「ーーー暇だなぁ……」
自室のベッドの上でタバコを吸いながらヴィルヘルムはボヤいた。いたもなら憲兵の詰め所に向かい事務仕事をしているか見回りをしているかの時間だが昨晩の浮浪者との戦いのせいで負傷して、ヘルガとアンナから休む様に言われたのだ。普通なら当事者であるヴィルヘルムはしゃべれる状態ならその時のことを詳しく話さなければならない義務があるのだがロートスと、あの夜浮浪者に襲われていたマリーアが代わりに話すとのことだ。
隊長にも一応連絡したところに三日ほど療養で休めと言われた。休む事には不満は無いのだがやる事が無い。ヘルガとアンナが率先して看病をしてくれるし、家に置いてある本は丸暗記したとは言えないがほとんど覚えてしまっている。やる事が無い、物凄く暇なのだ。
「出歩けりゃあまだ良いんだろうが姉貴とアンナが見張ってるしな……」
そう言ってヴィルヘルムは扉を見る。閉ざされて見えないがあの外ではヘルガとアンナがいるはずだ。何処から持ち出したのか知らないが木の棒を尖らせて作ったお手製の槍を持って気合の入っている。ヴィルヘルムを守ろうとしての善意の行動なので嬉しく思う反面強く言えないのだ。
「あぁ……暇だ……」
またボヤくが事態は変わらない。何もやる事の無いまま時間が過ぎていく。仕方ないので寝るかと思い毛布を被ったその時だった。
「ヴィル〜お客さんよ〜」
外からヘルガが来客を報せた。このタイミングでと思うが待ち望んだ変化の到来でもあったので断る事なく部屋に通す様にヘルガに伝える。扉を開けて入って来たのはヘルガとアンナ、そして両手に大量の荷物を抱えたロートスとマリーアだった。
「いよっす、生きてるか?」
「死んだ様に見えるのなら目玉を取り替えることを勧めるぜ?何なら俺が右と左の目を入れ替えてやるよ」
「元気が有り余ってるみたいね……」
マリーアはこのやりとりを見て疲れた様な顔になっているがヴィルヘルムとロートスの二人からすればこれはいつも通りなのだ。
「んで、どうしたんだ?」
「あぁ、これ憲兵たちからの差し入れとあの後のことを話しにな」
部屋に設置されていた机の上にロートスとマリーアは持ってきた荷物をドサっと置いた。チラリと見える中身はお見舞いの定番の果物の詰め合わせや酒ビン、それに野菜や肉なども見える。
「愛されてるねぇ、ヴィルヘルム」
「あ、自分男色趣味無いんで、女の子が好きな普通の性癖なんで、ロートスと違って」
「ヴィルヘルム……!!てめぇ……!!人のことを男色家に仕立て上げようとしてんじゃねぇよ……!!」
「え?でもこの間階級が上の奴に壁ドンされてたって聞いたけど……しかもされて頬を染めてたって」
「え……」
「ヴィルの貞操は私が守る!!」
「ホモォは認めない!!」
「マリーアさん引かないで!!嘘だから!!あとヘルガさんとアンナちゃんも警戒しないで!!槍向けないで!!痛いから!!」
突如湧いてきたロートスホモォ疑惑にマリーアはドン引き、ヘルガとアンナはヴィルヘルムを守ろうと槍を構えロートスに向けている。部屋がそう広くないので穂先がロートスに刺さってしまっている。それを見てヴィルヘルムは腹を抱えて爆笑していた。
「で、あの事件の後のことを話してくれんるんだろ?」
「その前に二人を何とかしてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
話が進まないのでヴィルヘルムがヘルガとアンナに頼むと渋々といった様子だったが槍を納めてくれた。ただしマリーアはロートスから一定の距離を取り、ヘルガとアンナはロートスへの警戒を隠そうとしない。
「で、どうなったんだ?」
「ぜってぇ泣かす……あの捕まえた浮浪者だけど、今日の朝には死んだよ」
その一言で部屋の中の空気が変わる。深い話になりそうだと判断したヴィルヘルムは目線だけでヘルガとアンナに退室を促す。アンナは不満がだったがヘルガに諭されて二人は部屋から出て行った。
「俺が原因か?」
「ん〜そうじゃないとは言い切れないんだけどな……微妙なんだよな。あいつ、痛みを感じて無かっただろう?」
