季節は秋――暖かな春は通り過ぎやがては涼しさを感じ始める秋。
俺とレイムは季節の如く紅葉が散りばめられている丘にその身を置いていた。
赤みの増す地面にブルーシートを敷き弁当を広げていく。
レイムは箸で弁当の中身を掴み、それを俺の口元に持っていく。玉子焼きだった。
「あ~ん」
暗にコレを食えと催促しているのだろう、遠慮なく俺はそれを口に運んでいった。
継続的に続く咀嚼音が辺りに響く。一定時間音を響かせた後、そのまま今度は飲み込んでいった
「まあ悪くねぇ」
いつも食ってる味だしな。不味いにしろ美味いにしろ、慣れていくというものだ。
そんな俺の態度にレイムは微妙な表情を浮かべていた。
「ほんとうなら、わたしがつくったものでいってほしかったんだけどなあ」
「餓鬼に火を使わせるなんざ十年早いだろ」
「むう」
そりゃそうだ、まともな親なら使わせないだろ。こいつの親はまとも過ぎたが。
まあ十年といわずとも七、八年もすれば使えるようにはなるだろ、調理実習的な意味で。
「えへへへ……でもにいさんなんだかんだいってわたしのしんぱいしてくれてるんだ。
あはぁっ、にいさんにいさんにいさんにいさんだいすきやさしいにいさんわたしのだいすきな…」
俺の言葉に何かを感じたのか、レイムはブツブツと一人別の世界に入り込んでいく。
余りにもアレなので俺はから揚げを箸で二つ掴んでレイムの小さな口に無理やりぶち込んでおく。
「モガッ」
「食ってる時位静かに出来ねぇのかよてめぇ……」
これでも俺は黙々と食事を取る方が好みなんだよ。
そんな中、俺の頭上に何者かの拳骨が振り下ろされた。勿論レイムではない。
「コラ、女の子にこんな事しちゃ駄目でしょ!って何でいつも殴ってるこっちの手が痛いのかしら」
「俺はこいつを黙らせただけだ。他意はない。」
「にしてもやり方って物があるでしょう?」
「そうか、どうでもいい」
俺に対して一切の遠慮がなく怒っているこの女は、俺の母親。明星《あけぼし》なんたら、名前は知らん。
俺と同じ黒い髪を長く伸ばしており、まあ美人なんだろう。痛む手を押さえて俺を睨んでいる。
つまり先程の拳骨の正体は俺の母親の手だったのだ、ついでに言うと先の弁当もコイツが作った物。
俺はそんな母親に対してそっけなく言葉を返した。そんな俺を見ては溜息を吐く母親。
「何でこんな子に育っちゃってるのかしら」
「あんたらの教育の賜物じゃないのか?良かったな、随分優秀な子供に成長したじゃないか」
「性格は破綻寸前だがな」
溜息を吐く母親に皮肉げに言葉を放った。
そんな俺に突然にして毒舌を放つ男の声、その正体は俺の父親だ。勿論名前は知らん。
黒い短髪で長身、その顔立ちはやはり美形という他無いだろう。この世界美形率高過ぎだろ……。
「こんな子供離れした子供が自分の子供だなんてな。もうレイムちゃんがウチの子で良いな」
「随分傷ついたぜ糞親父。ああ、俺は今見捨てられたショックで悲哀に満ちている」
『嘘付け、仮にも俺達(私達)の息子であるお前(貴方)がまともな顔して言う事じゃないだろう』
「嘘付いた。本当に全くどうでもいいわ」
傍らには「えへへ、にいしゃんとかんせつきしゅ。えへへへ」とか言って眼を病ませているレイムが居た。
随分マセた餓鬼が居る物だと思いつつ、やはりどうでも良くなっていた。
そんなレイムを見かねて両親は肩を揺らして眼を覚ませようとしているらしい。ああ、ねむ。
俺は冷たさが残るブルーシートに身を横たえ、そのまま眼を瞑った。
あの時の春から半年が過ぎ、俺とレイムは行動を良く共にするようになっていた。
俺の両親は確かに普通だが、俺に似て適応能力が可笑しいのか明らかに年齢不相応の俺をさほど気にはしなかった。
霊感の強いレイムを不気味だというレイムの両親は娘を最低限の生活以外は殆ど放置していたらしいが、ソレを偶然近所の噂から耳にした両親は空いた時間で面倒を見るようになっていた。
よって公園以外でも出会う事が多くなったが、別段何も無かった。よくある事と言えば抱きついてきたり病んでたり色々とスキンシップが激しい事だろうか。
とはいっても俺はどうともしないしただ放置しているだけ、鬱陶しければその旨を伝えれば素直に引き下がるしな、察しが良いし。病んでるけど。
まあ何だかんだ言って引き際を弁えている所があるから、こういう性格の俺と何事も無く今の関係を続けているのだろう。有ればさっさと殺すし。
――日差しはすっかり西へ傾き、空は薄暗く月が東から出かけていた。空は赤と青が入り混じった
