一話
「えへへにいさん、あーそぼ!」
砂場に遊具――どうみても現代の普通の公園だと言うしかない。周辺は餓鬼共の喧騒が聞こえる。
そんな事はどうでもいい、俺の目の前には見るも流麗な紫髪の幼女が笑顔を見せていた。明らかに俺に懐いている。
しかし眼の奥がが何というか、色が無い。こいつ、病んでやがる。
どうしてこうなったのか――それは数日前に遡らなければなるまい。
季節も糞も無い天候、春の癖に太陽が過剰に照り付けて不快指数が鰻登り中の俺。
そんな俺は容赦無く襲い来る太陽光から退避するように木々が生い茂る公園の茂みに寝転がっていた。
「ラ○ダーキーック」
「ぎゃあああああああああ!」
そんな中、クソ五月蝿ぇがきんちょ共の叫び声で更に鬱陶しく感じる俺。こいつら聖遺物の贄にしてやろうか。
聖遺物で思い出したんだが、それによって鋭敏になった感覚のせいか魂の質量が見えるようになっていた。
何か俺の魂すっげえでかい様な気がするけど、神に願った影響で膨大な質量を持つようになったのかそれとも元から巨大な魂だったのか。
色々と考察の余地があるが、どうせ御都合主義だろうし気にしないことにした。
結果からいって俺は何て事の無い至極平凡な現代日本の夫婦の一人息子として転生した。
魔法と剣の夢の異世界という訳でもないし超能力だとか学園都市だとかそういうのも一切無い。
この世界は前の世界と似た全くつまらない現代社会だった。気になる点といえば神隠しの噂が前の世界よりも少し多いような気がするだけだ。
赤ん坊から転生した俺は、さっそく数多の転生者のSAN値を削り続けた排泄作業に身を投じたが何てことは無かった。
飯から排泄まで自動で世話をしてくれる状況なんだから楽が出来ていいものだ、むしろ感謝しなけりぁならん。
そうして何事も無く成長していき、ついに齢4歳の春。ショタ生活最初の関門公園デビューだった。
とはいえ前の世界で協調性皆無と言われた俺が、ましてや馬鹿みたいに騒がしい餓鬼共のノリになど着いていけるはずも無かった。そりゃそうだ。
暑苦しい公園の中、腹黒い主婦達が子供には到底聞かせられないような中傷話をしているのを横目で覗き見ながら身を横たえていたが、もう限界だ。
早々に起き上がった俺は帰宅の催促するために世間話をしていた母親の居る場所に向かおうとした――そんな時だった。
常人を超越した感覚が音と"何か"を察知したのだ。
「や、やぁ…こないでえ……」
すすり泣くような幼女の声が聞こえてきたのである。徐(おもむろ)にそちらの方を見ていると、尻餅をついている紫髪の幼女が居た。
幼女は後ずさりしながら"何か"に怯えていたが、残念ながら周りの奴らには何かは見えていなかった"らしい"。
だが俺には見えていた。一見幼女を襲う成人男性という危ない構図にも見えるが、普通の人間に見える何かはどこか人外の気配を醸し出していた。
その正体は顕界を彷徨う亡霊――俗に言う幽霊という奴だろう。後ずさる幼女との距離を徐々に詰めていく亡霊。
この幼女は霊感が強いのだろう。何かを認識できなければ怯えようも無い、当然だ。
しかし、明らかに恐怖している幼女を見ても俺は別段危機感を抱かなかった。それどころか僅かながらに感じる異能の気配に対して歓喜に身を捩じらせた。
「あひゃっ」
――居た、居やがった。異形の気配、戦闘の気配、血肉の気配。流れ出る脳内麻薬によって快感に打ち震える。
ただ、ただ架空の能力が特別な力が、狂おしいほど欲していた。しかし、ただそれだけで他はどうでもよかった。
だがしかし、平穏に生きていては幾らどう足掻いても手に入らない異常な能力を欲し、望んでいたとしてもそれを揮(ふる)えなければ無いも同然。
それを分かっていて願った俺でさえ、非日常というものはあれば儲け物だと思っていた。
そして、今、此処で、確信した。――この世界にはソレが存在すると
自身の知らない内に空気が張り詰めていくの理解していったのか、幼女は声を押し殺しして狂笑している俺の方を向いた。
恐怖によって青白くなっていた顔は更に青く染まっていた。顔面ブルーレイってか?くひゃは、笑わせる。
そんなもの知った事かと、俺は魂に向かって悠然と歩いていく。無論、幼女は唐突に現れた正体不明の第三者に驚愕していた。
「…ゃ……ぃ……」
俺の悪意に晒されて息が詰まっているのか、まともに言葉を話せていない。
幼女の全身は小刻みに震え上がり開ききった瞼から覗く瞳孔は開きそうになっており、カチカチと歯を可愛らしく響かせている。随分な顔芸だ。
――何だぁ?これじゃあまるで俺がこの餓鬼を襲っているみたいじゃあねぇか、ああん?
