「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!戻ってきた!戻ってきたぁああああああああああああああああああああ!!!」
「…はぁ」
陸の目の前で、楽が歓喜の表情を浮かべながら叫び、踊り狂っている。
そんな楽の右手には、前に失くしたペンダントが握られていた。
このペンダントは春が拾っており、何とか渡してほしいと陸が試行錯誤したものの断固として渡してくれなかった。
だが、一体どんな心境の変化だろうか。今日の放課後、帰るために生徒玄関を出ようとした時、春に呼び止められこのペンダントを渡されたのだ。
「おい楽、気持ちはわかるけど静かにしろ。近所迷惑だぞ」
「っと…、そうだな…。でも…、やっと戻って来たなコノヤロー。一時はどうなる事かと思ったぜ」
「…」
外はすっかり暗くなっていた。夜中といって差し支えない時刻である。
そんな時間に騒ぐ楽を陸は止めたのだが、今度はペンダントに頬擦りを始める楽。
もう、何をしてもこの男は止まらないだろう。ペンダントに愛情を注ぎ続けるだろう。
陸は最後に、静かにするように忠告し、楽をその場において部屋へと戻るのだった。
翌日、学校にいつも通りの時間に行き、いつも通りの生活を送る陸。
「一条ー、ゴミ捨て行ってくんねー」
「…貸一な、上原」
今年、クラスが同じになった友人、上原に言われた陸はその通りに行動する。
燃えるゴミ、燃えないごみをそれぞれ入れる二つの箱を持ち上げ、教室を出る直前に上原に悪戯っぽい笑みを向けて。
「あ、やっぱ待って。ジャンケンで決めようジャンケンで」
「じゃあな」
「い、一条ぉ~~~!!!」
慈悲を求める上原の声を無視して、陸は教室を出てごみを収集する場所へと向かう。
凡矢理高校の、ごみを集める場所は一階の職員玄関、そのさらに奥という校舎の端といって良い場所にあるのだが、そこへ行くためには生徒玄関の前を通らなければいけない。
「お、陸じゃん!」
ということで、ごみを捨て終わり、再び生徒玄関の前を陸は通るのだが、そこには鞄を持って帰ろうとしていた集たちの姿があった。
「何だよ、ごみを捨てに行ってたのか?お前を探してたんだけどよ」
集の次に声をかけてきたのは、昨日、結局日を跨ぐ時間までペンダントを返してもらった喜びに浸り続けていた楽。
「探してた?俺に何か用でもあったのか?」
「俺達これから〇ック寄ってくんだけどさ、お前も行かねー?」
良く見れば、鶫がいない。何か用事があるのだろうか。
わからないが、ともかく鶫を除いたいつものメンバーでマックに寄るつもりだったようだ。
そして、集が陸も一緒に行かないかと誘ってきた。
「ちょっと待っててくれよ。もう少しで掃除終わるからさ」
当然、断る理由などない。陸は了承の意味も込めて、集たちに待っててほしいと頼んだ。
集たちも、陸の頼みに喜んで了承し、さっさと終わらせてくるようにとおふざけが入った言葉を陸にかける。
「うん、じゃ、お疲れさん。気を付けて帰るんだぞ」
やや早足で教室に戻った時、すでに机は並べられ、後は陸が戻ってくるのを待つという状態になっていた。
陸は二つのごみ箱を元の場所に置き、他の班の人たちが集まっている場所に駆け足で行き、そして先生が掃除の終了を告げる。
「一条ー、一緒に帰んねー?」
掃除を終えると、廊下に置いていた鞄を持ち上げ、玄関で待っている集たちの元へ急ごうとした時、上原が声をかけてきた。
「あ~、悪い。先約がいる」
「…」
上原に断りを入れる陸。だが、直後、上原の表情が曇る。
「…どうかしたか?」
「いや…。なぁ一条」
「ん?」
表情が暗くなった上原が、陸を呼ぶ。
だが、何かを言おうと口を開いた上原は、すぐに口を閉じて俯いてしまう。
「…いや、何でもない。じゃあな」
「あ、おいっ」
鞄を肩にかけ、走り去っていく上原。
陸は、彼を呼び止めようとするがその時には上原は廊下の角を曲がってしまい、姿が見えなくなってしまった。
「何だよ、あいつ…」
急に落ち込み、急に走り去っていった上原。
あそこまで、あいつは気まぐれだっただろうか?それとも、やはり自分が何かしたのだろうか。
「…ま、いいか。それよりもみんなが待ってる」
よく考えてみれば、二年になって陸だけクラスが別れてからこうして皆で下校中にどこかに寄るという事はしなかった。
…うん、久しぶりで楽しみだ。
「お、陸!遅いぞー!」
玄関に着くや否や、集が陸に文句を垂れる。
確かに陸がここで彼らと話してから、すでに十分ほど経ってはいるが、掃除をしていたのだから仕方ないだろう。
いや、掃除はすぐに終わってその後は友人と話していたのだから言い返すことができないのだが。
「はいはい悪い悪い。ほら、さっさと行くぞ」
「あ、あれ?皆、何で俺を置いてくの?おーい」
言い返すことは出来ないが、陸は適当に聞き流す。
さらっ、と集の横を通り過ぎ、すでに先に下駄箱で靴を履き替え始めていた集以外の面子に追いつく。
その直後、集も慌ててついてくるのを気配で感じながら、陸はちらっ、と歩きながら頭を抱えている千棘の姿を見た。
「…なぁ集。千棘、どうかしたのか?」
少し歩き、玄関から外に出て今度はしゃがみこんでしまった千棘を見てさすがに耐え切れず、隣を歩いていた集に千棘に何があったのかを問いかける陸。
「あぁ~…、それ、俺も気になってたんだよね~。何か今日、楽と桐崎さん一度も話さなかったし、多分そこら辺が関係してると思うんだけど…」
喧嘩、か。
最近は小さな喧嘩こそあったものの、長い間影響が続くような大きな喧嘩は全くなかった二人。
いや、まぁ喧嘩するほど仲が良いというし。どんどん喧嘩していいんじゃないか?
