(そろそろ、大丈夫かな…)
小咲の手を引きながら走っていた陸は、走りながらまわりを見渡し、そして監視の目がないことを確認してから立ち止まった。
立ち止まった場所は、公園の出口。
陸は小咲の手を放して乱れた息を整える。
「はぁ…、ふぅ。ごめんな小野寺。急に走り出して」
「はぁ…はぁ…。ううん、…はぁ。大丈夫…」
陸はすぐに息を整えたが、小咲はそうはいかない。
陸と違って規格外の体力など持たず、一般の女の子並の体力しか小咲は持っていないのだから。
「でも…、急にどうした…の?」
両ひざに手を着いて息を整えていた小咲が、顔を上げて陸を見ながら問いかける。
やはり質問してきた。
それもそうだ。小咲が楽と千棘のデートに遭遇すると、いきなり陸が現れたかと思う否やこれまたいきなり小咲は陸に連れられて公園の出口まで走ってきたのだ。
気にならない方がおかしい。
「いや…。まぁ、聞いてくれ」
陸は説明する。楽と千棘の今の状況についてを。
当然、やくざとギャングについての説明は上手く除いて。
「…つまり、あの二人は付き合ってるふりをしてるってこと?」
「ああ。そうしなきゃ…、まあ、大変なことになるから…」
詳しくは言えない。やくざとギャングの全面戦争になるなどとは言えない。
小咲には悪いがそこは誤魔化させてもらう。
「うん、わかった。…でも、どうしてそれを私に言ったの?」
楽と千棘が本当は付き合っていないことはよくわかった。
だが、小咲にはわからないことがある。
どうして陸がそれを、自分に言ったのか。
ああして恋人の振りをするためにデートまでしているのだ。
わざわざ自分に本当のことを教える必要などなかっただろう。
「…ああして振りをするためにデートまでしてるんだ。だから、学校くらいは…、息抜きさせたいと思って」
本来、あの二人は顔を合わせるごとに口論をするほど仲が悪い。
まあ、陸から見ればケンカするほど仲が良いと言いたくなる心境なのだが。
そんな二人が学校にいるときまで恋人の振りをするとなれば、それは四六時中息が詰まることになるだろう。
さすがにそれは陸にとっても忍びない。だって自分は楽の弟だ。自分まで何かしら演技をしなければならなくなる。
「うん。ようするに自分が楽をする為かな?今気づいたけど」
「は…ははは…」
初めは楽と千棘の二人のために言ったのかと感心していた小咲だったが、真相があまりに欲望に直球だったためか、苦笑を浮かべることしかできない。
「それにさ、小野寺、こういう秘密は言わなそうだし」
「え?」
苦笑していた小咲が、目を丸くして陸を見る。
「小野寺って信用できる奴だって思ってるからさ。正直、あそこで会ってたのが他の奴だったら言ってなかった」
「…」
信用できる奴と、陸は言った。他の人には言わないとも言った。
つまり、陸は自分を信用してくれているという事。陸は少なからず自分に親しみを覚えているという事…?
