慌てることなく落ち着いた反応をしてくれた。
「で、どうしたんだ?」
「あぁ、遺産管理局ってところを案内して欲しくてね。来週からそこに勤務する予定なんで前もって挨拶をしに行きたいんだよ」
なんでヴィルヘルムに話しかけたのかというと今のヴィルヘルムの格好が憲兵の制服のままだからだ。なるほどとヴィルヘルムは納得する。憲兵の仕事の中にはこうした案内も含まれている、そしてこの場にはヴィルヘルム以外の憲兵の姿が見えない。面倒だなと考えながらも時間はあるので案内をすることを決める。
「知ってる、案内してやるよ」
「ありがとうね……あぁ、僕はロートス・ライヒハート」
「俺はヴィルヘルム・エーレンブルクだ」
「悪りぃな、俺のせいで遅くなっちまって」
「いやいや、良い街じゃないか。憲兵と町民の距離が近いってことは悪い事じゃないからね」
「そう言って貰えるなら幸いだ」
ヴィルヘルムがロートスを連れて遺産管理局にたどり着いた頃には夕方になっていた。実はもっと早くに着くことができたのだが町民たちがヴィルヘルムの繋がりからアンナのことを知っていたのでよろしく伝えてくれと話しかけて来たからだ。ヴィルヘルムは貰い物でパンパンに膨れあがった手提げ袋を持っていて罰の悪そうな顔をしていたがロートスの言葉で綻ばせる。
「それでも遅くなったのは俺の責任だ、今度機会がありゃあ一杯奢ってやるよ」
「それは楽しみだ。必ず時間を作らせてもらうよ」
「っと、折角だ。これをやるよ」
遺産管理局の門に向かっているロートスにヴィルヘルムはポケットからあるものを取り出して投げた。ロートスがそれを受け取り見てみるとそれは凹みのついた硬貨だった。
「これは?」
「俺が銃で撃たれた時に守ってくれた硬貨だ。部門は違えど同じ軍属になったことに対する祝いだよ」
それだけを言ってヴィルヘルムは背を向けて歩き出した。ありがとうとロートスの声が聞こえたのだが振り返らずに手を振った。
「御誕生日おめでと〜!!」
「おう、おめでとう」
太陽が沈んだ夜、エーレンブルク家では細やかではあるが祝いの席が開かれていた。テーブルの上に並べられた料理はすべてヴィルヘルムとヘルガの手で作られた物。そしてこの席で祝われるのは一人だけ。
「あ、ありがとう……」
嬉しいのだが恥ずかしいのか嬉しそうにしながらも羞恥で顔を赤くしているアンナ・シュライバー。そう、この席は彼女を祝う為の席、彼女がこの家に来て二年経ったことを祝福しようとしている。誕生日などと銘打っているが今日はアンナの誕生日などでは無い。そもそもアンナが自身の誕生日を忘れてしまっている。それでは不便だとアンナがエーレンブルク家に来たその日を誕生日と言っているのだ。
「さぁ、どんどん食べてね!!」
「う、うん」
ヘルガが取り皿に料理を装い、アンナに渡す。アンナはこの家に来た当初には同い年の子供よりも痩せていたのだが今では肉が付いて年相応の丸みを帯びている。それでも必要な時期にマトモに食べられなかったことが関係しているのか成長は遅いのだがそれは時間と共に解決するだろうとヴィルヘルムは考えていた。
「っとそうだ。アンナ、忘れる前に先に渡しておくぞ」
「え?」
ヴィルヘルムがポケットから丁寧な包装がされた小さな箱を取り出してアンナに渡した。
「……開けて良いの?」
「開けてくれ、そうしないとそれを買った意味が無いからな」
恐る恐る丁寧に包装を剥がし、箱を開ける。するとそこには……シンプルな銀細工の髪飾りが入っていた。サルビアの花を模しただろう細工にアンナの目に合わせたのか翠色の宝石が埋め込まれている。
「これ……本当に僕の為に?」
「あぁ、アンナって綺麗な顔してるのにまったく飾らないからよ。ダチと一緒にどんなんが似合うのか頭捻って考えたぜ」
ヴィルヘルムはアンナの自身への無頓着をもったい無いと考えていた。折角女として産まれたのだから過剰にとまではいかなくてもいいから多少着飾って欲しいと思っているのだ。だからヴィルヘルムはこの髪飾りを送ったのだ。
「気に入らないならそれでもいいけどよ」
「そんなことない!!」
アンナは大声をあげてヴィルヘルムの言葉を否定した。確かにアンナは自身について無頓着なところがある。着飾ることなど二年前に娼婦をしていた時だけでそれ以降は動きやすい服しか着ていない。興味がないと言えば嘘になるが着飾ってしまうとどうしても娼婦をしていた時のことを思い出してしまうからだ。
ヴィルヘルムもそのことについては感づいていた、だから小物である髪飾りを送った。もしかするとあの時のことを思い出して忌諱されると考えていた。しかしその心配は杞憂だった。
サルビアの髪飾りを見たアンナは……泣いていた。それは悲しみではなく、喜びの涙だった。
「そんなことない……僕、僕、凄く嬉しいよ……」
アンナはヴィルヘルムの気遣いを見抜いていた。自分が娼婦であった時のことを思い出さぬよう、それでいて女であることを捨てて欲しくないという気持ちを理解したからだ。
壊れぬよう優しく、そしてしっかりとサルビアの髪飾りを抱きしめ、涙を流しながら笑顔でーーー
「ありがとう……!!ヴィルヘルム」
どう言い表していいのかわからない気持ちをどうにか言葉にして伝えた。
今回は笑顔の絶えない職場、元祖刹那さん、アンナちゃんprpr回でした。
やっぱり戦争の近いドイツはおかしいなぁ!!(白目)
そして元祖刹那さん登場。まだまだ綺麗な状態ですけどその内ドイツ色に染められるんじゃないかな?(すっとぼけ)
そして……アンナちゃんprpr、それ以外の言葉などいらぬ。
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