あ、こっちに被害が及ぶような喧嘩はご遠慮願いたいですけど。
「おい!馬鹿お前…、何ボーッとして!」
「「は?」」
「…えっ!?」
すると、陸と集の脇を通り抜ける一人の影。
その人物は、大きな声を張り上げながら千棘の両肩を掴んで押し出した。
その人物とは、陸と集の前を小咲、るり、万里花と一緒に歩いていた楽だった。
陸と集が疑問符を浮かべながら、楽の行動を見遣る。
千棘も、頬を染めながら目を見開いて戸惑いの目を楽に向ける。
そして直後、楽の顔面、丁度眉間の辺りに何かが突き当たる。
(こ、硬球!?)
それが何なのか、即座に気が付いたのは陸だった。
すぐに陸は、力なく倒れ込もうとする楽へと駆け寄る。
「ら、楽!?」
「楽様!?」
「い、一条君!」
「おい、お前、思い切り顔にいったぞ!?」
続いて、事態を読み込んだ千棘が倒れてしまった楽の傍によって問いかける。
さらに万里花、小咲、るりに集も楽へと駆け寄っていく。
「ねぇ聞いてんのちょっと!?ねぇってば!」
「お、おい!あまり揺らすな!」
目の前の惨劇に、かなり動揺したのだろう千棘が、気絶した楽の襟をつかんでグラグラ揺らす。
慌てて陸が止めに入るが、千棘は錯乱しているのか、止めようとしない。
さすがに、これはまずいと感じた陸は、力づくで千棘と楽の間に体を割り込ませようとする。
「…ん?」
しかし直後、パチリと楽の目が開いた。
それを見た陸たちは、楽が意識を取り戻したことに安堵の息を漏らす。
「だ、大丈夫ですか楽様?立てますか?」
万里花が上半身を起こした楽に手を差し伸べる。
そんな万里花の手を楽は見て、そして万里花の顔を見上げた。
「…あれ?あなたは、誰ですか?」
「…え?」
万里花の呆けた声が、やけに響き渡る。
「おい楽、変な冗談言うなよ。つまんねえぞ」
「あの…、あなたも、どなたなのですか?」
続いて、楽は陸を見て…、陸にも万里花と同じことを問いかけた。
「ここはどこで…、僕は…誰なんでしょう…」
楽が辺りを見回しながら言う。
そんな楽の姿を、陸たちはただただ眺めることしかできなかった。
「記憶喪失ですな。頭部に受けたショックによる一時的な記憶の混乱ですよ。一応CTも撮りましたが、脳に異常は見つけられませんでしたし。しばらく様子を見るしかないでしょうなぁ」
「て、言われたんだけど…」
「「「「「「…」」」」」」
公園で集まった陸たち。
そこで、医者に言われたことをそのまま陸は小咲たちに告げた。
今ここにいるのは八人。下校するときにはいなかった鶫も、楽が陥った状態の知らせを受けて駆け付けたのだ。
あの後、陸は楽を連れて病院に直行した。
その結果、告げられた症状は<記憶喪失>。
「一条、 楽…。それが僕の名前なんですか?」
「うん…。本当に何も覚えてないの?」
手鏡に映る自分の顔を眺めながら、自分の名前を何度も呟く楽。
正直、何も知らないで傍から見たら不気味な光景としか言いようがないのだが、事情を知っている以上、受け止めることしかできない。
「そそそそんな楽様!私のことまで忘れてしまわれたのですか!?私です万里花です思い出してくださいましぃ~!!!」