「そ、そそそそっか!あああありがとう!」
「…?どういたしまして?」
首を傾げる陸。何故、小咲にお礼を言われたのかわからない。
とはいえ、お礼を言われたことは変わらないから在り来たりの返事を返す。
「っと、ごめんな小野寺。帰る所だったんだろ?ちょっと逆方向に来ちまったな」
「あ、ううん。大丈夫だよ」
ふと、陸は今いる場所が小咲の家の方向とは逆の方だという事に気づき、小咲に謝罪する。
「俺も帰りたいし、途中まで送るよ」
「え!?い、いいよ!大丈夫だよ!」
「だから、俺も帰りたいの。途中まで道は一緒だろ?」
送るという陸に、小さく両手を振って遠慮する小咲だが、陸の言う通りここから帰るなら結局途中まで道は一緒なのだ。
「じゃ、じゃあ…。よろしくお願いします…」
ぺこりと腰を曲げてお辞儀する小咲に、陸は目を丸くして戸惑う。
「な、何でそんな他人行儀な…。じゃ、じゃあ帰ろうか」
「う、うん…」
並んで歩き出す二人。
そんな二人を、傾き始めた夕陽が照らし出すのだった。
次の日━━━━
「楽には昨日も言ったけど、二人については小野寺に説明しておいたから安心しろ」
「そ、そうなの!?ありがとう!あんた、ホントこのもやし男と違って気が利くわ!!」
「んだとこのごり…何でもありません!」
朝の登校、一風景である。
陸は楽と千棘に小咲の誤解を解いたことを説明する。
千棘が感激し、陸を絶賛。その言葉の中に自身をけなす言葉が入っていたことに気づいた楽が何かを言おうとするが眼前に迫る拳に圧され、口を閉じる。
「しっかし、ずいぶんと窶れてんな桐崎…」
「一昨日のデートから帰ったあとでね、デートについて質問攻めにされて…」
「あ、桐崎さんもなんだ。楽も同じだったな…くっ」
「笑うな」
千棘の両瞼の下には隈ができており、さらにどこかやつれているように見える。
その理由が、昨日のデートについて質問攻めにされたというものだという。
昨日の楽も千棘と同じだったのだ。その光景を思い出しながら噴く陸。
仏頂面して楽が陸を咎めるが、全く陸は堪えない。
「もう最悪よ!家でも気が休まる暇ないじゃない!」
「唯一、陸のおかげで学校だけではありのままでいられることが救いだな…」
楽と千棘の会話を、二人の一歩後ろを歩きながら眺める陸。
そんな感じで歩いている内に校舎の下駄箱に着き、外靴から上靴に履き替える。
一年教室のある二階へ階段で上がり、C組の教室に入る。
「あ、小野寺」
「一条君?おはよう」
教室に入った三人の目に最初に着いたのは、扉の正面で友人と会話していた小咲だった。
挨拶を交わした楽と小咲。楽は続いて小咲に口を開く。
「そう…。小野寺、ちょっと一昨日のことについて後で話したいんだけど…」
「…?あ、うん。わかった」
小咲は一昨日の件について陸から聞いてわかっているはず。
だが、楽自身がその話を聞いたわけではない。だから小咲と確認し合いたかったのだ。
小咲が頷いたのを見て、楽も頷くと自分の席に着こうとする。
「おおっとー!?一条と桐崎さんじゃねえかーーっ!!」
「へ?」
不意に響き渡る大声に楽も千棘も呆気にとられる。
続いて次々に浴びせられる二人に向けての歓声。
「おーいみんなー!二人が来たぞー!」
「よっ!待ってましたー!」
思わず、自分の席近くに移動していた楽に、千棘が近寄るほど、戸惑いが大きかった。
二人から少し離れた所に立っていた陸も疑問符を浮かべている。
「お前ら付き合うことになったんだってなー!!」
「末永くお幸せにー!!!」
「なぁっ!?」
「え…、えぇっ!?」
何故か、ばれていた。
何故だか知らないが、ばれていた。
(おいおい、まさか…)
そこで陸は小咲に目を向ける。
真っ先に思い当たる原因は小咲だ。小咲が、昨日陸が話したことを誰かにばらした。
今の所それしか思い当らない。
だが、次の瞬間それは杞憂だと悟る。
「おい!何だよそれ!一体どこでそんな話…」
「おおっと惚けんなよ楽ぅー!すでにネタは上がってんだぁ!!」
ふざけるな。誰があんな奴と付き合うか。
楽は口を開くが、言葉を言い切る前に集が割り込む。
「城ケ崎と長尾が一昨日の土曜、お前と桐崎さんがデートしている所を目撃してるんだ!!」
「「目撃しましたー」」
集の言葉の後、二人の男子生徒がサムズアップしながらにやりと笑みを浮かべながら楽に目を向ける。
「るぅぁあくぅ!俺は悔しいぞ!まさかお前が先に彼女作るなんてよぉ~!!」
