文化祭が終わってから、アメリカからポーラがやって来たこと以外は特にこれといった事件もなく平和な日々が過ぎていった。
夏の暑さも今ではすっかりなくなり、代わりに冬の突き刺すような寒さが辺りを包む。
そう、冬なのだ。
冬といったら外せないイベントを、皆は当然知っているだろう。
「いやぁ~、もうすぐクリスマスだね~…。ということで、俺はクリスマスの日にクラス皆で行うパーティを企画している!」
放課後、教室の中で集が片腕を掲げて高らかと叫んだ。
そう、集の言う通り冬のイベントといえばクリスマスである。
友達とバカ騒ぎするもよし、家族と一緒に楽しむもよし、恋人と暑い夜を過ごすのもよし(死ね)。
本来、キリストの誕生日を祝う日なのだが日本人のほとんどはただ自分の楽しみのためだけに過ごすクリスマス。
当然、陸たちもその例外ではなくクリスマスの予定を今、こうして考えていたのだが。
「お前が企画すんのかよ。…俺、クリスマスの日用事があるから」
「ウソつけぇい!」
集がパーティを企画すると聞いた陸は、僅かに表情を歪ませると集から視線を切ってぼそりと呟いた。
明らかに自分だけ助かろうとしているようにしか見えない陸のつぶやきに、楽がすぐさまツッコミを入れた。
とまあクリスマスの予定を話しているといっても結局はいつも通りのバカらしいやり取りをしているだけなのだが。
「パーティ…。でも、千棘ちゃんと一条君は二人で過ごした方がいいんじゃないかな?」
「え?あ、あぁ…。おい千棘、俺達はどうする?」
すると小咲が、楽と千棘の事情を考えて言ってくる。
確かに、楽と千棘は二人でクリスマスを過ごした方が良いかもしれない。
楽もそう考えて隣にいる千棘を見遣って問いかけた。
「…千棘?」
「……す……く……ま…」
だが千棘は楽の問いかけに答えない。それだけではなく、何やらぼそぼそと呟いている。
様子が気になった楽が千棘に顔を近づける。
「クリスマス…クリスマス…」
「ち、千棘!?」
先程までいつもと変わらない様子だった千棘が、今は顔を真っ青にしてただただクリスマスとうわ言の様に呟き続けていた。
「え?クリスマスにお母さんが来る?」
千棘の異常な様子に、話し合いがお開きになった後。
陸、小咲、楽、千棘の四人は下校途中の公園のベンチに座って話していた。
正確には陸、小咲、楽の三人が千棘の話を聞いていたのだが。
そして千棘の話を聞いた小咲が疑問の言葉を上げた。
「お母さんが来るって…、良い事じゃないか。何でそこまで怖がってんだよ」
「というか、千棘のお母さん見たことねえな。いつも何やってんだ?」
小咲と同じように疑問に思った陸が千棘に問いかけ、その後楽が千棘の母について問いかける。
「私のお母さん、ある企業を経営してるんだけど…。世界を飛び回ってて、会えるのはクリスマスの日だけなの」
千棘が、千棘母は何をやっているのか説明する。
「そんなに忙しいんだ…。でも、折角会えるのにどうして怖がってるの?」
忙しく、滅多に会えない母に会えるのだ。普通ならば喜ぶところのはずなのだが。
再び小咲が千棘に怖がっている理由を問いかける。
「私のお母さん、怒ったらすごく怖いの…。お父さんもクロードも皆…、怒ったお母さんには逆らえないの…」
(((うわぁ…)))
ギャングの長の千棘の父、アーデルトや千棘のことになると狂暴になるクロードも逆らえない。
一体どんな人なのだろうか…。
「…なあ。もしかして、千棘のお母さんって『マダムフラワー』?」
「っ!?陸、ママのこと知ってるの!?」
「「?」」
マダムフラワー
その単語に千棘は驚愕し、小咲と楽は疑問符を浮かべて首を傾げる。
「やっぱりそうか…。じゃあ納得だわ。あの人雰囲気半端ないし、マジで忙しいし」
「なあ陸、マダムフラワーって何だよ?」
陸の予想通り、千棘の母はマダムフラワーだったようだ。
一人で納得している陸に、楽が問いかける。
「千棘のお母さんの異名だよ。仕事の手腕があまりに凄いおかげでいつの間にかそう呼ばれてたらしい」
「…ねえ陸。あんた、ママに会ったことあるの?」
やけに陸が母について詳しいことが気になった千棘が聞く。
「ん、あぁ。取引で来たこともあるし、年始には良く家に来てるぞ?」
「え、マジ?」