ああ、大層な勘違いだ。お前は何もかもを見誤っている。何もお前自身が危機に陥っている訳じゃねぇだろうに。自惚れるのも大概にしろよ悲劇のヒロインでも気取ってやがるのかこの糞餓鬼が。
俺はまだ幼い左手を幼女の居る方向に伸ばしていく。迫り来る恐怖に耐えられなかったのか幼女は目を伏せて頭を腕で防護する。
――静寂
時間だけが粛々と過ぎていく中、何も起こらない紫髪の幼女は腕を解き頭を上げた。その瞬間、限界まで眼を見開いた。
悪意ある筈の介入者が自分に害意を持って接近してきた幽霊を砕き、そして喰らっていたのだから。
何故?どうして?何が起こっている?といわんばかりの幼女の心中を察するように俺が口を開いた
「これは俺にとって都合の良い食料だったからな」
そうして幼女を脅かす魂は唐突にして掻き消えた。答えは簡単、俺が捕食しちまったんだから。
「にしても不味いな。質が悪ぃわこの魂」
本当に不味い、だが食わないよりはマシだ。何せ能力を駆動させる燃料に必要なのだから。
――聖遺物、と聞いて思い浮かべるのはキリスト教のそれだがここで言うのはそれとは少し違う代物。
キリスト教の聖遺物は聖なる物というイメージがあるが、別にそうじゃなくてもいい。
例えば戦場にて数多の血肉を吸った殺戮兵器、夥しい数の人々の怨念が篭った武器でもいい。例えをあげるとするならば核爆弾とか。
ただ方向性が正にしろ負にしろ、膨大な数の人々の想いが篭もってりゃそれはもう聖遺物だ――とはいっても人にそんな物を完全に扱える訳が無い。
その聖遺物をどこぞの副首領閣下の方術――エイヴィヒカイトという複合魔術を使って契約するとあら不思議、外道の法理に身を投じた魔人の完成。
エイヴィヒカイトというのは聖遺物とその使徒を霊的に結びつけ、同化させる。その適合率は基本相性があるが、常人は無理。
何も無い凡人がやった所で、沸いて出てくる殺人衝動に耐えられないし終いには勝手にくたばっちまう。
だからか、聖遺物を扱える奴らは大抵一癖も二癖もある人格破綻者、ぶっ飛んだ性格の狂人だ。
そもそも己の
とはいえそんな厄介極まりない代物を扱える俺は、少なからず狂人なんだろうがやっぱりそんな長ったらしい葛藤要素はどうでもいい。
ただ、使える様に成ったとはいえ自動車に燃料が必要であるように聖遺物にも燃料が必要になる。
その燃料という奴が――魂。基本的に他者の魂を喰らって補給しなければならない、勿論質が良くばれば良くなる程燃費が良くなるが。
自分の魂も一応燃料には出来るんだが、それが尽きれば当然俺は死ぬ。
俺には燃料として使い切れない位に莫大な質量の魂があるが無尽ではない、何かの間違いで消費しきってしまうかもしれないのだ。
それに泉のように沸いて出てくる殺人衝動の解消も必要だ。
――故にこの、魂を喰らうという行為が俺にとって結構死活問題だということだ。
「どういうこと………」
そんな俺の食糧事情に全く着いていけない幼女は、呆然としながらどういうこと?と繰り返して同じ事を呟いていた。
捕食を終えた俺にとってはそんな幼女などどうでもよく、母親の居る方向に歩いて行った。――が、進まない。何者かに左手を掴まれていたからだ。
妙に小さく柔らかい手の感触だがそれはこちらも同じ、俺を阻む不届き者は幼い手をしていた。
「ま、まって!」
そんな声の主とこの手の持ち主は同じなのだろう。俺の視線を己の左手を伝ってそれを握っている手にいき、その持ち主である幼女の顔に持って行く。
外見評価は苦手だから詳しくは語れないが、簡潔に述べれば十年もすれば美人になるだろう整った顔立ちの紫色の髪をした幼女。
「あの…おなまえきかせて?」
「光(ひかる)」
雌みてぇな名前だが、名前と聞かれたので名前だけ答える事にした。こんな所に俺の意地汚さが垣間見えるな。
心中で感心しているそんな俺の性根を知ってか知らずか、幼女も名前だけ答えた。
「わたし、れいむっていうの」
れいむ、レイム、れいむ?漢字は知らんがあの有名同人ゲー東方の主人公博麗霊夢と同じルビ振りだったのか。同一人物という可能性もあるのか?