ロートスに言われて思い出す。先制の一撃、腹への蹴り、関節を外す、足を折る、腕を砕く、普通なら痛がって当たり前のことをされてもあの浮浪者は素振りや我慢している様子を一切見せていなかった。
「痛みを感じない体質じゃないのか?」
「それが見張ってた奴の話だと今日の早朝に突然あいつが叫び出したそうだ。まるで痛みを今感じたみたいに、そして叫んでから数十秒でそいつは死んだ。今は死体の解剖をしてるはずだけど恐らく死因はショック死だと俺は思う」
「痛みを感じて無かった奴がいきなり痛みを感じた……?」
「まるで麻酔が切れた怪我人みたいね」
「「っ!!それだ!!」」
ヴィルヘルムとロートスはどうしてなのか分からなかったがマリーアの言った何気無い一言に食い付く。
「多分あいつは何かしらの薬を決めてやがったんだ。副作用か何かで痛みを感じなくなる様な奴をな。ロートス、あいつの持ち物でそれっぽいのはあったか?」
「そういえば粉末の薬が幾つかあったはずだ。それにメルクリウスが昨日夢を見られる薬がどうのこうの言ってたな……それが関係あるのかもしれない」
「メル、クリウス……」
メルクリウスの名前が出てきた時にマリーアは本の僅かに顔を歪めたが独自の答えを導き出したヴィルヘルムとロートスは気づかなかった。それよりももしも想像している通りの事態になっているのなら最悪としか言えなかった。
「マジィな……もしその薬が出回ってあいつみたいな奴が量産されるようになったらこの街終わるぞ。痛覚無しで暴れまわる奴とか殺すか手足潰す位しか止める方法が思いつかねぇ」
「憲兵たちからそういうのがいるって話は聞いてないからまだ広まってないだろうけど……早めに動かねぇと取り返しのつかないことになりそうだ。俺はちょっと詰め所に行ってこの事を話してくる」
「頼んだ、この街が薬物中毒者で溢れかえるところなんぞ見たくねぇよ」
そう言うとロートスは部屋を飛び出した。聞こえる声からヘルガとアンナに挨拶をしているところは律儀だと思う。そして部屋の中にはヴィルヘルムとマリーアの二人っきりになった。
「(えっ!?ちょ!?彼と二人っきり!?事情が事情でも急展開すぎるわよロートスさぁん!!)」
ヴィルヘルムと二人っきりになったマリーアは内心で焦っていた。その理由を簡単に言えば……吊り橋効果である。昨晩浮浪者に襲われていたところをヴィルヘルムに助けられて、彼の事を意識するようになってしまったのだ。名前は教え合っているとは言ってもほとんど初対面と変わらない間柄、話をしようにも何を話題にしたら良いのかわからず、マリーアは動揺が顔に出ない様に頑張るしか無かった。
「っとそうだ!!お見舞いの果物剥いてくるわね!!」
「ん、あぁ……頼むわ」
その時に目に付いたのはお見舞いの品として持ってきた荷物、その中から見えている果物の詰め合わせだった。これの皮を剥いてくる事を理由にマリーアは部屋から出る。
「あら?もう良いのかしら?」
「はい、話は終わりましたから」
「じゃあ僕ヴィルヘルムと話してくる」
マリーアが部屋から出てきたことで話が終わったと察してアンナはいの一番に部屋に飛び込んでいった。その時にグフッ!!というヴィルヘルムの声が聞こえたので恐らくアンナはベッドにダイブしたのだろう。ヘルガから包丁を借りて果物の皮を剥き始める。
「えっと……マリーアさん、だったわね?」
「そうですけど……」
「貴女、ヴィルヘルムのこと気になっているわね?」
「ふぁ!?」
無駄話無しで突然投げかけられた直球にマリーアは動揺して果物と包丁を落としてしまう。包丁が柄から足に落ちたのを見て冷や汗をかいてしまう。
「ふふっ、図星みたいね?」
「……どうして分かったんですか?」
「見れば分かるわよ。どうして良いか分からずに慌ててるところなんてとても初々しいわ」
包丁のお陰で多少冷静になれたものの心は落ち着かない。そんなマリーアを見てヘルガは愉しそうに微笑んでいる。
「私からは何も言うことは無いわ。ヴィルと付き合いたいのなら付き合いなさい……ヴィルを口説き落とせたらの話だけどね」
「意外……なんかこう……弟は渡さないわ!!とか言われると思ってましたけど……」
「確かに私はヴィルのことを大切に思っているわ……でも、それと同じくらいにヴィルには幸せになって欲しいのよ。私の我儘でヴィルを締め付けたら幸せになれるわけ無い。それだったら私は喜んで引き下がるわ」