「あばばばば…、す、すみませ…」
錯乱した万里花が、両目に涙を浮かべながら楽の両肩を掴んでグラグラ揺らす。
「俺の事も覚えてない…よな。病院に行くときも、すげぇ不思議そうな顔で見てたし」
「す、すみません…」
何とか万里花を楽から引き離してから、陸が問いかけようとするが病院に行く途中の楽の表情から覚えているというのは十中八九ないだろう。
現に、楽も物凄い申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。
「ていうことは俺も覚えてないよな。一応幼なじみで、陸の次に付き合い長いんだけど…」
「…本当にごめんなさい」
集も撃沈。結局、楽はこの場にいる誰の事も覚えていなかった。
「あの…僕はみなさんとはどういう関係だったのでしょう?」
「俺とは双子の兄弟。他の皆とは友達だな」
「あ、あなたとは兄弟だったのですか?それも双子の…」
「あ、楽が兄な。俺は弟」
陸が楽にこの場にいる皆の関係を説明する。
楽は皆の、それぞれの顔をゆっくりと見回していく。
「しかし、我々はともかく兄弟の一条陸に幼なじみの舞子集。それに恋人のお嬢のことまで忘れてしまうとは…」
「え…」
「っ」
それは、つい口から出てしまった言葉だった。
その言葉を言った鶫を見て、楽は呆けた声を漏らす。
「恋人…。僕には恋人がいるんですか…?」
「…」
千棘の表情が中々凄い事になっている。
それもそうだろう、楽との関係は飽くまで演技なのだから。
だが、そのことを知らない鶫の勢いは増す。
「そ、そうだ!この桐崎千棘お嬢と貴様は昨年から交際していて、それは仲睦まじい間柄だったのだ!」
「ちょっ、鶫…!」
千棘が止めようと、背後にいる鶫に振り返る。
だが、止めようにもすでに遅い事にすぐに気が付いた千棘は、自分を見つめる楽の方に視線を向ける。
「あ…えと…」
楽の顔を見つめる千棘の頬が真っ赤に染まる。
(…やっぱり、そうか)
そして、それを見た陸は確信した。
こんな時にどうかとは思うが、千棘は間違いなく楽に惚れていると。
今まで、何度かそうなのではないかと考えたことはあったが、確信までは持てずにいた千棘の楽に対する感情。
それに決着が着いた瞬間である。
「そんな、何だかとても嬉しいです。こんなに綺麗で可愛い方が僕の恋人だったなんて…」
だが、その発覚すらも吹き飛ばすほどの威力を持った言葉を楽は直後に言い放った。
可愛い、綺麗。
どちらも、普段の楽ならば千棘には絶対に言わない言葉だ。
それも、僅かに照れの感情もにじませて。
「あの、本当に恋人だったのですか?どう考えても僕と釣り合うようには思えないのですが…」
「え…あ、うん…。一応…。でも私、あんたにそんな事言われたの初めてなんだけど…」
「そ、そうなんですか!?」
千棘と自分が恋人だったことを信じることができなかった楽が問いかけ、その問いに答えた千棘の言葉に驚愕する楽。
そして、楽は再びさらに巨大な威力を持つ言葉を次の瞬間言い放つ。
「でしたらきっと、照れくさくて言えなかったんでしょうね。だって、こんなに綺麗な方なのに…」
止めて!千棘のライフはもうゼロよ!