俺達は自宅へと帰る道中だった。レイムはさっさとレイムの家に送り届けてある。
人気の無い街中だったが、秋の虫が通り抜けるような泣き声を発し始め、静寂を彩っていく。
至って平凡な日常だと、そう思わざるを得ない光景だった。
だがしかし、俺の鋭敏な感覚はソレとは真逆の非日常を訴えていた。
「どうした?」
急変した俺の態度に気が付いたのか、親父が声をかけてくる。
「いや、トイレがしたくなってな。家、もうすぐだろ?」
「ああ」
「だったら先に帰っててくれ。いくらすぐっつってもこの距離じゃちときつい。俺はそこのトイレで用を足してくる」
「別に帰るほどの事でも」
「大の付く方なんだよ、言わせんな恥ずかしい」
「だが……」
不審者でも警戒しているのか親父は言葉を繋げようとしてくる。
俺は溢れそうになる殺意を一瞬微量だけ込めて親父に言葉を言い放つ。
「帰れ」
「あ、ああ、分かった」
尋常じゃない俺の態度に怯みながらも返事を返す親父、お袋もまた同様だった。
「行ったか」
幾ら適応能力が振り切ってる、と言ってもレイムのように察しが良く、聞き分けが良い訳でもない。
本当に面倒な対人関係に珍しく溜息を吐かざるを得ない。
――そして、ココから先はソレに縛られるという事は無いと言うことだ。
「くひゅっ……」
口から興奮を伴った吐息が零れそうになる。血潮が沸き立ち、頬に赤みが差していく。
非現実感を知らせる第六感という感覚を通して、気分は絶頂を向かい――
――全身が歓喜に震えた。
非日常である筈の存在に、これまで見かけた"架空"よりも遥かに膨大な幻想の存在に。幻想は感知したその場所で留まっている、此方に気付いているのか、いないのか。
――そんな事はどうでもいい、どうだっていい。俺はてめぇの居る場所に行く。ただそれだけだ。
体勢を低くし、全身をゆるりと縮ませて、次の行動の為の準備に入っていく。動作が完了したその瞬間、地面を思いっきり踏みしめ、まるで彗星のように駆けていった。
屋根を駆け、家々を渡り、凄まじい速さで街を移動し始めた。常識的に考えれば衝撃で周辺一帯が抉れ、粉微塵になる速度で。だが――
――無音
そう、無音だ。人外の力を行使していながらもその駆動に殆ど音を漏らしていない。
それ所か、既に音を振り切っている速度だというのに、周りにその被害すらも
「あァ、見つけた」
見つけた、見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたァ―――ッ!
ああ、これ程にまでに気分が高揚した事があっただろうか。いや、無い、失い、亡い。確実に無い。
見えた、見えてきた。異常だ、非日常だ、俺の憧れた幻想だ。見える、見えるぞ。
俺は補足した幻想に向かって疾走していく。ソレは出始めた月と共に暖かく、俺を迎え入れた。
「よう、鳥人間。お前が俺の待ち望んだ異常か?」
出始めた言葉がソレだった。余程テンションが舞い上がっていたのか、顔が真っ赤だ。これじゃあ俺が変態じゃねぇか。
恐らく恍惚の表情で居るだろう俺の視線の先には月夜に光る、それはそれは幻想的な六枚羽が見えた。俺が変態だった。
しかし、無機質。羽の隙間から見えるその体は無機質と言う他に無いだろう。だが、その無機質さが果てしなく日常性とかけ離れていた。
こちらの声に気付いたのか、ゆっくりと羽を揺らしながらソレは振り向いた。
――白、第一印象はソレだった。神秘を携えた色の無い長き髪、眩く光る月のような六枚羽もまた白く、芸術性を湛えたその肌と顔は文字通り人外の美しさを惜しげもなく放っていた。
そして青、服装の基調とされた色は違和感無く、目の前の幻想の神秘性を引き上げていた。だが、それ以上に。禍々しい冷気がそんな評価を奈落の底に引きずり落としていたのだ。
天使――いや、天使というには悪意に満ちている。悪魔――いや、悪魔というには善性が垣間見え過ぎている。そんな存在だった。
「人間?いや、違う。何処かに似たような奴が居た覚えがあるんだが」
「なあお前、何処かで私に殺された事が無いか?」
後書き
黄金ニートです。
今回は新展開です。ちょっと強引な感じが否めないですが……。
何故か主人公がスーパーインド人っぽくなりました。他に言葉がないから無理矢理繋げてしまったようです。
ついでに服装描写がかなり苦手ということが発覚してしまいました。本当にどう書けばいいんだ…。
そして正体不明の鳥人間…一体何者なのか、きっと今後の物語に関係ないかもしれない。
行き当たりばったりですから、実を言うと物語が進むと本当に出番が無くなるかもしれません。