正直まったく悔しそうに見えない集が楽の首にしがみつきながら叫び。
もう一度言うが、まったく悔しそうに見えない。むしろ、確実に面白がっている顔をしている。
楽と集がじゃれ合う中、大勢の男子たちが嘆きの叫びを上げながら千棘に話しかける。
そんな中、陸はふぅ、と息を吐いていた。
(良かった…。小野寺が言ったんじゃなかったんだな。良かった良かった…)
もし本当に小咲がばらしていたのなら、自分のせいでばれたということになる。
小咲とも付き合い方を変えていたところだ。
…他にも、何か安心しているような感覚がするのだがそこは気にしないでおく。
というか、何に安心しているのかわからない。
「み、皆!聞いてくれ!それは誤解…」
「…っ!?楽っ!」
楽と千棘が付き合っているなど完全な誤解である。
その誤解を解こうと、楽がクラス中に知らせようとするが、その言葉を陸は止める。
楽は、何故止める!?と言いたげな表情を陸に向ける。
陸は、そんな楽に窓の外を見ろとジェスチャーで伝える。
「…っ!?」
「げぇっ!?」
楽だけでなく、千棘も気づいた。窓の外で、木の枝の上で双眼鏡で二人の様子を監視するクロードの姿があった。
これでは、誤解を解くことができない。
「え?誤解?」
「何だよお前ら、付き合ってないのか?」
クラス中から戸惑いの声が流れ始める。
まずい。これでは、クロードにも二人が恋人同士じゃないことがバレてしまう。
(り、陸!どうすんだよこれ!?)
(知るか。自分で何とかしろ)
縋るような目を向けてくる楽だが、陸はほぼスルー。
陸に見放された楽と千棘は、自分たちの手でこの状況を何とかしなければならない。
これは、腹を決めるしかない。
「…そう、そうだよ。誤解なんだよ!」
「そう!私たちは…」
「「カップルじゃなくて、超ラブラブカップルだっつーの~!!」」
渾身の演技。決まった。
「うおー!!大胆発言!!」
「ヒューヒュー!熱いねーお二人さん!!」
冷やかしの声を受ける楽と千棘。
クラスの人たちには照れているように見えているに違いない。
だが、陸には二人の本当の姿が見えていた。
二人が、白い灰になってどこかに飛んでいくその姿を。
(…お疲れ、二人とも。でも…、面白いから見るだけー)
陸は変わらず、傍観者の立場を守るのである。
こうして恋人(仮だという事はばれていない)ということがばれてしまった楽と千棘。
あの後、昼休みに二人でどこか行くときも冷やかし言葉を受けていた。
恐らく、あの時はこれからの方針について話しあうために屋上に向かったのだろうと陸は予想していた。
まあ今はそれは置いておこう。すでに時間は夕暮れ時。放課後に入っている。
陸は、楽を探していた。とっとと家に帰ろうと誘うためである。
(いないな…。しゃあない。もう一度教室覗いていなかったら、一人で帰るか)
だが、校舎中を探しても楽の姿は見当たらない。どこかですれ違いになったのか、わからないが最後に教室を覗いてもしいなかったら一人で帰ることに決める。
階段を降り、一年教室の階に着くと、C組の教室に近づいていく。
「な、何で俺のは悪口ばっかりなんだよ!」
「うっさい!乙女のノートを無許可で見るな!」
「?」
教室に近づいていくと、中から口論する二人の男女の声が聞こえてくる。
この声は、楽と千棘だ。
(まーた口論か…。ホントに仲良いなあの二人は…)
心の中で呆れながら陸は教室の中を覗く。
すると、見えてきた光景に陸は目を見開く。
「いいか。瓜生は漫画が好きだ。~の漫画が好きなんだけど、貸してって話しかければ喜んで乗っかってくれるぞ」
「へぇ~」
「でも、注意しろ。あいつは熱中するとまじでついていけなくなる」
「…」
千棘の席で何か話している。
話している内容を聞くと、楽が千棘にクラスの人物について説明しているようだ。
(…ホントに、仲が良いのか悪いのか)
微笑ましく見えるその光景から、陸は笑みを浮かべながら視線を外す。
これは、楽の帰りは遅くなりそうだ。
そんなことを思いながら階段を降り、下駄箱に着く。
「ん、小野寺?」
「え…、一条君?」
上靴を脱いで外靴に履き替えようとする小咲に遭遇する陸。
話しかけると、小咲は振り返って頬を染める。
「小野寺も今帰りか?何か、前もこんなことあったよな。立場は逆だったけど」
「あ…、そ、そうだね。あの時は私が話しかけたんだったね…」(わぁ~っ、また一条君と帰れるの!?)