千棘の問いかけへの陸の答えを聞いて楽が目を丸くして驚く。
それもそのはず、楽はそんなこと全く知らないのだ。
いや、もしかしたら自分が知らない間に来客としてきた千棘の母とすれ違ったりしているかもしれないのだ。
「世間って狭いんだな…」
「そうね…」
楽と千棘が目を見合わせて声を掛け合う。
「千棘ちゃんのお母さん、どんな人だったの?」
「すごくきれいな人だったよ。さっきも言った通り、雰囲気半端なかったけど」
そして陸と小咲も千棘の母について話していた。
二組がそれぞれ微妙に違う内容について話していた時、誰かの携帯の着信音が響き渡る。
「あ、私のだ」
着信音が鳴っている携帯は千棘のものだった。
千棘は携帯を開き、通話ボタンを押してから耳に当てる。
「もしもし?あ、パパ?」
千棘に電話を掛けてきたのはアーデルトだったようだ。
アーデルトと話す千棘を眺める陸たち三人。
だが、変化が起きるまでにそう時間はかからなかった。
「え?ち、ちょっとパパ!?それどういうこと!?二人って…え!?ちょっ」
ベンチから立ち上がった千棘が大きな声でアーデルトに詰め寄っている。
千棘がアーデルトに問いかけているのだが、結局納得のいく答えは聞けなかったのか。
言葉を言い切る前に電話を耳から離し、画面を見つめだす。
「ど、どうしたんだ?」
ただならぬ千棘の様子に、楽が代表して問いかける。
ゆっくりと顔をこちらに向けた千棘は、ゆっくりと口を開いた。
「明日の夜、ママが来るんだけど…。その時、楽を紹介したいから連れて来いって…」
「え?」
千棘も楽も、表情は呆けたものになっている。
陸も小咲も、目を見合わせる千棘と楽を呆然を眺める。
この先程の電話がクリスマスに起こる、楽と千棘の仲が変わるきっかけとなる事件の始まりだった。
その後、楽に何があったのかはよくわからないのだが、クリスマスまでバイトをすることになったと言ってまったく家に帰ってこないようになった。
流石の陸もおかしいと感じて父に相談したのだが、父はカラカラと笑いながら大丈夫だと答えるだけ。
こういう笑いを父がするという事は、本当に大丈夫なのだろうが、いくら何でも二日間も帰ってこないというのは心配になる。
少し話が変わるが、楽が家にいない間にクラス内でのクリスマスパーティが行われる日程が決まっていた。陸はるりから小咲と共にプレゼント交換のための品物を買いに行こうと誘われた。
そして今日、プレゼントを買いに行くために家を出ようとした時、小咲から千棘も共に行くことになったと連絡があった。
これはチャンスだ。一昨日、何があったのかを千棘に聞くことができる。
陸は自宅を出てバスに乗り、大きなデパートの最寄りのバス停で降りた。
デパートの入り口前まで行くと、すでに小咲とるりが待ち合わせ場所に指定したそこに立っていた。
最初に陸の存在に気付いた小咲が笑みを浮かべながら手を振る。
「こんにちは、陸君」
「おう、こんにちは。…千棘はまだみたいだな」
小咲とるりを見遣って挨拶を交わした陸は、周りを見回して千棘がまだ来ていないことを確認する。
「一条君、まだ帰ってきてないんだよね…」
昨日の夜、陸は小咲とメールを交わしてその中で楽についてを報せていた。
だからこうして小咲が楽がバイトをして家に帰ってきていないことを知っているのだ。
「一条君が帰ってきてないって…、どういうことなの?」
陸と小咲の会話が引っかかったのか、るりが問いかけてくる。
その問いかけに陸が応えようとした、その時。
「ごめんね!遅くなっちゃった!」
少し離れた方から声が聞こえてきた。
るりの問いかけに答えるために開いた口を閉じた陸が、声が聞こえてきた方へ目を向けると、そこにはこちらにやってくる千棘の姿が。
千棘は陸たちの傍で立ち止まって、きょとんとした表情で陸たちを見つめる。
「どうしたの?」
「どうしたのって…。千棘ちゃん…、リボンはどうしたの?」
今ここで陸は千棘に楽は一体何をしているのかと聞けたはずだ。
だが、出来なかった。
その理由は、先程小咲が口にした通り千棘のリボンにあった。
今、千棘はリボンを着けていなかった。
下ろされた髪が風に揺れ、どこか輝いているように見える。
要するに陸は見とれていたのだ。
