月が完全にその顔を出す。それは理想的な真円を描き、暗闇を満たしていく。満月だった。
街中を淡く照らし始める中、ただ無表情に、恐らく女であろう鳥人間は口を開いた。
「なあお前、何処かで私に殺された事が無いか?」
目の前の幻想は、俺に対してそんな言葉を吐いていた。
こいつ何言ってんだ?気が触れてるのか?いや、そうじゃない。非現実なんだ。
だったらこいつは俺の考える以上の事を言ってのける筈。
「殺されたぁ?何言ってんだお前?今から俺を楽しませるの間違いじゃないのかよ」
「楽しませる、楽しませる?何でお前を楽しませないと駄目なんだ?何お前、遊んでほしいただの餓鬼なのか?」
ああ、そうだ。俺は幻想に浸り堪能しつくす。それだけの為にここに来たのだから。
ここまで匂わせて、感じさせて、今更知りませんでしたじゃあすまねぇんだよ。
「そうだ、そういうことだ。だからよぉ、遊ぼうぜ。非現実感溢れる異能ぶっ放して、潰し合って、チート能力魅せ付けて驚愕させ合って――」
楽しませろ、震え上がらせろ。そういうモンだろうが、非日常ってのはよぉ――
「一緒に俺と遊んで逝けよオオおおォォォ――!」
絶えず狂いヨガって体感し続けるモンだろうがよ――ッ!
地面を蹴り、やがて人外の速度で目の前の幻想に肉薄していく。鋭く、深く、食い込むように、遂にはソレへ到達した。
常識外の速度を乗せて、俺は万力で押し潰すように握り締めた右手をソレの顔面へ振り抜いた。
型もへったくれもない一撃は、しかし莫大な殺意をもって襲い掛かる。
外道の法理によって強化されたその一撃は、常人であれば全く反応出来ずに、血飛沫一つ残さず滅される絶対的な物へと変性していたのだ。
だが、違う。こいつは違う。非日常だ、非現実だ。現実に存在する事など許されない幻想なのだ。
だったらこいつはいとも容易く状況を打開してくる筈だ。そうに違いない。
意識が尖鋭化してスローモーションになっていく中、俺は次の展開を今か今かと待ち侘びるように、口元を三日月状に歪ませていた。
――ひゃはぁっ、避けたァ!
避けた、避けてくれた。俺の期待を全く裏切らないその行動に気分が熱く塗り潰されていく。
至近距離で交錯した視線が、何処までも対照的だった。
膨大な冷気すら含む、その魔眼はあちら側が意図しているのかいないのか、攻撃的ですらあったのだ。
そして隙。俺が放った大振りの一撃は、やはりと言うべきか大きな隙を生み出してしまっていた。
しかし、そんな隙さえも、その瞬間に自身に襲い来るだろう攻撃への期待で忘れていた。
次は?次は何だ?その羽で首を刈り取りに来るのか?切り刻むのか?口を開いて長々しい詠唱を詠うのか?魔法を使うのか?それとも俺と同じように肉体で凄まじい破壊を生むのか?殴るのか?
何だ?何をするんだ?早くしないと再びお前の魂を喰らいに行くぞ?
圧倒的な期待感が俺を襲う中、俺と目と鼻の先で視線を交わす幻想は遂に口を開いた。
魔法、魔法を行使するのか?口からビームでも吐き出すのか?だったら魅せてくれよ。俺の目の前で。
「嫌だ」
――はぁ?
今お前は何と言った?違うだろ、ふざけるなよ、舐めてんのかお前は。ああ?
匂わせただろうが、感付かせたろうが。人様誘き寄せておいて実は戦いたくありませんじゃすまさねぇぞ。
消化不良じゃ終われねえ、終わらせねぇ。こんな楽しい事、終わらせてたまるか――!
