VS羽、決着です!
「陸。難しい事は言ってねぇ。おめぇの望みを言え。そんで、その望みを叶える手伝いを俺達にさせてくれ」
望み…?
望みって…、何だっけ?
俺が今までしてきた事は間違いだったのか?俺はただ、見たかった。家の中で、組の中で笑う人達を見ていたかった。ずっと、それを守りたいから、親父の扱きに耐えてきた。別にその事について親父が後悔する必要なんてない。むしろ、突然親父が甘くなった事に戸惑ったくらいだ。
それが俺の望みじゃないのか?ならば、そう言おう。言おうよ。言えよ。
何で動かないんだよ。おい、開けよ。
「…おれ、は」
言え。組を守るのが俺の役目だと。そのために、俺は羽姉と結婚すると。
…何で言えない。ただ言葉を紡ぐだけ、簡単だろう?何で…、拒むんだよ。
俺が羽姉と結婚すれば、集英組は大きな後ろ盾を得る事になる。俺は集英組を継ぐどころか関わる事すら難しくなるだろうが、親父の後は竜に任せれば大丈夫だ。叉焼会の恩恵を得て、集英組はより強固になる。ならば、俺がとるべき選択は…決まっているはずだ。
なのに俺の意に反して喉は声を発してくれない。何でだよ。ふざけるな。今更尻込みなんて許されると思ってるのか。俺の身勝手で傷ついた人達がいるのに。今更――――――
「―――――――――」
隣の人と目が合った。瞬間、息苦しさが一瞬にして消えた。頭の中を覆った霧が晴れた。
あぁ、何だ。簡単な事じゃないか。俺の望み、何で俺自身が解ってなかったのか。
俺は、ただ――――――――
だが、これは叶えてはいけない願いだ。だから俺はずっと迷っていたのだから。深く望みながら、叶えてはいけないという板挟みでずっと苦しんできた。そして俺はその願いを振り切ると決めたのに。
つい笑みが零れる。俺はこんなにも意志が弱い人間だったのか。でも、口に出すくらいなら良いか。
そう思って、口を開く。さっきまであんなに動く事を拒んでいた唇は、考えられない程あっさりと開いた。
「…俺は、集英組にいたい。組の皆を
まず、それを口にしてから、言葉を紡ぐ俺を見ていた小咲に顔を向ける。
突然笑みを向けられ、目を丸くする小咲に内心小笑いしながら俺は、もう一つの願いを口にする。
「後…、まだ、皆といたい」
「っ…」
目の前の小咲が息を呑む。そして両手で口を覆ったと思うと、その両目から一筋の雫が零れた。
「りく、くん…」
「…ごめん。多分、傷付けたよな。ごめん」
小咲は口を両手で覆ったまま、二度、頭を振ってから口から手を離し、人差し指で涙を拭って笑顔を見せる。
「陸君が何を考えてたのか、知ってたつもり」
「うん」
「だからね、私は諦めようと思ってた。それが陸君のためだって思って。でも…やっぱり諦めたくなかった。これからも、陸君と一緒にいたいって思った」
「…うん」
小咲の言葉を受け止める。
あの時はこれが一番だと思っていた。こうする事が小咲の、皆のためだと思っていた。
だって、当たり前じゃないか。やがてヤクザの組の後を継ぐ男と付き合いを持つなんて、普通の生活をこれから送る人にとってただの重荷にしかならない。そう考えての選択だった。でも結局、あの時の選択は小咲を傷付けるだけに終わっていたらしい。
俺は相当な馬鹿だ。少し考えればこうなる事くらい解ったのに。
俺がヤクザとかどうとか、そんな事を気にして離れてく奴じゃないなんて事くらい、解っていたのに。
でも、今は違う。それでもいい。それでも、俺は――――――――
「ありがとう、小咲」
「陸君」
「だけど…、ごめん」
それでも俺は、選ぶ。俺と関わってたら碌な事にならない。あんな裏のごたごたや抗争なんかに巻き込みたくない。だから俺は、
「もう、お別れだ」
二度と関わらない方を選ぶ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
