夏といえば、何を思い浮かべる?
海、山、プール、虫取り、等々。夏には楽しむべくイベントがたくさんある。
そんな夏特有のイベント、その一つに今、陸は足を踏み入れていた。
「いらっしゃっせー」
「せー」
鉄板の上の焼きそばの麺をヘラで混ぜながら陸が言うと、傍らに笑みを浮かべながら立っている男も陸に続く。
現在、陸は縁日の会場にいた。そしてその中で組が出している屋台の手伝いをしているのだ。
こういう縁日のようなイベントは、組としては大切な資金源となっている。
「坊ちゃん、そろそろ休んだらどうです?朝から働き通しじゃないですか」
「ん?いや、俺は夜に休み貰ってるんだからその分働かないと」
男の問いかけに、陸は焼きそばをまとめ、プラスチックの容器に盛り付けながら答える。
そして陸は、焼きそばが盛り付けられたプラスチック容器の何個かをビニール袋に入れて持ち上げる。
「あれ?どこに行くんすか坊ちゃん?」
「これ、他の屋台の連中に差し入れに行ってくる」
一度振り向いてから男の問いに答えると、陸はすぐに屋台の外へと足を向ける。
後ろで、涙交じりで「坊ちゃん…、あんたってお人は…」という声が聞こえてきたが陸は振り返らずに足を進ませていた。
陸のシフトは後一時間ほどで終わる。そうすれば、後は自由な時間だ。
昼間に休みをもらって、夜にまた手伝いに戻るという選択もあったが、陸にとって縁日とは夜が一番盛り上がるというイメージがあるのだ。
それは決して間違いではなく、花火大会など大きなイベントは大体夜にある。
ともかく、陸は縁日を夜で楽しもうとシフトを朝から昼、夕方にかけて入れてもらったのだ。
「おーい、差し入れ持ってきたぞー」
「あ、坊ちゃんじゃないですか!?差し入れってそれですかい?」
ああ、と答え、かき氷の屋台を経営していた三人の男の内、出迎えてくれた男に陸は持っていたビニール袋を手渡す。
「焼きそばじゃないですか!これ、あっしらにくれるんですかい!?」
「差し入れなんだから、上げるに決まってるだろ?」
驚いて聞いてくる男の手に、無理やりビニール袋を握らせながら問いに答えた陸は、すぐに振り返る。
「じゃ、頑張れよ」
「「「ありがとうございやしたー!」」」
手を上げて、歩きながらエールを残すとかき氷屋台の男たちは声をそろえて陸に礼を言ってくる。
陸はそのまま焼きそばの屋台へと戻って再び働き始める。
時間は過ぎていき、陸のシフト終わりの時間が迫ってきていた。
売り上げは上々。陸の料理の腕がこの売り上げに大きく貢献しているのは言うまでもない。
「坊ちゃん!ちいと早いですがそろそろ上がってくだせえ!」
「え?いや、まだ…」
焼きそばを焼いていると、傍らで客を呼んでいた男が陸に声をかけてくる。
上がれと言う男に、陸はまだ時間は早いのでは?と返すつもりだったのだがその前にもう一人の男が陸の持っていたヘラを取り上げる。
「あ、おいっ」
「朝から坊ちゃん働き詰めだったじゃないですか。そろそろ休んでくだせえ」
男の手からヘラを取り返そうとする陸だが、先程上がれと声をかけた男が陸の腕を掴んで止める。
すると陸からヘラを取った男が陸に言葉をかける。
陸は少しの間考え込んで、すぐに決める。
「…わかった。お前らの言葉に甘えさせてもらうよ」
「そうしてくだせえ!」
「後は俺たちに任せてください!」
陸が出した結論は、二人の言葉に甘え休憩、というより仕事を上がるというもの。
二人に声をかけてから、陸は屋台から出て行き人の往来へと入っていく。
日が高かった時よりも歩く人の数が目に見えて多くなっている。
やはり、縁日は夜の方が盛り上がるという陸の考えは正しいのだろうか。
とりあえず、今はその事を置いておこう。
「おーっす」
「おっ、陸坊ちゃん!シフト上がったんすか?」
まず初めに陸が顔を出したのは組が経営しているたこ焼きの屋台。
陸の顔を見ると、組員が陸に挨拶をしていく。
「ああ。ということで、たこ焼き一パックくれないか?」