東方といえば――幻想郷、人妖神が共存する楽園で巻き起こる異変をスペルカードと弾幕を用いた決闘法――通称弾幕ごっこ、メタ視点でいうなればシューティングゲーム。
それらを幻想郷の調停者、博麗の巫女である博麗霊夢が解決していく所謂弾幕シューティングゲームだ。
穏やかかつ呑気な舞台――幻想郷に見え隠れする妖しい不気味さ、想像力を掻き立て設定を付け足しやすい世界観のせいか、二次創作が多く結構幅広い層に好まれている。
前に居た世界ではトップクラスに有名な同人ゲームだろう。
その幻想郷には八雲紫という妖怪が現代日本の自殺志願者や死の間際に居る人間を攫って来て妖怪が絶えぬように食料とする設定があり、それらの現象が神隠しとされている。
つまり、神隠しが多発しているこの世界は幻想郷の存在する東方の世界ではないのか――と今俺は思ったのだが、可能性というだけで断定する要素なんざ全く無い。
勿論レイムと言っているこの幼女が博麗霊夢である証拠は一切ないし、そもそも博麗霊夢は黒髪でありこいつのような紫髪ではないのだ。
博麗の巫女というか博麗霊夢は捨て子説が有力だがこいつは今の所捨てられている気配はない。
今この世界に何らかの特殊な存在を確信していたが、幻想郷があるというのは恐らく俺の思い違いだろう。
「たすけてくれてありがとう」
そんな下らない考察を途中で切り上げた俺は俺自身に対して感謝をしているレイムを無視しそそくさに立ち去った。
さっさと帰って家で寝たい俺の表情を察したのか後ろから何も聞こえてこない。随分察しの良い餓鬼だ。
母親に帰宅の催促をした俺は盛大な欠伸をしながら公園を後にした。ああ、ねむ。
「えへ、えへへ」
「にぃーいさん」
後ろに、はあと、と付きそうな猫撫で声で二尉さんとかいう軍人の階級っぽいので呼ぶレイム。あっ、俺か。
そうして冒頭に戻る訳だが、ツッコミ所が色々あるな。何故俺を兄さんとか呼ぶのか眼が逝ってるのか。
死んだ眼を此方に覗かせているレイム、こいつメンヘラ臭いぞ。如何にも俺が居なくなれば即座に死にますよみたい雰囲気を醸し出してやがる。
吊り橋効果って効き目あったんだな、と思うしかない。
「とはいえ」
新たな人生が節目を迎えましたってか?おもしれぇ、愉快だな。
この世界に期待を膨らませる俺を迎え入れたのは季節がようやく仕事をしたのか、暖かい春風だった。
後書き
黄金ニートです。
今回は主人公のキチっぷりを表現したかったんですが、妙に説明口調になってしまいました。
かなり知識がうろ覚えだから聖遺物の殺人衝動を幽霊を補給したところで解消出来るのかよく分からないんですよね。
ここは東方世界ということで強引に解釈しても貰うしかないですね。またもやご都合主義ですね、すみません。
ちなみに主人公は旧作を全く知りません。それにしてもこのレイムという少女は一体何者なんだ……。