陸の言葉を今まで黙って聞いていた一征は閉じていた瞼をゆっくりと開けた。そして開けた視界を左、陸と小咲がいる方へと向ける。小咲の向こう側にいる陸の顔はどこか晴れ渡っているように見える。小咲は一征からは背中しか見えず、表情は窺えない。それでも、今小咲がどんな心境でいるか、予想くらいはできる。
「…陸よぉ。お前ぇ、さっき俺が何て言ったかもう忘れちまったのか?」
これまで黙っていた一征が不意に声を発した事に驚いたのか、小咲が目を丸くして振り返った。陸もまた、小咲とは違い驚いた様子は見られないが、一征の言葉の意味が読み取れていない様子で一征を見ていた。
「陸.お前ぇの望みは、組にいたい。友達と一緒にいたいで良いんだな?」
「あ、あぁ…。だけどな、親父。俺は…」
「うっせぇ!だけども糞もねぇ!俺はな、お前ぇの望みは聞いたがお前ぇの選択なんて聞いてねぇんだよ!」
横暴だ、と言いたげな陸の顔を無視して一征は更に畳みかける。
「俺達はもうとっくに決めてんだ!お前ぇがここにいたいのならいろ!絶対に、誰が何と言おうと、お前ぇを叉焼にゃ渡さねぇ!」
「い、いや…、
苦笑いを浮かべていた陸の表情が固まり、そしてまさか、という驚愕の表情へと変わる。
陸だけではなく、一征達に対面に座る羽と夜も目を見開いていた。
「おい、親父…!」
「という事だ、羽。悪ぃが断らせてもらうぞ」
「何を勝手に!」
「うるせぇ!拒否権なんかねぇからな。誰かの為にとかいう理由で身を削る選択なぞこれからはさせねぇ」
自身の声を無視して話を進める一征に怒声を上げる陸。それに対して一征もまた声を張り上げて応戦する。
「…決裂、という事でいいのですね?」
一征と陸の互いに譲れない意志がぶつかる中、今の空気には似つかわしくない冷や水の様な声が響き渡った。睨み合っていた一征と陸が、二人のやり取りを見つめていた小咲と楽が、声がした方へと視線を向ける。
「陸ちゃん。あなたが選ぶのは、そっちでいいのね?」
「ゆい、ねぇ…」
羽の視線を受け止める陸を一征は横目で見遣る。
先程は瞳が揺れ、手が震え、明らかに迷っていた様子だった陸。だが今は、全くそんな様子は見受けられない。本人はああ言ってはいたが、もう陸の中で答えは出ているのだ。自分達が重荷になっているせいで、選んではいけないと思い込んでいる。
「誰のためでもねぇ。お前ぇのための選択をしろ、陸」
「――――――――――」
陸は振り返らなかった。一征の言葉は聞こえていたはず。だが、振り返らなかった。
これ以上口出しは出来ない。限界まで背中は押した。後はもう、全ては陸に委ねられる。
「…はぁ」
すると陸は、明らかに呆れたように大きなため息を吐いた。
「誰かのための選択はするなって、人としてどうなんだよ親父…」
こちらに振り向かないまま、陸は頭を振りながら口を開いた。
そして、陸に真っ直ぐと視線を向ける羽に向き直り―――――――
「悪い、羽姉。結婚は出来ない」
ハッキリと、そう告げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
真っ直ぐにこちらを見据える陸の瞳に、もう迷いはなかった。こちらが結婚を申し込んだ時や、返事はまだかと聞いた時はあんなにも迷いで一杯だったのに。
だけど、何故だろう。振られたにも拘らず、意外にも気持ちは晴れやかだった。
別に悲しくない訳じゃない。悔しくない訳でもない。むしろ今すぐにでも泣き出したいくらいだ。でもそれ以上に、何だろう――――――清々しいというか、そんな気持ちも大きかった。
「…ねぇ陸ちゃん。その選択がどういう事か、解ってる?」
「あぁ、解ってる。それでも俺は、結婚したくない」
問いかければ、即答で追撃が返って来た。完全に止めを刺された。
結婚
「―――――――」
大きく、長く、ゆっくりと息を吐く。