「了解しやした!何個でも!」
陸は組員にたこ焼き一パックを注文する。
といっても、陸は集英会ボスの息子。そんな人から組員が金をとるという事はしない。
そう、陸はタダで、お金を使わずに縁日を満喫することができるのだ。
友達と来たときなどはとても役に立つ。一人の時は、とても悲しくなる特権に成り下がってしまうのだが。
「そういや、楽坊ちゃんはビーハイブの彼女さんと一緒にいましたが、陸坊ちゃんは一人なんですかい?」
「…グサッときt…え?楽が千棘と一緒にいたのか?」
陸は一人で来たのか、と聞かれたことで胸にグサッ、と何かが刺さる。
だがその直後、ある言葉が気になりすぐに男に聞き返した。
楽がビーハイブの彼女さんと一緒にいた。つまり、楽は千棘と縁日を回っているという事だ。
(何か、だんだん親密になってるなあの二人…。口論の数も少なくなってる気がするし)
陸は少し前からの楽と千棘のやり取りを思い返す。
口論をすることもあるが、それも会った当初の頃よりもその時間も回数も少なくなっている。
明らかに親密になっていく楽と千棘の関係。
(…何か、面倒なことが起きそうな起きなさそうな)
色々と嫌な予感がする陸。それは果たして当たるか否か…、それはまだわからない。
注文したたこ焼きを受け取った陸は、少し外れた所でベンチに腰を下ろしてたこ焼きの味を満喫していた。
陸がたこ焼きを食べ終え、ベンチの横にあったゴミ箱に空になったプラスチック容器を捨てて往来へと戻る。
そして陸は様々な遊戯を堪能した。
射的、金魚すくい。陸は頭にお面を乗せながら綿あめを食べながら歩いていた。
「ほらっ、こっちこっち!」
「待ってよー!」
「早く行かないと間に合わなくなっちゃうわよ!?」
「…何か騒がしいな」
陸の横を何やら人たちが、特に女性が一方向に向かって駆け抜けていく。
陸もその方向に足を向けて歩き出す。
かなりの数の人たちがその方向へと駆けているのだ。気になって仕方ない。
「…何だあれ」
そして陸は見た。奥に建てられたお寺の前で集まっている大量の人の塊を。
思わず、ぽかんと口を開けて呆然としてしまう。
それほど、お寺の前には多くの人たちが集まっていたのだ。
「きゃあああ!やった、恋結び買えた!」
「私も私も!」
陸の傍にいた少女二人が何かはしゃいでいる。
恋結び、という言葉が聞こえてきた。
(恋結びって確か…、恋愛成就の効能があるって言われてるお守りだっけ?)
そういえば、楽がこの縁日で絶対勝ってやると宣言していたのを思い出す陸。
まあ、自分には興味もなく、特にお守りの効能などを信じている質でもないため楽の宣言を冷たく聞き流していたのだが。
「こんなに混むのか…。そんなに恋結びの効能は確かだと思われてるってことか?」
ここまで恋結びが人気だとは知らなかった。
これ程までになると、まったく呪術などを信じていない陸でももしや、という思いが湧き出てくる。
「ま、買わないけど」
だが、買う買わないという問題とはまたそれは別だ。
それに、買おうと思ったとしても恐らくあのお寺にたどり着くまでに売り切れてしまうだろう。
無駄なことをしようとするような性格ではない。
さっさと戻って、縁日をさらに堪能し、組の奴らをひいひい言わせてやろうかと悪だくみをしながら元の道を戻っていく。
すると、陸の体にどん、と何かがぶつかってくる。
「きゃっ」
「あ、すいません」
ぶつかってくれた何かは、小さく悲鳴を漏らす。その悲鳴を聞いて、陸はその相手が女性だと悟る。
陸は謝罪しながら、その女性の姿に目を向ける。
桃色を基調とした花柄の浴衣を身に着けた可憐な少女。
陸はその少女を見て、大きく目を見開いた。
「え…、小咲?」
「り、陸君!?」
花柄の浴衣を着た少女、小咲は陸の姿を見て同じく目を大きく見開いていた。
そして、この時陸は気づかなかった。
小咲の手に、恋結びが握られていたことに。
「…小咲、お前も買いに来てたのか?」
「陸君も…、恋結びを買いに来たの?」
