「くはぁ…………あいつら騒ぎすぎだろ、下手すりゃ朝まで騒ぐつもりだったな…………」
カツンカツンと、石畳と靴がぶつかり合う音をたてながら夜の町を歩いている男がいた。すらりと細い体付きではあるがそれは貧弱だからではなく鍛えられて細くなっているから。左手をズボンのポケットに突っ込み、右手でガシガシと自身の白髪を掻いている彼。
男の名はヴィルヘルム・エーレンブルグ。
「マァ、今までつるんでだから離れるのが淋しいっつうことは分からんでも無いが…………明日からって奴もいるのに徹夜ではしゃぐとか正気かよ。俺が止めなかったらガチで朝までやってたな」
ヴィルヘルムは十四歳になっていた。そして就職を控えた社会人の一歩手前でもある。現代の世界なら法律によって守られているかもしれないが今この時代…………それも戦争中ではそんなものは適用されない。少年とも言える年端である十四歳とは言えども、人手になりうる成人として見られているのだ。
肉屋、運送業、工場勤めとヴィルヘルムの友人は様々な職に就いた。そんな中でヴィルヘルムが選んだ職業は…………軍人だった。しかし軍人だと言っても戦場の最前線に出て戦うような役職ではなく、町の治安を守るために配備される憲兵を選んだ。
理由は戦場とは違い、命の危険が少ないから。ヴィルヘルムには愛国心というものは欠片もない。お国の為だと言いながら死にたいとは微塵も考えてもいない。しかしそんなことを考えていると知られてしまえば今の世の中の雰囲気に寄っている周りに騒がれて収容所送りになってしまう。だから命の危険が少なく、それでいて国に仕えているという体裁が取れる憲兵を選んだ。
そしてもう一つ理由があるのだが…………それは姉であるヘルガ・エーレンブルグ、彼女を一人にしたくなかったからである。年の離れた姉は弟であるヴィルヘルムの目から見ても美しく育った。だが、どういうわけか男の気配が見られない。ヘルガの美貌に誘われた男たちがヘルガに求婚を申し出ているのだが彼女はすべてを失礼の無いように、それでいてはっきりと断っているのだ。あまりにも男に興味がないように見えたのでもしや同性愛者かとヴィルヘルムは勘繰ってしまったがそんなことはなかった。そんな姉を守り、そして結婚を見届けるまで死ねないと考えていたので町を守るという名目のこの仕事を選んだのだ。
しかしヘルガは二十四歳になり、他の同い年の女性が婚期を逃すまいと焦っている中でも少しも焦っているようには見えなかった。姉が結婚できるのか?と真剣に悩んだヴィルヘルムを誰が責められようか?
ざっくりと語ってしまえばその二つ、一つはともかくもう一つは他人からすれば馬鹿らしいと言われても仕方の無い理由ではあるが本人からしたらその馬鹿らしい理由が何よりも大きかった。
「にしてもどいつもこいつも俺が憲兵になると言ったら吹き出しやがって…………挽き肉か三枚下ろしにしてやればよかったか?」
仲間内でその理由を語った時には誰もが吹き出して笑ったものだった。ヴィルヘルムはその時は酒のせいもあったのか笑い返していたがアルコールが抜けてきた今では少し頭に来ていた。
「ーーーーーーーーーーーーねぇ、お兄さん?」
「アン?」
思い出して少し苛ついていたヴィルヘルムの耳に声が届いた。この場にいるのはヴィルヘルム一人なのでお兄さんというのは間違いなくヴィルヘルムのことを呼んでいるのだろう。ヴィルヘルムが声がした方向を見る。そこは暗がりだったがヴィルヘルムが反応したことでその姿を暗がりから現した。
現れたのは一人の少女だった。右目を医療用の眼帯で隠した中性的な顔付きだが純白の西洋人形を思わせる衣装を着ているので恐らく女なのだろうとヴィルヘルムは考える。少女はヴィルヘルムの顔を見てニコリと感情の抜け落ちた機械的な笑みを浮かべ、
「お兄さん、僕のこと、買わない?」
生気のない目で見つめながら、衣装のスカートを捲り上げて自身の性器を見せつけてきた。見た目と同じ様に発達しきっていない少女の性器からは誰かが先に少女のことを買ったのか白い液体が溢れていた。
「(…………なるほど、
少女の言動からヴィルヘルムは少女が自分の体を使い、金銭を得る春売をしていることに気付いた。現代ならば法律によって罰せられる行いである春売だが、この時代ではそれに対する縛りは緩い。働くことの出来る場を得られない女と性欲をもて余している男という利害の一致から見逃されているのだ。
故に、そこから少女がヴィルヘルムに話しかけてきた理由が春売行為をするためだと推測することが出来る。なんら不自然なことではない。この時代なら少し裏通りに入ればよく見かける光景である。しかしーーーーーーーーーーーー