(解った上で、断るんだね)
叉焼会は集英組よりもずっと長い歴史を誇り、その規模もずっと大きい。そんな叉焼会からの提案を断る事は、叉焼会の面子を潰す事にも等しい。そんな仕打ちを受けた組織はその後どうするか。簡単だ。断った相手への宣戦布告である。
集英組は規模こそ大きいとは言えないものの、武闘派として名を馳せている組織だ。普通ならそんな組織に喧嘩を売るのは愚昧極まりないのだが…、叉焼会にとっては関係ない。集英組など、他の組織と団栗の背比べをしているようなもの。
(…とは、ならないんだよね)
十数年前までの叉焼会ならば、そうだった。だが今は違う。まだ若く、それも女の羽に後を継がせなければならない程、今の叉焼会は弱体している。というのも、むしろそこを立て直そうという意図が陸の結婚の中にあった。今の叉焼会が集英組と全面的に戦えば、負けはしないだろうが相当のダメージを追うのは必至。
恐らく、一征はそれに気付いた上であの強気な態度を崩していない。叉焼会は強気に出られない。そう、一征は考えているのだろう。陸も叉焼会の弱体については知っているだろうが、もし戦う事になれば滅ぶのは集英側だと悟っているからこそ羽との結婚を受けようとした。
二人の意見の対立は、一征に軍配が上がった。陸はハッキリと、羽との結婚を断った。
「…首領、どうする?望むのなら、今すぐ力づくにでもディアナを連れて帰れるが」
「「っ」」
考え込む羽の傍らで、夜が陸と一征の二人を睨みながら凄まじい殺気と共に小さな声を発した。小さな声と云えどもこの空間に響き渡るには十分で、夜の声を聞き取った二人が前に出て、小咲と楽を背に身構える。
それに対して夜は、二人から視線こそ離さないもののピクリとも動かない。
動く必要がないのだ。例えこの至近距離から二人が襲い掛かったとしても、夜はすぐさま対応できる。羽を庇いながらでも、陸と一征の二人を相手取る事が出来る。その確信が夜にも羽にもあった。
夜の言う通り、力づくで陸を連れて行く事もできる。本当に陸が欲しいのなら、そうするべきと思う。でも、それを選ぶ事は今の羽にはできなかった。
『うちはアンタみたいに諦めたりせんばい!自分の魅力で相手を振り向かせる事を諦めたアンタとうちを、一緒にすんなぁっっっっ!!!』
『…なぁ羽姉。ホントにこれで良いのかよ。もしこれで陸と結婚できたとして、ホントにそれで良いのかよ!!?』
あぁ、本当にどうしてこうなってしまったのだろう。
万里花の言う通り、自分の魅力で陸を振り向かせる事を諦めて、こんな卑劣な手に染めて陸を手に入れようとした。でも、本当にそれで陸と結婚できたとして、自分は幸せに思えるのだろうか。
楽の言葉で、羽はようやく自分の本当の望みを思い出した。羽は陸が欲しかったのではない。いや、それも一つの願いではあるのだが、本当の願いは――――――【陸と笑い合って、幸せに過ごしたかった】のだ。
…幸せに思える筈がない。羽も、陸も。友を裏切って、家族を裏切って、二人で笑って過ごせる訳がない。
「…夜ちゃん、やめて」
「…」
殺気を発し続ける夜に命じると、夜は即座に殺気を収めた。途端、強張っていた陸と一征の表情が緩み、その後ろの小咲と楽は大きく安堵の息を吐いた。
(小咲ちゃん…)
小咲は安堵の息を吐いてから、今度は安堵の笑みを浮かべていた。だが、それは自身が無事だった事に安堵しているのではないのだと羽はすぐに解った。
小咲の視線の先にあるのは陸の背中だ。小咲は、陸が傷つかずに済んだ事に安堵していたのだ。
(…凄いね、小咲ちゃん。私と違って)
小咲がここに来るのにどれだけ覚悟が必要だっただろうか。表の世界で暮らしているとはいえ、少なからず裏の世界にも触れていた楽と違って全く縁が無かった小咲は、この短い会合の中でどれ程の恐怖を味わっただろう。それでも逃げずに向き合い、陸の傍にいたいと想いを告げて。