たくさん女性が恋結びを買いに来ているのだから、小咲だって買いに来ていたとしても不思議ではないだろう。
小咲は、陸の言葉に対して聞き返す。
「いや、俺は何かたくさん人がこっちの方に走ってたから覗きに来ただけ。買いに来てるのは楽じゃないかな?」
「え?一条君は買いに来てるの?」
「家で宣言してたからな…。『スーパーウルトラ縁結びアイテム…。恋結びを俺は絶対に手に入れてみせる!』て」
恋結びを買いに来ているのは陸ではなく楽だという事を小咲に説明すると共に、家で宣言していた楽の言葉を一字一句違わずに小咲に伝える。
小咲は、苦笑を浮かべながら乾いた笑い声を漏らす。
「で、小咲は買えたのか?」
「え?」
「え?て…。ほら、恋結び」
陸は、小咲に恋結びは買えたのかと問いかける。
途端、小咲が何かを隠した仕草を見せる。陸は首を傾げ、何を隠したのかと聞こうとするがその前に小咲が口を開く。
「わ、私は買えなかったんだ!もう売り切れちゃってて!」
「え…、あ、そうなのか」
何か慌てているように見えるのは気のせいだろうか。
ともかく、何かは知らないが、言いづらいことがあるのならば深く問い質しはしない。
「さてと!俺はもう行くけど、どうする?小咲も来るか?」
「え?」
「ちなみに、俺と一緒に来ると食べ物も遊びも全部タダになるぞ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、陸は小咲に目を向けて言う。
小咲は、戸惑いの表情を浮かべながら首を傾げる。
陸が言う、食べ物も遊びも全てタダになる。この言葉の意味が読み取れなかったのだ。
そのことを悟った陸が、小咲に詳しく説明をする。
「このお祭り、組の奴らが結構屋台出してんだ」
「え?陸君の家の人たちが?」
陸の説明に、小咲が目を丸くして返す。
「で、でも私の分まで…」
「大丈夫大丈夫。俺と小咲の二人分くらい大したことないって。結構客は入ってるんだぞ?」
自分と小咲の二人がお代を払わないくらい、大したことではないと言う陸だがそれでも小咲は渋っている。
「小咲って、ホントそんな性格してるよな…」
「そう、かな…?」
小咲は優しい。だが、優しすぎるのもどうかと思う。
これは、優しいどころか完全なお人よしである。
「そ、そんなの陸君だってそうでしょ?」
「は?俺が?」
お人よしに関してを小咲に伝えた陸だったが、逆にそのまま言葉を小咲に返されてしまう。
思わず呆気にとられ、目を瞠り、口を半開きにさせて人差し指を自分に向ける。
「俺が優しい?お前、本気で言ってる?」
「ほ、本気だよ!陸君、いつも自分を犠牲にして他の人を助けようとして…」
「そんなことねえよ。俺はいつだって自分が一番だって思ってるんだぞ?」
自分は優しくないと言い切る陸に、陸は優しいと言い切る小咲。
初めは穏やかに言っていた二人だが、少しずつ声に力が入っていく。
「だから、俺は優しくないって」
「ううん!陸君は優しい!」
何でこの娘はここまで食い下がってくるのだろう。
だんだん、この話の相手をするのが下らなく感じてくる。
陸は大きくため息を吐いた。
ああ、もういい。自分の負けでいい。
「わかったわかった。俺は優しい、それでいいな」
「あ!陸君、バカにしてるでしょ!?私、本気で思ってるんだからね!」
「ああ、わかったって」
本当に、何でここまでムキになるのだ。
いや、それは自分にも当てはまるのだが…、たかが自分が優しいか優しくないの問答くらいで何であそこまでムキになったんだか。
「ほら、さっさと行こう。せっかくの縁日、楽しもうぜ」
「むぅ~…」
これ以上、押し問答をするつもりはない。その意志を込めながら小咲の前を歩きながら言う陸。
小咲も、頬を膨らませて不機嫌そうにはなっているが、陸の誘いを断ろうとする様子もなく何も言わずに陸についていく。
少しだけ、距離は離れてしまっているが初めて二人の縁日が今この時、始まったのである。
次回に、続く