「(あぁ~ん?なんか知らんが…………こいつがそんなことをしてると不愉快だな)」
ヴィルヘルムは何故かは知らないが少女が金銭のために体を売っているという事実を不快に思った。前もって言っておくがヴィルヘルムと少女は今日が初対面である。今日初めて会った相手だというのにーーーーーーーーーーーーヴィルヘルムは、この少女がそんなことをするなど似合わず、そしてそのことに苛立ちを感じた。
「おい、お前名前は?」
「…………アンナ・シュライバー」
「そうか、俺はヴィルヘルム・エーレンブルグだ、好きに呼べ。そいでっと!!」
「キャッ!?」
アンナ・シュライバーと名乗った少女が突然年相応に思える可愛らしい悲鳴をあげた。それはそうだろう。何故なら自分のことを買わないかと誘っていた相手が突然荷物でも運ぶかのように脇に抱えながら持ち上げたのだから。
「い、いきなり何するの!?」
「わりぃわりぃ、金は後で払う。だから今日は付き合ってもらうぞ」
アンナがヴィルヘルムから逃れようともがくものの体が少女でヴィルヘルムと会う前に行為によって体力を減らしていたアンナと成人男性とほぼ同じ体格のヴィルヘルムとでは比べ物になるはずがない。アンナは必死になって逃げようとしているがヴィルヘルムの拘束から逃れることは出来なかった。
「(にしても深夜で良かったぜ。もう少し夜が浅かったら誰かに見られて憲兵呼ばれていたかもしれねぇからな)」
抱えているアンナに気遣いをしながらヴィルヘルムはアンナと出会ったのが今の時間帯で良かったと安堵していた。あと二、三時間もすれば朝日が昇る。そうなれば人が活動を開始して今の自分達の姿を見られていたかもしれない。暴れる少女を持ち運んでいる男性などどこからどう見ても犯罪である。この時ヴィルヘルムはこの時間まで騒いでいた友人たちに少しばかり感謝した。
アンナの抵抗を気にせずにヴィルヘルムは足を進める。そして十分もしないうちに目的の場所に着いた。
そこは一戸建ての家だった。周囲の家に比べれば高さは低く、年季が入っているように見えるが住む分にはなんら問題の無いことをヴィルヘルムは知っていた。何故なら、ここがヴィルヘルムとヘルガの暮らす家だからだ。
ヴィルヘルムはアンナを抱えているのとは逆の手でポケットから鍵を取り出して扉を開ける。扉を開けるとそこはリビングで、テーブルの上に置かれたローソクの灯りを頼りに本を読んでいる桃色の髪をした小柄な女性が顔を上げてヴィルヘルムを見た。
「あら、お帰りなさい、ヴィル」
「ただいま姉貴。寝てても良いって言ったのに起きてたのかよ」
「可愛い弟の帰りを待っていたらいけないのかしら?」
「あぁ…………うん…………いけなくは無いな」
こんな時間に帰って来たのにさも当然のように帰りを待っていたヘルガの姿を見て弟離れが出来ないことが結婚していない原因なのではないかと考えるヴィルヘルムだったがそんなことは忘れることにした。
今は姉のことよりもしなければならないことがあるからだ。
「放せっ!!」
「誰が離すかよ、放したらテメェ逃げるだろうが。それに騒ぐな、隣の家の奴らが起きたらどうするんだ」
「…………ヴィル、その娘は?」
逃げようともがいているアンナの姿を見てヘルガは首を傾げながらヴィルヘルムに尋ねる。実年齢にそぐわないが妙にその動作が似合っていると思いながらその質問に答えようとヴィルヘルムは口を開こうとしたがそれよりも早くにヘルガが思い付いた答えを口に出した。
「あ、分かったわ!!その娘に一目惚れして誘拐してきたのね!?」
「断じて違うわ!!」
検討違いの答えを聞かされて叫んでしまったヴィルヘルムのことを誰が責められようか?
前話より十年後にキングクリムゾン&近況説明&アンナちゃん登場回。
ヴィルは軍隊という枠組みに入っているものの戦う兵士ではなく、守る憲兵に就職しました。ヒャッハー中尉は戦闘狂でしたがヴィルは戦闘狂じゃないからですね。この頃の就職状況については想像です。
アンナちゃん登場じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!アンナちゃん可愛いよアンネちゃん(興奮)
春売行為に対する状況についても想像ですが…………時代的に考えたらあり得ない話ではないと思います。
蛇足ですが主要人物の現在の年齢はヴィル十四歳、ヘルガ二十四歳、アンナちゃん十二歳で考えています。
感想、評価をお待ちしています。