その言葉でヘルガがどれだけヴィルヘルムのことを大事に思っているのかを理解することができた。本当なら誰にも渡したく無いのだろうにそれはヴィルヘルムの為にならないと思って自分の本心を押し殺す。ヘルガのそんな姿を見てマリーアはヘルガのことを尊敬した。
「ま、私は良いとは思うけどアンナがどう思うかしらね?あと、果物を剥いたなら持って行ってあげなさい」
「あ、はい」
剥き終わり、一口大に切った果物を皿の上に乗せて部屋に戻る。するとそこにはベッドの上に転がっているアンナとアンナの髪を弄っているヴィルヘルムの姿があった。
「はい、剥いてきたわよ」
「おぅ、あんがとな」
「ヴィル〜僕も食べたい〜」
「あ〜あ〜分かったから口開けろや」
「アーン」
ヴィルヘルムが食べている姿を見て自分も食べたくなったのかアンナが強請ってヴィルヘルムが仕方が無いといった様子で果物をアンナに与える。髪の色が同じということもあってその二人の姿が仲の良い兄妹の様にしか見えなかった。
ーーーそんな光景を見ていたマリーアの視界にノイズが走る。
ノイズの向こうに見えるのはーーー全身から杭を生やすヴィルヘルムの姿と獣の様になりながら宙を駆けるアンナの姿。二人はさっきまで見ていた光景を否定する様に殺し合っていた。
お前の事を認めない/お前など認めない
マリーアはその光景が信じられずに瞬きをする。次に瞼を開いた時には殺し合っていた二人の姿は消えて、果物を美味しそうに食べている二人の姿があった。
「ーーーえ?」
「どうした?聴取で疲れたのか?」
「……ううん、なんでも無いわ」
今見た光景はとてもじゃないが有り得ないものだった。仲の良い二人が殺し合うなど絶対に起こり得ない。
だが、あの光景を見てから、今の二人の姿に違和感を感じてしまう。
「いよっすヴィルヘルムゥ!!エロ本持って来たぞぉ!!」
そんな中で憲兵の隊長が一冊の本を掲げながらやって来た。本の表紙には半裸の女性が乗っていてどこからどう見てもそっち系の本だと分かる。
そして、次の瞬間には隊長の姿がアンナと共に消えていた。
「……え?どこに行ったの!?」
「あー多分外じゃねぇか?」
「外?」
そう言ってヴィルヘルムがベッドから起き出して部屋から出る。マリーアもそれに続いて部屋から出るが部屋の外にいたはずのヘルガの姿も無かった。
「やっぱりな」
窓を開けて外を見ていたヴィルヘルムがそう呟いていた。顔は面白い物を見つけた様に良い笑顔。何をやっているのか気になったマリーアも窓から外を見る。
するとそこにはーーー
「ヤメロォ!!ハナセェ!!コンナノ人ノスルコトジャナイィ!!」
「暖かいわね〜」
「もう少し草を持ってこようか?」
「おーい誰か肉持ってこい!!」
「野菜も焼こうぜ!!」
「林檎を焼いてみたらどうかしら?」
「これから毎日隊長焼こうぜ」
ーーー魔女狩りよろしく十字架に磔にされて火炙りにされている隊長と、その周りに集まっている人々の姿があった。ヘルガは暖をとっており、アンナは乾いた草を運び、いつの間にか集まった人々は火焙りの火で持ち寄った食材を焼き始めている。
「……何よこれ」
「これがここいらじゃ普通なんだよ、慣れとけ」
「慣れたく無いわよ!!こんなの!!」
マリーアのツッコミにゲラゲラと笑うヴィルヘルム。
こんな光景を見せつけられて、さっきまで感じていたヴィルヘルムとアンナの違和感は欠片も残さずに吹き飛んでいた。
ドイツ事変、『夢を見られる薬』開始。薬はヤバイです(阿片スパー)
ロリババアァ!!乙女モード。これは可愛い(鼻から忠誠心)ただしヘルガお姉様にはバレバレの模様。
ヘルガはヴィルヘルムが幸せになってかれるのならどんな相手でも認められるほど心が広いです。もし相手がヴィルヘルムをボロボロにして捨てようものなら瞳孔ガン開きで追いかけてきます。
そしてロリババアが感じる既知感、だけどもその後の隊長によるキチ感で吹き飛ばされた。やはりドイツは素晴らしいなぁ!!(虚な目付き)
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