話しかける陸に、小咲も返事を返す。それと同時に、心の中で歓喜の声を上げる。
小咲の後に、陸も外靴へと履き替えて外に出る。
校門を出て、小咲と話しながら歩いているとふと陸はあることを思いだした。
小咲に謝るべき、あることを。
「そうだ、小野寺。俺、お前に謝らなきゃいけないことあるんだ」
「え?謝らなきゃ、いけないこと?」
陸の言葉を繰り返して聞き返す小咲。
陸は小咲の目を見つめてから、頭を下げる。
「ごめん小野寺。俺、朝、楽と桐崎さんのことについてバレた時、真っ先に小野寺を疑った。ホントゴメン」
「え…?」
呆気にとられる小咲。
「え…、頭上げてよ一条君っ。え…。どういう事…?」
「いや…、楽と千棘が恋人…、だっていうことバレただろ?俺、真っ先に小野寺が誰かに話したんじゃないかって疑ったんだ。…そんなこと、ちょっと考えたらあり得ないってわかるのに」
小野寺は信用できるって、わかっていたはずなのに。
小野寺を、真っ先に疑ってしまった。それが陸に罪悪感を感じさせていた。
「えっと…、うん。しょうがないよ。あんな事あったら、すぐに私のこと疑っちゃうよね?」
「っ…」
何もないように振る舞う小咲。
だが、陸は気づく。笑顔ではあるが、どこか悲しげな雰囲気を浮かべていることに。
やっぱり、友人に真っ先に疑われるのは悲しいのだ。自分だってもし同じ目に遭えば、少なくとも良い思いなどしない。
「…何か奢る。これで許してもらおうなんて思わないけど、それくらいさせてくれ」
「え…、いいよ!い、一条君!」
陸は、傍にあった自販機を見つけると小咲に声をかけてから自販機に駆け寄る。
小咲が陸を止めようとするが、その時にはすでに陸は鞄から財布を出して小銭を入れようとしていた。
小咲の制止は間に合わず、陸は小銭を入れる。
「小野寺、何飲みたい?」
「だ、だからいいよ!気にしてないから!」
「…答えてくれないなら、このココアお汁粉というものw」
「お、お茶でお願いします!」
本当にココアお汁粉という飲み物のボタンを押そうとする陸を今度は止めてお茶を注文する小咲。
早く答えろよなー、と笑っていいながら陸はそぉ~いお茶のボタンを押す。
吐き出されたペットボトルを取り出し、陸は小咲に渡す。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
再び歩き出す二人。
しばらくの間、どちらも何も話さず沈黙が流れる。
「…ねえ一条君」
「ん?」
もう少しで道が分かれるというところまで来た時、小咲が口を開いた。
「…ううん、何でもない。またね、一条君!」
「…?あぁ、またな」
分かれる陸と小咲。
小咲は一人で家路を歩く中、空を見上げた。
あの時言いかけたのは、お礼。
一度言った、飲み物を奢ってくれたことに対してのお礼ではなく、謝ってくれたことへのお礼。
確かに、あの時、陸の本心を聞いて悲しい気持ちになったのは間違いない。
だが、それまでは自身でも陸の本心など気づかなかった。
というより、あんなことを自分から言う人などそういないだろう。
だから、本心を口にして、ちゃんと謝ってくれたことが本当にうれしかった。
(…一条君のそういう所が…、私は)
空を見上げながら心の中でつぶやく小咲。
その足取りは、自分でも気づかぬ間に軽くなっているのだった。