七夕大会も終わり、季節は流れていく。
高校生たちの厚き門、期末テストも終わり、成績も出され、ついに夏休みへと突入する。
「春ー。今度の花火大会の事なんだけどー」
春を呼びながら、部屋へと小咲が入ってくる。
椅子に座ってファッション誌を呼んでいた春は、ページに載っている見事に洋服を着こなす女性たちから小咲へ視線を移す。
「私、クラスの皆と行くんだけど春も一緒に来ない?」
「え?別にいいけど…」
小咲の口から出たのは、明日の花火大会に行こうという誘いだった。
姉妹だけではなく、小咲の友人たちと一緒にという事なのだが、その人達とはそれなりに交流もあるため一緒についていく事に抵抗はない。
「…それって、一条先輩も来るの?」
「…」
春はふと気になったことを口に出し、小咲に問いかけてみた。
だが、それを口にした途端、小咲の表情は固まり、ゆっくりとその顔は床の方へと俯いていく。
「あ、あれ?お姉ちゃん、どうしたの?」
何かいけないことでも言っただろうか?
もしかして、一条先輩と喧嘩でもしたのだろうか?
小咲の様子を見た春が心配する。
「…陸君。来れないって」
「え?」
「去年、陸君は屋台を手伝ってたんだけど…、今年もその手伝いをするって…」
「…」
そういえば、先輩は料理で来たんだっけ。
と、陸の意外な特技を思い出す春。その能力を生かしている陸に思わず感心してしまう。
「…でも、お兄さんの方は来るんだ」
「…うん」
陸は来れないようだが、兄については特に小咲は口にしなかった。
つまり、弟の陸は来れないが兄の楽は手伝いをすることなくこちらに来るという事になる。
「…まあ別にいいけど。関わりさえしなきゃ」
「春…」
春は冷たい表情でそう口にする。
小咲はどこか残念そうに表情を歪めているが、これでも前の春から考えれば柔らかい反応になっているのだ。
前の春は、楽と距離が近づくと考えるだけでも寒気がするほど毛嫌いしていたはずなのだ。
他にも多数人がいるからとはいえ、楽と夏祭りを共にするのは相当春の楽に対する態度が変わってきていると言える。
「でもお姉ちゃん、残念だったね。一条…陸先輩が来れなくて」
「え!?ど、どうして?」
「…お姉ちゃん、誤魔化そうとしたって駄目だよ。お姉ちゃんが陸先輩の事を好きなのはわかってるんだから」
小咲はとぼけようとするのだが、傍から見たら丸わかりである。
正直、わかっていないのは好かれている陸本人だけだと春は思っている。
「でも、お姉ちゃんが好きなのが陸先輩で良かったよ…。お兄さんの方だったら…、絶対私止めてたよ。あの人には彼女もいるんだし…」
「あ、あはは…」
小咲の好きな人が陸で本当に良かった。楽よりはまだ良かったと今、改めて感じる春。
「そ、そういえば春!最近陸君と仲良くなれたみたいだね!」
「…何か強引に話題が逸らされた気がするけど、でも仲良くなんてなってないよ」
小咲の話題の振り方に違和感を感じながらも、春は返事を返す。
実際、仲が良くなったというのは少し違う気がする。
確かに、悪い人とはもう思っていないが…仲が良いというのは違うと思う。
「ていうかお姉ちゃん、さっきの反応見て思ったんだけど…、私に何か隠し事してるの?」
「めめめ滅相もございません!」
…やっぱり何か隠し事してる。
春は確信を持つが、恐らくその隠し事というのは楽についての事だろうし、興味がないためそれ以上は聞こうとしない。
(まあいいや。それよりも、風ちゃんとポーラさん誘っちゃおうかなー)
とりあえず楽の事は置いておこう。そんな事よりも、明日の花火大会に友人二人を誘おうかと考える春。
すっかり楽の事は頭から抜け、明日の花火大会を楽しみに、思いを馳せる。
花火大会当日。小咲が言っていた通り、陸は組で出している屋台を手伝って回っていた。
ある時は焼きそば屋台、ある時はたこ焼き屋台、ある時はお好み焼き、ある時は金魚すくい等々。ともかく、去年は夕方から仕事を抜けて祭りを楽しんでいたのだが、今年はそんな暇はなさそうだ。
「おーい、来たぞー」
「ぼ、坊ちゃん!来てくださったんすね!」
ちなみに今、陸は初めに手伝いに行った焼きそば屋台へと戻ってきていた。
とりあえず一段落つくまで陸が手伝ったはずなのだが、そろそろ夕飯時という事で客足が一気に増え、手が回らないとヘルプが来たので陸が向かったという訳だ。
汗を拭いながら、鉢巻を着けた男二人がやって来た陸の姿を見てほっと安堵の笑みを浮かべる。
「で?俺はまたさっきみたいにそば焼けばいいのか?」
「はい!よろしくお願ぇしやす!」
テーブルに置いてあった消毒液の入ったスプレーを取り、両手に撒いてしっかりほぐしてから陸は金属のヘラを受け取って鉄板に置かれた麺をかき混ぜ始める。
「焼きそば二つー」
「焼きそば三つー」
忙しなく屋台の中の三人が動き回るが、ひっきりなしにお客がやってくる。
陸が来たという事でしっかり回ってはいるが、それでも何とかといった感じである。
仕事を続けていく内、空もだんだんと暗くなっていき、ついには真っ暗になっていく。
陸が焼きそば屋台を手伝っている間、何と全く他の屋台からヘルプが入らず、陸はそのまま焼きそば屋台を手伝い続けていた。