「何で私が餓鬼と遊ばないといけないんだ?餓鬼の相手は餓鬼がする。これは鉄則でしょう?」
「餓鬼の面倒は大人が見るもんなんだよ、だから殺り合え。今更燃焼不足じゃあ終われねぇぞ」
「面倒は、でしょう?相手になんて出来ないさ、疲れるし。面倒は見ても子供の相手はしない。絶対に」
「殺り合え」
「やらない」
繰り返し同じ事を返答し続ける様は、まさに鼬ごっこ。
このままじゃあ埒が明かない。だったら無理矢理にでも付き合わせて――
しかし、そんな俺の心境とは裏腹に落ち着いた表情で幻想は願ってやまない言葉を口に出す。
「だが、それなら当てがあるぞ」
「――何?」
さっきまでのやり取りを微塵にも残さず、思わず俺の口から言葉が漏れてしまっていた。
――そんな都合の良い場所が、この世の何処かにあるっていうのか。
そういう意味すら今の台詞には篭っていただろう。
「私になぞ、付き合わぬともお前を楽しませうる場所が存在すると言ってるんだ」
「教えろ、今すぐにでも教えろ。じゃねぇと叩き殺す」
「怖いな、ああ怖い。最近の餓鬼は随分物騒だ。切れる十七歳という奴か」
「俺は四歳児だっての。だからそういう余計な言葉は抜きにしてさっさと答えろ」
いい加減にしないと殺す、そう言わんばかりのとても四歳児とは言えない形相で催促する俺。
その言葉には年齢不相応なドスの利いた声が篭っていた。
そんな俺に観念したのか、溜息を吐きながらも淡々と答える幻想。しかし次の瞬間、俺は驚愕する。
「――幻想郷だ」
「おい、幻想郷だと……!」
遠い昔に、記憶の奥底へ追いやっていた筈の単語を耳にしたのだから。
幻想郷だと?それが、その名前が確かならば――
「幻想郷は忘れ去られた者達の楽園、其処には妖怪、亡霊、魔法使いや神々が混在している、いわば幻想の宝庫さ。」
「この国の辺境の地に存在し、博麗大結界という大規模な結界によって外の世界、つまりこの現代と完全に隔離されている訳だ」
幾度と無く聞いた事のある単語が俺の耳に雪崩れ込んでくる。
その口から垂れ流されるその情報を聞く度に歪みに歪んだ俺の顔は徐々に喜悦へと生まれ変わっていく。
「くひゅっ」
耳障りの良い話を聞かされて恍惚の笑みへと、その声はそれはそれは素晴らしい喜びを湛えていた。
「くひゃ、あっひゃははははははははハハハハハハハハハッ!あんのかよ、マジかよ!この作品の登場人物は実在中の人物ですってか、いいね、サイッコウじゃねぇかよ!くくくくくくっ」
――哄笑
信じられない、だけど信じたい。そんな事実を復唱しながら、ただただひたすらに俺は笑い続ける。
「何だ知っていたのか」
「ああ、知ってるとも」
――お前が思ってる以上には、間違いなく。
創作物が、物語が、実在するって言うのかよ。じゃあ何だ?レイムという存在は?
博麗霊夢かも知れねぇ、本物かも知れねぇ、だがそうじゃなくてもいい。もう確定したのだから。
――間違いなく、この世界に幻想郷が存在する
ただそれだけの事実に俺の脳内は非日常で埋め尽くされていた。
「だが行き方なんざ知らねぇ。でもお前はこんな事を言いやがったんだ、言っただけじゃあ根本的な解決にはならないからな」
そうだ、実在が確認出来たからといってそれが確認出来ただけで、それだけだ。
行く手段が無けりゃ、さっきまでの
「在るんだろう?その幻想郷に行く手段ってのが」
「在るぞ。何の為にソレを示したと思っているんだ」
六枚羽の幻想は俺の問いにイエスと答える。
早く、速くと五月蝿く催促している俺の心中を察したのか耳に刻み付けるようにソレを話し始めた。
「魔界だ、正確には幻夢界を介して幻想郷へと入り込む。ついでに言うと其処を介して私はこの世界に来たという訳だ」
「魔界、ひゃはは、今度は魔界かよ!」
どこまで俺を昂ぶらせれば気が済むんだ、コイツは。
――魔界、それは東方聖蓮船に出てくるステージ6のボスキャラである聖白蓮が封印されている世界だ。
正確には白蓮が封印されている世界は法界というが、その法界は主人公である博麗霊夢が準備を整えないとならない程に強力な妖共が跋扈している程の魔境でもある。
幻夢界などという未知の単語を耳にしたが、ソレは恐らくコイツの話からして魔界と現代と幻想郷を結ぶ中間地点の様なものなのだろう。
俺は一頻り哂い狂った後、その狂わせた原因である目の前の幻想にふてぶてしくも言った。
「連れてけ、今更お前の事情なんざどうでもいいし知った事か」
「全く、一体何処まで偉そうな餓鬼なんだか。ああ、連れて行く。餓鬼の面倒は最後まで見るさ」
非現実への快感の余韻が残る俺と相変わらず冷淡な幻想。
対照的ではあったが、月はそんな俺達を平等に照らしていた。
「ほら、手を貸せ」
身長差からか、屈みながら手を差し伸べる非現実存在であるコイツに肯定するかのように、無言でその手を握り締める。
「――■■■」
それを確認した目の前の女は、聞き取る事すら容易ではない理解不能の言語を、空間そのものに滲み込ませる様に詠い上げた。
その瞬間――
世界が変わった――比喩では無い。文字通り俺は空間そのものが切り替わったような錯覚を覚えた。
薄暗かった夜空は、深淵を思わせる果てしなく深い黒へと。しかし、変わらず星々が各々自己主張するように煌き、そして瞬いていた。