小咲も同じように見とれていたことが救いだったことに陸は気づかず、呆れたようにるりが見遣っている。
「あ、うん…。ちょっとイメチェンしてみたんだけど…、似合ってないかな…?」
「ううん!すっごく似合ってるよ!」
「ええ。見違えたわ」
確かに、リボンをとった千棘はいつもより大人っぽく見えた。
陸としてはむしろリボンがない方が良いのでは?と思ってしまえるほど。
その後、少しの間四人は千棘のリボンについて話すのだが、千棘が話を切るとすぐにデパートの中に入っていった。
「そういえばさ、楽はどうしたんだ?家にも帰ってこないし、心配なんだけど」
デパートに入っておよそ三十分後、ふと千棘に聞こうとしていた楽についてのことを思いだした陸が問いかける。
すると千棘は、何故か沈んだ表情で俯いてしまう。
何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか?いつも快活である千棘の沈んだ様子を見た陸は僅かに慌ててしまう。
だが千棘は、陸の心配をよそにすぐに笑顔を浮かべて口を開いた。
「楽なら今、ママの所でバイトしてるわ。帰ってないのも当然ね。あなた達のお父さんから許可ももらって、泊まり込みで仕事してるから」
「バイトって…え?マダムフラワーの所で?はい?」
まさかの回答に目を丸くする陸。
千棘の母の所でバイト、それはつまり世界で一番忙しいと言える人と共に仕事をしているという事。
「…楽、死なないかな?」
「…大丈夫だと思うわよ。ママも楽にそこまで無理させないと思うから…」
世界一忙しい人と仕事をしている楽が心配になり、陸がぼそりと呟く。
千棘はなんとかフォローしようとするのだが、それでも不安を感じているらしい。
これ以降、陸と千棘の二人での会話は買い物中行われなかった。
それぞれ、プレゼントを買い終わるとデパート内の飲食店で昼食を取ろうという話になったのだが、千棘だけ断って帰ってしまった。
「千棘ちゃん、元気なかったね…」
話し合った結果に入ったファーストフード店で、小咲がぽつりとつぶやいた。
周りの客たちの話し声で消え入りそうになった声だったが、正面に座っている陸と隣に座っている、るりの耳にはしっかり届いていた。
「そうね。いつもなら一緒に食べるって言ってたはずなのに」
るりも千棘の様子に不自然さを感じていた。
いつもの彼女なら、喜んで昼食に一緒したはずだとるりは言う。
陸もまた、その通りだと思っていた。
会話だけを見る限りいつも通りに感じられたのだが、時折、会話から外れた時に浮かべていた寂しげな表情。
あれは一体何だったのか。
「…昨日帰ってきた千棘のお母さんと何か関係あるのかねぇ」
口の中に入っていたハンバーガーを飲み込んで、陸が言う。
陸の言葉を聞いた小咲とるりの視線が陸に注がれる。
「だってさ、正直それ以外考えられねえだろ?昨日は何だかんだいっていつも通りだったんだ。母親と何かあったとしか思えない」
小咲もるりも、何かを考え込むように俯く。
「母親が帰ってくるってだけであんなに怖がってたんだ。…あんまり、親子関係上手くいってないのかもな」
だが、もしそうなら自分たちにできることなど何もない。
そういう思いも込めて陸は先程の言葉を口にした。
母と娘の関係に、部外者ともいえる自分たちが口を挟むことなどできない。
いくら友達だと訴えても、部外者の一言で片づけられる程度の関係でしかないのだ。
(…まあ、俺達よりも一歩深い関係にいる奴はいるけどな)
自分たちでは、何もできない。
だが…、恋人であるあいつならばどうだろう?
千棘と母の関係に違和感を覚えたら、まず間違いなくお節介を起こすあいつ。
そして、あれやこれやの内に何とかしてしまうあいつ。
(千棘の事はぜぇんぶ楽に任せて、俺はクリスマスパーティを楽しむとしますかね)
手元の、すでに包むものがなくなった紙をぐしゃぐしゃに丸めてお盆に置いてジュースの入ったカップに刺さるストローを咥えながら、陸は心の中で呟くのだった。
現実ではクリスマスまで後一か月ほどですね。
私は全く予定はありません。ですが恐らく友人と朝までバカ騒ぎするんでしょうね…。(遠い目)
皆さんの予定はどうでしょう?
特にリア充の方の予定を知りたいですねぇ。
呪いをかけてあげたいですから…。(ゲス顔)