「…ん?」
何度も繰り返し続けた作業、ソースをかけて麺を混ぜていた所。
ふと視界に入った一人の少女に見覚えを感じた陸は顔を上げてその少女を注視する。
「あれは…」
人ごみで見え隠れしているが、陸は見逃さなかった。
一人、俯いて歩いている少女を。
「春ちゃん!」
陸は左手に握っていたヘラを置き、その方の腕を上げて手を振りながら少女を呼ぶ。
「あ…、先輩!?」
呼ばれた少女、春は視線を向けた先にいた陸の姿に驚き、目を見開いている。
青い花柄の浴衣を着た春が、こちらに駆け寄ってくるが多くの人が並ぶ列に阻まれる。
「おっと…。坊ちゃん、行ってやってくだせぇ!」
「え、いや…。でもここで抜けたら…」
「いいですって!本当にやばくなったら他の屋台から誰か引っ張ってくりゃいいんすから!」
額に汗を滲ませながら笑みを向けて言ってくる男に、陸は一瞬呆けた表情を浮かべるが、すぐに唇が笑みを浮かべ、こくりと頷く。
「なら、ここで抜けさせてもらうわ。大変だろうけど、後は頑張れよ」
腕に巻いていたタオルを取り、そのタオルで額の汗を拭いながらそう言い残した陸は、タオルを空の段ボールの中に投げ入れてから春の元へと駆け寄る。
「せ、先輩、抜けちゃって大丈夫なんですか?」
「ん、まぁ、大丈夫でしょ。あれでも何年もこういう屋台経営をやってきてる奴らだし」
心配げに問いかけてくる春に、さらっと答える陸。
そんな陸を、春は苦笑を浮かべながら見上げていた。
春からしたら陸が強引に後の事を押し付けてやって来たという風に見えるのだろう。
しかし、実際は陸の言う通りであの二人はお祭りで屋台を経営した経験はかなり多くある。
こういう大量に客がやってくるという修羅場も乗り越えてきているに違いない。
…詳しくは知らないが。
「本当に大丈夫だって。それより、春ちゃんはどうしてこんな所にいるんだ?他の奴らはどうしたんだ?」
そこで陸は話題を切って。どうして春が一人でいるのかを問いかける。
そう。今、春は一人で歩いていたのが気になっていたのだ。
「その…、ちょっと皆と逸れちゃって…。携帯で連絡を取ろうともしたんですけど…」
「あー…、こういうお祭りのときってたまに繋がんなくなるんだよなぁ…」
どうやら迷子になってしまったらしい。携帯も電波混雑のために繋がらなくなっており、八方塞がりのようだ。
「じゃあ、一緒に皆を探すか」
「え?でも…」
陸からすればここで一人で行くよりも春と一緒にいた方が良い。
そのため、皆を探そうと提案したのだが、春は戸惑いの表情を見せる。
「それに、春ちゃんを一人にさせたらもっと迷いそうだし」
「そ、そんなことありません!」
反発する春を見て、陸は大笑いする。
「とにかく、俺もこれから自由に行動できるようになったんだ。楽や小咲たちとも合流したいから、一緒に探してくれよ」
「…そ、そこまで言うなら、仕方ないですね」
今度は言い方を変えて、頼むように春に言う。
すると、春は頬を染めてそっぽを向きながら了承する。
そんな春の姿を見て、くすりと笑みを零す陸は春の隣で歩きながら周りを見回して楽たちの姿を探す。
だが見えるのはまったく見覚えのない人や、学校でたまにすれ違ったりする少し見覚えのある人。
いつもつるんでいる人たちの姿は見えない。
「んー…、楽たちいねえなー。…もしかして、逆方向か?」
あまり離れた所にはいないと思っていたため、今歩いている方にはいないのではと考え始める陸。
「は…」
逆の方を捜してみようかと隣を歩く春に言おうとした陸だが、俯いて、何処か様子がおかしい春を見て言葉を止める。
「…春ちゃん、どうかした?」
「え…」
だが、陸の声はしっかり聞き取れたようで、俯けていた顔を上げる春。
「ど、どうって、何がですか?」
「いや、何がって言われても…。何か様子がおかしいなって…」
「…」
何がと聞かれても少し困るのだが、とりあえず率直に感じたことを陸は答える。
答えた、のだが、春は再び黙って俯いてしまう。
「あ…あー!にしても楽たちはどこにいるのかねー!もしかしたら、手分けして春ちゃんのこと探してたりするのかなー!」
どこか落ち込んでいるようにも見える春を見て、陸は不自然なくらいに声を張り上げて言う。
すると春は突然、勢いよく顔を上げて陸を見上げ、口を開いた。
「先輩。聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
春の突然の行動にやや驚きを見せながらも、何とか返事を返す陸。
聞きたいことがあると言った春だったが、言いづらい事なのか、言葉を絞り出そうとしているように口を開閉させている。
だが、やっぱり難しいのか、春は目を伏せてしまう。
「…」
黙り込んでしまった春を見ながら、陸も黙って春の言葉を待つ。
そして、春は再び顔を上げ、その問いを口にした。
「…一条楽先輩と桐崎先輩が、偽物の恋人っていうのは…本当ですか?」
「…え?」
春の口から出てきた問いに、陸は表情を固まらせる。
頭に浮かぶのは、何で、どこで、というはっきりしない単語ばかり。
そんな陸を、真剣な表情で春は見つめるのだった。
長くなりそうなのでとりあえずここで切ります。