――宇宙空間、そう言う外に例えようが無いだろう。だがそうではない、仮にココが宇宙空間だとすれば呼吸なんていう機能はとっくに俺から排除されている筈だ。
勿論エイヴィヒカイトによって不老不死へと変生している俺は、息をしなかった所で別にどうって事も無いのだが。
非現実的、そう言わざるを得ない光景を生み出しているのが今俺の視線に相対しているコイツだった。
女から視線を外しながら、今更ながらにコイツが幻想の存在だという事を知覚している俺が居た。
視線を外した先にはやはり黒き異空間。暫し俺は、穏やかながらも渦巻く興奮と共に現実味の無い光景を見つめていた。
「この奥にある、亀裂に入れば幻想郷だ」
「ん?ああ、そうか」
ただボーっとしていた俺の意識を引き戻すかのように、声を掛けて来る幻想。
そういえばコイツの名前、知らねぇなと思いながらも俺は合槌を打った。
ふとした疑問が頭を過ぎったせいか、相変わらず雌みてぇな名前だと思いながらも、遅すぎる自己紹介をしておくことにした。
「
「
――
しかし、大天使として描かれる方が多いだろうが六枚羽だし、あえてココは熾天使としておく。
"神の命令"と呼ばれ、月の運行を司る支配者であったとされるが、それ故に教会から堕天使の烙印を押されたある意味不幸な奴だ。
成る程、それほどの奴ならばコレ位の魔術など容易いと。
これは初っ端から相当な大物に出会ったものだと、心ながらにそう思った。
天使とも悪魔とも言い難い妙な感覚の原因を理解した俺はサリエルに別れを告げる。
「じゃあな、また一度ココに来るわ」
「もう二度と、お前みたいな糞餓鬼に出会わない事を主に願おう」
「堕天使の癖に言うじゃねぇか」
「私は元から嫌われ者だからな、仕方が無いさ」
サリエルに背を向け、暴走しそうになる激情を捻じ伏せながら、俺は奥へと歩いていった。
先程と何ら変わらぬ異空間。ただ一つ、欠けている事を言うなれば其処に光が居ないという事だろうか。
其処に佇んでいた美しき幻想、死の天使――サリエル。
サリエルは無表情だった筈の表情を、その端整な顔立ちを青褪めさせながら震えていた。
「な…んだ、アレは……。アレは一体何者だと言うのだ」
――恐ろしい、ただそう思わざるを得ない程に泉の様に湧き出てくる悪意。その持ち主である光と言った少年を思い浮かべながら口から言葉が零れる。
永劫とも言える時を生きてきたサリエルをして、単純にそう思わざるを得なかったのだ。よく平静を装えたものだと、サリエルは自分自身を、その神秘性を取り縫うのさえ忘れて称賛した。
遂には、勢いよく膝を着いた音が聞こえた。それは自身が奏でた恐怖の証左なのだろうか。
「"地上"にまだ、アレほどまでの悪鬼が居ようとは……」
――犯し、侵し、そして貪る様な陵辱的な暴威。
己の有する邪眼、ソレに映った全てに死を叩き込むその権能を喰らってすら、ただ微動だにもしない。
確かに永き時を生きたサリエルは、己の権能が全く通用しない相手を幾度も見てきた。
しかし、それは最上級の代物なのだ、けして脆弱な代物ではないのだ。今までに、その絶対零度の直視を叩き込まれた相手は、少なからずソレを認識している。
だがあの魔人は、それがどうした、取るに足らぬ物だと嘲笑うかのように、まるで気付いてさえ居なかった。狂人のようにただただ顔を緩ませていたのだ。
どちらにせよ。そんな化物が己を見て快楽に悶える様を認識した時なぞ、今まで経験してきた正しく生と呼ぶべきその価値観は粉微塵に砕け散っていたのだろうか。
「否、アレ程まで歪みきった存在を私は未だ、見た事が無い」
しかし、それでも甘い。そんな評価でさえ足りない、程遠い。相手はまだ真価を発揮していない。真骨頂は縁遠い。
餓えに餓え、渇きに渇いた底なしの狂気は、餓鬼のように無尽蔵に溢れ出ていたのだから。
サリエルは握り締められた掌を見る。正常だ。しかし、こびり付くような気持ちの悪い違和感は未だにその手には刻まれていた。
そして同時に、サリエルは自覚した。先の様に、幻想郷を蹂躙し終えたならば、次にあの魔人は此方に手を伸ばしてくるのだろう。であれば、打倒せねばなるまい、討滅せねばなるまい。
どれ程までに相手が未知数の存在だろうと、我等"■■■"は何れあの化物と相対せねばなるまい――と。
「綿月を……鍛えねばならんな」
堕天使はひたすらに焦燥した表情で、しかし絶対者である自身の足掻きからか震えながらも声を絞り出した。
黄金ニートです。
今回もまた強引な展開で心苦しい限りです。
ついに登場しましたサリエルさん、原作じゃあ口調も分からないのである意味半オリキャラとなっております。
ぶっちゃけ前回の「人間?いや、違う。何処かに似たような奴が居た覚えがあるんだが」というセリフは完全に無かったことになりました。
伏線が初っ端から破綻したので、主人公の名前も全く意味を成さなくなりました。犠牲になったのだ……行き当たりばったりの悪習…その犠牲にな。
とはいえ、かなり今回は伏線を盛り込んでおります。サリエルさんも半オリキャラなので凄い設定が捏造されています。回収しきれるかどうかはかなり微妙ですけどねwwww