そう言いたくなってしまうほど、千棘の顔は真っ赤である。
もう真っ赤になりすぎて、首まで赤く見えるのは気のせいだろうか。
「あの…!やっぱり私の事、思い出せませんか!?」
「え…と、橘さんでしたっけ…。すみません、本当に何も…。あなたは僕とどんな間柄だったのでしょう?」
千棘がしゃがみこみ、悶絶する中。万里花が楽に歩み寄って再び問いかけた。
だが、楽の答えは変わらず。そして楽は万里花にこの二人の関係について問いかける。
「婚約者でございます」
万里花から返ってきたのは、超巨大爆弾だった。
「………!!!?」
驚きすぎて、声が出せない楽。
それでも、何とか陸たちにこの答えの意味を問おうとしているのだろう。
自分の指を、万里花と千棘の間で往復させる。
「ち、ちょっと!話を盛らないで!」
「何をおっしゃっているのでしょう?私は事実をお伝えしただけですわ」
我を取り戻した千棘が万里花に詰め寄るが、まったく堪えた様子はなく。
「あ、あの…。僕は二股をしていたのですか…?…何だか、記憶を取り戻すのが怖くなってきました」
「し、心配すんなって。…まぁ確かに屑野郎ではあったけど」
「何か言いました?」
「いや、何も」
ともかく、一悶着あったが何とか取り直す。
これから、楽の記憶を取り戻そうという方針も決まり、時間も時間だし帰ろうという事になったのだが…。
「そういえば陸さん。僕の家はどこにあるのでしょうか?」
「さんはいらないぞ。いらない…けど、家か…」
ここに来て、新たな問題が現れてしまった。
ざざっ、と陸と楽以外のメンバーが一瞬にして集合する。
「ねぇ、どう思う?あいつこのまま帰らせていいと思う?」
「普通の人間が、自分の家があれだと知らされたらどう思うか、か…」
「何だか今の楽様、前よりも繊細な感じですし…。卒倒なさるかもしれませんわ」
「そもそもヤクザの息子が記憶喪失になったって分かったら、それだけで大騒動だよね」
(あ、あいつら…)
何か色々と好き放題言われているが、すべて事実なので何も言い返せない。
「そのまま連れ帰る…は、難しいかもな。あいつらを黙らせるのは簡単だけど、楽自身がどうなるか分かったもんじゃないし…」
((((((あの人達を黙らせるのは簡単なんだ…))))))
集たちの目が点になる。その光景を、陸は疑問符を浮かべながら眺める。
「と、ともかく。一条君を連れ帰ることができないなら、どうするの?」
「…まぁ、任せとけ」
楽をどうするのか、問いかける小咲。
少しの間、考え込んでから陸は楽の前に立った。
「あのな楽。実は、俺達の親は海外旅行に行ってる。俺は友達の家を転々として泊まらせてもらってるんだ」
「そうなんですか。…あれ?僕はどうしてたのですか?」
息をするように嘘を吐く陸。
だが、その陸の言葉に疑問を持った楽。
陸は友達の家に泊まらせてもらっていると言ったが、その前に『俺は』と言った。俺達ではなく。
「楽は彼女の家に泊まらせてもらってた」
「え?」
「え!?」
楽と千棘が同時に声を上げる。
楽は千棘を見遣り、千棘も楽を見つめ返す。
「なっ、違います!楽様は私のいぇ…むぐぅ!」
万里花には悪いが、少し黙ってもらう。陸は万里花の口を手で塞ぎ、動きを止める。
陸は気づいていたのだ。楽が記憶喪失になったと知らされてからずっと、千棘は自分を責めていた。
「で、でも…。今、僕は桐崎さんが知っている一条楽ではないですし…」
「あっ…」
全くの嘘っぱちなのだが…、今まで千棘の家に泊まっていたと信じた楽が、今日は千棘の家ではなく他の人の家に泊まろうと、集を見る。
記憶がない以上、今の自分は皆が知っている一条楽ではない。
それを、楽は自覚していたのだ。
「で、でも!楽がそうなったのは私がぼーっとしてたせいだし…、責任があるっていうか…」
必死に、本当に必死にそう口にする千棘。
「うーん、そうだね。やっぱり、恋人といる方が良いかもしれないね」
「ですね。お嬢も心配でしょうし」
「むー!むー!」
千棘の言葉に、集と鶫が加える。
確かに、恋人と一緒にいられる方が楽にとっていいかもしれない。
小咲とるりも、何も言わないがそう思ってやり取りを見守る。
ちなみに、万里花としては不満たらたらなのだが陸に口を塞がれているせいで何も言うことができない。
「でも…」
だが、楽はそうはいかないだろう。
やはり年端もいかない男女が同じ屋根の下で過ごすというのに抵抗があるのか。
それとも、千棘の事を気遣っているのか。
陸たちにはわからないが、渋る楽。
「…」
しかし、キュッとスカートの裾を掴みながら俯く千棘を見て、何かを言おうと開いた口を閉じた。
「…わかりました。一晩、よろしくお願いします。桐崎さん」
そして、楽は腰を折り曲げ、礼儀が整ったお辞儀をして千棘にそう言ったのだった。
楽は千棘の家でお世話になることになる。
これで少しは気が紛れるだろうと思い、ちらりと陸は千棘を見遣る。
だが、千棘の顔は未だ優れなかった。
おまけ
「それで、一条弟君。あなたはどうするの?」
「どうする、とは?」
「だって、あなたも誰か友人の家に泊まらなきゃ一条兄君が怪しむんじゃない?」
「いや、そんなことねえだろ。楽に言いさえしなきゃわかんないって」
「…ちっ。小咲の家に泊まらせようと思ったのに」
「るりちゃん!」
「?」
おまけその2
「そうだ楽。言っとくけど、鶫は女の子だからな」
「え!?そうだったのですか!?」
「…」
この話、飛ばそうかとも考えたんですが…。ペンダントの謎につながる話でもあったので描くことにしました。
くそっ…、小咲との絡みを描けないのが辛い…。