否定されるかもしれないという恐怖もあったはずだ。自分はその恐怖に負け、素直に想いを告げる事から逃げてしまった。その違いが、容赦なく羽の胸に突き刺さる。そして、思い知る。
(もう…、駄目だ)
心の隅で、諦めてしまった。小咲に負けたと、認めてしまった。
それでも…、まだやり残した事がある。今更遅いとは思うが…、これだけはさせてほしい。せめて、これだけは許してほしい。
「ねぇ、陸ちゃん。私ね?…陸ちゃんの事、ずっと好きだった。今でも、結婚を断られた今でも好き」
「…」
あぁ、何だ。告白って、こんな簡単な事だったのか。羽は想いを告げた後、思わず拍子抜けしてしまった。だって、実際にしてみればあっさりと秘めていた想いは口から出てきてくれた。
「ごめん、羽姉。俺は羽姉の気持ちに応えられない」
そして、これまたあっさりと陸は羽の想いを振り払った。先程のやり取りで解ってはいたが、堪えるものはある。せめてもう少しくらい迷う素振りでも見せられないのか、此奴は。
「…そ…っか」
両目を伏せる。零れ出そうとする涙を何とか押し留める。
駄目だ、泣くな。せめて最後くらい、年上として、二人の姉として強い所を見せたい。
それは羽の意地だった。
「…一征さん。結婚の話は、無かったという事に」
「…おう。良いんだな?」
「そちらが断ったのでしょう?それとも、無かったという事を無かった事にします?」
試すように問いかけてきた一征におどけて返してみれば、一征はくすりと笑いながら肩を竦めた。
「…じゃあ、行きましょう。夜ちゃん」
「…」
声を掛けた羽に、何も言わずについていく夜。
「それでは。失礼致しました」
そして最後にそう告げて、障子を開けて部屋を出て行こうとする羽。
「…なぁ、羽姉!」
そんな羽に、楽が口を開いた。
「…なぁに?楽ちゃん」
出て行こうとした足を止め、笑顔を浮かべて振り返る羽。続いて何かを言おうとした楽は、何と言おうか悩む素振りを見せながら、やがておずおずと告げだす。
「…その、だな。…羽姉は、俺達の姉ちゃんだって事は、その…変わらねぇ…よな…?」
「…」
楽の口から出てきた言葉に羽は思わず目を丸くする。
「いや、その…。羽姉はとんでもない事したけど、喧嘩くらい家族なら誰だってするし…」
「喧嘩って…。そんな単語じゃ当て嵌まらないと思うけど」
「でも!…姉ちゃんは、姉ちゃんだけだし…。…ぁぁぁあああああ!何言ってんだ俺!自分でも解らなくなってきた!」
ぐしゃぐしゃと両手で髪を掻きながら楽はキッ、と力の籠った眼で羽を見据えた。
「羽姉が俺達の家族なのは変わんねぇ。それだけ言いたかったんだ」
「――――――」
良い、のだろうか。あんなひどい事をこの兄弟に、その家族に、友人にしでかして。二人の姉を名乗って、本当に良いのだろうか。
陸に目を向ける。羽を振り払ってからずっと黙ったままだった陸は気まずそうに視線を逸らしてから、一度、ゆっくりと頷いた。
もう、二人と会う資格なんてないと思っていた。せめてもの償いとして、集英との関わりだけは保とうと、きっとこれから先、羽との婚儀を断った集英に遺憾を持つ者達を宥め、繋がりだけは切れないよう努めるつもりではあった。だがこれから先、二人の家族でいられるとは思っていなかった。
そんな羽とは裏腹に、兄弟はその繋がりを切ろうとはしなかった。それだけで、報われた気がするのは余りにも単純だろうか。
「…ありがとう!楽ちゃん!陸ちゃん!」
羽の顔には輝く笑みが浮かんでいた。それは陸達が久しぶりに見た、羽の本当の笑顔だった。
これでこの小説のシリアス回は最後となります。
後は最終回まで小咲とのイチャイチャか小咲とのイチャイチャか小咲とのイチャイチャかほのぼのか小咲とのイチャイチャか小咲とのイチャイチャになります。(`・ω・´)